第二章 七話目「魔族掲示板」
「……で、これはどういうことなの?」
「昨日は本当に申し訳ございませんでしタ!」
これは、「アニー・ガリッヂロス事件」後のお話である。
その人間領王都で他のどの天災や人災よりも人々の心を動揺させたこの事件の、おそらく一番の被害者であるメビウスに向かって思わず綺麗と呟いてしまいそうなほど本当に綺麗な土下座を披露する少女(?)がそこにいた。
長い金髪とその美しい髪に信じられないほど似合っている空のように青い目を持つ美少女。
そう、この美少女こそがこの「アニー・ガリッヂロス事件」を巻き起こした人間領王都で異様な人気を誇る絶世の美少女アニー・ガリッヂ本人であり、その正体は他の誰でもない魔族で最強の集団である四天王の一人アンカウンタブルその人なのだが――、
今は、いつものアンカウンタブルの緑色のローブと手袋を透明なマネキンが着た様な姿をして、メビウスに土下座を遂行しているというわけのわからない状況に突入している。
この異常な光景に驚いているのはもちろんメビウスだけではない。
実はアンカウンタブルが謝っているのは人間領の中ではなく、メビウスやアンカウンタブルがいつも住んでいる魔王城の中で、フィルモアやアシュラなどの他に魔王城に住んでいる魔族もこの光景を見ている。
ちなみに、偶然にもこの光景を見ている魔族たちの感想は全員「夢でも見てるのかな?」である。
ただ、レイン村の一件があった時にアンカウンタブルが怪しい動きをしていたことを知っているアシュラだけはアンカウンタブルを「まさかこいつなにか本当にやらかしたのか……!」とも思っていったのだが。
そして、魔族のみんなが頬をつねったりする中ようやくメビウスがアンカウンタブルに声をかけた。
「昨日ってことは、人間たちと戦った時のことだよね?」
「それもそうですけド、ぼくの捜査のために勝手に作った変な設定のせいであの人たちがもの凄く迷惑をおかけしてしまっているじゃないですカ! あぁーもウ! どうやったらこの無礼をお許しいただけるのカ……!」
土下座をしながら頭を抱えて苦悩するアンカウンタブルに、この光景はやっぱり自分の夢の中での出来事なのではないかと思う人がさらに大量発生して、近くにいる人同士でお互いの頬をつねりあう光景が魔王城のアンカウンタブルがいるこの場所だけに生まれる。
それでも痛みを感じたからか、今度は頬をつねるのではなく殴ろうと言い出した魔族がいたのでその魔族を止めてからアンカウンタブルに、
「……それをいまさら言われても、もうどうしようもないだろ。あれだけ演技とは思えないくらい親しいふりをされたら俺とアニー・ガリッヂが恋人同士と思われても仕方がないだろ」
「あぁー本当に申し訳ございませーン!!」
周りから、「アニー・ガリッヂ、誰?」とか「魔王様と恋人同士!? 嘘ぉ!」とか、「アニー・ガリッヂゼッタイニユルサナイ」とか様々な会話が聞こえてきたが、アニー・ガリッヂの正体がアンカウンタブルなので別に間違いを正す必要がない気がして特に何も訂正はしないことにした。
それに、少なくともこれで魔王城内でアンカウンタブルがアニー・ガリッヂに変身することは防ぐことができる。
もし変身したらおそらく「アニー・ガリッヂゼッタイニユルサナイ」さんを筆頭にアニーガリッヂ討伐部隊が急きょ結成されるだろう。
その日がアニー・ガリッヂの命日だ。やったね。
「だって……まさかあの人たちがあんなにアニーちゃんを気に入っているとは夢にも思わなかったんですヨ! 人間ってあんな金髪碧眼の女の子が好きなノ!? なんで!? なんでぇ!? なんデェェ!?」
「本当にそう思っているならアンカウンタブルって結構危ないと思うぞ……」
後で人間の常識でも教えた方がいいかな……なんて思いながらメビウスは謝り続けるアンカウンタブルの肩を叩いて(ただし服だけなので沈む)、
「それに、お前の行動にきちんとした理由があるのはお前が言ってくれたことだろ。ならお前を信じなくてどうする」
「……! 魔王様!」
まるで自分を救いに天使が舞い降りてきてくれた様に顔を上げるアンカウンタブルを、メビウスはアンカウンタブルの耳元(と思われる場所)に口を近づけて、
「もし一緒に寝ようとか変な噂が流れそうなことを言ったらアニー・ガリッヂの事イヴに教えてやるからな」
「……! お、お願いします……! それは、それだけはどうかお許しを!」
実は根に持っていたことをメビウスが思いついた一番の罰を使っていてみると、また土下座をし始めたため意外と効いたようで次からも何かあったらこの罰をおど――説得材料に使おうと決める。
この一か月の間で、メビウスはアンカウンタブルがイヴの事をかなり大切にしているのを見破ってた。
知っていた人の意外な関係を知って驚いたのはだいたい一週間前。それから時々アンカウンタブルがイヴと一緒にいるところを見てみれば、なぜか他の魔族と話すのが苦手なイヴがどうにかではあるが話すことができていてしかもごくまれに笑っている姿も見ることができている。
そんなイヴにアニー・ガリッヂの事は知られまいとしようと必死に土下座をしているアンカウンタブルを見て、
「それだけはお許しをって、絶対にイヴ様関係の話をしていたわね」
「アンカウンタブル様はかなりイヴ様のことを気に入っていらっしゃるからな……」
「……ロリコン?」
「いや、実はアンカウンタブル様とイヴ様ってそんなに年齢が変わらないんじゃないかのぅ?」
「たしかに、見た目なんてアンカウンタブル様は何にでも変えられるしな」
「でも口調は確かにイヴ様と同じくらいかも」
などとの意見が飛び交っていた。
謎に一発でメビウスがアンカウンタブルに告げたことを当てられているのが怖かったのだが、メビウスは咳払いをして、
「……ともかく、そんなことになりたくなかったら程度を考えろ。わかったなアンカウンタブル」
「はい、魔王様……! グスッ!」
「……さて、もう人間領王都に向かうとするか。昨日は結局何もできてなかったからな、俺も次はこうならないように反省しないとな。では、人間領王都まで頼むぞフィルモア」
「了解いたしました魔王様」
なぜか本当にアンカウンタブルが反省しているのか不安になったが、さすがにイヴを持ってきているのだからそれはないだろうと思いつつ、アンカウンタブルに立つように指示した後にアンカウンタブルはアニー・ガリッヂの姿に変身する。
その直後はなぜアンカウンタブルがいきなり人間の姿になったのかと驚いている人がたくさんいたが、すぐに今から向かう人間領王都ではその姿でないと悪目立ちするからと気付いて納得する。
しかし、「魔王様からの頼みとはいえ人間なんかの姿にならないといけないなんて辛いなぁ」といったことを誰かが言ったのを聞いて、メビウスは少し心臓に小さな針が刺さったような気持ちになった。
これは魔王城に住む以前から知っていたことだが、人間の中でもそうであるように魔族の中でも人間を相当憎んでいる。
人間と魔族がお互いの手を取り合って共存する世界、「魔王の勇者」を名乗るメビウスが目指す世界であるその世界をどうしたらメビウスが作れるのか、それはいまだにわからない。
でも、わからないからやらないじゃなくてわからないからこそ何かをやるのだ。
それが今回メビウスがグラシャラボラスを魔王城のあるここに取り戻そうとした理由である。
そして、メビウスはきちんと武器である剣を持っていることを確認すると転移魔法を準備していたフィルモアに、
「頼む」
「はい」
たった一言だけの会話をすると、メビウスの無事を祈る声であふれていた魔王城のあの場所を映していた視界が一瞬で真っ白に染まってその声も聞こえなくなり、
「……さてと、今回は変なことをしないでね」
「了解ですメビウスさん」
人間領王都の中でも人目のつかない路地裏に転移してきたメビウスたちは、そこから大通りに出て昨日も訪れたギルドに向かって歩き出した。
今回もギルドに向かう道中では何もなく、無事にギルドの扉の前まではたどり着く。
ただし、問題はこのギルドの扉を開けた後で、
「開けるよ、アニー」
「う、うん」
メビウスとアニーはかなり緊張しながら扉に手をかけて一気に開けた。
そして、緊張する二人を待っていたのは……、
「「「「「……! アニー・ガリッヂ様! メビウス様! ご結婚おめでとうございます!」」」」」
予想を裏切るようなものでもなんでもなく、メビウスが予想していたものとほとんど変わらない「こんなことになったら嫌だなぁ」と思っていたものの一つであった。
なぜか「どうも……」なんて言っているアニーをメビウスが睨んでいると、一人の男がやってきた。
赤い瞳を震えさせながら祈るようにメビウスたちを見る男は、瞳と同じように震える声で、
「その……本当なんですか……? アニー様が、あなたと結婚するなんて……それに、もう子どももいるとお聞きしたのですが……」
そう聞いてくる男の様子がやばくて、メビウスは絶対に例えそれが冗談でもあったとしても「はい、この人を必ず幸せにしてみます!」なんて言えないなと思う。
まあ、結婚なんてしていないから何も問題はないのだが……、
「アニー」
「は、はい!」
なぜか子どもまでいることになっているのは、絶対昨日のアニーの発言が原因なので「イヴがどうなっても良いのか?」といったニュアンスを込めて睨みつけると、なんかかわいく背筋をピンっとしたのでアンカウンタブルは実は女の子なのでは? と疑ってしまう。
そういえばアンカウンタブルは男の子なのか女の子なのかどっちなのだろうか?
これはメビウスが一か月以上魔王城で過ごしても分からなかった二不思議の一つである。
もちろん、二不思議のもう一つはイヴの性格の変化だ。
そして、メビウスがアンカウンタブルの性別について考えていると、多分メビウスが少しあんなことを言ったので焦ってしまったからかアニー自身がその疑惑について話し始めた。
「……えっとね、アビさん。その、メビウスさんはぼくが一方的に好きだって言っているだけで、別に結婚してるとか、子どもがいるとか、そもそもお付き合いすらしてなくて……」
「「「「「えっ、まじっすか?」」」」」
「だ、だってプ、プロポーズとか、は、恥ずかしいじゃない! 冗談のつもりで好きって言うのなら大丈夫なんだけど、そ、その、いざ真剣に好きだって面と向かって言うのって……む、無理~~!」
その好きな(と言う設定の)人が目の前にいるのに「恥ずかしい……恥ずかしいよぉ~~!」と顔を覆って叫んでいるアニーは、もしメビウスが特別な事情を知っていなかったら普通に恋する乙女だなぁと思ったかもしれない。
しかし、忘れてはいけない。このいかにも恋する乙女な少女は性別すらわからない魔族の最強集団四天王の一人であるアンカウンタブルだ。
だからこそこれは紛れもない演技であり、メビウスはどうしても素直にそのような評価をすることができなかった。
でも、残念ながら、
「「「「「どうしてあなたはアニー様をこんなに夢中にさせられるんですかこん畜生!」」」」」
アニーの演技は事情を知るメビウス以外にはわからないほど完璧で、もしメビウスの望む世界が迎えられたらいつかサンドロスと一緒に仕事でもすればいいのではと思う。
ただ、これはメビウスがアイドルと俳優の区別がついていないからの発言なのだが。
そして、この状況をメビウスがどうしたいいのかわからないままでいると、
「あ、あの! メビウスさんに迷惑かけないでください! ぼくがメビウスさんの事を好きな……ぼくのせいでメビウスさんに迷惑がかかっているなんてそんなの……!」
「「「「「申し訳ございません! アニー様!」」」」」
きちんと昨日のことを反省しているからだろうか、周囲の人が納得してメビウスに迷惑をかけないようにしてくれる演技をしてくれる。
ここまできちんとしてくれたなら、メビウスはイヴを使った罰を実行するのはやりすぎだろうと思い今回はそういった事はやめようと決めた。
でも、もうそろそろグラシャラボラスの情報を集めたいと思ったので、
「……アニー、もうそろそろちゃんと仕事をしないか?」
「う、うん! そ、そうだね! えっと、えぇーーと、えぇーーーーと、こっちの掲示板にはぼくたちの捜している依頼がないから……すみません! 受付のお姉さん、特別な掲示板のところにお願いします!」
ちなみに、冒険者の人々が仕事である依頼を受ける方法はギルドの中にある掲示板に張られている依頼の紙を受付まで持って行って渡してきちんと受理される事である。
その依頼が張られている掲示板は基本全部ギルドの中かすぐ近くに立っているのだが、王都のこのギルドだけは少し特殊なのだ。
特別な掲示板、アニーはそう言ったがこのギルドでは「魔族掲示板」というのが正式な名前らしい。
魔族掲示板はこのギルドにだけあるもので、王都のすぐ近くにある魔族のすみかであるグラシャラボラスも住んでいる場所に行かなければならない依頼だけを集めたもので、このギルドに認められた実力の持ち主しか見ることを許されない物だ。
魔族掲示板が存在する理由はただ一つ。魔族がうじゃうじゃいる場所に一般の冒険者が行くのは危険だからだ。
おそらく、いきなり魔族掲示板のところに行くのは変な疑いをかけられると思ったからこの演技をしたのであろうアニーは、きちんと魔族掲示板を見られるほどの実力があるということは人々に公表しているらしい。
ちなみに、魔族掲示板を見たいと思うならドレイクと戦って三十秒間以上耐えきることができる実力が必要だ。
もう一度ちなみに、アニーに変身している時の実力をメビウスは知らないが特に本気を出さなくでもアンカウンタブルはドレイクの攻撃を無傷でよけきることが可能だ。
そして、アニーに呼ばれた受付の人が急いでやってきた。
「いつもこちらのギルドをご利用いただきありがとう御座いますアニー様。魔族掲示板ですね、すぐにご用意いたしますがそちらの方は……! いえ、失礼いたしました! アニー様と一緒にいらっしゃるお方なら大丈夫です! 少しお待ちください!」
受付の人がメビウスが魔族掲示板を見ることを大丈夫なのかと心配した時に、メビウスの黒い髪の毛と黒い目を見ていたのが少しに気になったが、今回はアニーがそんなメビウスに気づいたからか小声で「すんなり見れるんだから我慢して」と言われたので言われた通りに我慢することにした。
そしてメビウスとアニーが待っていると、受付の人がどこからか不思議な形をした鍵を取り出して右に数回と左に数回鍵を回してから受付の中にあった扉を開ける。
すると扉の奥に広がっていたのは、
「はい、こちらが魔族掲示板がある空間へ続く扉でございます。どうぞこちらへ」
本当に別の部屋につながっているのか疑いたくなってしまうような、小さな子どもが好きなだけ様々なクレヨンで画用紙を塗りつぶしてできるような色をした場所を、メビウスとアニーは潜り抜ける。
「お帰りの際は二回このドアをノックしてください。そうされましたらわたくしがこの扉をお開け致しますので」
そう言われた後に扉がしまり、とても暗い空間に二人が残される。
その瞬間に一つの光が天井から差し込んで、その光に照らされた場所にはたくさんの紙が張られた掲示板が一つだけぽつんと立っていた。
「あぁ、つかれタァ……」
「えっ!?」
それと同時にアニーが若干アンカウンタブルに似た声の高さでため息をつきながら言ったので、あまりにも急な不意打ちにメビウスはこんな声を出してしまった。
そしてアニーの方も自分がどんなことを言ったかを思い出して、「は、は、ははぁ……」と苦しい言い訳をする。
それは、突然だった。
「……」
「……ねえアニー、何をしてるの?」
アニーは突然メビウスのいる方に歩いていくと、無言のままほとんど密着しているとも言っていいほど近づいて、
「……」
「……」
魔族掲示板を照らすそれしかない明かりが、メビウスとアニーに少しだけ光を与える。
その光でかろうじてわかったアニーの表情は、まるでアンカウンタブルに表情があればいたずらを仕掛けようとしている時にしそうな顏で、
「ぼくがこんなに人気になっちゃった理由、教えようか?」




