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第一章 二十四話目「最後のやり直しの本当の始まり」

 と、見事メビウスが勝てないと思った相手であるドレイクを倒したのは良かったのだが……、


「ドレイクどこまで打ち上げてんの!? このまま落下したら確実に死ぬ!」


 メビウスは、この高さから落下している間にもどんどん落下する速度が上がっているのがわかって、焦りと死の恐怖がメビウスを鷲掴みにして離さない。


 せっかくメビウスの心の悩みも解決して、強敵にも勝って良い終わり方をしようしていたのに、その直後に落下死で全て無駄になるなんてそんな報われないことはないだろう。


 メビウスはもう生きるのを諦め、痛みがないまま死ねることを祈って、


「……お前、確かプロヴィデンス?」


 フィルモアがメビウスをレイン村で助けてくれた時に連れていた、龍の頭蓋骨の形をした武器がメビウスを優しく受け止めてくれて九死に一生を得た。


 そしてプロヴィデンスはメビウスを地面に下ろすと、


「撫でて欲しいのか?」


「クルルルルル!」


 と、メビウスにはあの時のように可愛い声を出して、撫でて撫でてと言っているようだったのだが、メビウスは撫でようと思ったすぐに今すべきことを思い出して、


「わかった。じゃあ、あの落下している人間がいるだろう? あいつを生きたままここに運んできてくれたら撫でてやるよ」


「クルルルルル!!」


 メビウスがそう言うとすぐに超高速で飛んでいき、落下しながら血の雨を降らすドレイクを甘噛みで出血が酷くならないようにしながら受け止めて、そしてメビウスのところに持ってきた。


「ありがとう。よーしよしよし」


「クルルルルル!!」


 プロヴィデンスはメビウスに撫でられると、喜びのあまり口を大きく開けてドレイクの体が地面に放り投げられる。


 そんなドレイクを見てメビウスは感じるものがあったが、メビウスが勇者だった時にやけに死んだと思ったら生きてる場面が多かったこともあり、


「……まあ、今はいいか。でも、お前がここにいるってことは」


「魔王様! ただいま参りました!」


 名前を呼ばれて上を見ると、フィルモアがまたあの骸骨の龍に乗ってメビウスの元に駆けつけてくれていた。


「でも、お前確か魔素切れだろ? なんで来たんだ?」


 フィルモアが骸骨の龍から降りるのを見ながら、メビウスはそれを疑問に思って聞いてみると、


(わたくし)もそう思ったのですが、アンカウンタブル様が魔王様をお迎えに上がってと仰ったので……でも、おかしいですよね」


 フィルモアはこちらも撫でられることを望む龍を撫でながら、メビウスに向かって呟いた。


「この子、ウロボロスは魔王様を絶対に上に乗せようとしないのに。だから、レイン村へ魔王様をこの子に運んでもらうことは提案すらされなかったんですから――」


 フィルモアが驚いて黙り込んでしまったのも仕方がない。


 なぜなら、フィルモアがウロボロスは魔王を乗せようとしないと言った矢先に、ウロボロスがメビウスの前に頭を下げてまるで乗れと言わんばかりに待機したからだ。


「ウロボロス……」


「ありがとなウロボロス。でも、乗せるのはちょっと待ってくれ」


 メビウスがウロボロスを少し撫でてやるととても嬉しそうに鳴いたのを聴きながら、プロヴィデンスがメビウスのために助け出してくれたドレイクの体を片手で持ち上げると、


「おい、そこのお前」


「ひ、ひぃ!」


 先ほどの戦闘でメビウスの実力を見せつけたので、すっかり戦う気が失せてしまって小動物のように震えていた人間の兵士の一人に、メビウスは持ち上げたドレイクの体を投げつけた。


「そいつ、今は気を失っているが今すぐ戻って治療してやれば傷も治るだろ。人間にとってこいつみたいな俺と同等に戦える奴を失うのは大きな損失じゃねえか?」


 だから、さっさと帰ってください。と、心の中ではメビウス本来の声で優しく、フィルモアとウロボロスとプロヴィデンスが人間を殺意で満ちた目で見ているのに気づかぬままお願いをすると、


「全員! 退却!」


 きっと、ドレイクに何かあった時に指示をするために事前に選ばれていた人間が叫んぶやいなや、人間の兵士の全員が全速力で人間領に帰っていった。


 そして結果的にメビウスとフィルモアたちだけになり、静寂が訪れたビオグラードでポツンと立ちつくして、


「あっ……」


 ふと、一つの風が吹いて消えていった。それはメビウスの頬を撫でて、フィルモアの髪を揺らし、ウロボロスやプロヴィデンスたちには特に何もなく、戦場であった草原の草を鳴らし、一つだけ生えていたシオンの花を愛でて、


 メビウスはその風が運んできたさまざまなものを堪能すると、一度ウロボロスやプロヴィデンスを見てからフィルモアを見て、


「帰るか、魔王城に」


「了解いたしました。魔王様」


 魔王城に帰る、その言葉にメビウスは笑みをこぼした。


 今までメビウスはその言葉を素直に受け入れられなかったが、「魔王の勇者」であると決めたメビウスは今すぐに魔王城に帰りたかった。


 今までは、ほとんど仕事の話しかしていなかったフィルモアと帰る途中に話してみよう。


 メビウスは、フィルモアの人間を憎む気持ちではなく、魔族を愛する気持ちを聞いてみたい。


 魔王城に着いたら、まずはアンカウンタブルにでも話してみよう。かつてメビウスが何度繰り返しても戦い方を覚えきれられなくて、苦しんだ戦術を生み出した頭脳を使ってもらって、メビウスを驚かしたり笑わしてみて欲しい。


 次はアシュラのところに行こう。今度は殺しあうために戦うのではなく、お互いの弱さを理解して更に強くなるために剣を交えたい。


 そういえばメビウスが魔王城に来てから一度も話せていない、イヴにも話しかけてみよう。こっちは必死だというのに、戦闘中にペラペラペラペラ余計なことを話して余裕ぶった態度をとっていたので、なぜかその時の知識をメビウスが結構覚えてしまったくらいに悪質で印象に残ったうんちくを、ぜひ知恵を深めるために教えて欲しい。


 四天王以外にも、かつては命をかけて戦って良い印象が残っていなかったが、今は話してみたい魔族がたくさんいる。


 その溢れんばかりの思いを胸に込めてメビウスはウロボロスの頭に乗せてもらった。


 思い出せば、このウロボロスはあの日魔王城からレイン村までたった十分くらいで移動速度を持つ龍なのだ。


 だが、フィルモア曰くウロボロスは魔王を今まで乗せた試しが無かったとのことなので、あの時メビウスがウロボロスにレイン村まで運んでもらおうと提案していたら、メビウスはそのことを疑われてしまって今は無かっただろう。


 メビウスは、本当に気づかないうちにまた九死に一生を得ていたようだった。


 メビウスに続いてフィルモアがウロボロスの上に乗り、そしてウロボロスは頭を上げて空高く飛んでいく。その直前に、


「今回は魔王様がお乗りになっていますから、決していつもみたいな速度を出さないでくださいね」


「ーーーーーーーーーーーー!!」


 フィルモアに答えるようにウロボロスは天高く咆哮して、そして魔王城に向けて飛んでいった。


 人間には空を飛んで誰かを移動させる乗り物や生き物はいなかったので、このウロボロスとの飛翔がメビウスにとって初めての空での移動である。


 初めての空の旅はウロボロスが速度を考えてくれているので、今までで一番心地よい風がメビウスを歓迎してくれてくれている。


 その風の気持ちよさを思う存分味わってから、メビウスは早速「魔王の勇者」としての行動を実践してみることにした。


「なあ、フィルモア」


「どういたしましたでしょうか、魔王様……?」


 フィルモアはメビウスにいきなり話しかけられて少し動揺の色を見せる。メビウスはその動揺がいつか消えて欲しいなと思いながら、


「風が、気持ちいいな」


「はい、ウロボロスと一緒に空を飛んでいくことはよくありますが、ここまで気持ちの良い風は初めてです」


 そこで会話は一旦途絶えて、メビウスとフィルモアはまた風が優しくメビウスたちを撫でるのを思う存分堪能する。


「今日、帰ったらどんな日が待っているかな?」


「……魔王様?」


 メビウスは風を堪能しながら、ふとそんなことを呟いていた。


「そして、今日が終われば明日が来て、明日が終われば明後日がくる。気がつけば一ヶ月、三ヶ月、半年、一年って過ぎていって、全く知らない未来がやってくる……一体、どんな未来が来るんだろう?」


 きっと、この言葉はメビウスの本心の言葉だった。


 メビウスが「魔王の勇者」になると決意したことで、そしてこれから先の未来で「魔王の勇者」としてメビウスがその道を歩いていくことで、今までメビウスが「勇者」だった未来しか知らなかったメビウスにとって未知の世界がやってくる。


 だから、メビウスはあんなことを思って言っていたのだろう。


(わたくし)は、きっと魔王様がお望みをお叶えになった未来で、たった一人のメイドとしてその未来を過ごしていると思います」


 そして、そんなメビウスのたった一人の呟きにフィルモアは真剣に考えて答えてくれた。


「魔王様は必ず魔族を勝利へとお導きになるお方です。ですから、この先どのようなことが起ころうとそれだけは必ず訪れる未来です」


 メビウスが望む未来と、フィルモアがメビウスが望んでいると考える未来。それは少し違うものだ。


 フィルモアはきっとメビウスが人間を滅ぼして魔族を勝利へと導くと思っているが、メビウスはそうは思っていない。


 ただ、メビウスが「魔王の勇者」として望む未来は違う。メビウスは人間と魔族が二種族ともが手を取り合って笑い合う、誰も見たことがなく想像すらしたことのない未来を望んでいる。


 そんな未来、ただ望むだけでは手に入れられないのはわかっている。人間と魔族は三百年もの間お互いを心の底から憎み合い、血を血で洗う戦いを続けていたのだ。


 それに、そもそもメビウスは四天王たちを代表とする魔族たちに、このメビウスの未来を望みたいと思ってもらわないといけないし、その過程で何度ももめることがあるだろう。


 もし、魔族をまとめ終わったとしてもそれで終わりではない。その後はメビウスの未来を人間にも望みたいと思ってもらわないといけない。


 そして、その過程で人間と戦わなくてはいけない時が来てしまうかもしれない。それは今日戦ったドレイクだったり、今はどこへいるかもわからないメランコリーやティナといった、かつての「勇者」としてのメビウスの仲間と戦わないといけない日も含まれている。


 それでも、これがメビウスの望んだ未来だ。メビウスは、この未来を絶対に掴み取ってみせる。


「魔王様、今日はいつもの魔王様と少し何か違いますね。なにかあったのですか?」


 改めてメビウスが自分の決意をより硬いものにしていると、明らかにそれがヴァニタスの態度ではないので、さすがに何かあったと思ったフィルモアがメビウスの方を見ていた。


 メビウスはどう言い訳をしようかなと考えて、


「え、うーん……そうだな、今日はいいことがあったよ。ただそれだけ」


「そうですか……」


 フィルモアは、メビウスの明るい顔を見てべつに魔族にとって生死に関わるようなとても重要ではないことだと判断して、これ以上の言及は避けて一旦話が止まる。


 そしてしばらくすると、メビウスの見ている風景の奥の方に一つだけ無駄に高い建物が見えてきた。


「おっ、見えてきたな魔王城」


「といってもまだ到着までしばらくかかりますが……いえ、魔王様。少しウロボロスにつかまりください」


 前言撤回をしたフィルモアの言うことに従って、メビウスはウロボロスの骨を掴んだ。するとフィルモアもウロボロスにつかまって、


「ウロボロス! 全速力でお願いします!」


「ーーーーーーーーーーーー!!」


 メビウスは、ウロボロスが全速力を出したため、ドレイクに打ち上げられた時の風なんて比べ物にならない暴風に襲われることになった。


 メビウスがこれからとんでもないものが来ると考える前に感じてすぐに目を閉じた直後に暴風が肌を叩きつけ、風が強く吹いた時の独特の音が大音量で耳に入り、短い髪の毛が全て後ろに押し付けられる。


 メビウスはそれらが長く続くという地獄がこの先待っていると覚悟して、


「魔王様、魔王城に到着いたしました」


 その地獄が一瞬で終わったので、少しの間だけ驚いた後にゆっくりウロボロスから降りた。


「さて……予定より早く魔王城に着いたし、せっかくだし最近話してなかったイヴにでも話に行こうかな……」


「イヴ様の居場所ならまずアンカウンタブル様が良くご存知です魔王様」


 フィルモアは、メビウスに返事をした後に甘えてきたウロボロスを撫でてやると、プロヴィデンスたちのように可愛い声で鳴いたウロボロスに別れを告げて、メビウスと共に魔王城内に入っていき、


「クルルルルル……」


 そして魔王城の中に入ろうとしたところ、ウロボロスがとても寂しそうに鳴いたのでメビウスは振り返ってウロボロスの方を見た。


「クルルルルル……」


 ウロボロスはメビウスの胸の高さの位置に頭を持って来ると、またあの時のように撫でて撫でてと懇願してきた。


「ウロボロス……」


 メビウスは心の中に湧いてきたこの気持ちを抑えきれずに、ウロボロスの骨の肌を撫でてやると、


「クルルルルル♪」


 あの時のように心のそこから嬉しそうな声を出して喜んだウロボロスを見て、メビウスはふとウロボロスが魔王のことをどう思っているのかわかった気がした。


 きっと、ウロボロスは魔王が嫌いなのではない。ウロボロスが嫌いなのはヴァニタスであって、今の魔王の体を持っているのがヴァニタスではなくメビウスだということに気づいているのかもしれない。


 だから、ウロボロスはヴァニタスは乗せなかったがメビウスは乗せたのだろう。


 どうやって気づいたとか、そもそもわかっているのかは言葉が通じない以上確かめようがないが。


「じゃあ、もう戻るなウロボロス」


「クルルルルル!」


 メビウスが言葉をかけてやると、ウロボロスは骨でできた羽を羽ばたかせて空高く飛んで行った。その光景を、メビウスとフィルモアはウロボロスの姿が見えなくなるまで見送り、


「さあ、今度こそ戻るか」


「はい、魔王様」


 メビウスは太陽が照らすこの場所からようやく魔王城の中に入って、長く長く続く廊下を歩いて行って一つの部屋の扉の前に着き、その扉を言葉で言い表わせないこの気持ちと共に開けた。


 すると、無事に帰ってきたメビウスを見たその部屋にいた魔族たちが、一斉にメビウスの方を見て、


「魔王様……魔王様がご無事に戻られたということはつまり……」


「まあ、そういうことだ」


 メビウスがアシュラの問いに答えると、そこにいた魔族のほぼ全員が、


「魔族の、魔王様の勝利だ!!」


 アシュラの宣言の後で、心の中にとどめようとしても溢れ出てしまう喜びに浸ってその喜びを分かち合った。


 もちろん、メビウスが「ほぼ」全員の魔族と言ったのには理由がある。


 割と入り口の近くにいたアンカウンタブルの後ろに隠れていたイヴは、少し恥ずかしそうにメビウスを見ていたからだ。


「久しぶりだなイヴ。最近全然話していなかったな」


「ま、魔王様……!」


 メビウスが話しかけると、イヴはまるで恥ずかしい失敗を見られてしまった時のように慌てふためき、アンカウンタブルの服をさらに力を込めて握りしめて、まるで親の背中に隠れる子供のような態度をとった。


 その様子にメビウスは違和感を感じてしまう。メビウスの知っているイヴは、とても物知りでその知識を見せつけるのが好きな、おしゃべり大好きな女の子だったのだが……、


「魔王様、それ以上イヴちゃんに話しかけるのはやめてあげテ、イヴちゃんが緊張で死んじゃうかラ」


「そ、そうかアンカウンタブル……ありがとうな言ってくれて」


 たしかに、今のイヴはアンカウンタブルの言ったことが現実になってもおかしくないほどの緊張しているように見える。


 メビウスは今回魔王城に帰ってからの楽しみにしていた、イヴとの会話が出来なくなってしまったことを残念に思いながら、同時にメビウスは喜びを噛み締めながらも、魔族たちがメビウスを見ていることに気づいて、メビウスはみんなの顔を見てこんなことを思う。


 かつて倒す相手だった彼らは今はメビウスが守るべき大切な仲間だ。そんな大切な仲間たちにメビウスは、


「みんな……ただいま」


 魔王になってから一番な笑顔を見せてこの気持ちをこの一言に込めて届けた。


 この言葉の後に魔族たちがどんな反応したかなんて、きっと言わなくてもとても簡単に分かることだろう。

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