第一章 二十三話目「魔王の勇者」
いきなり襲ってきたドレイクの振るった斧をメビウスは握っていた剣で素早く防ぐ。
だが、剣から伝わる重量は凄まじく、ふと気を緩めればこのまま剣が弾かれて斧がメビウスの体を引き裂いてしまいそうだった。
「魔族って魔法が強いから武器なんてそうそう握らねえんだろ? それなのに剣で斧を防ぐってどんな体してんだよ!」
「僕もまさか剣で斧を防げるなんて思ってもなかったよ!」
メビウスとドレイクはそれぞれの気持ちをぶつけ合い、その後お互いの武器のぶつかり合いが始まる。
メビウスが剣でドレイクに戦闘が続行不能になりかつ死なない程度の傷を与えるために剣を振り、それをドレイクがメビウスの攻撃を防ぐたびに、
あるいはドレイクがメビウスを殺すために斧を振り、メビウスが防ごうとするたびにお互いの武器がぶつかり合い、その度に鋼が勢いよくぶつかった時の特徴的な耳に残る音と、とてつもない反動に気が抜けてしまいそうなのを堪えて次に繋げる。
そもそも、メビウスが数々の強いという言葉では表わせきれない実力の魔族たちと対等に渡り合えたのは、「勇者の力」のやり直しがあるからということは何度も思っているところだ。
しかし、メビウスが「勇者の力」に依存していることは理解しているがメビウスはその「勇者の力」のおかげで手に入れた、他のみんなにできないこともある。
それは、相手の癖を見つけること。本当は、ドレイクは仲間として何度も戦っているのだから仲間の癖ぐらい覚えているべきだったのだろうが、残念ながらメビウスは、ヴァニタスの攻略法を考えるのに記憶の容量を使い果たしてしまっていたので覚えていない。
だが、それなら今戦っている間にドレイクの癖を見つけてしまえばいい。例えばこのように、
「次はこう!」
メビウスは次にドレイクがメビウスに斧を振るだろうと思った軌道を読み、ドレイクの斧はメビウスの予想通りの軌道をたどって、メビウスが消えたため誰もいない虚空を切る。
そして無防備になったドレイクを斧を持たなくさせるために腕を狙ったメビウスの一撃が放たれ、
「甘え!」
ドレイクは目にも留まらぬ速さで斧を振るうと、余裕を持ってメビウスの剣を防いだ。
メビウスは今のドレイクの速さに思わず目を見開いてしまう。ドレイクは斧という重くて両手を使う武器を使っているためその分斧を振るう速度が遅くなるはずなのに、その速度は本気で剣を振るうメビウスの速度に一切遅れをとっていない。
むしろ、剣を振るい続けていくうちに一週間以上剣を持って戦いも鍛錬もしてこなかった体が剣の戦い方を思い出して、メビウスの攻撃をする速度は確実に上がっているのに、ドレイクがメビウスの速度に対応できてしまっている。
つまり、それが意味するのは……、
「お前、わざと本気出してないだろ」
「お前も本気を出してないだろうが。戦士を侮辱する気か? お前も魔王なら……」
ドレイクは斧の軌道をずらしてメビウスの剣の表面を滑るようにしながら、メビウスの右側に移動して剣から離れた斧を再び振るい、
「持ってるもん全部出しやがれ!」
いきなり速度の上がった斧をメビウスはギリギリのところで剣で反応するが、メビウスの力が足りず押し切られてメビウスは少し遠くの地面に吹き飛ばされた。
「……改めて僕の仲間って恐ろしいね」
改めてヴァニタスを倒そうとした時にドレイクが魔族側にいなくて良かったと思う。もしドレイクのような才能を持つ者が魔族側にいたら、メビウスはさらに何百回もやり直しをしなくてはいけない回数が増えていた。
事実、魔族で最強の武力を持つアシュラを倒すのには九百七十七回のやり直し、メビウスの九百七十七回の死があった。
メビウスはもう一度剣を構えると先程ドレイクに言われたことについて考える。
そういえば自分の失態での怒りとドレイクとの戦闘がいきなり始まったこととが相まって、メビウスはすっかり魔法を使えていたことを忘れていたことに気づき、そして思わず叫びそうになったのをどうにかして堪えた。
ふと後ろの何かを食べ続ける暗闇たちを振り返って見てみる。これを生み出したのが魔術に一切の才能がなかったメビウスだという事実に未だに信じられないなと思ったが、いざ生み出したのはいいもののあいつらに命令する方法がわからない。
とりあえず動けと念じてみてそれでダメだったら諦めようと思い、とりあえず一部の暗闇が動いてドレイクに襲いかかるイメージをして、
「あ、動いた」
メビウスは本日二度目の驚きを感じながら、メビウスの心の中で命令された暗闇たちはおぞましい鳴き声を上げて、牙を鳴らしながら飢えに飢えた獣のようにドレイクに襲いかかり、
「ようやくやる気になったか、魔王!」
ドレイクは暗闇たちの攻撃にようやくやる気になり、前と左右からメビウスが命令するのをいくつかにしたものの、元々の量が多いためその数が十数個にまでのぼる暗闇たちに意識を集中して、
「す、すごい……!」
一つ目の正面からドレイクを捕食しようとした暗闇を僅かな後退でかわす。
右から、左からと間髪入れずに口を大きく開きてドレイクを食わんとした暗闇を左、右と体の向きを変えて回避。
その後その暗闇たちの下に空いた地面との間の空間から足を食べにかかった暗闇たちをジャンプして回避し、そのままついさっきの暗闇たちの上でも襲いかかっていた暗闇たちを飛び越えて、ドレイクの背後から襲っていた暗闇たちと正面から襲っていた暗闇たちが衝突する。
その見事な回避に、メビウスはまるで完成された芸術作品を見ているような気分になり、今のドレイクはメビウスの敵だというのにかつて仲間だったときのように思わず関心してしまった。
「グルルルルルルルルルルルルルルルルル」
しかし、衝突した暗闇たちは混ざり合って一つの大きな暗闇の獣になり、なかなか目をつけた餌が食べられず怒りがたまり唸り声を上げる。
そして、一つとなった暗闇たちの猛攻が始まった。
先程までと比べて何倍にも大きくなった口は、手も足も出なかったドレイクをじわじわと追い詰めて、カスリもしなかった牙は時々ドレイクの腕や肩を削り、その傷はだんだんと大きくなって破られ晒されている肌や服に血の色が目立ってくる。
そしてこれはまさかの、メビウスの初めての魔法があのドレイクを倒してしまうのではと、メビウスは自分自身の勝ちが近づいていると感じた。
「グルアアァァァァァァァァァァァァ!!」
ついにドレイクを喰らいトドメをささんと暗闇は咆哮し、大きな口をさらに大きく広げて、
「アースバレット!」
その開いた口の中にドレイクは魔術で土の刃を生み出して、
「オラァァ!」
ドレイクは斧を使って土の刃をすくい上げ、そのまま生み出した魔術で暗闇の脳天を切り裂いた。
「グルラァァァァァァァァァァァァァァ!」
勝ちを確信したところに思わぬ致命傷が入り、暗闇は悲痛な叫びを上げて空の中に霧散して消えていき、
そんな暗闇の対処に全神経を集中させていたはずのドレイクの斧は、天を切り割いてからドレイクの背後で腕を切り裂こうとしていたメビウスの剣へとふりおろされた。
「……まさかだけど僕が君を切ろうとしていたことわかってた?」
「わかってなかったらわざわざ魔術なんて使わねえよ。バハロンじゃあるまいし」
メビウスにとって、剣を使いながら魔術を使うのはバハロンの特権だったのだが、新しく武術を極めながら、なおかつ習得できる人間の少ない魔術を使える人間が生まれた、この貴重な瞬間に居合わせることができたということにメビウスはとても驚いた。
それに、魔法そのものであるメビウスの暗闇は同じ魔法か魔術でしか切れないからと言って、いともたやすくバハロンしかできなかった偉業を成し遂げた、ドレイクにも頭が混乱してしまいそうなほど驚いた。
そんなドレイクに、弱いメビウスが戦っても確実に勝ち目はない。
もし、メビウスの体がメビウスのもののままだったら。
メビウスは後ろで控えていた暗闇の残りを、先程よりも多くの数だけ指示して多方向からドレイクに攻撃をしかける。
その攻撃はするのが初めてであるにもかかわらず、初見でメビウスがこの戦い方をされたら、確実にやり直しをしなくてはいけないだろうと思えるくらいに良い戦い方だった。
ただし、いくら「勇者の力」にメビウスの力が依存しているとはいえ、メビウスは人間の中でもかなり高い実力を持っている。
そうでなくては、そもそも相手がメビウスに攻撃したという瞬間すらわからぬまま何度も殺されてしまう。
つまり、メビウスの言いたいことは、どれだけやり直しができても最後に相手を倒すのはメビウス自身なのだから、例えば今のドレイクの攻撃にも反応できる身体能力は必要だということだ。
しかし、自画自賛するようで嫌だが、そんなメビウスですら初見で避けられない攻撃を、ドレイクは初見で難なくかわしてみせている。そしてそんなドレイクの実力はメビウスの実力をはるかに上回り、
「これで――!」
ドレイクは、メビウスがドレイクの攻撃を完全に防ぎきれずに剣を持つ右手がメビウスの体から離れたのを見計らって、メビウスにトドメをさすべく斧を振り上げ、
「そういえば、この体は幼い女の子くらいなら片手で首を握りつぶせるくらいの力があることを思い出したしたよ。まあ、全然思い出したくなかったけど」
それに対してメビウスは、ドレイクの斧を掴んで受け止める。
途端、メビウスの腕を伝って感じる衝撃。きっとかつてのメビウスが受け止めても勢いを少しも緩めずにメビウスに襲ってきたであろう斧は、今のメビウスに掴まれた途端に下へ下がるのをやめた。
これは、あのメビウスの体の何倍も力があるヴァニタスの体だからできた芸当だ。
「それにようやくこの体を動かすコツもわかったし、ようやく本気が出せるかな? それにしても、使ったことない体って不便だね」
メビウスはドレイクと、一目見ただけではドレイクの斧でどれだけ熾烈な戦いが繰り広げられているのか、全くわからない己の力のぶつけ合いの最中、きっとドレイクには理解不能な独り言を呟いた。
そして、メビウスはドレイクがメビウスの発言に戸惑いを見せて力が緩まないのが分かると、
「せっかくだし僕の全速力味わってみなよ!」
ドレイクのがら空きな体と腕を覆う鎧の隙間の、鎧で覆われていない無防備なところに向かって、メビウスの持っている力全てを使い右手を動かし、これまで放ったことのない速さで剣を放った。
さすがにこれは止められない。メビウスは勝ちを確信して剣がドレイクの体に吸い込まれるように進んでいくのを見届けて、
「オラァァ!」
ドレイクが放った拳にメビウスの剣の軌道がずらされて、そのまま全力を出してしまったせいで制御もできずにメビウスの剣が手から離れて、空へ飛んでいくのを見届けることになった。
「なっ……」
「よそ見してる場合か!」
メビウスが驚きのあまり空の剣の行方を目で追っていると、その間に気が抜けてしまったメビウスをドレイクは、メビウスの持っていた斧を天高く振り上げて、メビウスはとんでもない強さの風に叩きつけられるのを感じる。
そして、メビウスがその風を感じている間にも地上の風景や兵士が実物大から子供くらいに、子どもくらいからボール程度に、ボール程度から花のように小さくなっていき、メビウスは自分が有り得ない速度で空に打ち上げられたのだと理解した。
見れば、剣は少し離れた位置からメビウスよりも先に地上に落ちようとしていて、このまま行けばメビウスが落下し始める前に空中で剣を手に取ることができる。
そうすれば、メビウスは剣をドレイクに斬りつける速度だけでなく、この高いところから落下する速度も利用してドレイクを切ることができ、そして加速されたメビウスの斬撃は誰であろうと防ぎきれない強力なものとなるだろう。それならいくらドレイクでも――、
だが、ここでメビウスはとんでもないことに気づいて目を大きく見開いてしまった。
メビウスをこんな天高くまで吹き飛ばして地上にいるはずの、花のように小さくなったはずのドレイクが、今メビウスの数十センチメートル先まで迫ってきていたのだ。
訳の分からないこの状況を、メビウスは戦うことよりも、考えることにやり直しをする間で費やしてきた頭を使って考えて、瞬時に理解して、有り得ないとその考えを放棄しようとして、ドレイクならあり得ると受け入れた。
メビウスのその結論が正しいなら、ドレイクは剣を持っておらず空中で無防備な今のメビウスこそ、ドレイクがメビウスを倒す絶好の機会だと考えてすぐさまジャンプしてこんな高くまでやって来たのだ。
メビウスから剣とドレイクのそれぞれ距離を考えれば、剣の方がメビウスと近い場所にある。だから普通に考えればメビウスは落ちてくる剣を拾ってドレイクの攻撃を防げるだろう。
だが、ドレイクがメビウスを追いかける速度がメビウスと剣が近づく速度よりも圧倒的に早い。
もし、メビウスが今から剣に向かって手を伸ばしても、剣をつかんだ時点でドレイクの斧がメビウスの体を一刀両断にしておしまいだ。
そう、メビウスに今のドレイクの攻撃を防ぐ方法はない。
――もし、メビウスの体がメビウスのもののままだったら。
「暗闇たち!」
メビウスは後ろにいた暗闇たちに命令してドレイクの妨害をさせる。
「ちぃ……アースバレット!」
しかし、一度攻略法がわかってしまった相手はドレイクの時間を少し奪うことしかできない。
否。少しだけ、ほんのすこしだけだがこの戦闘において必要以上に長い時間をドレイクから奪い、これでメビウスは思惑通りドレイクに襲われる前に剣を手にすることができることが確定した。
だが……本当に問題なのはここからだ。
勇者としてのメビウスの力はドレイクには通用しない。
勇者としてのメビウスはそもそも力がなく、ドレイクの戦闘能力の前にはそれほど脅威でないし、勇者のメビウスの最大の武器である数々の作戦もドレイクの力の前に全て壊された。
かといって、魔王としてのメビウスの力もドレイクには通用しない。
メビウスはこのヴァニタスの体になってから二週間も時間は経っていないし、戦闘もこれが初めてで、魔族の最大の強みである魔法もあの暗闇たちを召喚して操ることだけしかできず、その暗闇たちもドレイクの前にはあっけなくやられてしまっている。
勇者のメビウスも魔王のメビウスも駄目。なら、このままではきっと先に体力切れでメビウスの負けだ。
どうする? どうすれば良い? どうすればメビウスはあのドレイクに勝てる?
ドレイクが暗闇たちを倒してメビウスとの戦いに戻るまでの一瞬の時間で、数々の思考がメビウスの頭を駆け巡る。
このままドレイクと正面衝突をする。否、メビウスが勝てるわけがないのは明白だ。
残っている全ての暗闇たちをドレイクにぶつける。否、どれだけ数を増やしても無駄に殺されておしまいだ。
なら、今ドレイクが暗闇と戦っている間に攻撃を仕掛ける。否、ドレイクが暗闇たちを倒しながらメビウスの対応ができることはもう証明されている。
他にもたくさんの考えが浮かぶが、全てドレイクの力の前に考える段階で潰される。
そして、時間というものは有限ではない。もうドレイクは暗闇たちを全て倒して、最後に残ったメビウスに意識の全てを傾ける。
もう時間がない。残りのほんの僅かだけ残された時間でメビウスはドレイクを倒す方法を考え、実践し、勝たなければならない。
でも、今までメビウスを助けてきた女神はついにここでメビウスに微笑むのをやめてしまったようで、メビウスの頭には何も浮かばない。
「クソ……!」
仕方なくメビウスは天を貫くように剣を構えて、次に来るドレイクの攻撃に対応できるようにする。
そしてそのまま、メビウスとドレイクの戦闘は再開する――、
『メビウスは、勇者か魔王か何者か?』
こんな緊迫した状況下でメビウスは、レイン村でマリーの遺体を抱きながらその問いを自問していたのを思い出した。
ただ、今はメビウスが今まで勝ったこともなく、この戦闘でもほとんどメビウスが手も足も出せていないドレイクに集中して余計なことは考えてはいけない。
なのに、メビウスは何か目に見えない不思議な力に導かれるようにその問いについて考え始めた。
メビウスは勇者ではない。
そもそも「勇者」とはかつてメビウスが必死になって魔族から奪われたレイン村を取り返した時に、人間の王から与えられた称号だ。
今、メビウスはその「勇者」という称号を持っていない。だからメビウスは勇者ではない。
だが、メビウスの心は勇者でありたいと願っている。
ヴァニタスを憎む心は消えず、人間のみんなを平和へと導きたいと願う心は消えず、
なにより、メランコリーとドレイクとティナと一緒に魔王を倒すと誓ったあの絆が、メビウスにはとても忘れられなかった。
メビウスは魔王ではない。
そもそも、魔王はヴァニタスであってメビウスはヴァニタスの体にさせられたから魔王の代理をしているだけに過ぎない。
それにメビウスは「元」という文字がついてしまうが勇者である。今は存在しない世界で何度も魔族を殺そうとして、何千の魔族の命を奪った。
そんなメビウスが「魔王」であるはずがなく、そしてメビウスが魔王でありたいと願うことなど――、
『はい、今日はありがとうございました! 次に会う時は魔王城で!』
メビウスがその命を奪った少年の、別れ際のその言葉を思い出した。
『それは……フィルを助けてもらった恩人じゃなくて、友たちとして接したかったからで……それで、その一環としてその……フィルって親しげに呼んで見たかったから……』
メビウスがかつて死闘の果てに殺した少年の恋を応援したいと思ったことを思い出した。
『そうだったのですか……教えてくれてありがとうございます。サディー』
これもメビウスがかつて死闘の果てに殺した少女で、ずっと仕事に励んで笑顔を見せなかったのに、その少年の返答にだけはよく似合う笑顔を見せたことを思い出した。
『魔王様! 今日は魔王様に一番最初に会うために昨日にここが閉まってからずっと入り口の前で寝ずに待っておりましたよ!』
個性が豊かで少し世間から見ておかしいところもあったけど、それでも魔王に会えるその日、その瞬間を心待ちにしていて、ようやくやってきたその時に会えた喜びを見た目の割にめちゃくちゃ子供っぽい笑顔で表現していた魔族のことを思い出した。
『魔王様! この一歩は魔王様の言う通り魔族にとってとてもとても大きな一歩です! ビィアサント博士殺害事件から三百年という長い長い時を経てようやく進んだこの一歩を己おのれは心から祝福させていただきます! 前代魔王様や戦争が始まってから戦線を支えてきたルーフクス様をはじめとする四天王の方々、そして全ての魔族の努力が遂に実り今確かな形となったこの瞬間に己おのれが生きているという奇跡を噛み締めながら最早遠い未来ではない魔王様の元全ての魔族が幸せに生きる未来を願い――』
ついさっき思い出した魔族の次にメビウスと話した、魔王の作る魔族の未来にとても期待していて、そして嬉しそうにしていた魔族のことを思い出した。
『ま、魔王様……私も食べさせてください!』
魔王城で一生懸命働いていた女の子の魔族たちが、メビウスにご褒美なのかよくわからないがたぶん彼女たちにとってご褒美だろうものを受け取って喜んでいたことを思い出した。
『はは! 魔王様もこんな反応を見せるんだね! まあ、こっちなら思い出せるでしょ』
かつてメビウスと戦った時でさえどこかお調子者だった彼――または彼女が仲間としてメビウスを驚かして、楽しそうに笑っていたのを思い出した。
メビウスがヴァニタスの体で過ごしたあの日々。メビウスが勇者として過ごしてあの時間に比べたらほんの僅かだけの時間。
その時間でメビウスは戦うことでしか話す機会がなかった魔族の、メビウスが知らないさまざまな一面をメビウスは見てきた。
メビウスはようやく、ようやくこのタイミングで自分の本当の気持ちに気づいてバカバカしくなって自分を笑った。
何百、何千の魔族の命を奪ったメビウスが、魔族を倒して人間を平和に導くと決めた勇者だったメビウスが、
もう、あの魔族たちの幸せそうな様子を見て、魔族を殺したくないと思ってしまっていたことに。
そして、メビウスが、平気で魔族を見捨てて魔王という大事な役割を捨て、私利私欲に走ったヴァニタスに魔王をさせたくない。
つまり、メビウスは自分が魔王でありたいと心の底の底で思っていたことに気づいてしまったのだ。
メビウスは「勇者」ではない。でも人間を守る「勇者」でありたい。
メビウスは「魔王」ではない。でも魔族を守る「魔王」でありたい。
メビウスの心の中に生まれてしまった矛盾した願い。三百年続くこの戦争で人間が勝てば魔族が滅び、魔族が勝てば人間が滅ぶ。
なら、メビウスは何であれば良い? 一体メビウスは――、
『勇者か魔王か何者なのか』
メビウスは天高く持っている剣を掲げている。
剣。そう、それはメビウスが勇者として魔族と戦っていた時に使っていた武器であり、「勇者」の象徴だ。
その「勇者」の象徴であるそれではメビウスはドレイクに勝てない。メビウスとドレイクでは身体能力が違う。
このまま剣で戦っていても、メビウスが負けることはメビウスもドレイクも、ずっと武器をぶつけ合っていたのでその手ごたえで理解している。
しかし、メビウスはこのまま剣で攻撃するつもりは一切無かった。
メビウスが本当に最後まで待機していた暗闇たちを、メビウスとドレイクの戦場に呼びこむ。
闇の魔法。それはヴァニタスがメビウスたちと戦っていた時に使っていた魔法であり、「魔王」の象徴である。
しかし、暗闇たちは何度も見た通り一切ドレイクにとって脅威ではない。だからいくらメビウスが魔素を使って暗闇たちを生み出してもドレイクは全て倒し続けるので、最後にはこの体の魔素が全て無くなってメビウスは魔法を使えなくなり、そしてドレイクの勝ちが確定するだろう。
だが、メビウスはこの暗闇たちを使ってドレイクに攻撃するつもりは無かった。
「グルルルルルルルルルルル!」
唸り声を出す暗闇たちはドレイクのところに向かうのではなく、メビウスの剣を食らいそれに残りの暗闇たちも続く。
やがて、たくさんの暗闇がメビウスの剣の元で一つとなり、メビウスの剣は暗闇の刃を持つとても長い剣となった。
「僕は――」
――人間と、魔族を守る者。
メビウスとドレイクのお互いの武器がぶつかり合うその直前。メビウスは小さな声で呟いて、
『メビウスは勇者か魔王か何者なのか』
自らに問い続けていたその問いの答えを、メビウスは腹のなかから全力を込めて叫んだ。
「僕は魔王の勇者、メビウスだ!!」
「勇者」の象徴である剣と「魔王」の象徴である闇の魔法が混ざり合った、「魔王の勇者」の象徴である剣と魔法が合わさった剣が、ドレイクの斧とぶつかる。
しかし、魔法である暗闇が刃である剣は同じ魔法か魔術でしか止められない。
だから、ドレイクの斧にくっつくように存在していた土の魔術が壊れた時点でこの勝負の行方は確定し、ドレイクの斧はメビウスの剣によって綺麗に切り裂かれ、そのまま剣はドレイクの肩から腕を切り飛ばし、
「魔王の勇者」メビウスは、かつての最高で最強の友に勝利した。




