第一章 二十一話目「再びの話し合いで」
メグミによると、「ニホンゴ」という文字で書かれたらしい手紙が届いたその夜。再びレイン村を人間が取り戻した時に集まった魔族たちと、メグミを加えて会議が始まった。
「それでメグミ、今日届いた手紙には明日の朝九時に魔族領ビオグラードを、魔王様が魔王城からお離れになる前に届いた手紙には人間の村……レイン村をちょうど前に襲撃された時間に奪うとニホンゴで書かれてあったんだな」
「はいワン。その通りだワン」
ビオグラードとはレイン村の隣にある魔族領の村だ。
それにあのメビウスが魔王城を出発する前に見た手紙も、メグミに見てもらうときちんとレイン村を襲撃する日や時間を指定して宣戦布告を人間はしていたとのことだ。
その事実を改めて確認すると、メグミは呟いた。
「多分だけど、この手紙を書いた人間はなぜかあたしの故郷で使われていた文字を知っていて、後、魔王城に日本語が読める魔族がいるって自信があってわざと日本語で書いたワン……後で攻め込むと伝えてないだろと訴えたらこれで送ったと言い張るために……事実あたしがいたから人間が攻めて来るとわかったワンけど……わかったということは変な文字で送るな! と文句を言ってもわかったじゃないワンかと言われてお終いということワン」
「クソッ、三百年経っても汚い手を使う人間め!」
アシュラが怒りでテーブルを叩いてテーブルにヒビができる。
しかし、元というより心は人間のメビウスは人間がこのような手に出たのも納得はできた。
そもそも、人間とは生物の頂点に立った生物の中で「知の象徴」と比喩されるように、魔族のように圧倒的な力を持つ生物にさまざまな知恵を絞って戦い続けてきた種族だ。
単純な個人の持つ力に関しては人間と魔族では大きな差があり、まともに正面から挑んでも負ける未来しか見えない。だから人間は戦略の部分で勝つしかなくて、
「……でも、明日の朝に襲って来るってわかってるだけまだ前の一件よりましだ。フィルモア、今すぐ正規軍のやつらをビオグラードに転移させてくれ。そうすれば俺とあいつらが人間の兵士なんかボコボコに……」
「実は……アシュラ様、本当に申し訳ございません!」
メビウスもアシュラが今言った案で全て解決だろうと思っていたのだが、突然フィルモアが謝ったのでメビウスを含めた全員が頭を下げるフィルモアの方を見た。
皆の視線を一身に受けたフィルモアは頭を上げると、
「実は、魔王様の元へ向かって問題を解決した際にたくさん魔素を消費してしまい、今日はもう一切魔法が使えなくて……どう考えても明日までに正規軍の皆様を転移させれるほどの魔素がたまりません……」
フィルモアの正直な告白に他の魔族たちがざわつき始める。自分たちが頼りにしていた作戦に一番欠かせないフィルモアの魔素切れ――要は魔法を使うために必要な魔素が体内に十分に溜まっていないということだ――を聞いて、どうしたらこの状況をフィルモアの力を借りずに解決できるのか。
メビウスも、確かフィルモアがあの魔法結界をプロヴィデンスで壊すためにフィルモア本人の魔素を使ったとは言っていたが、まさかそこまでとは思わず動揺していた。
「あの、皆様……この魔王城には非常用にパンドラの実があります。いざとなれば――」
「おい、自分で何を言っているかわかっているのか……?」
メビウスには何かよくわからないことを言ったフィルモアに、アシュラが激怒しているような恐怖に震えているような、それらが混ざり合ったような声でフィルモアの言葉を遮った。
「あれを使った魔族が最後にどうなったのかわかって言っているのか、フィルモア? いや、野暮な質問だったな。お前の教育事情は知らんが、お前がパンドラの実の全部を知らずに生きてきたきたやつじゃないことくらいわかっている……」
話せば話すほど言葉に怒りと恐怖が増していくアシュラは、フィルモアの目を見て言葉を続けた。
「パンドラの実は確かに食べた魔族にたくさんの魔素を与えてくれる。その魔素があればお前も俺たち正規軍をビオグラードをまで送れるんだろうな……」
「しかし、私なら心配に及びません。木の実の一つや二つくらい――」
「でもだ!」
アシュラはフィルモアを真っ直ぐに見ると、これまでにないほどの形相で睨みつけた。
「わざわざそのために、たった一口食っただけで死んだ方がまだましな苦痛を与えて、それでも食おうもんなら長い長い苦痛の果てに見るも無残な姿にさせて命を奪うパンドラの実を、ただでさえ何百もいる正規軍のやつらを転移させられるまで食わせるなんてできるわけないだろ! そんなこと……そんなこと、お前が自分でやると決めても俺が絶対に許さねぇ!」
フィルモアに激昂するアシュラの顔は泣いていた。なぜか、メビウスの目にはその悲痛の顔がただフィルモアを失うことだけではない――もちろんフィルモアを失うと想像してそれが嫌だったということもあるのだろうが、ただそれだけではないような気がした。
まるで、パンドラの実で苦しんだ魔族を知っているからこその、しかもそれが目の前で起きてしまったぐらいの過去があるからこその顔のようで――、
「ねえ、そこのお二人さん盛り上がっているようだけど、時間がないから次行くネ」
が、その感動的なアンカウンタブルは平気で無視して話を続けようとする。正直なところ、うわー、と思ったがメビウスを含め何かを言おうとした魔族はいなかったため話は結局続くことになった。
とどのつまり、みんなもアンカウンタブルの時間がないという意見に賛同したということだ。
「フィルモアちゃんが魔素切れな以上正規軍たちをビオグラードに送り込む方法は使えなイ。じゃあどうするかだけド……」
「なあ、フィルモア。お前に無理させない雰囲気になっているところ悪いが……明日に、一人だけなら魔族をビオグラードに送れないか?」
今度は魔王であるメビウスが提案して、アンカウンタブルやフィルモア、涙を止めたアシュラも全員がメビウスの方を見た。
「別に魔王軍正規軍のやつらを全員ビオグラードに送らなくてもいい。俺一人が行けば十分だろう」
「無理です。魔王様……転移魔法は魔素をかなり消費します……きっと、転移魔法に必要な量の魔素が溜まるのは早くても明日の真夜中だと……」
また魔王様のお力をお借りしてしまうことになってしまうが、せっかく一筋の光が見えたのに。
きっとここにいた魔族のほとんどがそう思っただろう。たとえ人間の兵士が何人いようと、バハロンのように殺さず会話をしなくてもただ殲滅を目的とするならメビウスもやられた「天喰らう滅亡の虚無」でも使っておけば勝利は確定だ。
そんな、落ち込んで気まずい空気に魔族たちがになるなか、
「やはり、私がパンドラの実を――」
「うん、いい考えだよさすが魔王様! やはり数の暴力でゴリ押そうとするどこぞのへっぽこ魔王軍正規軍軍団長とは違うネ!」
「だれ、誰が魔王軍正規軍のへっぽこ軍団長だ!」
真剣なフィルモアやアシュラや他の魔族を気にせず明るく振る舞うアンカウンタブルが手袋を自由自在に操って、
「じゃあ、ボクがフィルモアちゃんの姿になって一緒に転移魔法を作ればいイ。確かに今のボクは体もいつもの半分しかないし、変身したら力がフィルモアちゃんよりでないけど……それでも、明日の九時半くらいには魔王様をお届けできるかナ?」
オォ! と、再び希望の光を見出した魔族たちが期待を込めてメビウスやフィルモアやアンカウンタブルを見る。
メビウスも、開戦前にビオグラードに向かえないのは残念だが、それでも十分だろうと思って――、
「それでもダメです!」
フィルモアがそれを叫んで拒絶したのには、メビウスやアンカウンタブルを含めた全員が驚き、
「フィルモアちゃん、きっとこれはボクたちが今できる最高の選択肢なんじゃないかナ……? 何か問題でも――」
「なぜかって……またあの魔法結界が使われたらどうするんですか魔王様! あの魔法結界の中で魔王様は魔法をお使いになられなかったではございませんか!」
フィルモアの口から出てきた魔法結界という聞きなれない言葉と、フィルモアがそれによって起きたと言った魔王の魔法使用不可という事実を聞いて誰も彼もが動揺した。
「ど、どういうこと何ですか魔王様……その、魔法結界? 一体それは……」
そんな動揺を誰も隠せない魔族の代表として、アシュラがメビウスに事情の説明を要求した。
これは隠せない、否、隠してはいけないとメビウスは思い今ここにいる魔族全員をそれぞれ見ながら、
「……人間どもは、魔族が魔法を使用できなくさせる魔法結界というものを生み出して、レイン村を奪う時や俺が話し合いをしようとした時に俺を捕まえようとしてそれを使っていた。しかも、魔法結界はその力の程度によっては激しい痛みを魔族に与える……どうやら魔族によって個人差はあるようだが」
メビウスの知る魔法結界の全てを伝えると、他の魔族たちがいよいよ動揺を心の中で抑えることができなくなり、
「そんな……魔法結界なんて……」
「魔法が使えなくなるなんて、そんなの魔族の戦士のほとんどが戦えないではないか!」
「しかも、魔王様ですら魔法をお使いになられなくなるなんて……」
今ここにいる魔族たちは魔族の代表者とだけあってとても賢く、魔族にとって魔法が使えなくなることがどれだけ恐ろしいことをとても良く理解してしまい、だれもかもが心の中で悲鳴を上げて真剣に頭を悩ませただろう。
人間の勝つための戦法に対する怒りから始まった雰囲気は、その戦法に対処しようとしてそれがうまくいかないとわかった絶望に変わり、その絶望を自らの犠牲で変えようとした少女に対する怒りや恐怖の混じった何かに変わり、その空気を戻そうとした魔族の真剣なものに変わり、しかしいい案が浮かばない苦悩に変わり、それを見越した少年により希望に変わり、最後に最悪の兵器の存在を知らさせた絶望に変わったこの会議は、
「ハ、ハハハハハ。ハハハハハハハハハ!」
絶望を振り払うために笑い出した魔王の声で新たな展開を迎えた。
魔族にとって一番凄まじい兵器の存在に絶望した会議にはあまりにも場違いな笑い声で、きっとどうすれば良いのか混乱していた魔族たちの思考がぴたっと一斉に止まった。
かくして、会議に参加している魔族の視線を一身に受けることとなったメビウスは不敵に笑い、
「フィルモア、いつから俺があの魔法結界の中で魔法が使えないなんて言ったか?」
「えっ……」
何が起こっているのかよくわからない様子のフィルモアにメビウスは、
「あの時は、魔法結界の中で魔法を使えばどうなるのかわからなかったから使わなかっただけだ。それよりも、鎖なら振り回して当てとけば確実に倒せる自信があったしな」
メビウスがそう言うと、今度はフィルモアだけでなく他の魔族たちも驚いた顔をメビウスに見せた。それには少しメビウスの方が驚いてしまったが、特に気にせずに会話を続けた。
「でも、さすがに戦争する人数までくると鎖なんかじゃ足りないから、たとえ人間がまた魔法結界なんて使ってきても魔法を使って全滅させてやるさ」
「しかし! 魔王様――!」
せっかくメビウスが頑張って色々言っているのに、その提案を受け入れてくれないフィルモアに手のひらを見せて少し黙ってもらうと、
「俺は魔族の王だぞ? それにさんざん俺の演説を聞きにきてくれた魔族たちに明るい未来を見せるって言ったんだ……なら、こんなことになっても肝心な時に役に立たないと思われたら嫌じゃねえか」
心の中で、メビウスは自分が何を言っているのだろうかとため息をつきたくなった。
鎖の方が魔法よりも良かったと言ったのは本当だが、魔術すら使えないメビウスがそもそも使う種族も使い方も違う魔法を使えるわけがない。
だから結果的にあの魔法で倒してやるということは嘘を言ったことになるし、最後のあれは完全にメビウスが考えることではない。なのにメビウスはあんなことを言っている。
そんなことも考えたのながらも、メビウスは現状維持という目標をたち成するために勇者として仲間を励ますように魔族のみんなを励ましたつもりで言ったのだが、なぜかフィルモアも含めた全員の魔族が驚いたのにはメビウスも戸惑った。
そして結果的にメビウスを含めた全員が驚いて会議が止まってしまう羽目になってしまったのだが、その時間にも魔族のそれぞれが様々なことを考えていて、
「でも、魔王様はあの時――」
「ねえ、フィルモアちゃン。もう諦めよウ? だっていつもあれだけ魔王らしいことをしない魔王様が珍しくこんなかっこいいこと言ってやる気を出しているんだシ」
あっ……、そういうことだったのか。
なぜメビウスの発言に驚いていたのかというと、要はメビウスが本来の魔王であるヴァニタスの演技をするのを忘れて魔王らしくないことをしていたかららしい。
確かに、魔法で生物の頂点に立った魔族の王でありきっと魔法を他の誰よりも極めている魔王が、自身の最強の魔法よりも滅多に使うどころがないというより、そもそもヴァニタス本人が使ったことがあるのかすら定かではない鎖を振り回した方が確実だとか言ったら、魔族からしては天地がひっくり返った時のような衝撃なのだろう。
まあ、天地などひっくり返ったことがないから驚きようを比較することは誰もできないのだが。
となると、普段のヴァニタスはなかなか魔王としての仕事をしない怠け者だと言うことになる。
そんなヴァニタスが魔王としてあんなに尊敬されているとはと思うと、魔族がこれで大丈夫なのかと人間の勇者だったメビウスですら思ってしまった。
「じゃあ、今回はフィルモアちゃんには全力で休んで魔素を溜めてもらった後、魔王様に明日ビオグラードに転移していただいて事態を解決してもらおウ。ボクの集まっている体の量の問題で戦争開始の時間には間に合わないのは残念だけど……それでもそれぞれの全力を尽くス。いいネ? じゃあ……解散!」
アンカウンタブルのまとめに魔族全員が了解して席を離れる。
そのみんなが一斉に動き始めた時の騒がしい音を聞きながらメビウスは明日のことを考え始めた。
明日の戦争はメビウスの知らない戦争、メビウスが今まで何度も何度も繰り返してきたこの世界でたったの一度も起こらなかった出来事だ。
だからメビウスは明日の戦争に参加する人間の数や誰が率いているかもわからない。だから不安なところもある……が、メビウスには他のフィルモアやアンカウンタブルやアシュラにない利点がある。
それはメビウスは心は人間であり、メビウスがヴァニタスを倒すために入った人間の戦士を育てる学校で、有名な戦士は何人か知っているという情報面でのことだ。
メビウスの知っている人間の有名な戦士の中には、彼こそは魔王倒してくれるのではと期待されているものもいる。
そんな強者と戦うことになれば四天王たちでも勝てるかわからないし、下手すれば負けてしまうなんてこともあるかもしれない。
しかし、情報を持つメビウスなら顔と戦術が一致するので相手の戦い方がわからずに倒せないなんて事態を防げる。それもメビウスがまた戦場に出ると決めた理由だ。
そして明日のことを考えるのを止めて立ち上がると、メビウスと同じく残っていたアンカウンタブルが手袋でメビウスの肩を叩いた。
「魔王様魔王様。魔王様は明日のために今日はもうお休みになっていてくださイ」
「あー、そうだな。でも、それでいいのかフィルモア? 俺が起きてないことで何か不都合が出たりしないのか?」
魔王としてのメビウスは普段は夜の十時半に就寝の時間なのだが、今はまだ八時を過ぎたあたりである。
普段はこの間の時間にやらなければいけないたくさんの書類などを片付けたりするのだが……、
「もちろん大丈夫でございます! 魔王様がご就寝なさるために生じてしまう穴は、微力ながら私がお手伝いさせていただきますので」
「いや、今日フィルモアちゃんが一生懸命働いて明日体調不良になったら本末転倒だヨ? だから今日はフィルモアも仕事しないでぐっすり寝ル! だから早くメイド服から寝巻きに着替えてベッドにダイブ!」
また無理をしようとするフィルモアをアンカウンタブルが止める。しかし仕事人なフィルモアはそれに納得できず、
「で、でもあの書類は魔王様がするものですから、魔王様がお休みになられるなら魔王様専属メイドの私が――」
「わかったわかっタ、わかったよフィルモアちゃん、じゃあボクがやっておくヨ。フィルモアちゃんはこう見えてもボクが意外と仕事できるって知っているでショ? だからボクがやればそれで全部解決――」
「いや、この流れお前も休んで魔素を溜めないといけないやつだろ、アンカウンタブル。それにあの書類って魔王本人がやらないとダメだろ」
メビウスの的確なツッコミで、しばらくこの三人の間で誰が書類をするのかともめあうことになった。




