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第一章 二十話目「勝利」

 メビウスがレイン村に囚われていた魔族を連れて帰ってきたことに、魔族たちは本当に喜んでこの日の晩御飯はフィルモアたちメイドによって作られた豪勢な食事が並べられた。


「無くなった料理はすぐに追加のものを持ってきますので遠慮なく頂いてください!」


 そう言ってメイドとしての働きをするフィルモアは事前に作っておいた、ここと調理室を繋げている空間の歪みに叫んだ。


「皆さま! サラダが無くなりました!」


「了解ですフィルモアちゃん! ……はい、一丁上がり!」


 そして空間の歪みからサラダが美味しそうに盛られたお皿が出現すると、フィルモアはそれを受け取って様々な料理が置かれている細長いテーブルの上から、空の皿と持っていた皿を入れ替えて今度はその空の皿を空間の歪みの中に入れる。


 すると皿は空間の歪みの中に持っていかれ、フィルモアはテーブルの上に他にも空の皿がないか確認しに行った。


 魔王城ではめでたい事があった日は様々な料理をテーブルの上に並べておいて、食べる人が食べたいものを食べたいだけ取ってから席について食べるという、「バイキング」という食べ方をするらしい。


 ただ、魔王城は住む人数が多いので、結構量を多めに用意しておいてもかなりの頻度で皿が空になってしまうため、つい先程からフィルモアを代表とする魔王城のメイドたちがせわしなく動き続けている。


 そんなフィルモアを見かねてメビウスは近くを通ったフィルモアに、


「フィルモア!」


「はい、どうされましたでしょうか魔王様……?」


 声をかけて足を止めさせると、メビウスは箸で持っていたマグロという魚の刺身に醤油をつけたものを差し出して、


「ほら、フィルモアもずっと仕事だけしてないでこれでも食べろよ」


「えっ、そんな……(わたくし)はこの食事が終わった後の余り物が有りますし、今は仕事をしないといけませんから……」


「まあまあ、そんな事言っちゃダメだよフィルモアちゃん。ご飯っていうのはね、大事な仲間と一緒に食べて美味しさを共有すると比べ物にならない程美味しくなるんだ。ね、魔王様?」


 何かよくわからないが、ピンクの球体のような顔と体が合成している魔族の姿をしてバイキングを堪能している魔族が、メビウスの気持ちを察してフィルモアの説得を手伝ってくれた。


 しかし、残念ながらフィルモアはこれで折ない程頑固で、


(わたくし)のことを仲間だなんて言い過ぎでございます……(わたくし)はただ魔王城で魔族のために働くメイドです」


「もうそれで良いけど、一緒にご飯を食べて欲しいのは本当だ。だから一緒に食べてくれよ。それに……」


 と、言葉を続けようとしたがこのタイミングで恥ずかしさがこみ上げてしまい、ここで言葉を切ってしまったが、フィルモアがこの言葉の続きが気になると思っている気がしたので、恥ずかしさを頑張って忘れて、


「お前にはいつもかなり助かっているからさ、俺からのお礼だと思って食べてくれ」


 そう言ってフィルモアの口に刺身を運ぶと、


「……それでは、失礼します」


 そう言って刺身を口にして、美味しいと思ったからかフィルモアの顔に少しだけキラキラした笑顔が浮かぶ。


 その結果に満足していると、今度は別の魔族がメビウスに話しかけてきた。


「あの……魔王様…………」


 話しかけてきた魔族の方を見ると、フィルモアと同じメイドの一人が恥ずかしそうにしながら、何かをメビウスに言おうと勇気を振り絞っていた。そして俯いていた顔を上げると、


「わたしにもお刺身を食べさせてください!」


「……! あー、まあ良いか」


 メイドの願いには驚いたものの、別にしない理由がないなと思い皿に取っておいた刺身を醤油につけて、ポタポタと落ちる余分な醤油をある程度とってからメイドの口に運んでやる。するとメイドは刺身を美味しそうに食べて、


「ありがとうございました!」


 と言って仕事に戻った。メビウスがそれを見届けると、


「ま、魔王様……私も食べさせてください!」


 と言って今度はまた別のメイドがやって来たのだが、


「いや、先にあたしが!」


「なっ……じゃあ、あたくしも魔王様に食べさせてもらいたい!」


「あ、あのぉ……わ、わたしも食べさせて頂けませんか……?」


「ちょっと待って!? 先に言ったの私だからね!?」


 と、不思議なことに魔王に刺身を食べさせてもらうの会ができてしまい、誰が始めに食べさせてもらうかの論争が始まってしまった。


「うわー、知ってたけど魔王様って人気だね」


「正直なところ俺は困っているんだがな……まあ、おい、お前たち、全員ちゃんと食べさせてやるからちょっと待て。俺に話しかけた順な、だから一番目はお前だな」


「はい! 魔王様!」


 数えてみると丁度今並んでいるメイドの人数分ある刺身の内一つを掴んで、フィルモアやついさっきのメイドと同じように刺身を運んでは喜んでもらうのを繰り返して、ようやくメイドたちは全員が仕事に戻っていった。


「いやー、お疲れ様だね魔王様。本当に魔王様って忙しいお仕事だと思うよ」


「そういえば……お前どこかで聞いた声だとは思っているのだが……お前誰だ?」


 メビウスがそんな気がして質問すると、目の前の魔族は寂しそうな目でメビウスを見て、


「えー、魔王様、ボクを忘れちゃったの?」


「えっ、えっとだなぁ……」


 どう頑張ってもメビウスの記憶の中にその魔族の存在は見出せずに、すっかり忘れていた魔王がヴァニタスではなくメビウスだとバレることの恐怖を思い出す。するとその焦りをその魔族は笑って、


「はは! 魔王様もこんな反応を見せるんだね! まあ、こっちなら思い出せるでしょ」


 ピンクの顔と体が合成された体が溶けて深緑のローブを生み出し、他にも宙に浮かぶ手袋もメビウスに手を振った。


 それで全てを理解したメビウスはなんだそういうことかと笑って、


「アンカウンタブル! 脅かさないでくれよ……」


「でも、この姿フィルモアちゃんには初めて見せた時にボクだってバレちゃったんだよネ……つまり魔王様はまだまだボクに対する経験値が足りなイ!」


 楽しそうにアンカウンタブルは笑うと、また体が溶けてついさっきのピンクの体を生み出して、宙に浮く手袋を使って野菜を口にした。


「あの姿だったらボク何も食べられなくて飢え死にしちゃうかサ、いつも食事するときは適当に何か口のある姿になるんダ」


「かといって顔と体が同じような体をするのはな……あの姿に顔を追加するのはできなかったのか?」


「もう少しボクの体が集まっていたらそれでもいいんだけド……まだ体のほとんど外にいるから顔を作る余裕がないんだよネ」


 そんな裏事情をアンカウンタブルと話していると、今度は別の魔族、しかも聞き覚えのある声の者が、


「魔王様」


 と声をかけたのでその魔族を見ると、私服でバイキングのお皿に山程盛り付けているアシュラが、メビウスにお皿の中身をこぼさないようにしながら頭を下げた。


「この度は魔王様にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。俺が、俺たち魔王軍正規軍が弱かったゆえにこんなことに……!」


「顔を上げろ、アシュラ」


 本当に、どうして魔族たちはこんなに自分に責任があると思わないと落ち着いていられないのだろうか?


 フィルモアとずっと話していたということもあったからかこんなことを思い、メビウスは心の中で苦笑して顔を上げたアシュラの顔を見る。そして何を言われても仕方がないといった様子のアシュラに、


「アシュラ、お前に人生で一番大事なことを教えてやろう。それは、失敗を次に生かすということだ」


 メビウスは一呼吸置くと、今アシュラに魔王が何かを言っていると気づいて黙っている魔族たちのせいで、やけに静かだということに気づかずに語り始めた。


「確かに自らに悪いところがあったと思うのは大事だが、思っているだけでは駄目だ。もう起こってしまった事は変えられない。せっかく悪いところを見つけたのなら、同じ失敗をしないようにするんだ。そうじゃなかったら反省した意味がないからな……わかったな、アシュラ」


「はい、了解しました魔王様。このアシュラ・ミニュアス、魔王様のためにこの過ちを繰り返さぬよう一層精進いたします」


 メビウスとアシュラのやりとりを聞いていた魔族たちがメビウスに拍手を送り、メビウスはようやく他の魔族がメビウスを見ていたと気づいた。


 ちょっと聞かれて恥ずかしいなぁ……と思っていると、ちょっとずつ拍手がやんでいって、


「あたしに怒られたのが嘘みたいに色々言ってるワンね」


 メビウスの苦手なメグミが扉を開けて中に入って来て、


「いやー、あの人間の治療加減の調節にめっちゃ時間がかかったワンからようやく食事にありつけるワン……って言いたかったワンけど、魔王様は今ここで反省して謝らないといけないことないワンか?」


「……」


 メグミにレイン村で聞かれたことを改めて聞かれたが、メビウスは正直今までそのことを忘れてご飯をいっぱい食べていた。


 魔族の料理は人間の料理の何倍も美味しくてついいろんなことを忘れて食べ過ぎてしまうのだ。本当に、魔族の料理は罪深い。


 まずい、と思ったが時は遅くメグミはメビウスが黙っているのに耐えきれずに口を開いて、


「まあ、別に一切期待していなかったから別に良いワン。どうせあたしが言ったこと全部忘れてこのバイキングに夢中になっていたのがオチワンね……はあ、全く……ようやくましになったワン」


「……え?」


 すっかり怒られるのかと思っていたので、気がつけばメビウスは先程のアシュラとほとんど変わらない反応をしてしまっていた。


「何も罪悪感も抱かないで食事を楽しんでアシュラ様にあれだけ言えるのなら、それは魔王様が自分でやったことに後悔していないということワン。なら、あたしは今のところは何も言わないワン……もし、それが嘘だったり結果的に最悪を招いたら話は別ワンが……でも、」


 それだけメグミは言うとメビウスに笑顔を見せて、


「人間の村にさらわれていた魔族を助けてくれてありがとうワン。あの魔族たちは今はベッドの上で安静にさせているワン。そして……これからも、魔王としてよろしくワン」


 差し出された手を、メビウスはほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ驚いたあとにその手を取った。


「ん? やけに静かやな! こないうまそうな匂いのする飯がりょうさんあるんやから、パーっと盛り上がらなあかんやろ!」


 そして、そんな中空気を一切読まずに意外な人物、メビウスが少しの間お世話になった車夫のオノメがニカっと笑って突然やってきた。


「え、オノメなんでここにいるんだ?」


「お、魔王様久しぶりやな! なぁ、そこのお嬢ちゃん。このパンもらってええか?」


「あ、はい。もちろんどうぞお召し上がりください……」


 オノメは近くでせっせと働いていたフィルモアに声をかけてから、パンを豪快に一口食べると、相変わらずの独特の口調で、


「わいは車夫もやってるけど配たち員もやってるんや! それで今日も届けもんちゃうわけやな……ほい、今日は珍しくこの手紙一枚だけやったで!」


 メビウスは渡された手紙を受け取り、封を開けて中身を確認した。中には紙が数枚入っていて、


「あれ、これって魔王城から離れる前にフィルモアに見せられた、全く読めなかった文字が書かれているやつと同じものじゃねえか?」


「え、本当ですか魔王様?」


 メビウスの呟きにフィルモアが反応して駆けつける。そして二人でしばらく長い文章を見つめ、


「ほら、そうじゃね? 一番最初のこの四つの文字? もしかしたらこれとこれとかがくっついてて一つの文字なのかもしれないけど……とにかくこれなんて完全に同じだし、下の文章も見覚えのある文字ばっかりだし……」


「しかし、(わたくし)の記憶違いかもしれませんがこの小さい丸に斜めの棒をつけた文字などは、あの時の手紙の中にもなかった文字だったと思うのですが――」


 やはり全く文字の意味がわからず、二人手紙を見て途方にくれるメビウスとフィルモアだったのだが、


「ん? ちょっと貸してみて魔王様、フィルモア様」


 意外なところから助け舟、メグミが手を出して今メビウスとフィルモアが見ている手紙を渡してと言っていた。


 メビウスは少し考えたがこれ以上メビウスが何かをしようとしても意味がないという結論に至り、その理解不能な手紙をメグミに渡して、


「でも、あんな文字一切わからないと思うぞ」


「ふふーん、実はあたしみんなが知らない言語をいくつか知っているんだなぁワン。だからこんな意味不明な文字ばっかりの手紙なんてお茶の子さいさ……」


 あれだけ余裕たっぷりに喋っていたメグミが、ちらっと手紙を見た瞬間に黙り込み、食いつくように必死に手紙を読み始めた。


「う、嘘ワン……なんで、なんで日本語の文字の手紙が届いたワン……まさか、あたしと同じ日本人が人間側に……でも、なんで、あり得ない――」


「おい、メグミ! 何が書いてあったんだ?」


 メグミの動揺っぷりにメビウスは事態が良くないと理解して、メビウスも今何が起こっているのかメグミに教えてもらおうとして、


「魔王様……緊急事態だワン……」


 青ざめた顔でメグミは静まりかえった晩御飯の場で、震える声で手紙の内容を告げた。


「宣戦布告、人間は魔族領ビオグラードを明日朝の九時に攻めることをここに宣言します――」


 こうして、レイン村に囚われていた魔族が帰ってきて浮かれていた魔族はようやく気づいたのだった。


 魔王様が二回も吐いて激痛に耐えて勝ち取ってきた勝利は、仮初(かりそ)めの勝利だったということに。

終わったと思った? もちろんおわりませんよ。


そして魔王の勇者編もついに残り五話。最後まで応援よろしくお願いします!

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