第一章 二話目「勇者と魔王の因縁」
「よお、久しぶりだなお前。確か……五年前か、最後に会ったのは?」
その声にもう返答する体力はない。しかしこの溢れんばかりの憎しみを込めてそいつを見ると、そいつは面白おかしいものを見るように笑った。
「おいおい、せっかくの再会なのにその顔はねえだろ? 俺はお前に会えるのを今か今かと待ちわびてたんだぜ? あの日お前を殺し損ねた日からよ」
そう、あの日から――いや、人間と魔族が誕生するその日からメビウスと魔王ヴァニタスとの因縁は始まっていた。
それは、かつて何億年をも超える時間より前。この世界には生物の頂点に立つ生物が大きく分けて二つ存在した。
一つ目は人間。弱肉強食の世界で唯一知恵という武器を使い生き延びた生物。
そして二つ目は魔族。彼らは弱肉強食の世界で彼らを最強たらしめた、魔法と呼ばれる魔素という空気中に存在するものを体内に取り込み、炎や風だったりを生み出す力で生命の頂点に立った。
その二つの生物たち、それぞれ知恵と力の象徴である生物たちは、だいたい三百年前まではお互いに手を取り合い仲良く過ごしていたらしい。
しかし、その過去は突然に消え去ってしまった。三百年前のその時、丁度人間は当時の王だった始皇帝という名で親しまれた王のお妃様の誕生日を祝う日だった。
その日は人間のほとんどがお妃様の元に集まり、王城の高いところで幸せそうに来ている人間の全てが食べられるように作られていた、それはそれは大きいケーキを切るのを見ていたと歴史の授業で習った。
しかし、お妃様がケーキを切ろうとしたその瞬間。突如として暴風が吹き荒れたかと思うと、別の風がケーキにぽっかりと穴が開き、そのままお妃様の腹を突き抜け、血しぶきがケーキや隣にいた始皇帝に飛び散り、めでたい日は絶望の日へと変わったそうだ。
当時は魔術という魔族の魔法を人間が使えるようにと生み出された技術が誕生していなかったので、こんなこと人間に出来るはずがない。魔族以外にこんな風を大規模に操ることができるものなど存在しないのだ。
これも歴史の授業で聞いたことだが、その時のお妃様はとても美しく聡明なお方だったそうで、お妃様の誕生日に人間のほとんどが駆けつけて、そして皆に祝われるほど愛されていたらしい。
そんなお妃様が、よりによって誕生日という一年で最高の日に、魔族によって目の前で殺された。
その事実は人間の全員を激怒させ、そして始皇帝に魔族に宣戦布告をする決断を即座にさせた。
今でもその魔族がお妃様を殺した理由は分かっていない。が、それ以来人間と魔族は三百年もの間、それこそ最初に戦っていた人間や魔族が死んでしまっているにもかかわらず戦争をし続けているのだ。
そして、その日から約二百九十五年後、つまり今から五年前、ここからはメビウスとヴァニタスという個人の話に入る。
その日まで平和そのものだったメビウスの故郷、レイン村に魔王が率いる魔王軍が襲撃した。
故郷のレイン村は確かに平和だったのだがいかんせん位置している場所、人間が治める人間領と魔族が治める魔族領の境界線に存在しているというのが悪かったのだ。
そのため、魔王軍が真っ先に領土を奪う場所として目をつけられて実際に襲撃、しかも一切の予告のない奇襲が起きてしまった。
その時の地獄そのもののレイン村の光景は五年たった今も脳裏から離れない。
親しかった村人たちの悲鳴が鳴り止まず、更には時々血飛沫と断末魔の叫びが遠いところで現れては消えていった。
メビウスと魔王ヴァニタスが会ったのはこの奇襲の時だった。
幼いメビウスはその時、どこに逃げれば分からず、崩壊していくレイン村を歩き回っていた。
そしてしばらくして、とっくに崩れ落ち原型をとどめていなかった自宅に辿り着き、そして一人の助けを呼ぶ声ーーメビウスの妹、マリーの声を聞いたのだった。
それに気づいたメビウスは、すぐに声のする元に向かって家の残骸を出来るだけどかすと、そこから出てきたマリーの手を取って下敷きになっているところを無我夢中で引き上げ、ようやくマリーを助け出した。
その時は、本当に心のそこから安堵したのを覚えている。レイン村を歩いている間に何度も何度も死ぬのを見て聞いて、恐怖に潰れそうになって、でも、そんな状況でも大事な家族の一人であるマリーは生きていてくれて。
でも、恐怖に支配されていた妹が抱きついてきて、驚きのあまり目線を妹から外した時。悪が生物の形をした怪物はメビウスの安堵を許さなかったと気付いてしまった。
その化け物は赤子の手を捻るように妹だけをメビウスから奪うと、残酷な笑顔を見せて不要になった紙を握りつぶすように妹の首を粉々にして、力任せに叩きつけて、そして、その時、メビウスには悲鳴もあげられずに体をぐじゃぐじゃにされた妹の仇の魔王ヴァニタスが死ぬほど憎いと思った。
レイン村のみんなが死んでいっていつ誰が死んでもおかしくなかったのに、メビウスは大切な家族の一人である妹が生きていて安心した。
なのに怪物は妹を一瞬で奪って、壊して、絶望のどん底に落として、でも、妹を瞬殺したそいつにただの村人でしかないメビウスに何か出来るわけがなくて、だから、ただただそいつを憎むしかなかった。
そして、怪物もそれを十分理解していて、その笑顔のまま腰につけていた血まみれの剣をメビウスに斬りつけようとして――、
だが、そのタイミングでなぜか化け物の足元に魔法陣が現れて剣を収めると、化け物は舌打ちをしてその場から魔法陣と共に消え去った。
そして奇跡的に生き残ったメビウスはその時に誓ったのだ。妹を、家族を、友たちを、レイン村の仲間を、故郷を、メビウスの何もかもを奪ったあいつを必ず殺してやると。
それから五年が経った今。憎んで止まない相手に復讐するため力を付け、世間から勇者と呼ばれるまで強くなり、一緒に魔王を倒そうと誓い合った最高の仲間がいたというのに、こんなにも無様に魔王に倒されてしまった。
そんな状況の中、ただ睨みつけるだけのメビウスに魔王はその憎しみを嘲笑うように会話を続けた。
「なあ、そんな顔しても意味ないだろ? どれだけ俺を睨みつけても俺は死なねえし神様が降りてきて力を与えてくれるわけでもない。だからもう諦めたらどうだ?」
それでも睨み続けるメビウスに、魔王はため息をついて抵抗出来ないメビウスの首を持ち上げて更に距離を近づけた。
「俺もお前は良くやったと思うぜ。俺の手下の四天王全員を殺したんだ。そんなことやった奴今の今まで誰一人と居なかった。出来て四天王の一人が行方不明になった時に残りの三人を倒して俺のところまで来ることだった。でも……」
魔王は妹を殺した時のように残酷な笑顔を見せると、持っていたメビウスの首を地面に落とした。
「そんなお前に普段の俺が倒せても第二形態の俺は倒せないんだよ」
そう、魔王の言う通りメビウスたちは一度は魔王を倒したはずだった。
しかし、魔王を倒したと信じたその時。倒れた魔王はもう一度立ち上がると、今目の前で圧倒的な存在感を放っている凶悪な姿に変身した。
その実力は変身する前と比べ物にならなかった。そして、先述の通りメビウスに汗などに気づく余地すら与えず、その力に一切の反撃を許さずに仲間がやられ、メビウスもこんな無残な状態になってしまった。
「この第二形態、やっぱり俺に合ってるわ。一度倒したと喜んだ奴に誰も倒せない圧倒的な実力を叩きつけてそいつの絶望した顔が見れる……はずだったんだけどな」
なおも顔だけは動かして魔王を睨みつけるメビウスに、魔王は退屈そうにため息をついた。
「お前は俺より弱いんだよ。それだけじゃない、俺がまだ魔王になりたてで今より弱かった時代に戦った奴より弱い。こんな奴に四天王が負けたんだって思うと少し傷つくぐらいにな。そんな弱いお前が身の程も知らずに俺に挑みに来たんだ、血まみれになって這い蹲るのも当然の報いだ……なのにさ、なんでまだそんな顔してんだよ。鬱陶しいんだよ」
その一言を最後に魔王は俺の腹に蹴りをかました。
魔王の言葉に返答する余力はないのに痛みに苦痛を訴える声や血なら出てきて、もう苦しみを訴える声を出す以外のことをする余裕がなかった。
だが、今まで睨みつけてしかいなかったのが退屈だったのか魔王は笑って再び一蹴りかまして苦しむメビウスを観察して、そしてその結果に満足したのか何度も何度も蹴り続けた。
ただの蹴りでしかないはずなのに、このいくつもの激戦を乗り越えた体は何度も何度も悲鳴を上げる。
だが、ついにそれにも限界が来てしばらくすると悲鳴すらも嘘のように消えてしまった。
そしてもう何をしても反応出来なくなった、本当に死んでしまったかのようなメビウスに魔王は突然興味をなくす。
「つまらねぇ」
最後にそれだけ呟くと空中から魔方陣が現れ、魔王はそこから剣を取り出した。きっとそれでとどめをさすのであろう視界に入った剣を見てみれば、それは魔王がこれで殺すと決めていたのか最初に魔王がメビウスを殺そうした時の剣だった。
そして、無慈悲にも剣はメビウスの体を切り裂いてーー、
「あっ?」
だが、その攻撃は突如飛んで来た魔術によって中断された。