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第一章 十八話目「信じるからだよ、バーカ」

 実は十五話と十六話はもともと一話でした。最近、初めてのブックマークをもらってとても嬉しかったです! 


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「実は、遠路はるばるお越しになった魔王様に、素敵な贈り物があるんです」


「贈り物?」


 メビウスはその気になる単語の出現に、突然忘れていた警戒心が鮮明に蘇ってくる。たとえこれまであれだけ話せていたのだが、メビウスの何かが、今までのやり直しの経験からバハロンの言葉に違和感を感じて警鐘を鳴らすなか、


 ほんのちょっとだけだったバハロンの表情の変化が、一気に、かつてヴァニタスがメビウスの体を奪ってレイン村を去った直前にメビウスに見せた、それの狂気と同じものを帯びて、


「ええ、あなたたち魔族に送る最悪とも言える贈り物――魔法結界です」


 バハロンが指を鳴らすと、メビウスはこれまで感じたことのない不快な感覚に襲われた。


「――!?」


 満腹なのにさらに食べ物を食べさせられる感覚。満腹なのに、満腹で苦しくて辛いのに、絶えぬ食欲が食べ終えることを許さずメビウスがどれだけ止めようとしても止まらない。


「ゥ、ウゥ!!」


 そしてメビウスは一瞬でやって来た吐き気をほんの僅かな間だけ抑えようとしたが、その努力は直ぐに無駄になり、目の前の机の上に胃液の水たまりができる。


「ふーん、この魔法結界って最大にすると魔王ですらこんな事になってしまうのですね。予想よりもずっと良いじゃないですか」


 そう言ってバハロンは立ち上がり、醜態を晒すメビウスを楽しげに笑った。そして再び吐き出したメビウスの胃液の匂いに顔を歪めて、


「せっかくここにいらっしゃったのだから、この魔法結界について教えてあげますよ。この魔法結界は魔族が空気中にある魔素を取り込んで体内に蓄え、そして再び大気中に放出して魔法を使う器官、名前は忘れましたけど……の魔素を放出する機能を止めるものだそうです」


 バハロンは醜態を晒すメビウスを笑いながら、話を続ける。


「昨日の夜に魔族と戦って使用した時にあなたのようになった魔族はいませんでしたが、きっとあなたは大気中の魔素を取り入れる量が他の魔族より多いのでそんなことになっているんじゃないですか?」


 メビウスも、魔族が魔法を使う方法を学校で教わってはいた。メビウスも器官の名前は忘れたが、先程バハロンが言ったように魔族が魔法を使うと学び、人間が使う魔法の亜種で使える人間の少ない、魔術と呼ばれるものを習得するという目的だったのだが結局メビウスが魔術を使える日は来なかった。


 それはさておき、今バハロンが説明した魔族結界の力がもし本当なのなら、魔族結界は三百年も続く戦争を一瞬で終わらせる可能性さえある、史上最強の兵器になり得る代物だ。


 そもそも、人間が魔族に苦戦している理由のほとんどは魔族のみが使える魔法である。様々な強力な力を魔族に与えるそれは、人間にも魔術を使える人がいなくもないが、人間の魔術を使える数が人間全員の三割なのに対し魔族は全員が魔法を使えるのである。


 そしてその三割にも、魔術を使えるは使えるけど戦闘で使えるほど上手くは使えない人間もいるし、逆に魔族は沢山数がいるのでとてつもない才能を持った者が生まれてもおかしくはないのである。


 しかし、そんな魔族にも弱点がある。全ての魔族が使え、とてつもない力を生み出す魔法。それ故に魔族の攻撃手段はそのほとんどが魔法なのだ。


 それは今まで弱点とは見なされなかったが、魔法結界の出てきた今なら違う。魔法結界の魔素を放出する機能を止めるという力が意味するのはつまり、体内の魔素を放出することでしか使えない魔法を完全に使用不可能に出来るということなのだ。


 それが実現すれば、後は言いたいことがわかるだろう。人間の勝利が決まってもおかしくないのである。


 なぜそんな最強の兵器は、今ここでメビウスに猛威をふるっているというのに、メビウスが勇者だった時には魔族結界の魔の字も出てこなかったのか。


 なぜ、メビウスが勇者だった時と魔王の時でこんな重大な変更点が生まれたのだ?


 そして、本当にようやくだがメビウスがバハロンに感じた違和感の正体がわかった。メビウスは今日ここにいきなり来たのに、今のメビウスは人間がこの世で一番憎む魔族なのに、誰が贈り物など用意するのだろうか? 


 本当に、気づくのが遅すぎたと自分を笑ってやりたくなるほど自分自身にイライラする。


「魔族の王であるあなたならもうわかるでしょう? もうあなた方に勝ち目はないんですよ。それなのに、わざわざ掴める勝利を手放して魔族なんかと手を取り合う未来を望みたいと思うんですか?」


「でも、お前は言ったよな……俺に誓う、と……話し合いをすることを――」


「あー、まだ話そうとする気力があったのとは驚きですよ……魔王って、相当馬鹿なんですね」


 怒りに任せてバハロンを睨みつけるメビウスに、バハロンはとっておきの秘密を話すように嬉しそうな顔をしてその口をメビウスの耳に近づけると、


「そもそも信頼も何もしていない、これから騙す予定の相手にする気もないことを誓って破っても、何も罪悪感なんて感じませんよ?」


 メビウスはその言葉を最後に胃酸に濡れた机に倒れこみ、そして声高く笑い声をこの部屋に響かせたバハロンは少し後ろに下がると、


「この戦争の唯一の生き証人。魔族の王であるあなたがこんな簡単に誰かを信じるバカなら、他の魔族もすぐに死んじゃうんでしょうね。あー、可哀想可哀想……なんて思わないですけどね。魔族ですし」


 それでバハロンは満足したようで、後ろに控えていた人間の兵士を見ると、


「こいつはこれから他の魔族どもと同じようにこの後王都に送るから、逃げ出さないようにしっかり見張っといて。せっかく魔王なんて大物なんだから絶対にこの機会を逃すなよ」


 命じられた兵士の中で、一番メビウスの近くにいた兵士がメビウスのところにやって来て、持っていた鎖をメビウスの右腕につけようとメビウスの腕を持ち上げて鎖の腕輪の部分をメビウスの手につける。


「……」


 しかし寿命の切れた時計のように動かなくなったメビウスはされるがままで、一切生きた生物らしい反応をしない。


 そしてまた別の兵士がメビウスの腕を持ち上げてまた鎖をつける。それでも身動き一つしないメビウスを見て、バハロンはメビウスが完全に意識を失ったと判断した。


「でも、また起きた時のためにまだ足にも鎖をつけた方が良いかな……? いや、魔王となればそれぐらいじゃ意味ないね。お前ら、魔法結界を最大のまま鎖でぐるぐる巻きにして牢屋に放り込んで」


「しかし……! バハロン様、それは――」


「ねえ、他の魔族が戦場全体に効果をもたらすために力が反比例して弱くなったから、この最大の魔法結界を使えばどうなるかわからないって心配しているの?」


 さっきバハロンはメビウスが吐き気を感じた理由を、魔王の体は他の魔族よりもずっと多くの魔素を取り入れるからだと言ったが、今言った強さの差も理由の一つであると考えている。そしてバハロンは進言した兵士を氷のような目で見ると、


「普通の魔族はもう十分とは言わないけどけっこう集まってるし、それに比べて強い魔法を使える魔族はたった一体しか捕まっていなでしょ? なら、優先するのは量より質さ。だから緩めに拘束して逃げられるよりも、きつく拘束してその影響で他の魔族が死ぬ方がまだ怒られない……そうだよね? だから今すぐ他の鎖全部持ってきてこいつを拘束しなさい」


「……わかりました」


 これ以上立場が上であるバハロンと言い合う理由はその兵士になく、諦めて他にある鎖を集めようとして、


「…………!?」


 一言何かを発する時間すら与えられないまま、横から飛んで来た何かがぶつかってそのまま意識を失った。


「何が起こったんだ……?」


 いきなり飛んできた何かに動揺は隠せなかったものの、他の兵士よりもそれが時間もも勢いも、遠くから飛んできたので遅くてしゃがんでかわすことが出来て助かったバハロンは、立ち上がって周りを見渡す。


 そしてバハロンが見たのは、手にした鎖を振り回して他の兵士を文字通り吹き飛ばした魔王だった。


「おい! お前!」


 なぜ、魔法結界の力にあれだけ吐いて、苦しんで意識を失ってもなお立っている。


 湧き上がった強い感情のせいで言葉に出せなかった言葉は言わなくてもメビウスに伝わり、


「魔族結界の力は凄いと思うぜ。確かにこんなのあったら魔族は何も出来ねえよ。ただ……」


 メビウスは不敵に笑い、鎖を持った右手をバハロンに向けて剣士が剣を構えるようにすると、


「俺が魔法しか使えないって信じるから、武器を使える魔族にはやられるんだよバーカ! 」


 正確にはめちゃくちゃ苦しいがこの痛みに耐えられる攻撃手段が魔法に頼らない魔族だが、細かいところは気にしない方針で。まあ、アシュラあたりなら耐えられる……絶対。多分だけど。


「お前……! まあ良い、そんなことを言ってますが魔王様、実はかなり苦しいんでしょう? 魔法結界の最大出力なんですから。苦しいのはつらいでしょう? なら、ゆっくりそこら辺にでも寝ておいてください」


「あーバレた? でも、なんか今楽になったら後で拷問されてもっと痛い目に遭いそうな気がするんでやめとくわ」


「こっちもバレてるようですね。なら、力づくで拷問されてもらいます」


 まだ魔法結界の力を信頼している――ただし事実であって過信ではないのだが、バハロンが持っていた剣を鞘から抜いて構える。


 武器は違えど心は剣士そのものの二人が机を挟んで、本物の剣士のみの戦場だけに現れる張り詰めた空気が流れる。そして二人の戦闘前の準備が整い、


「魔王様!」


 村長の家の屋根が真っ白の光線に吹き飛ばされ、


「……死ね、屑が」


 背筋が凍るほど美しく気高い骨だけの龍に乗ったフィルモアが、勇者だったメビウスを見ていた目と同じ憎悪の目でバハロンを睨みつけていた。

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