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第一章 十四話目「謎な彼の職業」

 やがて流したメビウスの恥ずかしい映像も終わり、サンドロスによって作られた屋根が消えるとメビウスは観客たちの拍手と声援を送られた。


 フィルモアの記録していた映像を見ていて思ったのだが、当然の配慮なのかもしれないがメビウスが首都で話していた時に聞いていた魔族(まぞく)たちの拍手などの音は映像には記録されておらず、話していたメビウスの言葉のみが録音されていて、改めて一体それをどうやって実現させたのだろうかと思う。


 まあ、結論を言うとそれを舞台に出ている間にフィルモアに聞いて確かめるわけにはいかないので、またの機会にお預けになったのだが。


 そんなことを考えていると、先程まで一生懸命に拍手をしていたサンドロスがこの舞台を進行し始めた。


「魔王様、本当におめでとうございます! 領地奪還は魔族の長年の夢でしたからね!」


「本当にその通りだ。そして、俺は魔王として魔族の者たちにこの知らせを届けられて心から嬉しいと思う」


 そして、今回はフィルモアの原稿がなく全て自分で考えた言葉で話さなくてはならない。このことで、もし事実と異なることを言ってしまえばメビウスが疑われる可能性が一気に上がる。


 改めて、選択肢を間違えてしまったと思ったがもう後戻りは出来ない。この舞台を乗り切るのだ。


「それにしても……魔王様がとてもかっこよかったです! 何ですか『長く続く戦争を終結へと導く!』って、かっこよすぎますよ!」


「そ、そうか……そう言われると、なんだ? 恥ずかしいな……」


「そんな、何も恥ずかしがることないじゃないですか魔王様!」


 本当のところはもう見てるだけで恥ずかしかったのだが、改めて言われると更に恥ずかしくなるしそれにサンドロスの輝いている目が辛い。それを魔王っぽく演じてみてあの態度になったのだが、サンドロスはその態度を見てこれから続くことになる質問を躊躇う様子はない。


「確か、魔王様は領地奪還の際に魔王様自身も出陣なさっていたんですよね? どうして魔族の中で最強の魔王様が出陣なさったんですか? もしかして、人間側に魔王様が出陣なさらないといけない程強いものがいたり――」


「サディー! それは――!」


 先程のメビウスの様子を見て、メビウスがなぜああなったのかを悟っていたフィルモアがサンドロスに待ったをかける。が、それが逆効果になったようで、


「おい、どういうことだよ」


 といった意見を筆頭にして観客たちがざわめき出す。それは当然のことだろう、メビウスだって観客の立場で、突然自分が知っている中で最強の者ですら苦戦する相手がいると言われれば心から不安になるし動揺する。


 次に同じ舞台に立つフィルモアとサンドロスを見ると、自分たちが引き起こしてしまったこの騒ぎをどうすれば良いのかわからず慌てふためいていた。


 つまり、今サンドロスの舞台の中にいる魔族は全員が全員どうしたらいいか分からず混乱していたのだ――メビウス以外は。


 メビウスは小さく深呼吸をすると、大きく咳払いをしてみた。咳払いで出せる大きさはさほど大きな者ではないが、魔王が声を上げたとだけあって一瞬は言い過ぎだがすぐに観客もフィルモアもサンドロスもメビウスに視線を送った。


 傲慢な考えなのかもしれないが、今魔族たちは魔王の、メビウスの言葉を求めている。それぞれの心の中にある不安を、魔族の全員が他の誰よりも信頼できる魔王の安心できる言葉を聞いて安心したがっているのだ。


 メビウスは一度だけ目を閉じると、使ってはいるがフィルモアの魔法に頼らなくても舞台の端まで声が届くように、


「先程話題に上がった、俺自身が人間の村に出向いた訳についてだが……サンドロスの言う通りだ、人間には俺でも手こずった怪物がいる」


 今度こそ、確実に魔族たちが不安になってざわめきだした。きっと、魔族たちは魔王に「怪物」と言わせた人間を想像したのだろう――その正体がかつての魔王、ヴァニタスその人であるのだがそんなことを考える魔族は一人もいない。


 メビウスの言葉が生み出した不安は大勢いる魔族たちの数だけ生まれ、拡散する。それは一つの大きな不穏な雰囲気となって更に魔族たちの間に流れ、とても一人では抱えきれなくなり今度は他の魔族と不安を共有することでその不安を少しでも抑えようとする。が、不安を共有する為に話すことでより一層雰囲気は悪化して、再び魔族は安心を求めて行動を起こす。それは止まらない負の連鎖であり、


「だが、勘違いしないで欲しい。今ここにいる魔族たちにその怪物を心配する必要はない」


 メビウスは否と言ってその負の連鎖を断ち切った。


「確かにあの怪物は凶悪だ。必ず魔族の脅威になるだろう……だが、それも考含めて俺は宣言した、必ず戦争を終結へと導くと! たとえ魔族の前に立ち塞がるのが怪物だろうと、俺が、この俺が必ず倒す! だから、心配せずに俺を信用して欲しい!」


 嘘だらけの芝居、否、嘘そのものの演説で唯一これだけはメビウスの心からの言葉だったような気がした。魔王ヴァニタスを倒すこと。それはメビウスが願ってやまない悲願なのだから、当然なのかもしれないが。


 そんなメビウスの気持ちは今は意味もなく、伝わるのはメビウスが発した言葉だけである。そして、メビウスの言葉を聞いた魔族たちは、


「もちろん、信頼するに決まっているでありませんか!」


 その観客の内の一人の魔族のこの言葉で、一気に歓声と共に魔族たちが一つの意思で結束する。その光景に安堵したのか、舞台の上の二人の魔族は他人に気づかれない程度に胸を撫で下ろした。


「さて、色々ありましたが遂に今日のメインイベントに入りましょう。僕の舞台にゲストの皆様が出演した際には必ず行うこのコーナー! ゲストの皆様に質問のコーナーです!」


 すっかり調子を取り戻したサンドロスは、何かよくわからない展開に突入。決して動揺を顔に出さないメビウスをよそに、そのまま舞台は進行していく。


「それでは、このコーナーで必ず始めに聞く質問を。魔王様の好きな食べ物は何ですか?」


 ……いきなり超高難易度の質問が来た。


 本当のところは敵対していた魔族、しかもその中で一番憎んでいた魔王の情報など知るはずもないし知りたくもなく、ほんの僅かの情報をイヴと戦った時に聞かされただけなのであるから、そのイヴからの情報の知識で答えることができる質問を望んでいたのだがそんな幸運なことはなかったのである。


「ふん、好きな食べ物か……」


 出来るだけ長く考えつつしかも観客に考え過ぎだと思われないようにする為に、少し声を出しながら必死にあの魔王が好みそうなものを考える。


 昨日魔王城から送られてきた魚料理、魔王城を出発する前に食べたお粥、魔王城で初めて食べた魔族が作った料理の山菜料理、他にも訪れた各村で食べた特産品が頭に思い浮かぶ。


 が、メビウスはとあることに気づいた。それは圧倒的にメビウスには魔族の料理に対する経験値がない――要は魔族が食べる料理の種類が少なすぎるということであり、そのせいでメビウスはどれが魔王の好物なのかわからない。それもこれも全部、魔族の料理が美味し過ぎるせいだ。


 次にメビウスはもうメビウスの好きな食べ物を魔王の好物にしてしまおうと考えたのだが、これもまた壁にぶつかる。メビウスの好きな食べ物はお米を集めて握ったおにぎりという食べ物なのだが、人間の村の農民が食べる物が魔王城で出てくるとは思わないしそもそも魔族がおにぎりという食べ物を知っているかも謎だ。そんな中おにぎりと言って観客に呆然とされた挙句フィルモアに「そんな料理作ったことない」と言われれば終了だ。


 なら、どうすればこの質問に正しく答えられる? 正解はだった一つだけ、なのに料理の種類は人間や魔族が考えれば考えるだけ生み出されるのだからほぼ無限に存在する。適当に言えば必ず不正解を引いて魔王がヴァニタスではなくメビウスとバレてしまう――、


 突如、メビウスの頭の中にこの質問に適している答えが見つかった。


「……俺は、全ての食べ物が好きだ」


「全て、ですか?」


 メビウスの出した答えに、他の誰でもない質問をしたサンドロス本人が一番驚いていた。そしてメビウスは、この答えにした理由を魔族全員が納得できるように、熱く丁寧に長ったらしく説明する。


「この世に存在する食べ物の数は無限ではない。食べ物はもともと命なのだからその数は有限だ。そしてその命には俺たちが食べる料理になる前にはそれぞれの生活を営んでいた。それは一家の生活の為に食料を確保するお父さんだったり、子供を守り育てるお母さんだったり、親に愛されていたり友たちに大切に思われていた子供だったり、将来を約束した相手がいてもうすぐ新婚生活を送るはずだった者だったり、まもなく生まれて立派に一生を終えるつもりだった卵なのかもしれない」


 自分でもよくわからない方向に向かって進んでいくメビウスの演説だが、そんなことは気にせずメビウスはどんどん思うがままに語り続ける。


「俺たちはそんな命の未来を奪って食事をしているのだ。だが……これは仕方のないことなのだ。俺たちが生きていく為にはどうしても他の命を奪って食べていかないといけない。だから、俺は食事をする際に食材に感謝を忘れないし、好き嫌いをしたりして食べ物を粗末にはしない。だから好きな食べ物は全てなのだ」


 メビウスが語り終えると、この言葉に感銘を受けたのか盛大な拍手を送られる。これが、メビウスの考えた作戦「なんか凄いことを言っておいてどうにか誤魔化そう作戦(名前は仮)」である。


 そして、話している間にメビウスはもう一つこの質問コーナーたるものを乗り切る作戦を思いついた。


 そんなメビウスの思惑を知らないまま、サンドロスは次の質問に進もうとする。


「さすが魔王です! 普通の魔族には考えられないような素晴らしい考えを……さて、次の質問なのですが――」


「サンドロス」


 メビウスはまず作戦の一つとしてサンドロスの質問を一度止める。そして魔王にはほとんど逆らわない精神が根付いている魔族の一人であるサンドロスは別に大丈夫かなと思い、


「はい、どうしましたか魔王様?」


 特に深い考えもなく一時的に質問コーナーを停止する。メビウスの計画はここからが正念場だ。メビウスは何か良からぬことを考えているとサンドロスに気づかれないように気をつけながら、


「一つ、お前について聞きたいことがあるのだが……聞いてもいいか?」


「わかりました……どうぞ、何なりとお聞きください!」


 どうやら、魔王への忠誠はその時だけの出演者に質問をする企画で、質問する人とされる人の立場を逆転させる暴挙すら許してしまうらしい。


 だが、かなりすんなり行けてしまったがこれで作戦はほとんど成功したと言っても過言ではない。魔王の体になってから何度目かの地位の重要さの痛感の後、メビウスは作戦を決行した。


「つい先程、フィルモアがお前のことを「サディー」と呼んでいたが、お前とフィルモアは一体どういう関係なんだ?」


「「え?」」


 この質問に、サンドロスとフィルモアの二人が驚いて二人の思考が一瞬だけ停止したように見える。


 メビウスの作戦、それは「そもそもサンドロスに質問をさせない作戦(名前はもちろん仮)」である。


 この作戦の理由は二つあって、まず一つ目は作戦の名前通りで、もう一つは単純にメビウスがそれを知りたいだけである。この一挙両得な作戦は少し成功する可能性が低いように思われたが、案外すんなり成功してしまったのでやってみて損はなかった、といったところだろうか。ついでに、なぜか観客に「オォ!」と言わせて盛り上がらせることに成功した。


 そして、果たしてこの作戦はうまい具合に働いたのかというと、


「え……えぇ!? そ、それは……」


 どうやら大成功のようだ。


 サンドロスは顔を赤くしてメビウスの質問にどう答えようか慌てふためいている。この結果に心の中で喜びながらふとフィルモアの方の反応が気になってそっちの方を向くと、


「どうしたんですか、サディー?」


「え、そ、そのぉ……あっ、魔王様の質問にフィルが答えて、お願い!」


「はい、わかりました……」


 フィルモアはサンドロスから黒い筒を受け取ると、その筒に向かって声を出した。


「魔王様の質問にお答えすると、数年前からの友人です。その時は人間が攻めてきたのを防衛していて、偶然人間に襲われかけたまだ有名でなかったサディーを助けたのですが、その後また偶然人間の動きを警戒していたら――」


「フィル! もうそれだけで十分だよ!」


 きっと、あの黒い筒がメビウスにかけられている声を舞台の端まで届ける魔法の代わりになっているのだろう。そんなことを少し思ったが、今のメビウスの興味は別にある。


 今フィルモアの口から語られかけたフィルモアとサンドロスの出会いの話。それはメビウスが質問に答える時間の削減と興味を満たすというこの作戦の目的を両方とも十二分に満たすので、


「フィルモア、続けてくれ」


「え、フィル、言わないよね……」


「それで、偶然再会した時に――」


「やめて! 言わないでフィル!!」


 サンドロスの叫びも虚しく、今度は視線だけで中断を拒否すると伝えたメビウスの意思を汲み取ってくれたフィルモアの過去の話は続く。


「その際に、「助けてくれてありがとう」とおっしゃってくださったんです。でも……(わたくし)はその言葉にびっくりしてしまったんです。忌々しい血を引く(わたくし)は感謝の言葉なんて受け取るに値しない存在ですから。そうしたら、サディーが――」


 ちなみにだがサンドロスにフィルモアの昔話を止めようとする試みはまだ終わっておらず、ついさっきからフィルモアから黒い筒を奪おうとしてメビウスの手の中で抗っている。しかしもちろんサンドロスのその努力は無駄でしかなく、昔を思い出して優しい笑顔になっているフィルモアが、


(わたくし)に歌を歌ってくださったんです。自分に自信が持てるようにと。確か、その時の歌はサニーデイズでしたか?」


「うぅ、確かにそうなんだけど……」


 珍しい笑顔を見せるフィルモアとは逆にサンドロスはメビウスの手の中でとても顔を赤くして恥ずかしそうに事実を認める。きっと、今の彼の気持ちを表す最適の言葉は穴があったら入りたいだ。そして、ここまで状況証拠が揃えばもう断定して良いだろう。


 そう、少なくともサンドロスがフィルモアに好意を寄せていることをだ。


 実を言うとメビウスも恋する男の子なのでサンドロスの気持ちもよくわかるのである。好きな人と出会った経緯や、好きな人のためにした行動をこんな大勢の前で公表されるなど、サンドロスにはかなり悪いことをしたがそれ以上の罪悪感は感じない。


 さて、となるとフィルモアはサンドロスのことをどう思っているのかが気になるが――、


「それからも、例えばサンドロス様の故郷であるこの村に人間の奇襲を警戒して訪れて偶然出会った時に、新しく作った歌を聴かせていただいたり、初めての舞台に特等席を用意していただいたり……確か、(わたくし)にサディーと呼んで欲しいとおっしゃったのはこの頃でしたか?」


「うん! そうだけど、そうなんだけどね!」


 サンドロスの悲痛の叫びの深刻さに気づいて話しているのか、それともただ気づいていないだけなのかはわからない。が、つくづくサンドロスが可哀想になってくる。


 せっかく衝撃の事実を聞かせてもらったので、メビウスはフィルモアにもう大丈夫だと言おうと思ったのだが、最後に、とんでもない爆弾が待ち構えていて、それはメビウスが止まる前に爆発してしまい、


「そういえば、サディーばどうして(わたくし)のことをフィルと呼びたいと思ったのですか? 様付けされるよりはありがたいのですが……」


「え、えぇ! そ、それは……そ、そのぉ……」


 今、メビウスはここで好きだとは言えずに何を言えば良いのか困っているだろうサンドロスが心の底から可哀想に思われたのである。誰か、助け船を出してやってほしい。こんな状況に追い込んだのはほかの誰でもなくメビウス自身なのだが。


 そんなサンドロスが見てられず目を逸らしてフィルモアの顔を見てみるが、あれだけ分かりやすいサンドロスと正反対で全くフィルモアの心の中が見えず、あの質問がどのような意図なのかもわからない。


「あの……それは……」


 ようやく覚悟の決まったらしいサンドロスが、その緊張がひしひしと伝わってくる顔でフィルモアを見た。その瞬間、


「「「「オォ!」」」」


 とまたまた観客たちがこの場の雰囲気を盛り上げる。ずいぶん積極的な観客だなぁと場違いにも考えてしまった。


 もしかしたら、メビウスと観客が考えたことは同じなのかもしれない。それは、サンドロスとフィルモアが恋人同士かはわからないが、サンドロスの愛の告白が聞けるのかもしれないという期待だ。


 メビウスは正しいのかわからない観客との一体感に浸りながら、サンドロスの言葉を待った。


「それは……」


「それは?」


「それは……フィルを助けてもらった恩人じゃなくて、友たちとして接したかったからで……それで、その一環としてその……フィルって親しげに呼んで見たかったから……」


「「「「「「えぇー!!」」」」」」


 サンドロスの期待外れな答えに、観客たちは今までで一番大きな声で心の中の気持ちを叫んだ。ただ、メビウスは叫んでいない。二度目だがメビウスは恋する男の子である。さすがにこのタイミングで好きだなんて言えないのはわかりきっていた。もちろん、心の底では叫んだが。


「そうだったのですか……教えてくれてありがとうございます。サディー」


「――!」


 サンドロスに感謝の意を告げるフィルモアは、今までで一度も見たことない心の底からの笑顔を見せていた。それはメビウスが勇者とし戦った時の憎しみの顔や魔王のメビウスに見せる怯えた顔なんかより全然似合っていて――、


 サンドロスに質問コーナーを忘れさせるほどの威力を込めていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そしてメビウスは作戦を見事成功させて無事に舞台を終え、舞台となった施設の近くにある宿泊施設で休んでいた。


「あの……魔王様、入ってもよろしいでしょうか?」


 控えめなノックとその声でフィルモアがやってきたのだとわかり、


「ああ、入れ」


「……失礼します」


 部屋に通すと、フィルモアは少しメビウスのところに近づいて突然頭を下げた。


「今日は失敗ばかりで申し訳ございませんでした! (わたくし)のせいで魔王様に無理をさせただけでなく、サンドロス様の舞台を興味本位の質問で台無しにして……」


 確かに、サンドロスのあの質問の後は酷かった。フィルモアの笑顔にやられたサンドロスはまともに話せなくなり、フィルモアが魔王城のメグミのところに転移させようとした時には慌てて止めたものである。


 サンドロスをその状態にした決定打は他の何でもないフィルモアの質問だし、主役がそこまでなってしまったらまあ舞台が失敗した捉えても仕方ない。フィルモアの後悔もあながち間違ってはないのかもしれない。


 が、しかし、


「フィルモア、顔を上げろ」


「……わかりました」


 フィルモアは、さすがに何度も失敗を続けてしまっては、魔王が怒っても仕方ないと罰を受ける覚悟をしてメビウスを見た。でも、それは検討違いで、


「みんな、笑っていただろ?」


 メビウスの笑顔に、フィルモアは訳がわからなかったのか返事が返ってくることはなかった。


「サンドロスの舞台、確か元気を届けるものなんだろ? なら、みんな楽しそうに笑っていたから舞台は大成功だ。きっとサンドロスもそう言ってくれるさ」


 やはり、サンドロスの恋の行方が分からないのは心残りだが。


 その本音はサンドロスのために声には出さないでおいて――ただし、あの事態を引き起こしたのはメビウス自身だということは舞台が終わった時点ですっかり忘れているのだが、フィルモアにメビウスの意見を伝える。するとフィルモアは、


「本当にそうなのでしょうか?」


「ああ、本当だ。俺が保証する」


「……魔王様が言うのなら本当なんでしょうね」


 舞台の時ほどではないがフィルモアは笑顔を少し浮かべると、


「明日は朝の七時に朝ご飯をお持ちします」


「わかった。明日は早く起きるよ……あっそうだ、二つ程聞いて良いか?」


「もちろんです! (わたくし)のお答えできることならなんでも答えさせていただきます!」


 いつものやりとりに戻ることを寂しく感じながらも、メビウスはフィルモアにまず一つ質問した。


「一つ目だが、実はど忘れしたんだがサンドロスの職業ってなんだったか?」


 ど忘れどころかそもそも知らないのだが、細かいことは気にせずに質問を続行。するとフィルモアからようやく今日ずっと気になっていた疑問の答えが返ってきた。


「アイドルです」


「アイ……ドル? それは歌手とは違うのか?」


「はい、アイドルとは歌手とは違って歌うだけでなく、踊ったり、それ以外にも様々な仕事をするとサンドロス様からお聞きしています」


 やはり、フィルモアには魔族の誰かを様付けせずに呼ぶのが心理的に抵抗があるのだろう。だからサンドロスがいないところではサディーと呼ばずにサンドロス様と呼ぶようにしているのかもしれない。


 そんな考えは一度隅において、メビウスはアイドルという職業について考えて、そして理解することを諦めた。あまりにも舞台の印象が強すぎてそういったものとしか受け止めることが出来なかった。


 そして、次にこれもサンドロスの職業と同じくらい聞きたくなったことだった。


「そして二つ目だが……率直に聞く、サンドロスのことどう思っているんだ?」


「サンドロス様でしょうか? サンドロス様は……」


 次にフィルモアから告げられた言葉に、メビウスはサンドロスについて一つ決めた。


「なぜか(わたくし)に話しかけてくれる不思議な魔族と思っていましたが……サンドロス様が友たちとして接したいとおっしゃっていたので……、抵抗はありますけど友たちとして接してみるつもりです」


 ――サンドロスの恋を手伝うことを。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 メビウスの静かな決意はともかく、運命の日はいつか必ずやってくる。


 そう、ついにメビウスは故郷――魔族の領土となったレイン村を訪れるのである。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 そして他でもないそんな日の夜、とある魔族は夜遅くに一人暗くて見えない道を歩いていた。


 彼の名前はディア、首都で一番最初に魔王と話す権利を得た魔族であり、天から使命をあたえられたと断言している魔族であり、魔王が領土奪還の報告をする会に毎回参加した魔族であり、今日のサンドロスの舞台――サンドロス本人やサンドロスを応援している魔族、ファンと呼ばれる魔族たちはライブと言ったりするのだが――で魔王を信頼するといち早く宣言した魔族である。


 そんな彼が今夜道を歩いているのは彼の天から与えられた使命のための行動の一環、五日後に魔族領にある街の一つであるライブの当日券を手に入れるためである。


 実はディアは事前に応募した魔族に抽選で届く先行販売の入場券があるのだが、それを今日のライブのものしか手に入れてない。それ以外は全部当日に並んで当日券を手に入れたのだ。


 それだけではない。今回は魔王城からレイン村に向かう途中にある都市や村に関しては魔王本人が訪れて、残りの場所はサンドロスのライブを行いその時にメビウスが話していた映像を流すことで魔族領全土に今回のニュースを知らせるという仕組みなのだ。


 しかし、このディアは一度行けばいいライブや演説を全て訪れると魔王本人に宣言して実行している。演説はまだ無料だが、サンドロスのライブに関してはニュースを伝えるという目的があるのでライブ会場の地元に住む魔族は無料で行くことができるのだが、そうでない魔族でライブを見たい魔族は別途料金が発生するのだ。まあ、もちろんそんな別途料金まで払って地元以外でライブを見ようとする魔族は彼以外にはいないのだが。


 彼は基本寝る間を惜しんで徒歩でお金がかからないようにしているのだが、徒歩で間に合わない時にはオメノのような人力車に頼ることもあり、今回莫大な費用と体力を費やすことになるのだ。


 さて、そんな彼の天から与えられた使命、言い換えれば職業は四天王や魔王といった有名な魔族を追い続けその軌跡を追うこと。本当は奪還した領土に向かう魔王を追いたいのだがあの場所は今関係者以外立ち入り禁止になっているので渋々サンドロスのライブを回ることにした。


 そんな彼は、一人寂しい街の中で自分以外の誰も聞かない問いを口にした。


「確か……かつて魔王様は田舎の小さな雑誌のインタビューでどうしても酸味の強いものが無理だとおっしゃっていたような気がしますのですが……まあ、時間が経てば変わるものですな」


 彼にここまで気づかせる職業(?)こそ、「ヲタク」であった。

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