第一章 十三話目「過去との再会」
タイトルに副題つけました。でも、特にそれ以外は変わらないのでこれからもよろしくお願いします!
なんだかんだで初日以降は、ディアと名乗っていた神から使命を与えられたと自称してやまない魔族と毎日出会うことに驚いたこともあったが、無事に各地へ訪れることは成功していき、そして何日か経って今回訪れる最後の魔族の村に訪れることとなった。
空はその最も高いところが見えてしまいそうなほど澄み渡っており、視界を遮る雲一つすらない。
そんな最高の天気の中、オノメの超高速とフィルモアの魔法を合わせて快適な旅を送っているメビウスは、フィルモアに言われるがまま今日の行程を確認していた。
「今日はサディ……じゃなくてサンドロス様とステージで共演していただきます」
「サンドロス……あっ、彼か……」
サンドロス、メビウスは彼とは一度勇者だった時に戦っていた。
サンドロスはノームの少年で、ノームの中でも土魔法に非常に長けていてメビウスたちとサンドロスが戦った時は、戦っていた場所の地面を巧みに操られて苦戦したのを覚えている。
年は若く体は年齢以上に若いのに、その小さな体に抱えきれるのかわからない程大きなものを背負って戦っていたのは、彼の覚悟した眼差しや言葉からわかったのだが、彼が魔族の中でどんな役割を担っていたかは彼の口から語られることはなかった。
しかし、フィルモアが「共演」と言っていたから演劇の役者などだろうか? もしそうならばメビウスは演劇など一切やったことがないので必ず醜態を晒すし、そもそも台本なども一切知らされていない。
ちなみに、ついさっきフィルモアがサンドロスのことを「サディ」と言っていたが、二人は「フィル」、「サディー」と言い合う仲であり非常に仲が良かったと思われる。ただ、二人が恋人同士だったりだったのかと聞かれると、それはサンドロスからだけでなくフィルモアからも語られなかったので真実は闇の中のままだ。
「魔王様! ちぃと時間かかってもうたけどサンドロス様の舞台の場所に着いたで!」
相変わらずの商売口調――素の口調な気がするが――が魅力的な車夫のオノメの声で人力車ならぬ魔力車から降りて、魔王が一般魔族に襲われたり――ただし襲われてもアシュラの言っていた通り魔王に勝てる魔族なんていないし、そもそも四天王であるフィルモアにすら勝てるわけもない――会おうとするのを避けるために事前に立ち入り禁止になっているらしい出入り口付近から、サンドロスと待ち合わせをしている建物の中に入っていく。
この旅の間はずっとこのような舞台の狭い待機所を移動し続けているので狭いところには特に不快な思いは感じなくなったが、どうやらフィルモアはこんな狭いところを魔王が使うのを申し訳なく思っているようで、一度だけフィルモアに本当に狭くても大丈夫なのか心配されたこともある。
そんなことを考えていると、先を歩いていたフィルモアが立ち止まりメビウスの方を向いた。
「今回はサンドロス様の提案で、これから後のサンドロス様の舞台でお流しになる私が首都で魔王様がお話しされていた様子を記録したものを流させていただいています。本当は魔族の皆さんは魔王様のお声をお聞きになりたいとは思いますが、サンドロス様が少しでも魔王様のご負担をかけないためにと」
「なるほどな、礼を言おう」
「その言葉は後でサンドロス様におかけになってください」
フィルモアは丁寧に返答すると、次にようやく今回の訪問の内容を伝えてくれた。
「魔王様、魔王様はその映像の後に私の転移魔法で舞台に移動していただくのですが――実は、サンドロス様との打ち合わせが上手くいきませんでしたので、ここで私の魔法を通して今サンドロス様がいらっしゃる舞台の様子を見ていただいて舞台の流れを把握していただくことになりました……本当に申し訳ございません!」
「えっ……いや、初日に失敗している俺に何かを言う権利あるか?」
「いえ、そんなことはありません! 魔王様にはご迷惑をおかけした私を罰する権利がございます!」
「……まあ、権利があったとしても絶対しねぇけどな」
メビウスはメグミの顔が浮かんでしまったことに笑い、それでもやはり納得できないフィルモアは、もう一度だけ謝ると先程言っていたサンドロスの舞台を映す為の魔法か何かを用意し始める。その魔法はすぐに用意が終わり、最後に舞台の音を伝える魔法を付け加えてメビウスの予想通りにサンドロスの舞台を映す魔法の完成だ。
そして、その魔法が最初にメビウスたちに届いたのはサンドロスが華美な衣装に身を包んで、大きな拍手を送る観客と思われる魔族たちに頭を下げている光景だった。
「どうやら、丁度一つ曲が終わったようですね」
「あぁ、そうだな」
適当に返事をしているが、もちろんメビウスにはフィルモアの言った言葉の意味がわからない。一つ曲が終わった……サンドロスは歌手なのだろうか? つまり共演とは一緒に曲を歌ったりする事で、いや、それでもメビウスには無理だ。演説なら何度もやってきたから大丈夫だったが、残念ながらメビウスは芸術と触れ合う時間は存在せずにここまできてしまっている。
今日は、本当にメビウスは上手く魔王を演じられるのだろうか? そう考えて不安になっていると、
「皆さん、今日は僕のライブにお越しいただきありがとうございます!」
持っていた黒い筒のようなものを通して、サンドロスが元気よく観客の全員に聞こえるように言うと、観客たちがこちらは大きな声で最早意味不明とすら断言できる奇声を上げ始めた。
突然始まった魔族たちの奇行に、メビウスはついさっきまで抱えていた不安すら忘れて呆然とする。一体、彼らは本当に何をしているのだろうか?
メビウスが呆然としている間に奇声は止み、再びサンドロスの明るい声がメビウスの耳に届いた。
「ここまで僕の歌を聴いてくださった皆さん方への感謝はどれだけ僕が表現を工夫しても伝え切れるものではございません! そして、皆さんが僕の歌を聴くことを本当に楽しみになさっていることもよくわかっています! でも……本当に名残惜しいのですが、今日僕が歌う歌は次の歌が最後になってしまいます……」
サンドロスの弱々しくて心から終わりを迎えるのを辛いと思っていると伝える声に、観客たちの同じような気持ちが乗せられた声が答えて、その寂しさが映像で見ているメビウスにも伝わってくる。
だが、サンドロスはその空気の中で明るい声に自分の声を戻すと、
「ですが、それでも僕は皆さんに最後の最後まで元気をお届けします! そして、このライブの締めは僕の一番お気に入りの歌――」
サンドロスの言葉でつい先程までの暗い雰囲気は嘘のように消えて、観客たちは最後の歌に期待を膨らませる。
そして、サンドロスは大きな声でその歌の名前を世界に刻みつけた。
「サニーデイズ!」
サンドロスの言葉に応えるように大きな音楽が流れ始める。そして、世界を励ますその音楽にサンドロスの声が加わり――、
サンドロスは曲を聴くもの全てを彼の世界に引き込んだ。
彼の歌声は聴いた人の心に一切抵抗させずに鷲掴みし、そのまま彼が今歌っている歌以外のことを全く考えさせない。もし、何かの間違いで他のことが浮かんでしまっても、その一瞬の余念さえ彼の歌の魅力が上書きするだろう。
そんな彼の歌は、元気をお届けすると言ったように応援歌であり、特に、何かに悩みを抱える者を励ます曲だった。
そもそも、悩みとは抱える人によってそれぞれ違う。同じような悩みであろうと、きっとそれぞれが抱える過去が僅かながらであっても変化をもたらす。
そして、悩みを抱えていると自分の将来を左右する重大な決断をすることが難しくなる。時には、自分が本当に幸せな未来を望んでいいのかとすら考えてしまう。
でも、そんな人たちをサンドロスは、
「未来を望むことは逃げることなんかじゃない。未来を掴むために頑張るのを決めたことなんだから、決して迷わないで――」
その、世界すらも救ってしまいそうな歌と彼の踊りで手を差し伸べる。どれだけ辛いことがあっても、明日に向かって笑って歩き出そうと。
やがてサンドロスが歌唱をやめて、残された音楽も最後まで聴くものに元気をお届けしようとする。
が、どんな時間にも必ず終わりが来る。明るい音楽が最後に勢いよく有終の美を飾ると、サンドロスは遂に今日最後の歌を歌い終える――、
決めポーズと共に。
メビウスは、歌が終わるやいなやサンドロスの束縛から解放されるのと決めポーズによる印象付けが同時に行われ、ついさっきまでサンドロスの歌に虜だったのも忘れて口をぽっかり開けて瞬きをした。
一方その頃、観客の魔族やメビウスの近くに控えているフィルモアたちは最後のきっと最高であっただろう歌に盛大な拍手を送っていたのだが、もちろんメビウスは拍手をしない――というより出来なかった。確かにサンドロスの歌は良かったが、その良さすらもメビウスの頭の中では現状への整理がついていない状態では思考の中に存在する余地が無かった。
しかし、今回に限ってはメビウスは制限時間があった。サンドロスの歌が終わったということは、つまり間も無く魔王としての出番が待っているということと同義なのだ。
そして、サンドロスが最後にお辞儀をすると彼は、
「さて、僕の歌はここで終わってしまいますが……なんと!」
ここまでサンドロスの舞台を見ていて不思議に思ったのだが、メビウスからしてみるとサンドロスのしていることは前例のないことだらけなのだがやけに魔族たちの反応が良いというか、観客たちがサンドロスの舞台の一部として、サンドロスの元気を届ける舞台を作り上げているような気がするのだ。
例えば今この瞬間も、観客たちが「おぉ!」と声を出して、この言葉を言わない時よりもより一層何か凄い事が起こりそうな雰囲気を醸し出している。
「実は! 今日は僕のライブに、特別ゲストが来ていらっしゃいます! それではお越しいただきましょう! 僕たち魔族の象徴、魔王ヴァニタス様です!」
「では、転移させていただきます」
今までサンドロスの舞台を映していた魔法が消えて、メビウスの足元に見覚えのある魔法陣が浮かび、
「……はぁ? あ、あ、あぁ!?」
突然、メビウスをとんでもない恐怖が飲み込んだ。魔王城に転移させられた時の光景が脳裏に浮かんであのヴァニタスの狂った顔が視界にこべりつく。そしてその風景は時間を遡り、
「大丈夫ですか、魔王様!」
フィルモアが今メビウスに起きている異常に気づいて魔法陣の中のメビウスに近付こうとする、が、
「――!」
完成された魔法は創造主であっても干渉を拒み、メビウスに触れようとした手は何もできないまま弾かれた。そして何者も拒む魔法陣は作られた任務を果たすために一気に光り輝いて――、
「大丈夫ですか、魔王様……?」
サンドロスの心配する顔と声に、メビウスは今サンドロスの舞台の上にいることに気がついた。
メビウスには、ついさっき自分の身に何が起こったのかわからない。ただ覚えているのは、フィルモアの魔法陣を見てあのレイン村での時のことを思い出して、メビウスの顔をしたヴァニタスの顔を思い出して、メビウスの猛攻を涼しい顔をして避けるヴァニタスの顔を思い出して、震えていたメビウスを笑うヴァニタスの顔を思い出して、そして最後には妹であるマリーが――、
「……!」
メビウスに何が襲って来たのかようやく理解し、改めてメビウスは自分の今の状態を理解する。メビウスは突然妹が殺された時のことを思い出して吐き気を引き起こし、両腕や両足は震えて、呼吸は荒く、その魔王の異常な在り方にサンドロスだけでなく観客の魔族たちがざわざわと騒がしい。
舞台としてあるまじき状態で停滞するなか、しばらくしてようやく打開策となる人物――もし人物という表現がおかしいなら魔族が舞台の上に上がってきた。
「魔王様!」
フィルモアが短いスカートを翻しながら急いでメビウスのところに駆けつけた。そしてそのままなぜか盛り上がっている観客には聞こえない声で口を耳元に近づけると、
「魔王様、今すぐ魔王様を魔王城のメグミ様のところに転移させていただきます! そこで、しばらく安静に……」
それだけ伝えると、ついさっきのメビウスの様子から魔法陣は見せない方が良いと判断したのか今度は腕でメビウスの目を覆うと二度目の転移魔法の準備に移った。
このままいけば、メビウスはフィルモアの言う通りに魔王城に送られて再びメグミの世話になるのだろう。そしてメグミに「どうしてまたここに来たワン」と責められるのだ。
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…………それで良いのか?
別に、メグミに怒られるのが怖いという訳ではない――のかもしれないが、今回はそれ以前の問題なのだ。
突然、メビウスが魔王にさせられてから話をした魔族たちの顔が頭に浮かぶ。
フィルモアのいつも自分自身を謙遜する顔、メグミの厳しい顔、アシュラの魔王を信頼する顔、魔族たちが魔王に自分たちの未来を託してくれた時の顔。
その魔族たちの顔を考えるだけで、メビウスが積み上げてきた全てを失った時に感じたその感情に匹敵する何かが胸の中に込み上げてくるのだ。
しかし、それと同時にメビウスはつい数日前までは魔族をこれほどないまで憎み、魔族を滅亡寸前まで追い込んだ人間の勇者である。
そのたった数日間でメビウスは魔族たちとの間に何を築き上げたのだろうか? それは勇者として――否、人間として二十年近く、否、やり直しをしてきた事も考えればそれ以上の時間もかけて築き上げてきた憎しみに匹敵するものなのだろうか?
ただ勇者として剣を振るうだけだったメビウスにはその結論を出すだけの確かなものがない。故にこの葛藤は結論が出ることはなく、その結果メビウスはただ魔法陣がメビウスを魔王城に送り届けるまで考え続けることになり、そしてそれはその結論が出ないことを意味していて、
「やめろ、フィルモア」
「……魔王様?」
けれども、フィルモアの転移魔法の魔法陣が完成して誰であろうと転移を中止することが出来なくなるその直前、メビウスの口から呟きが漏れていた。そのメビウスの言葉を聞き逃さなかったフィルモアは急いで転移魔法を中止する。
かと言って、結論がメビウスの中で出たわけではない。相変わらずメビウスは浮かんだ疑問の答えを出すことが出来ないままだ。
なら、なぜメビウスはフィルモアの転移を拒んだのだろうか?
その答えは考えれば考える程メビウスの頭の中に現れる気配はない。ただメビウスに確実にわかったのは、メビウスが魔王城に戻らなかった以上、もう今日は魔王を演じきるしか選択肢がないということだ。
その事実を認識した瞬間に、不思議なことだがスゥーと頭の中が軽くなった。あれだけメビウスを苦しめた光景は頭から離れて、今の状況をすんなり理解し何をすれば良いのかわかる。
「……心配かけてすまなかったな、俺は全ての魔族を統べる王、魔王ヴァニタスだ!」
メビウスは魔王の演技の一環として、ついさっきまで観客たちにかけていた心配を吹き飛ばすように挨拶をすると、一瞬、観客の魔族たちがあっけにとられて黙り込んだ。しかし、それは一瞬だけだった。
「「「ワァァァァァァァァァァァァ!」」」
観客の魔族全員がサンドロスが歌い終わった時のように歓声を上げる。やがてその声も止むと、今度口を開いたのは何事も無かったように明るい声をするサンドロスだった。
「魔王様、今日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございました! それで、今日はとても重要なお知らせがあるんですよね?」
「ああ、そうだな。その為に今俺はここに来ているからな」
サンドロスの言う重要なお知らせとはきっとレイン村についてだろう。確かフィルモアが今回は映像で発表すると言っていたので細かいところは触れないでおく。そして、観客たちの期待がどんどん高まっていっていた。
「今日は事前に魔法で記録していた映像で発表するとのことで大丈夫ですよね?」
サンドロスの確認で、今度はフィルモアが魔法を準備し始める。そういえばフィルモアはどうやって今回流す映像を用意していたのだろうかと思ったが、今は気にせずサンドロスとの会話を続けた。
「今から流す物は俺が首都で話していた時のことを記録したものだ……フィルモア、準備は万端か?」
「はい、もちろんでございます魔王様!」
メビウスが言っていることは完全にフィルモアがメビウスに伝えたことをメビウスが観客に伝えているだけに過ぎないが、メビウスはそれで良いと思っているしフィルモアもそれを責める気は無いだろうことは今までのやり取りをしていれば想像に難くない。
「それでは皆様にご覧いただきましょう、どうぞ!」
ふと、今の舞台はメビウスが言っても良かったのではと思ったが、残念ながら今回は時間が間に合わなかった。サンドロスが魔法で野外の舞台に土で出来た臨時の屋根を作り映像が見やすいように舞台を暗くして、メビウスの意思とは関係なく首都でのメビウスの演説が流れ出す。
それと同時に、メビウスは今まで立つことのなかった立場に初めて立った。それは、魔王が話しているところ見る観客としての立場だ。そして、一つの強い感情に支配される。
(……めちゃくちゃ恥ずかしい!)
フィルモアの原稿をそのまま読んでいると聞いている魔族に悟られないように感情を込めて熱く語っていた時は意識の隅にすら浮かんでこなかったが、いざ聞く側の立場になってみるとこれまた聞いていて恥ずかしい出来になっているのである。
きっと、誰だって誰かの前に立って話せばこんな経験もあるのだろうが、これが国としての規模の話となってしまえば本当に恥ずかしい。
もしかしたら、ある意味これが今日思い出して一番つらかった過去なのかもしれない。




