第一章 十二話目「何度やり直しても分からなかったこと」
が、ここでメビウスはとんでもない状況にあることに気がついた。そう、それはメビウスがこの雰囲気的に多分ここで演説をしないといけないのにここで話すことを一切考えていないということだ。
もちろん今日演説をしなければいけないと聞いていたら言う言葉を考えてきたかと言われれば返事はしにくいというかそういえばフィルモアが昨日メグミの部屋から出ていった後にレイン村を魔族が取り返したと言うといっていたのだが、それでもこれはかなりの窮地だ。
メビウスはいくつか打開策を考えよりとしたが、やはりここは無事に演説を成功させる以外にそれが見つからない。覚悟を決めてやるしかないと、静寂が部屋を満たすここで一度吐くだけ吐いた息をもう一度吸い込み、
「お越し下さった魔族の皆様、準備が終わるまでしばらくお待ちください」
フィルモアはそう言うと魔法を発動させて、メビウスを見ている魔族たちの上空にメビウスの顔を映した映像が、そしてメビウスの目の前にはフィルモアの「演説の言葉です」と書かれた文字が浮かびその後に演説の言葉が現れた。
なんとかフィルモアが出した文字を見る前に声を出してしまうという失態はせずに済み、一度だけ小さく深呼吸をしてメビウスはきっと今メビウスが見ている文字は見えていないであろう魔族に、ただ読んでいるだけだとバレないよう演説を始めた。
「今日は人間との戦争が続く一触即発な状況のなか、この場所にお越しいただき誠に感謝する。俺が魔王ヴァニタスだ」
外部の方を招いた特別講義などで必ずする挨拶をしただけなのに、それを聞いた魔族たち全員がこの施設を壊す勢いで歓喜の声を上げた。もちろん今メビウスが何を言っても意味はないとわかっているので、声が止むまで待つとようやく演説の内容に入った。
「今日は皆が魔族の輝かしい未来の一歩を踏み出したことを伝えに来た! もしかしたらもう分かってしまったかもしれないが……魔族はついに! あの忌々しい人間に奪われた領土の一部を取り戻した!」
メビウスが言い終えると、今度は先程とは比べ物にならない程の歓声が上がり、魔族たち全員がこの施設の奥にいる魔族ですらその表情だとわかる笑顔になってその喜びを近くの魔族と分かち合っていた。そしてその喜びようが凄く、気持ちを言い合ったり、抱き合ったり、泣き合ったりと人間では考えられないくらいで、魔族たちにバレないようにしようと心がけていなければ正直引いていた。
その熱も収まり、また魔王の言葉を聞くために魔族たちが耳を澄ます。メビウスは若干魔族たちの反応に動揺してしまった心を落ち着かせてから、フィルモアの用意した言葉を熱く語り始めた。
「三百年だ! 戦争が始まって三百年もの時を経た! 今まで我々は数えきれない程の犠牲を払った! 大切な仲間を奪われた! ただ無力であることを恨み呪った。そんな魔族もきっとこの中に少なくはない筈だ……」
ついさっきの喜びよりはどこへ行ったのやら、落胆の差が激しく中には戦争で失った旧友を偲んでいるのか何かで泣いている者もいた。
そして、メビウスはその涙を吹き飛ばすようになお力強く語り続ける。
「だが……そんなものはもう終わりだ! ついに我々が反撃ののろしを上げる時が来た! 魔族たちよ、よく聞け。我々の怒りを、憎しみを、復讐を人間に見せつけるのだ! そしてその時こそ、魔族が再び夢や希望に溢れる平和な未来を手にするのだ!」
メビウスの言葉一つ一つがその言葉に聞き入る魔族の心に響き、魔王に会えて喜んでいたものも、戦争で失ったものを嘆き泣いていたものも、仕方なく来ていたのかメビウスの言葉に興味を持っていなかったものもその全てが、一歩先も見えない暗闇を照らす光を見るような目でメビウスを見つめていた。
メビウスは一度だけ目を瞑り、今よりもっと真剣な顔を作って最後の言葉を告げる。
「最後に、今この場を借りて魔王ヴァニタスの名の下宣言する。皆よ、よく聞くのだ。俺は長く続くこの戦争を今度こそ終結へと導く!」
メビウスが強く断言しきると、この演説の中で最高潮の大きさで施設を満たした。その光景を見ながら成功を確信して案内していると、斜め後ろで立っていたフィルモアが手際よく魔法を使って椅子を出現させ、
「魔王様、お座りください」
フィルモアに言われるがままその椅子に座ると、しばらくして魔族たちの声が感動といったものとは別のものになり、まるで待ちに待ったことが今まさに現実になろうとしている時のような興奮がその中に感じられた。
そんな中、メビウスはふと疑問に思ったことをフィルモアに聞いていた。
「なあフィルモア、この演説短くなかったか?」
「確かにそうかもしれませんが……でも、短くても魔族の皆様は喜ばれますし、それに、全体に向けた言葉より個人に向けられた言葉の方が嬉しいものです」
「それ、どういう――」
フィルモアはつい先程までメビウスを映していた魔法を止めて、メビウスの時は使わなかった魔法ーー多分自身の声をついさっきメビウスの顔が映っていた場所から聞こえるようにする魔法だーーを自分にかけると、
「それでは、前から順番にお願いします!」
鼓膜を破りそうなほどの音量で歓声が沸き起こり、しかしフィルモアの指示には従って一人の魔族が座っているメビウスのところにやってきた。
「魔王様! 今日は魔王様に一番最初に会うために昨日にここが閉まってからずっと入り口の前で寝ずに待っておりましたよ!」
寝てないと言っている割には元気いっぱいの立派な大人の魔族が、子供に負けないくらい輝いている眼差しをメビウスに向けていた。
「そ、そうか……あー、そんなに俺に会いたかったんだな」
「もちろんです! この世の中に魔王様に会いたくないなどと思う魔族がいるのでしょうか、いやいるはずがない! 魔王様は我ら魔族の象徴であり希望でもあり誇りでもあるお方なのですから!」
名前も知らないはじめましての魔族の突如始まった演説に、それが聞こえていた魔族たちが「おぉー!」などと言って拍手を送り、演説をした魔族は丁寧にお辞儀をした。
「そう言ってもらえるとありがたいな」
「そんな言葉滅相もない! ただ私は当たり前のことを当たり前に言っただけ、こんなことぐらい後ろに控えている魔族の全員が思っております!」
再び聞いている魔族の拍手を買ったその魔族は、もう一度丁寧にお辞儀をするとメビウスの方を向いて、
「と、ここまで不本意ながら長くなってしまいましたが……お初にお目にかかります、私はディアと申すもの。今日をもって二十年間という時が終わる、魔王様や四天王様などの有名な魔族たちの活躍を文字に起こし他の全ての魔族に伝える使命を神から与えられーー」
「あの――、ディア様。申し訳ございませんが既に魔王様とお話し出来る時間は過ぎておりますので――」
「な、なんですと! 私としたことがなんたる失態を! これは失礼! 魔王様との会話を望む魔族の方々のその時を必要以上に遅れさせるなど、なんたる無礼!」
フィルモアがディアに時間切れを伝えると、ディアは驚くほど大袈裟に反省してから最後にメビウスを見て、
「それでは魔王様、私はこれから魔王様が向かわれる場所にいるはずなので、以後お見知り置きを……! 後最後に、風の噂で聞いた通りやはりフィルモア様は世界で一番と思われる程……いえ、私はフィルモア様がこの世界で一番美しいと思いますぞ! それでは会えて光栄でしたのだな!」
魔王に会って話をしたという事実に酔いながらディアと名乗った魔族が帰って行き、今度は別の魔族がメビウスの前に現れた。
「魔王様、領土の奪還おめでとうございます!」
「おう、ありがとな」
額から滝のように流れる汗を拭き続ける小太りな魔族は、メビウスのそのたった一言に喜びを感じてもっていた飲み物を入れていたらしい水筒を片手で握り潰してしまい、どうするべきか分からずあたふたし始めた。
それを見たフィルモアが後始末をしようとしたのだが、メビウスは引き止めて、
「フィルモア、ちょっといいか?」
「はい、どうしましたか?」
今までの魔族の態度からもわかる通り、フィルモアだけでなく魔族全員にとって優先順位は魔王が高く、フィルモアは使おうとしていた魔法を中断して魔王の言葉に耳を傾けた。
「その、今日ここに来ている魔族の総数はわかるか?」
「総数ですか? 確か五百人くらいだったと思いますが……」
「えっ……」
フィルモアがその記憶が合っているかどうか考えているなかメビウスは絶望で満たされていると、こぼしたものをどうにかするのを諦めた魔族がいきなり肌と肌が触れてしまいそうなくらい近づいて、
「魔王様! この一歩は魔王様の言う通り魔族にとってとてもとても大きな一歩です! ビィアサント博士殺害事件から三百年という長い長い時を経てようやく進んだこの一歩を己は心から祝福させていただきます! 前代魔王様や戦争が始まってから戦線を支えてきたルーフクス様をはじめとする何代も継承されていった四天王の方々、そして全ての魔族の努力が遂に実り今確かな形となったこの瞬間に己が生きているという奇跡を噛み締めながら最早遠い未来ではない魔王様の元全ての魔族が幸せに生きる未来を願い――」
「申し訳ございませんが、もう時間でございますので――」
「己はその世界に生きる者でありたい! そして己にその望みを夢じゃないと教えてくださった魔王様に――」
「申し訳ございません!」
まだまだ終わらないと判断したフィルモアが転移魔法でその魔族をどこかこの施設の外に強制送還して、なぜか一部「良いなぁ、彼!」という声も上がったが、メビウスにそんなことは関係なく間を空けずに次の魔族がやってきて熱く話し始めた。
魔王専属メイドとして一番魔王であったヴァニタスをフィルモアが、メビウスに違和感を感じて何かを言ってこないくらいに何事もなかったかのように魔王を演じているが、正直なところ演説が終わった時から疲れが溜まっていた。それに加えて二回連続で、言い方に少し困るが言うとしたら個性豊かな魔族に当たってトドメをさしにかかられているようなものなのだ。
そんな状態であるにもかかわらず、制限時間こそあるもののメビウスにはまだだいたい四百九十八人の魔族たちとの会話が待っている。
メビウスはその事実に絶望しながらも、フィルモアに今の魔王がヴァニタスではなくメビウスであるとバレて、さっさと死んだほうがマシだとも思われる目に合わないためにもと自分自身に喝を入れて残りの魔族との会話に勤しんだ。
もちろん最初の方は個性豊かな魔族たちしかいなかったが、でもある程度進んでいくと家族連れだったりなどといったごく一般的な生活をしていそうな魔族たちも現れて、多分百を超えた辺りから個性豊かな魔族はもういなくなっていて、
「さよなら魔王様! 今日は会えて嬉しかったです!」
ついさっきまで話していた魔族が帰っていき、残りの魔族は最後の一人となった。
「あ、あの……こんな遅くにすみません」
時刻は既に夕焼けの沈んだ真夜中。そんな時刻に子供がいるのが大丈夫なのかと思えるくらいである。
「別に時間なんて俺は大丈夫だ。お前こそ大丈夫なのか、こんな遅くまでいたら親が心配するだろう?」
「あ、それは大丈夫なんです……」
少年はその顔をうつ向けて苦笑すると、炎の髪の毛をいじりながら、
「僕の親は戦争で二人とも死んじゃって……それで今は学校で寮生活なんです。その寮には今日は帰るのが遅くなると伝えてあるので」
メビウスは聞かない方がいいことを聞いてしまったと思って黙り込んでしまい、それを見た少年が笑って、
「そんな顔をしないでください魔王様。魔王様は今日みんなに平和な未来を与えるっておっしゃったばかりじゃないですか」
それでも何を言えばいいのかわからないメビウスにその魔族が、
「魔王様、いきなりですけど僕の夢を聞いてもらって良いですか?」
「もちろん大丈夫だが……」
この流れで断れるはずもなく、もちろん許可を出すと少年は、
「じゃあ失礼して。僕は両親を戦争で亡くしましたけど、その時僕も巻き込まれて人間の敵に殺されかけたんです。でも、正規軍の方が僕を助けてくれて……その時、僕は憧れたんです。危険な前線で僕たちの生活を守ってくれる正規軍の皆様に」
自分の夢を語るその魔族に、メビウスはふとそんなあり方が有るのだなと思った。
かつてメビウスが勇者を目指したのは全てヴァニタスへの憎しみが理由である。それだけではない。ほかの人間も魔王を倒そうとする理由は、魔族の方が力の強いため死者がよく出る人間の、大切な人を失ったことによる復讐心がほとんどだった。
でも、目の前の少年は違う。自身の大切な人を殺された復讐心ではなく、誰かを助けたいという他人のために戦士になろうとしていた。
「それからは魔族領の中で一番正規軍の魔族を輩出している学校に入学するために必死で頑張って、入学して、来週にようやく正規軍の採用試験を受けるんです。それで合格したら、僕も正規軍の一人として魔族のみんなの生活を守りたい。今度は僕が家族の一人だけじゃなくて全員を守れる立派な戦士になりたいんです」
少年は自分の意思を語り終えると、「どうですか?」と柔らかな笑顔を浮かべてメビウスを見た。
「あぁ、それは素晴らしいな」
「魔王様にそう言っていただけるとすごく嬉しいです!」
今度は年相応な笑顔を見せる魔族に、メビウスは気がついたらこんなことを聞いていた。
「なあ、名前を教えてもらって良いか?」
「えっ、もちろんです! 僕はペトマーノ、ペトマーノ・サウンドです!」
元気良く名乗った魔族――ペトマーノにメビウスは小指を出すと、
「その名前、覚えておこう。正規軍に入ったら挨拶に来るといい」
ペトマーノはとても驚いた顔をしたが、ペトマーノも小指を出すと、
「は、はい! 絶対に挨拶に行きます!」
よく意味のわからない歌詞を歌いながら小指を絡めて、最後に「指切った」と言えば魔族に伝わるらしい約束の方法(イヴ情報)の「ユビキリゲンマン」である。
「では、気をつけて帰れよ」
「はい、今日はありがとうございました! 次に会う時は魔王城で!」
最後の魔族のペトマーノが帰ると、最後まで一睡もせずに立ち続けていたフィルモアが、
「ペトマーノ様は魔王様とお話し出来る時間をかなり超えてお話ししていらっしゃいましたが――何も言わなくて大丈夫だったでしょうか?」
「もちろんだ。むしろあの話を途中で止める方が良くないだろう?」
メビウスの言葉を無言で肯定すると、メビウスに立つように促して椅子と机を転移魔法で元の場所になおした。
「なあ、フィルモア」
「どうしましたか魔王様?」
魔法で照らされている施設の天井を見上げているメビウスをフィルモアは見ると、それからメビウスの話す言葉に耳を傾けた。
「今日俺と話した魔族はみんな、俺や四天王のみんなや、正規軍のみんなに期待していた。平和な未来をいつか必ず見れるんだって」
そしてメビウスはフィルモアの顔を見ると、この話を続けた。
「人間は魔族の未来を奪う生き物なんだな」
「――えぇ、私を含めた魔族の全てが人間を憎んでいます。それに、ペトマーノ様の様に人間に大切な家族を奪われた魔族は数え切れないほど」
なら、勇者として魔族を倒そうとしたメビウスはどうなのだろうか? 今日会った魔族たちには未来があった。家族、憧れ、夢、未来、希望。それらをメビウスは人間の為と言い張ってことごとく潰していって。
メビウスの勇者としての行為は本当に正しかったのだろうか?
「……そんなの、わかるわけない」
メビウスは、勇者としての行動をそんな風に目をそらすことしか出来なかった。




