死神(モルス)と呼ばれた少女
少女の姿をした死神は、部屋の中に閉じ込められていた。
彼女は人間によって作り出された人造人間だが、その能力は素晴らしい物であったという。
オレは、その少女を管理する為に、その部屋の鍵を開けようとしていた。
彼女にしてみれば、その部屋の鍵を開けるなど造作もないことだが、なぜか彼女は部屋の中で静かにしている。
おそらく彼女の部屋で起こった忌まわしい記憶のせいだろう。
彼女を最初に所有した者は、あの部屋の中で拳銃自殺していたそうだ。
その次の所有者も自殺、またその次も……。
これが、彼女が死神と言われる所以であった。
彼女の容姿と同じ年齢になったオレは、その鍵を開ける。
そこには、数百年間も変わらない少女の顔が現れた。
「ようやく新しい所有者が来ましたか……。
今度の奴は、5年は持つと嬉しいのですが……」
彼女は絶望し切った寂しげな表情でそう悪態を吐く。
ここに1人で閉じ込められており、自炊や読書などをしてはいるようだった。
部屋の中は、ホテルの一室のようであり、煌びやかな家具が置いてあった。
「これは、君が出した物なのか?
これで普通に生活していたのだな。
10年ほど、この暗黒の地下世界で……」
「ええ、数多くの私の所有者は、私の能力に溺れて死んでしまったようですが、私自身はなんとか使い熟しています。
あなたも数百年の内にあった出来事は記録を読んで分かっていると思うので、そう簡単に死ぬ事はないでしょう。
というか、死なないでください。
私が自分で勝手に作ったルールですが、なるべく所有者と一緒に外に出るようにしているのです。
1人で外へ出ても、変な奴らに見つかれば、拉致されますから……。
その後は、他の所有者と同様に、彼らが自殺の一途を辿るわけですけど……。
最長で保った所有者は、約10年です。
あなたは、せめて人間の寿命を全うして欲しいものですけどね。
では、行きましょうか?
ちゃんと、私の住む部屋も用意されていますか?」
「ああ、まずはホテルの一室に部屋を取ってある。
そこで一晩を明かして、オレの家に来てもらう」
「では、一晩の宿代を払いましょう」
彼女は、手を上に向けると何かを出そうとしていた。
オレは、すぐさまその行為を中断させる。
「いや、この宿代は、オレが払うよ!
君は、何もしなくて良いから……」
少女は、にっこり笑ってこう言う。
愛想笑いのようだが、無表情な顔が一瞬ほころんだ。
15歳の少女の姿をしているが、たたずまいは30代の淑女を思わせるほど上品だった。
「ふふ、そういえば、奢ってもらったのは初めてですかね。
どうやら、今度の所有者は少しは楽しめそうですわ!」
彼女は、長い裾を地面に引きずらないようにしながら、部屋の外へ出てくる。
綺麗な日本の上等な着物を着ており、ピンクや赤、金色の装飾が施されているようだ。
彼女のいた部屋は、防空壕のような頑丈な地下室であり、空気が流れ込むるくらいの設備しか整っていない。
それを彼女自身の能力で快適に生活していたようだ。
表向きは、荒廃したと思われる建物の中に住み続けていた。
ホコリとカビ臭い空気が再びオレを包んでいる。
長い地下階段を登り、ついに地上に辿り着いた。
「君は、ずっとあそこにいたのか?」
「ええ、あなたの父親は、私を見るなり逃げて行きましたから。
まあ、初めてでしたよ。
何も要求されず、10年待てと言われて待っていれば、来たのがあなたのような子供だとは……」
「君も子供の姿じゃないか!
父は、君に会ったら何かしてあげたかったらしい。
しかし、君の能力が強過ぎて、自分をコントロールする自信がなかったようだ。
その為、5歳だった俺に君を託す決意をした。
10年待たせる事で、俺が成長して君を連れ出せるように準備していたらしい。
まずは、君にプレゼントがあると言っていた」
俺の言葉を聞き、彼女はそっぽを向く。
今までの自殺した者や事故に遭った者を瞬時に思い出していたらしい。
彼女の顔が険しくなっていた。
「ふん、私には、どんな物でも出せる能力があります。
どんな金でも、宝石でも、実在する物ならなんでも出す事ができるのです。
今更、どんなプレゼントを貰ったところで……」
いくら不死身の人造人間とはいえ、人間と同じ感覚を持っているためか、多くの人の死に触れる事で、精神がすり減っているらしい。
俺は、彼女の返答に構わず話し続ける。
「プレゼントというのは、君の名前らしい。
死神という名前では可哀想だという事で、『フィーリア』という名前を付けてあげてくれと言っていた。
気に入ってくれるかい?」
彼女は、目を見開いて驚いた表情をする。
いくらか、表情が明るくなった気がした。
「ほう、『フィーリア』ですか。
ラテン語で娘という意味ですね。
まあ、気に入りました。
では、あなたが行くところへ、どこへでも行きましょう。
そして、文字通り、この世の全ての富さえもあなたの物ですよ。
私には、生物以外の全てを出現させる能力がありますから……」
彼女が何かしらの宝石を出そうとするのを、俺は止める。
彼女と付き合う上では、富で心をやられてはいけないのだ。
大半の者が、彼女の金銭を出す能力で腐敗していった。
俺の父も、その魅力が怖くなって逃げたのだ。
一度富の味を知ってしまうと、人間は堕落してしまい、自力でその誘惑に争う事は難しくなるのだ。
「いらないよ、そんな物……」
「いらない?
それは、私の存在意義さえ否定していますね。
全ての物を我が物にしたいと願った事によって生まれた人造人間なのです。
十分に有効利用してもらいたいと願ってはいるのですが……」
彼女は、ムッとした表情でそう話す。
人間は、富によって堕落してしまう。
彼女自身は、生まれてきた目的が富を生み出す事なのだ。
この2つを上手く両立する事が必要だ。
それには、彼女自身の能力を、別の能力として変換してやる必要があった。
俺が精神を破壊されず、彼女自身のように能力を扱う事だ。
むやみやたらに使う事は危険であり、なんらかの制限をする必要があった。
父は、その方法を長年考えており、俺に教え込んでいた。
今のところ、彼女の能力を徐々に理解して行く必要がある。
「人間は、君の能力を十分には使いこなせない。
君のせいではなく、オレら人間の所為なんだ。
君を作り出したのも人間の所為、君を使わずに閉じ込めていたのも人間の所為、本当に済まないと思っているよ」
「ふーむ、どうやらお前は、他の所有者とは変わっているらしいな。
最新のゲームや最新の本も無料で読めるのだぞ!
私は、特に本を読む事が好きだ。
たとえ物が全て与えられるとしても、この本を読むためには努力をしなければいけない。
そうして努力して得た知識や経験が、人間には必要だということも理解しているぞ。
すぐに与えられるという事は、どうやら限界を超えると人間で亡くなるらしい。
大半の人間が2、3年の間に死んでしまう。
故に、『死神』と呼ばれていたのだ」
「ふーん、ところで、なんでそんなゴテゴテのすごい衣装を着ているのかな?
まあ、どこかの国のお姫様のようには見えるけど……」
この人造人間『フィーリア』は、歩くのがやっとの着物を身に付けていた。
髪の毛は、茶色のロングヘアーをしており、扉を開いた時に見た妖婉さにドッキリしたものだ。
「ああ、これかね?
これは、十二単という日本の着物だ。
私のベースが日本人らしいので、博物館に飾られていたという着物を拝借したのだ。
嫌なら別の物を用意するぞ。
日本の着物で、動き易い物が浴衣らしいな。
なら、浴衣を着るとしよう」
フィーリアは、十二単を消して、ピンク色の浴衣を出現させた。
美少女が突然に裸になるという、あり得ない光景を目の当たりにする。
彼女は、ピンク色の浴衣を急いで着て、着替えを済ませていた。
「出した物を収納させる事もできるのか?
それと、着替える時は、人気のいないところで着替えてくれ。
荒野だったから良いものの、都市部だったら危険なんだよ!」
「おっと、性別が違ったらしいな。
私は女性だが、お前は男なのか。
私の所有者はずっと男だった為、あまり女性を見た記憶がないのだが、体を見られると恥ずかしいものなのか?
なら、覚えておこう。
だいたい15歳くらいの女の子という生物らしいな」
服を着替え終わり、しばらくすると荒野を抜けて、バスがある道路に辿り着いた。
小さいワゴン車のようなバスだが、荒野の中で1日数本といえどもありがたい。
彼女は、バスに乗り込み、オレも隣に座る。
愛くるしい顔とは裏腹に、彼女は壮絶な出来事を経験しているようだ。
記録にしか残っていないが、10人くらいの所有者が目の前で死んでいるらしい。
一番最初の所有者は、彼女を作った男性研究員だ。
「まずは、敵国の国家予算を全てくれないか?
そうすれば、敵国は滅びるし、俺の懐には使い切れないほどの金が手に入る。
しばらくは、それで豪遊して遊びまくるさ。
好きな女も金さえ見せれば態度が変わるだろう。
君は、ここに残ってひっそりと暮らしてくれ。
他の奴が君の秘密を知れば、強奪しに来るかもしれないからね」
「分かった。
1年後にここへ来るのだな。
私は、ここで何かをしていて暇を潰していよう。
ほら、お前の望む物だ。
持って行け!」
彼女は、部屋一面の金塊と札束を一瞬で用意した。
それは、男が持ち運ぶには相当時間がかかるものだった。
彼は、数回に分けて金塊と金を運び出し、全てを使う事にしたらしい。
しかし、帰って来た男の表情は、何かに絶望して打ち沈んでいた。
「くっそ、なんて奴らなんだ……。
まさか、親族さえも人が豹変するとは……」
男性は、わずか一ヶ月で戻って来ていた。
腕を撃たれたような怪我をしており、なんらかのトラブルに巻き込まれたらしい。
フィーリアは、恐る恐る男性に尋ねる。
「何があったのだ?」
「奴らは、俺の金を見るや押しかけるように懇願して来た。
最初のうちは、お金が欲しいと懇願して来ていたが、次第に無言で奪っていくようになった。
止めようとすると、金が一杯あるから良いじゃないと説教されるようになり、俺から搾取されるのが当たり前になっていった。
それならまだ許せたが、妻はホストに入り浸るようになり、ただの淫乱な女に成り下がった。
暴徒を組織して、俺の屋敷を捜索するようになり、警察も金の力によって動かないようになってしまった。
俺は殺される寸前のところをなんとか逃げて来たんだ。
なんとか、奴らを巻いて、お前の居場所だけはバレずに済んだが……」
「それは大変でしたね。
私のところに来たという事は、何か欲しい物があるのでしょう。
お金ですか、それとも宝石類などですか?」
「いや、俺はもう疲れた。
銃を一丁くれ。
妻も、ホストの男も、みんな殺して来たんだ。
最後に、お前に名前をプレゼントしてやるよ!
お前は、『死神』だ。
お前を作った事によって、人間の愛などゴミだという事が理解できたよ!」
彼は、そう言って拳銃自殺して、彼女に血しぶきを浴びせて絶命した。
その後、彼の息子がやって来た。
どうやら、幼い息子に管理するように頼んだらしい。
この息子もまた、彼女によって金や金塊、宝石などを出現させて貰っていた。
父親と違うのは、彼女を連れて他の場所へ行ったところだ。
彼女を愛人として連れ回していたが、彼女の能力が他の者にバレてしまい、その町全ての人間が殺されるという大惨事に陥った。
息子は自殺こそしなかったが、大怪我を負い、彼女の目の前で息を引き取った。
その後、いくつもの所有者の手によって渡り歩いたが、全ての所有者が自殺や事故死、暗殺されるという結果になった。
彼女を作った親族は、彼女をなんとか回収して管理する事にした。
いくつもの失敗を重ねて、ようやくあの密室に閉じ込めて、誰か数人が管理するという状況に落ち着いた。
その禁断の人造人間が、管理者と呼ばれる15歳の少年によって再び連れ出されたのだ。
これから、15歳の少年と、少女の姿をした人造人間の旅が始まろうとしていた。
少女は、久しぶりの外の景色を見て、フッと笑顔になって周りを見ていた。
「人間とは、物が無くても生きていけないが、与え過ぎられても生きていけない厄介な生物のようですね。
世界には、これほどの宝で満ちているというのに……」
そう言うフィーリアの前には、荒野と澄んだ青空だけが広がっていた。
彼女にとっては、外へ出て見るもの全てが宝のように感じるのだ。
そして、今隣にいる男の子にも愛着が湧いて来たようだ。