9.初夜の前に レオーネ
王妃の件がやっとひと段落つき、彼は久方ぶりに自身の王宮の庭を散策する暇を得た。馴染み深い王宮の草や空気、ひとつひとつを確かめながら。
ーーあ
北の泉のそばまで行ったところで、彼は豪奢な人影を見た。
ー見慣れない影ー
ーー王妃。
ぼんやりと泉を見下ろす王妃は一体何を考えているのやら。後ろからは、王妃の豪奢なドレスと、薄絹のベールを隔てても尚光る結い上げられた見事な黒髪しか見えなかった。王妃の侍女たちが彼に気づき、王妃に知らせようとするのを制す。
ーー振り向かせれば、表情を作るー
絶対に彼が見ることのできない妻の素の顔。彼の前の妻はー恨みや恐れ、悲しみや悩み をその顔に浮かべることはない。
ーどんな顔になるのだろう
ーー突如として王妃が振り向いた。
驚きに見開かれる美しい目、僅かに開いた薔薇色の口唇、白い顔。
初めて見る王妃の素の表情だった。
「陛下!申し訳ございません。少しも気が付かず…どうか、お許し下さいませ」
ベールの奥で、珍しく慌てる妻の顔をちらりと覗く。
「良い。そのように固くなることはない。私が黙っていたのだ」
「そのような…勿体のうございますわ」
妻の顔が少しだけ和らいだようにみえた。ーーなぜだ??
「ここで何をしておったのだ?」
「いえ、何もーーただ、ぼんやりとしておりました。陛下は、お拾いに?」
妻から彼に尋ねるなど珍しい。
「うむ」
「お珍しいことでいらっしゃいます
……それでは、私はこれにて失礼させていただきます。お邪魔をいたしました。お許し遊ばせ」
妻は優雅に礼を取り、侍女たちは彼に深々と辞儀をしてから去って行った。
今日はーー初夜だ