14.学びと幸福 ピアン
陛下...
今、彼女は王の腕のなか。此処がこれほどまでに彼女を幸福にする場所になろうとは思ってもみなかった。
「王妃」
王はそっと彼女を離して、慈愛をこめた目で真っ直ぐ彼女を見つめた。
そして、ゆったりと微笑むと傍の引き出しから螺鈿の小箱を取り出した。
「開けてご覧なさい」
彼女が小箱を受け取って、白い指で小箱を開けた。中から現れたのは金の釵。
「まあ」
「そなたはこの国の衣装を着たことがないだろう?ドレスもよく似合うが、この国の衣装もそちに似合うはずだ」
そう、彼女はミリオーネに来てからもずっと故郷の衣装で通していた。だから、夫からの贈り物もドレスだった。
その理由は、言い出すきっかけを知らなかったこととー小さな小さな意地だ。
「まことでございますか?」
「まことだ」
王は温かな掌で彼女の両頬を包んだ。
思わず笑みが溢れる。
ふと、王が顔を曇らせた。
ーどうなさったのかしら?
たちまち、彼女の美しい眉が下がった。
「いや、このようなことを申すと...そなたが故郷を捨てろ、と言われたように感じるかと思ってな」
「そのようなこと.....」
「このような言い方はずるい、と余も思う。お前はそう感じても否定するだろうから。だが、赦してくれ。私にはどうすることもできぬ。ゆえに...嫌なら嫌と言いなさい」
「嫌ではございません。ただ...言い出すときが分からなかったことと.....」
「なんだ?申してみよ」
「わたくしの小さな意地でございました」
彼女はそう言うと、くすくす笑った。
王はちらと悲しみの色を浮かべたが、妻の笑いに、整った顔を綻ばせた。
「なんじゃ、そちは余に隠れて意地を張っておったとは...悪い妃だ。しかし...かわゆい」
王が抱き寄せると、彼女の小さな身体はすっぽりと包まれた。
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「陛下」
「なんだ?」
「ミリオーネの伝統衣装の色合いの基準が私にはよう分かりませぬ。私のような女子にはどのような色が似合いましょうか?」
「うむ」
王は朝ぼらけの寝台の上で真剣に考え始めた。
「髪には翡翠と金の豪奢な釵。身には、翡翠色の上衣に、下は冴えた青の流れるような衣。さらに、上衣の上に薄桃色の衣を重ね、帯には翡翠色。重ね帯には橙色の羅ものを。そして、緑と白の縞の絹布を腕に纏いなさい。靴は、赤の絹にたっぷりと刺繍を施させなさい。刺繍の意匠は青い鳥と草花」
王は一気に言った。
「覚えたか?」
「何とか...覚えられた気がいたします」
「覚束ないな」
王はくすくすと笑って言った。
「よいよい、余から衣装の者に命じておく」
「ありがとうございます」
「安堵したか?」
「はい。とても。それになさいましても...」
彼女は王のそばに寄った。
「よく、そのようにすらすらと思いつかれるものであらっしゃいますね」
「まあ...な」
王は擽ったそうに笑った。
ーわたくしにしかお見せにならないお顔
彼女の胸は踊った。
「楽しみでございますわ」
「そうか」
王も嬉しそうだ。
「細かいことは侍女に任せておけば良い。王妃に相応しく整えることだろう。
そなたはシャスアーネの女王だった女人で今はミリオーネの王妃だ。わかっていると思うが豪奢に飾り立てることも、そちの役目だ。良いな」
「はい」
「そなたの好みがあったら、何なりと侍女に相談しなさい」
「そういたしますわ」
彼女は、日々、少しずつミリオーネとその正妃について学びーー幸福を取り戻していた




