13.赦し ピアン
「王妃様」
マリアが心配そうに声を掛けてくる。
いま彼女は着替えを済ませてぼんやりと庭を眺めていた。マリアの声に我に返って返事をする。
「何ですか」
「あの、王妃様。大丈夫ですか?」
「何がです?わたくしは大丈夫よ」
「申し訳ございません。なんだか、お元気がないように感じまして...不遜でございました」
おずおずと答える。
ー王は近頃多忙でここ数日は会っていないのだ
「このドレスは綺麗ね」
「はい。よくお似合いでいらっしゃいます。実は、そちらは陛下がおん自らおつくりになったものです」
「え?」
陛下が?
「申し上げてはいけなかったでしょうか。陛下が、王妃様のご不快を誘うやもしれないから黙っている方がよいかもしれない、とおっしゃっておいででした。でも、なんだか近頃のご様子で...」
「いいえ」
改めてドレスをみると、薄い桃色の絹に鮮やかな青と金で刺繍が施されている。仕立てがよく上品で華やかだ。刺繍の意匠は...芍薬。
「芍薬...な、何ゆえ...」
「ご存知なのです」
マリアはそれだけ答えた。
じわじわと喜びが広がる。でも、陛下は口止めなさった。わたくしを信じておいでにならない?それに、マリアはわたくしのことをどう思っている?
ーそれでも、嬉しい
ちょっと考えて、彼女は唇を結び真面目な顔をした。威厳を持って言う。
「マリア。聞きなさい」
マリアが姿勢を正す。
「わたくしは陛下をお恨み申し上げています。でも、それ以上にわたくしはあの方が好きです。そなたは、そのようなわたくしを赦す?」
マリアは黙った。その30秒ほどの時間が彼女には1時間のようにも思えた。
「王妃様のお幸せが、わたくしめの願いにございます。また、王妃様のお妃としてのお幸せはシャスアーネの為になりましょう」
「まことにそう思いますか?」
「はい。」
マリアは、言い切って顔を上げると微笑んだ。
「ありがとう」
彼女はマリアの床についた手をとった。
「もったいのうございます」
「いいえ。わたくしは、そなたに救われました。でも、シャスアーネの皆がそなたのように思ってくれるわけではない...それは分かっているわ。それでもーだからこそ、救われたの」
マリアはそっと俯いた。涙を流しているようだった。
「マリア」
マリアは顔をあげた。
「外に行きましょう。支度をして」
「はい」
泣いた顔に満面の笑みを浮かべてマリアは頷いた。
外は春の暖かな光に包まれていた。
彼女のドレスの裾よりも長いベールがさらさらと芝生を撫でる。王妃の住む宮の敷地を出てしばらく歩くと、わざと鄙びたつくりになっている小道に入る。
さらに、そこを抜けると広々とした広場に出た。そこに、湖がある。
ー陛下がいらしたところだわ
ー美しい湖だこと
ずっとそこにとどまっていたいような美しさだったが時刻は既に正午をとっくに過ぎている。名残惜しいが、彼女は諦めて踵を返した。
宮に戻ると、ちょうど王が来ていた。
「陛下」
王が振り向いた。胸が、ときめく。
「王妃。どこまで行っていたのだ?」
「はい。あの、湖のところまで」
「あのような遠くまで歩いて行って戻って来たのか!?」
「...はい」
ー怒っておいでなの?
「そなたが、疲れてしまうではないか」
ー陛下がわたくしを心配して下さっている?ーー嬉しいわ!
「はいーあ、いいえ」
「今日はどのような御用で、おいでになったのです?」
「用というほどのものでもない。ただ、少し寄っただけだ。ー妻の住むところに」
ー妻
王は妻という言葉に特別な響きをこめた。
「嬉しゅうございます。お茶でもお飲みになりますか?」
「いいや。有難いが、忙しゅうてな」
「左様にあられますか...」
あからさまに悲しげな顔をした妻をみて彼はくすりと笑った。
そして、「今宵」
と小さな声で彼女に微かに聞こえる声で言った。
ー今宵!?
彼女がびくりと顔を上げると王はもう背中を見せていた。




