第9話 地獄の番犬(2)
燃え盛る地獄の炎。
それを小さな少女が受け止める。
「パパは殺させない」
ぞくり、とした。
可愛らしい声が平坦に、冷徹に三頭犬へ宣告したのだ。
これ以上、俺を傷つけるならタダじゃおかないぞ、と。
だが相手は地獄の番犬。
アンナやメリー曰く魔物を凌駕する魔獣。
炎が勢いを増す。
怒っていたのか無表情だったメリーの顔も苦しげに歪み始める。
結局のところ焼かれてしまう未来は変わらない訳で。
焼かれて跡形もなく灰になる。
それで良いはずがない。
俺は第二の人生を手に入れた。
まだ一日とも経っていないが俺を慕ってかばう精霊がいる。
一度助けただけで仲間と意識してくれるボギーがいる。
こんな犬っコロにこんなところで殺されていいはずがない。
メリーの出している黒い円はおそらく司る属性の闇の魔法。
ならば。
集中する。
周囲に散らばる気を自分に取り込んで収束するイメージ。
思い描く。
己が望む光景を。
ぶっつけ本番だが目の前に例が教示されている。
魔法を行使する精霊と俺は幸いにも影で繋がっている。
メリーから伝わってくる魔力から魔法を知ったのだ。
俺の中の何かが削れ、目の前のマナを変質させる感じがした。
現れたのはメリーが出したそれと同じもの。
俺は理解した、これは闇の盾だと。
「パパ!?私の〈闇の盾〉の魔法を模倣したの!?」
メリーが驚いた声を上げる。
「一体どうなっているの……」
メリー出現から呆気にとられていたアンナが呆然と呟く。
俺の出した〈闇の盾〉とメリーの〈闇の盾〉が合わさり、より強固な壁となる。
闇の壁は地獄の炎を遮り、耐えている。
「メリー!なんとか撤退の時間稼ぎはできないか!」
「できるよ!」
「俺が合図したら頼む!」
仕切り直しが必要だった。
俺はアンナを見やる。すると彼女は、
「戻ってどうにかなる訳じゃないと思うけど……今はそうするのが無難だわ。
それに……」
そこで彼女は言葉をきって俺を睨みつける。
「ちゃんと説明してもらうから」
冷ややかな声にぞくっとする。
いかにも怒っていますよって声だ。
「メリー!今だ!」
アンナの視線から逃げるようにメリーに合図を出した。
するとメリーは体を黒い霧のように霧散させ、ケルベロスの頭部を覆いつくす。
どうやら視界を塞いでくれているらしい。
俺とアンナは元来た道へと走っていく。
どうにかレギオンと戦った場所まで逃げてきた。
今は彼女が傷の手当をしてくれているが、お互い無言で静かなのが気まずい。
「にゃあ」
黒い子猫が現れた。
アンナが投げナイフを取り出し臨戦態勢に移るが俺はそれをやんわりと止めた。
大広間を逃げだしてから消えていた俺の影。
黒猫から影が伸びて俺と繋がっている。
影が戻ってきた。
子猫は少女へと姿を変えた。
メリーだ。
「パパ、あいつはパパたちを待ち構えるみたいだよ」
「追ってこないだけまだいいほうだな」
近づいてきたメリーの頭を撫でてねぎらってやる。
彼女は嬉しそうに目をつぶり、口はほころんでいる。
「で?」
メリーとの暖かいスキンシップに分け入ってくるアンナの冷ややかな声。
「どういうことかそろそろ説明してくれないかしら?」
顔は笑顔だが怒りマークが浮かびそうで、その迫力に押された。
「メリーは闇の精霊シェイド。パパは勇者」
何と言ったらいいのか思案していたらメリーがバッサリと答えた。
いや信じてもらえなさそうだから隠してたんですがそれは……。
「なるほど、確かに勇者に精霊が付き従うのはおとぎ話で聞くし、さっきの詠唱無しの魔術行使は勇者が使える魔法と考えれば……」
と、アンナは何やらその一言で納得したようでぶつくさ呟いてる。
「で?」
2回目の「で?」いただきました。
「なんで私に隠していた訳?」
今度こそ笑顔ではなく可愛らしい顔が台無しの吊り目でむすっとしている。
いやむしろそれも可愛いのだが、この空気で口にしたらタダじゃ済まないだろう。
口は災いの元、である。
「信じてもらえないと思ってな、悪かったよ」
素直に白状し謝る。
すると、それもそうかとアンナはようやく吊り上げていた端正な眉を元に戻す。
「あんたらの正体は分かったわ。それで唯一の出口は番犬が見張ってる訳だけどどうするの?」
「あいつを倒すしかないな」
アンナは俺の返事を聞いてため息をつく。
「あんな化け物どうするのよ。勇者様には必殺技でもある訳?」
「無い」
即答する。あったらとっくにぶっ放している。
アンナが嫌味でも言おうかとばかりにまた何か口にしようとするのを止める。
まあ待て焦るな。必殺技がないだけだ、と。
俺は言うか迷っていたことを口にした。
「だけど思いついた作戦はある」
俺にいい考えがある。




