第58話 聖域の洞窟
はい、本日は娘と美女の四人、そして護衛人形と共に絶賛山登り中です。
現地民のフェレンゼーツさんに案内してもらいながらひたすら険しい崖道を登っていきます。
婚約者の一人であるエリザさんをおんぶしながら私は進みます。
重さなんて気になりません、背中に当たる柔らかい感触がある限りはああああああっっっっ!!!!
「……えい」
「いてえ!!」
邪念が背中越しに伝わったのかうなじを抓られた。
いいじゃんか!! おぶってあげてるんだからムラムラしても!!
ぎゅん!! という音がしたかと思ったら、身軽なため先行してたアンナが俺のすぐ横に矢を放っていた。
「クロウ? 真面目に進まないと分かってるわよね?」
「ハイ、ワカッテマス」
「良いところで撃ってくれました、さすがですアンナ」
ホントに婚約者なのだろうかと思うぐらいアンナはツンツンだし、エリザも厳しいけど俺を好きで居てくれなかったら関わろうともしないだろう。
これは彼女達の愛だ……と思いたい。
「クロウ様、お先に失礼♪」
「茨のリフトは卑怯だぞー」
「魔女が卑怯ということには同意しますが、りふとって何ですか?」
「私達が知らないってことはクロウの故郷の物ね」
グレースは茨に自分を運ばせて楽している。
登山はそんなに苦でもないが俺も乗せて行って欲しい。
この世界にまだ一年もいない俺が彼女達の知らない事を呟くと、俺がもといた世界の事になるという法則。
まあ実際そうなんだけどね。
「クロウ!! もっと早く登れるだろー!!」
シャーリーがアンナに負けじと俺より先にがしがし登っている。
彼女はおバカだけど裏表がない良い子……ではなく、本能的にアンナより優位に立てるよう喧嘩ふっかけてるんだよなあ。
「女の人にだらしないパパは嫌いー」
「うおおおおおおメリー嫌わないでくれえええええ」
「…………」
メリーとアルヴィナは俺の両隣をそれぞれ守るように固めている。
そしてメリーに嫌われるのはキツイ、この世界で初めての仲間でありパパと慕ってくれる子に嫌われるのはキツイ。
……当初は戸惑ったけど、完全に娘だと受けれ入れちゃってるよなメリーのこと。
「で、フェレンゼーツは案内するつもりあるのか?」
「誇り高き竜人の隊長である私が勇者といえど、人間風情に負けるとは……」
案内役のはずの彼は俺より下の方をまだ登ってる。
俺らの身体能力がバケモノすぎるだけで、フェレンゼーツは十分早いレベルだと彼の名誉のために補足しておこう。
というかドラゴニュートの真髄は鱗の堅さと力強さだ、と道中べらべら自慢するフェレンゼーツから聞いたから一概に彼らが劣るわけではないだろう。
「上空に飛竜確認!!」
辺りを見回してたアンナが叫ぶ。
各々が警戒態勢に、フェレンゼーツも気を引き締めて槍を構えている。
ワイバーンは俺らを見下ろしながら旋回。
どの獲物に襲い掛かろうか選定中なのだろう。
「フェレンゼーツ、ワイバーン対策にいい方法ってないのか」
相手の攻撃を受けるなりかわすなりしてカウンターを繰り出すのは悪くは無いが、ベストでもない。
できれば攻撃の主導権はこちらが握っていたい。
「よく我々は竜馬を囮にしているな。仮に殺されたりしても、隊員がやられるよりはマシだとな」
かなり残酷な方法だが、勇者でもない彼らはそうでもしなければワイバーンに対抗できないのだろう。
結局、主導権は握れなそうだな。
「!! クロウ不味いわ!!」
アンナの張りつめた声を聞き、彼女の視線の方向を見るとワイバーンが十数頭も飛来してきた。
さすがにこの数は捌ききれないぞ!
「最初の一頭の旋回を見て獲物がいることを知って来たのだろう。
竜馬が山を駆け下りてしまって奴らも食うものに困っているからな」
フェレンゼーツは空を睨みながらワイバーンの生態を説明してくれる。
つまりこの事態も異変の影響だということだ、彼らが解決したがっているのは何も神聖な場所だからという理由だけではない。
ワイバーンたちがそのうち集落を襲うのではないかと警戒していたということだ。
……そういうことは早く言ってほしい。
「来るぞ!!」
ワイバーンたちが体勢を変えた瞬間、シャーリーが叫ぶ。
彼女の言うとおり、一斉に降下を始めてこっちに向かってきた!
「分が悪いから退くぞ!!」
俺はなんとかなるだろうが、みんなはそうはいかない。
少なくともフェレンゼーツは脱落するだろうし、身体能力がそこまで高くないエリザだって危ない。
婚約者達は亜竜三種に囲まれたときも割りと苦戦してたし、しかも今回はワイバーンがこちらの数を上回っている。
俺の掛け声を機に全員で走り出す。
傾斜のある山道を走るのは中々に苦行だ、エリザをおぶっているしな。
それでもフェレンゼーツが一番遅いことには変わりなく、彼がワイバーンに襲われないようエリザが〈氷柱の投槍〉を撃ってけん制している。
爬虫類っぽいだけあって、寒いのは苦手らしく氷の魔術を大袈裟に避けている。
「パパ! アンナとシャーリーと先行ってる!!」
「ああ! 気をつけろよ!」
子猫の姿になったメリーは斥候役を買って出てくれた。
その三人でなら完璧に遂行してくれるだろう。
しかしフェレンゼーツの足が遅い、追いつかれちまうぞアレ。
「仕方ないわね、クロウ様が困るなら……っと」
「ぐわっ!?」
グレースが呆れ顔で茨を伸ばしてフェレンゼーツをぐるぐる巻きに。
どうやら彼女が運んでくれるようだ。
「エリザ、しっかりつかまっておけ!!」
「はい!」
今までフェレンゼーツにスピードを合わせていたが、上げていく。
アルヴィナは一瞬たりとも遅れることなくついてくる。
ワイバーンと一定距離を保ちながら逃走劇を続けていると、やがて斜面にぽっかりと空いた穴が見えてきた。洞窟のようだ。
入り口でメリーが手を振っている、安全が確認できているらしい。
「グレース! あそこに逃げ込むぞ!」
「仰せの通りに、クロウ様♪」
入り口の大きさから見るにさすがにワイバーンたちは入れないし、入れたとしても脅威である飛行能力を封じることができる。
一目散に俺達は洞窟に飛び込んだ。
入り口から僅かに光が差し込む所まで進み、俺達は腰を下ろす。
結構な距離を走ったから休憩できるときにしとかないと、この先何が起きるか分からない。
「た、助かった」
内心冷や冷やしていたのだろう、フェレンゼーツが肩の力を抜いて情けない声を出した。
ドラゴニュートの戦士隊長であっても、彼が一番危なかったから仕方の無い話だが。
「パパー、アンナとシャーリーが先を探ってくれてるけどまっくらだよー」
「メリーは見えているというか、大体何が起きてるか分かるんだろう?」
「うん……でもいちばん奥の方がよくわかんない」
メリーは闇の精霊だ、そのため暗闇という目が利かない場所でも手をとるように把握ができている。
その彼女が途中から把握できない、つまりこの洞窟は危険度が高いということだ。
「そこまでアンナ達は行かないで戻ってくるんだろ?」
「うん」
心配だったがさすがに奥に行かず引き返してくるようだ。
シャーリーだけだったら突撃したかもしれない、多分今頃シャーリーが駄々こねてケンカしてるんだろうな。
「「クロウ!!」」
噂をすれば何とやら。
二人が戻ってきた、よく見えないけど。
「この先ヤバいわ!!」「この先ヤバいぞ!!」
俺の当てが外れた……だと。
二人して意見だけでなく、荒い呼吸のタイミングまで一致してる。
明日、竜の島は大雪だな。
「全く音がしないの、凄く嫌な感じがするわ」
「さすがのアタシも奥に進むのは嫌だ」
アンナの僅かな音も捉える耳が全く反応しない。
そしてシャーリーは第六感とでもいうべき本能が嫌だと言っている。
結論、やばい。
「どう思う、エリザとグレースは」
「判断はクロウさん次第ですが、ワイバーン達が外にいるため撤退するなら出口前で一体ずつ倒していくことを奨めます」
「んー、そもそもの目的が異変の調査なのだから先に行って調べた方がいいんじゃない?」
エリザの言うようにどのみち外はワイバーン、先にはヤバイ何か。
しかし目的は聖域で何が起きてるかの調査。
とするとだ。
「先に進むしかないな。よし、フェレンゼーツ案内頼む」
出口の安全を確保しようにもワイバーンをちまちま倒してる猶予はない。
だったら進むしかない、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。
だったらこの辺の地理に詳しいフェレンゼーツに、
「いや、こんな洞窟我々は知らないぞ」
は?
「言い損ねていたが恐らく異変の一つだと――」
「それ早く言えよ!!!」
なってこった、洞窟の奥ではなくこの洞窟自体が異変じゃねーか。
というかンナ達の意見を聞く限り、異変の原因そのものの可能性すら有り得るぞア。
「つまりいつの間にか出来てたって訳ね」
「何者かが作った可能性が高いでしょうね」
エリザとグレースがケンカせず真面目に意見交換している、というほどの事態。
下手すると亜竜の何かが掘った穴という可能性すらある。
「中央大陸西には大蚯蚓とか根喰蛇もいるけど……この辺じゃ見たこと無いわねえ」
グレース曰く、西の方には何やら地中を蠢く魔物がいるらしいが東のこの地には生息していないらしい。
「どのみち、生き物の気配はしないわ。そこがまたおかしいのだけど……」
アンナが首を傾げながら言った。
慎重に調査していく以外、案は出なさそうだ。
魔物、亜竜、何者か、マナによる現象、様々な可能性を考慮し、俺達は先を進むことにする。
火や光の魔術を使える者が居ないため、闇に馴れ親しんだメリーを頼りに進もうと思っていたのだが――
「うおっ!?」
間近で強烈な光源が生まれる、一体何が起きた!?
「アルヴィナのポールウェポンひかってるよー」
メリーの言うとおり、アルヴィナの持つポールウェポンの球体の部分が眩しく光っている。
エリザの方を見やると彼女は首を横に振る、知らないの意だ。
「とりあえず灯りのおかげで洞窟の中が見えるようになったな!」
……シャーリーは何故とか考えず、目が利くようになったことに喜んでいる。
アルヴィナの謎が更に山積みになったのに、彼女の能天気ぶりが羨ましい。
「グレース、どうかしたの?」
アンナが珍しくグレースに話しかけている。
身体的コンプレックスやらでアンナが一方的に距離とってるんだよな。
「……なんでもないわ、先に進みましょう」
アルヴィナの謎もグレースの態度も気になるけど、早く調査を終えて夜までには集落に帰りたい。
明るくなったんだからさっさと進んでしまおう。
「やっぱり変よ、私達が出す音以外なにも聞こえないわ」
「相変わらずなんの匂いもしねえ」
例のメリーですら理解不能という深奥部分手前までやってきた。
道中、警戒し続けたが何もなかった。それが逆に不安を煽る。
「クロウ様」
「さっきからどうしたグレース」
いつもの余裕がさっぱりと消えうせた顔でグレースは俺を真っ直ぐに見てくる。
なんか告白する直前みたいで、場所が場所だからそんな浮かれた話じゃないに決まっているのだがちょっとドキッとする。
……乙女か俺は、こんな山賊顔なのに。
「ヒュドラの出現直前と同じマナの流れが見えるわ」
「「「!!!」」」
全員が固唾を呑む。
つまりこの異変の原因は、
「一連の事件は魔獣が関係してたのね」
間違いない、アンナの意見に賛同する。
というか沼が毒に汚染されたのだって魔獣が原因だったじゃないか、何かあったら魔獣を疑うことにしよう。
「フェレンゼーツは途中まで戻って待機してろ」
「……分かった」
彼らしくないぐらい素直に俺の指示を受け入れてくれた……というか魔獣と聞いてビビってるんじゃなかろうか。
「行くぞ」
俺の声に女性陣が頷き、深奥部へ向けて足を進める。
待ち構える魔獣の戦いに向けて覚悟を決めて。




