第57話 聖域の異変
「門が見えてきたわ」
「ようやく着いたわねえ」
アンナ曰く、人工物である門が見えてきたらしい。
竜神バハムートの石像を見つけてから、竜人達に案内してもらってるおかげで迷わなかった。
しかしそれなりの距離を歩いたので身体が軽い疲労を訴えてる。
早く一息つきたいものだ。
グレースは大きく伸びをしており、豊かな胸が強調されて目のやり場に困って仕方ない。
彼女は道中何もなかったせいか飽き飽きしており、事あるごとに絡んできた。
エリザが凍りつけようとするのを何度止めたことか……。
あ、視線に気づいてこっちに微笑んできた。
「クロウ殿、我々が先に長に知らせに行きますのでお待ちを」
ドラゴニュートの一人が半分ほどの人数を引き連れて、交渉の手筈を整えてくれるという。
残り半分は俺らと一緒に待機、フェレンゼーツは未だに縛り付けたままだ。
というか、やけに大人しくなったな。なんでだ?
「フェレンゼーツ隊長は長にいつも叱られてばかりなのですよ」
どうやら彼は何かやらかしてはドラゴニュートの長に怒られているらしい、とこれまた内緒で教えてもらった。
ドラゴニュートたちが門をくぐるのを見届け、待機する。
「この分だと穏便に済みそうだな」
「まだ分かりません、交渉決裂の可能性も考えておきましょう」
俺の発言に対しエリザは最悪の可能性を常に頭に入れとくべきと言う。
高潔な種族であり、和平を申し込まれてる上で敵わない相手に立ち向かうほど愚かじゃないから大丈夫だと思うんだけどな。
しかし可能性がゼロだと言えない限り、彼女が正しいのかもしれない。
「またいい所見せられなかった……」
「ふふ、私は大活躍だったわよね。クロウ様」
「ぐぐぐ……次は絶対アタシが活躍するからな!」
シャーリーがしょんぼりしてるのを横目にグレースがアピール、結果悔しがるシャーリー。
案外この二人はそこまで衝突しないんだよな。
もちろんグレースがくっついてくるとき、シャーリーの機嫌はよろしくないに決まっている。
「アンナ、鮮やかなキノコあったよー」
「お手柄よメリー! 間違いなく毒のある種類だわ!」
メリーは俺の次に付き合いが長いアンナとかなり馬が合うようだ。
そしてアンナはうちの可愛い娘に危ないことをまた教えるのはやめてくれ。
毒ナイフとかそのうち投げ出しそうだ。
「…………」
アルヴィナはしばらく反応らしいものを見せていない。
亜竜が近くに居ないのはありがたい、特に飛竜の相手は骨が折れる。
「お待たせしました、長との話し合いの手筈が整いました。
それとフェレンゼーツ隊長、あなたにもお話があるそうです」
ドラゴニュートが戻ってきて案内してくれることになった。
フェレンゼーツは長との話し合いに戦々恐々としてるのか、小刻みに震えはじめた。
「済まない、用を足したいのだが」
「分かりました。お供を二人つけます」
「…………」
さすがの俺でも逃げ出すフラグだって分かる台詞だなあ。
完全にフェレンゼーツが沈黙した。
彼が怖れるぐらいだから、俺も気を引き締めておかないと。
門をくぐった先に広がる光景は南国を思わせる家屋が立ち並ぶ。
家の前には槍を構えたドラゴニュートが立っており、こちらを警戒している。
まだ味方と決まったわけじゃないという証拠だ。
それに彼らの一人も言ってたが他の種族が存在しない竜の島で暮らしてきた以上、排他的にもなるだろう。
「こちらが長の住居です」
武器はそのまま携帯して中に入る。
訪問した俺らをドラゴニュートたちが槍を携え囲む。
たとえ襲い掛かってきても押さえ込んでやるという意志が明確に伝わってきた。
「フェレンゼーツが失礼したな勇者よ。長のフェルニゲースだ」
フェルニゲースと名乗った長の黒っぽい緑の鱗は、他のドラゴニュートに比べいささか艶がなく高齢を思わせる。
しかし目はどのドラゴニュートよりもぎらぎらとしており、力強さを感じた。
「勇者クロウだ」
エリザから尊大な態度で接するよう言われている。
何せ今や勇者軍は多種族を包括するまでに至ったのだから。
「早速だが話に入ろう、ガルニア帝国との戦いで共闘しようとのことで相違はないな?」
「ああ」
そのためにわざわざ竜の島までやってきたのだからな。
「私とてすぎに同盟関係を持ち込みたいのだが……我が種族は人間に対し敵視しているし、他の種族の事を良く知らない。
それに汝らが信用できるとは今は言い切れない」
かなりハッキリ言う人だ。だが言っている通り、彼らが俺達に懐疑的なのは決して間違った姿勢ではなくむしろ正解だ。
知らないおじさんに付いていっては駄目なのと一緒だ、疑うのもまた自衛手段の一つ。
ブラック企業に入る前に俺は言葉を素直に受け取りすぎたせいで社畜と化したしな。
「そこでだ、聖域の調査をお願いしたい」
「長!! 神聖な場所をドラゴニュート以外の種族に踏ませるのですか!!」
フェレンゼーツの提案にフェルニゲースが反発した。
よく分からないが周りのドラゴニュートが驚いてるのを見る限り、とんでもない事を言ってるようだ。
「お前は黙っていろフェレンゼーツ。
さて勇者よ、島に上陸した際に山が見えただろう? あそこが聖域だ。
しかしこのところ妙でな、竜馬が――我々が飼育し騎乗に利用してる彼らが一斉に降りてきたのだ。
我々からも調査のための人員を割いたのだがな、みな帰ってこない。
そこで汝らに頼みたいのだ」
なるほど、聖域と謳う場所になにか起きてるからそれを調べて欲しいという訳だ。
それとあの麒麟モドキは竜馬というらしい。
「危険な仕事を押し付けて私達を死なせたいって訳?」
「アンナ、口を慎みなさい!」
まさかの思ってたことをアンナが代弁してくれたっていう。
交渉時に愚直すぎる言葉だが、それも分かった上で彼女は意見したのだろう。
恐らく俺含めた仲間達のために……。
「尤もな意見だ。だが死なせたい訳ではない、いわば手を組むほどの価値があるかを見極めるのが目的だ。
我々は昔、この島に流れ着いたガルニア帝国の船員による侵攻を受けた。
多くの者が島の外部種族に警戒しているのもあるが、我らが存在し続けるというだけならこの島に篭っていればよい。
亜竜たちが侵攻勢力をそぎ落としてくれるのだからな」
「つまりわざわざこっちからガルニアに喧嘩を売る必要はないと」
「そうだ」
確かに一理ある。
もし帝国が侵略しに来ても、島に留まっていれば亜竜たちが反応する。
そう考えれば、俺らと同盟を組む必要性はないのかもしれないが――
「中央大陸東がガルニアに制覇されたら流石に危ないんじゃない?」
今度はグレースが意見を挟む。また俺の意見の代弁、もとい台詞がとられましたねこりゃ。
「そうだ、唯一の懸念はそこだ」
厳格な面持ちだったフェルニゲースの口角があがった、笑っているらしい。
「だが、いずれにせよ帝国と事を構えるというなら勝算が無ければ我々は動かない。
ゆえに聖域にて証明してみせよ、汝らの力を」
女性陣の目が俺に集まる。
アンナは反対、シャーリーは賛成といった視線を向け、自動人形であるアルヴィナ以外の三人は俺に判断を委ねるといった具合だ。
俺は――
「分かった」
「クロウ!!」
アンナは俺の承諾に異を唱える。
「行ってみなきゃ分からないだろう。よっぽどヤバそうなら尻尾巻いて逃げればいいよ」
まさかドラゴニュートの長の前で俺がここまで言うとは思ってなかったらしく、アンナは目を丸くした。
「クロウさん、分かって言ってますよね……かなり交渉不利になりましたよ」
「クロウ様、大胆で素敵だけどそこまで言い切っちゃうのはどうかと思うわよ」
アンナだけはない、エリザは頭を抱えてグレースは明らかな苦笑いを浮かべていた。
一方、フェルニゲースは再び口角をあげていた。
「私にとっては愉快な発言で好感を持てるがな」
「長! 誇り高きドラゴニュートあろう者が逃亡を認可するなど!!」
フェレンゼーツはそんな長を諌めようとしている。
よっぽどプライドが高い種族なのか、逃亡は恥の文化が広まっているらしい。
「馬鹿者。民の前では威厳を保たなくてはならんが、民を存続させるには撤退もまた道筋だといつも言っておろうが」
長フェルニゲースの怒りは静かなものだった、だがそれゆえにおっかなかった。
隊長であるフェレンゼーツが従うのも納得の怖さだ。
「見苦しいところを見せたな。
交渉が成立したからには勇者一行をもてなそうではないか」
フェルニゲースがそこまで言うと二人のドラゴニュートが料理を運んできた。
どことなく今まで見たドラゴニュートと雰囲気が異なるあたり、女性のようだ。
「紹介しよう、妻のメリュセジーナと娘のスピィンドーラだ」
「メリュセジーナです、私達が作った料理で緊張を和らげになってください」
「スピィンドーラです、幼馴染のフェレンゼーツが迷惑をかけたそうですね。
申し訳ありません」
長の家族だった。
そして娘さんと幼馴染らしいフェレンゼーツの落ち着きがなくなっているのはなんでだ?
「なるほどね」
「分かりやすいわね」
アンナとグレースがこくこくと頷いている。
えっ、二人にはなんだか分かったのか?
(パパー、アンナに〈伝心念話〉で聴いてみたら?)
(そうだな。アンナ、どういうことだ?)
別にそこまで重要問題でもないのだが気になるので、メリーの提案を受け入れアンナに頭の中で尋ねる。
(多分スピィンドーラが好きなのよ彼)
色恋沙汰だった。
エリザには分からず、シャーリーが興味を示さない訳だ。
(なるほど、そういうことでしたか。もしも彼と対立することがあれば彼女をこちら側に引き込み……)
(エリザさんや、流石にそれはやめなされ)
うん、さすがに未来の婚約者といえど誰かの恋愛を利用するのは許容しませんぜ。
仮定の話でもね。
(そうですね……私もクロウさんとの恋を利用されたくありません)
(おお、分かってくれたか)
腹黒いだけで彼女のことを嫌いにはならないが、それでも限度ってもんがあるからなあ。
分かってくれてよかったよかった。
俺らは席につき、料理にありつく。
見た目からして完全に肉食だと思っていたが植物も食材として使われていた。
ドラゴニュートは雑食という訳だ、ちなみに味は質素だ。
俺は素朴な味は全然構わない男だ。
アンナもまずくなければ食えるだけで幸せという考え、エリザは吸血鬼ゆえに普通の食事など全て同じような物、シャーリーは味わずに食いまくるため文句がありそうには見えない。
メリーとグレースは若干不満そうだ。
メリーは精霊ゆえに食べる必要がないが意外と美食家で、グレースに至っては料理が上手いゆえに受け入れづらいのだろうか。
文化や味覚の違いだから仕方ないのだが。
「聖域なのだがフェレンゼーツに道案内させよう」
食事が終わり、聖域の調査の話に入る。
なんだか厄介な案内役をつけられてしまった。
「長、ヒューマンと行動を共にせよと言うのですか!」
「そろそろ娘も結婚する歳だ、勇敢な男がどこかいないだろうか」
「喜んでお受けいたします」
変わり身はええなオイ!!
そしてフェルニゲースも案外腹黒いな! そうじゃなきゃ長なんて務まらないんだろうけど!
渦中のスピィンドーラは呆れているが、嫌そうではない。フェレンゼーツの失態を気にかけてるあたり、案外相思相愛なのかも。
(クロウさん、恋を利用してる者が目の前にいますよ)
(い、いいんじゃないか。 父親が言ってるんだし、スピィンドーラもそんなに嫌がってなさそうだし)
(…………)
(分かったよ俺が悪かったから、血液をいつもの倍で許して)
自分の策略は否定されたのにと抗議し、俺の譲歩ににっこり微笑むエリザ。
ちくしょう、駆け引きで勝てる気がしねえ。
なにはともあれ、彼らの信頼を得るために聖域に行くことになった。
めんどくさいワイバーンが襲ってこなければいいんだが。




