第7話 監獄冥府の出口を目指して
アンナと共に監獄冥府タルタロスの出口を目指す。
道中は見慣れたアンデッドたちが歓迎してくれる。
無論、攻撃の手で。
俺が前衛を務め、アンナは後ろから持っていたクロスボウで援護射撃。
なんてものではなく。
むしろ短剣や投げナイフより扱いが上手く、百発百中。
もはや狙撃手だ。
俺がその腕を褒めると敵の攻撃を引き受けてくれる奴がいないと使えない、と彼女は答えた。
確かに装填まである程度時間はとるし、近距離ならダガーを振るったほうが早い。
死体、木乃伊、骸骨共を一掃しながら進む。
道中にはアンナの仲間の死体があり、食料や水などをいくらか持って行かせてもらう。
アンナはアンナで三途の川の渡り賃のように仲間の死体の手に銅貨を握らせていた。
また、どうやら侵入者用のトラップが設置されていたらしいが全部行きで解除したと彼女は言う。
「無駄に時間がかかってね。そしたらレヴナント共が集まってきてあの様よ」
「なあ……その、仲間のことは残念だったな」
「気を使われるほど繊細じゃないよ、私たちボギーは。
むしろ最近死人が出ていなかったせいか弛んでたのかもしれないわね」
と言いつつも彼女の表情には暗い影がよぎる。
それは一人残った罪悪感からか。
それとも責任感からか。
彼女は盗掘班のリーダーだったと進んでるうちに教えてくれたのだ。
がひゅん、と矢がゾンビの頭を穿った。
俺も負けじと他のゾンビ共の首を刎ねる。
「なんかクロウって動きがぎこちないわ」
とアンナに指摘されてぎくりとする。
これでも最初に比べれば大分慣れたのだが、メリーに補助してもらってる動きのずれが彼女の目を誤魔化せなかったようだ。
「ほら、新しく手にした得物だし」
嘘は言ってない。
「ふうん……。そのくせ割と強いのはその剣がそれだけの業物ってこと?」
あっ、はい。そうです勇者の剣のおかげです。
言外に実力は弱いと言われて悲しくなる。
この世界に来てから一日とも経ってない分、こんなものなのだろうけど。
そういえばアンナは見た目美少女だけど歳はいくつだろう。
気になるが失礼な気がして聞けない。
出口に近づくと今まで見たことないアンデッドが通路を塞いでいた。
死体の塊。
たくさんの上半身が繋がった死角のないそれは。
各々が手に異なる武器を持ち、ゾンビ同様呻いている。
「ちっ、軍団死塊がこんな浅いところに出るなんて」
どうやらレギオンというアンデッドらしい。
「こいつの正攻法は?」
恐らくゾンビやスケルトン同様、頭が弱点のはず。
だがその数は優に20は超えている。
「一体一体、虱潰しに頭潰すしかないわ」
嫌な予想が的中する。
しかし外に出るならこいつは排除する必要がある。
覚悟を決めて前へ出る。
「うおっ……!」
俺を迎え討つのは剣やら斧やら槍やらの無数の叩き切り。
雨のように打ち付けるそれを勇者の剣で弾く、防ぐ、弾く、防ぐ。
アンデッドの癖に連携が非常にとれている。
一呼吸つく暇なんてない、つまり反撃の隙がない。
本来ジリ貧なはずのそれは後ろの存在が覆してくれる。
仲間。
俺がレギオンを引き留めておく間にアンナが頭を一つずつ矢で潰してくれる。
まるで単純作業だと言わんばかりに感情を取り払い冷静に一つずつ、一つずつ。
おかげで盾役の俺はだんだん楽になってくる。
だからといって調子に乗って反撃は狙わない。
確実に倒す。
だって幸運にも蘇ったと言えるこの命は一度きりの物なのだから。
上半身が最後の一つになってようやく俺は首を跳ね飛ばす。
いやあレギオンは強敵でしたね!
「レギオンの攻撃を一人で耐えるとか、ほんとアンタ何者なのよ」
半分呆れ顔のアンナが声をかけてくる。
「耐えれても反撃する暇がなかった。アンナがいて助かったよ」
「ま、まあ私の腕じゃ当然よ!」
呆れ顔から一転、顔を赤らめながらも腕を組み胸をそらすアンナ。
ドヤ顔と照れ顔が混じってますよ。
水を飲んで休憩してから進むと一段と大きな広間に出た。
遠くから光が差し込んでいる、出口だ。
「ようやく出口ね」
アンナは首や肩を回してゴキゴキと鳴らしてる。
首鳴らすのは身体にあんま良くないんじゃなかったっけ?
エントランスホールとでも言えそうな大広間を進む。
中央手前まで来て異変は起きた。
「む?」
「マナが渦巻いてる?」
何かの力の渦が発生している、と感じていたらアンナが言わずとも答えをくれた。
マナの渦はやがて視認できるほどの濃さとなる。
色は黒。
また黒かよ、と思ってしまった。
だがそんな軽い感想はすぐに吹き飛んだ。
黒いマナの渦が形成したのは。
黒くて。
巨大で。
長く、しなやかな尻尾は鞭のようで。
瞳は燃えるように赤く。
頭が3つある凶暴な犬だった。
「地獄の番犬ケルベロス……」
絶句していたアンナは重い口を開け、目の前に立ちはだかった絶望の名前を口にしたのだった。