第49話 海の魔物狩り
考えるのが妄想するのが楽しくて仕方がなくてどんどんプロットが出来ていく。
青い空が広がり、雲が流れていく。
その下には海が続いていく。
体調が戻った俺は魔物討伐の指揮をすべく、羽ベッドの魅力を跳ね除け浜辺に来た。
俺の後ろに続く女性陣は心配して俺を寝かせたがっていたが、大烏賊を倒すのは勇者の俺の役目だし、出れないとなると皆不安がるだろう。
エリザもそれは理解しており、現在の体調に問題ないなら参加するべきだと支持してくれた。
もちろん何かあると困るので、今まで以上に俺のサポートに回ってくれるそうだ。
……たまにちょっとアレだけど、本当にいい女に恵まれているんだな俺は。
イリュリアは俺が倒れて少し動揺したようで、意識を戻したと聞くといつもの彼女に戻ったらしい。
ただぼんやりとした目が困惑に変わっており、俺に言われたことを考えているのだろうと人魚の侍女が嬉しそうに話してきた。
彼女も自身が世話する長の娘を心配しているようだ。
「そういやローレライの旦那ってみんな鳥人なのか?」
後ろにいるシャーリーが素直に疑問を口にする。
「現在はそうですね。
昔は遠方まで泳いで男探しをしたものですが、帝国のせいで何かと物騒で。
……一番多かった相手も人間の男性でした。
ハーピーの男性も同じハーピーの女性と結婚する者が多く、我々ローレライの子供が減少傾向にありますね。
ローレライと結婚する者も大概ハーピーの伴侶がいますし、妻同士の争いも耐えません――ニコトエア様は上手くやってるようですが。
ローレライとだけ結婚する者は少数です」
ローレライの外交役の人が海から声を掛けてくる。
下半身が魚だから俺たちみたいに陸を歩けない。
逆に俺たちは水中を自在に泳ぐことはできないし、他の種族との交流は大変だろうな。
それにやはり女性だけの種族となるとパートナー探しが大変なようだ。
鳥の下半身と魚の下半身を持ち、空と海という行動範囲が異なれば二つの種族の価値観も全然違うだろう。
それに結婚という清純な関係だけではないと俺でも分かる。
母は強しって言うし、父親がいなくとも周りのローレライが支えて子育てが成り立つのではなかろうか。
ハーピーが託児するくらい上手いって話だし。
種族の違いだけじゃない。
俺のいた世界の人間にだって、この世界のヒューマンにだって色んな子育てがあるだろう。
ちなみにうちの両親は――
……ガキの頃食わせてもらった感謝はしているが、思うところがあって嫌な気分になるしやめておこう。
俺は先に死んだ親不孝者だし、この世界には両親はいないからな。
考えるだけ無駄だ。
しかしニコトエアは両手に花だったのか。
俺は三人――いやイリュリアにはついて来させるつもりだから四人の嫁を持つことになる。
……グレースも娶るとしたら五人か。
今の時点で婚約者同士の衝突があるのにそれがもっと増える……間に入るの結構大変なんだよな。
いや皆好きだし、男としてハーレムは夢だから諦めないけどね!!
俺たちが見守る中、海豹人達が魔物狩りを開始した。
銛のような槍や、錨の湾曲した爪を引き伸ばしたようなT字型のハンマーを構えて海に入っていく。
巨大なザリガニ……いや尾から見るにサソリか?
ともかくハサミの腕と尖った長い尾を持つ大きな甲殻類が現れ、セルキーたちが槍を突き刺していく。
飛び散る血液は青い。
巨大甲殻類はハサミや尾を振りかざして応戦するが、力強い何人ものセルキーの戦士に囲まれボコボコにされている。
「海蠍よクロウ様。
砂底に隠れ潜んで、獲物が通りかかったら襲ってくるの。
流れてる青い血は薬にもなるわね」
グレースが説明してくれた……エリザさんの目が怖いことになってる。
女性陣達から海へと視点を変えると、シースコーピオンが抵抗を止めていた。
どうやら倒せたようでセルキーが二人係で運んでいる。
「海の中は危険な魔物がいますから陸まで運び、必要な物を必要な分だけ取るのです。
残りは鋸歯魚の縄張りに放り込みます」
ローレライの外交役の説明を聞いてなるほどと思った。
要らない部分は元いた海に、動物性の物なら何でも食い尽くすキレインクロインに処理してもらえばいい。
順風満帆かと思われた魔物討伐だったが、途端にセルキーたちが騒ぎ出す。
クラーケンではないと思うが大物が現れたらしい。
「肩慣らししてくる」
「クロウ……言っても聞かないわよねアンタって」
「……そうだな。だが身体がヤバくなりそうならちゃんと引く」
アンナの心配は嬉しい。
だけど多少の無茶をしなきゃ前には進めない。
俺にはそれが出来る、黒企業戦士から暗黒勇者にジョブチェンジしたのだから。
「――! 勇者様、助けに来てくれたのですだ!?」
「ああ。何かまずいのでも出たか?」
「魔鮫が出ましただ!」
脚がつく程度の深さまで海に入り、セルキーの一人に声を掛けた。
どうやら鮫の魔物が出たらしい。
水面から飛び出している背びれを見るにかなりデカい。
某映画のBGMが流れてきそうな光景だ。
俺は勇者の剣を引き抜く。
ヒュドラの力――〈永久再生〉のおかげで生えた右腕で。
ただこの能力が無敵かというと、そうとも限らないと思う。
馬車の中で試した結果、傷ついたときの痛みはあるし何より首から上や心臓が治るかは分からない。
エリザのような吸血鬼は首は飛ばされても平気で、心臓をやられるとダメらしい。
腕の一本や二本は魔力で治るからある程度の無茶は許されるようになったけど、回復するための魔力だって有限なのだから油断は禁物だ。
フォルネウスが水中で突進してくる。
一方俺は水に脚をとられるため、返り討ちにするしかない。
確かテレビで鮫の弱点は――
「おらぁっ!!」
鼻先に勇者の剣を叩きつける!
途端にフォルネウスは怯んだ。
良い子は真似しないでねとテレビで学者が鮫の鼻を押さえていた。
試してみたら大当たりだ。
フォルネウスは半狂乱で俺から離れる。
だが逃げられない、周りはセルキーたちに包囲されているからだ。
逃げられないと分かるとフォルネウスはなんとロケットのように、ジャンプして俺に突っ込んできた。
弱点の鼻が血まみれだというのに、だ。
「うおらあああぁぁぁ!」
飛んできたフォルネウスを真っ二つに斬る。
見事に返り討ちが決まった。
「さすが勇者様だ! オラたちが手こずったフォルネウスを真っ二つにしただ!」
「うおおおおおおおおおお!」
セルキーたちは野太い声で歓声を上げる。
数人がマグロの解体ショーの如く二つに分かれたフォルネウスを運んでいく。
……フカヒレスープにでもするのだろうか。
別のセルキーの集団が騒がしくなっている。
重い水に足をとられながら向かうとフォルネウスよりも巨大な魔物が見えてきた。
「グォルルルルルル!!」
そいつは鰐に似ていた。
でも四肢はイルカのような大きなヒレが生えている――あれだ、恐竜図鑑に載ってたモササウルスだ。
「人食い魔ですだ勇者様!!」
戦っていたが俺の方に下がってきたシンガが叫ぶ。
手に持つ武器はセルキーたちが持つ独特な槍とハンマーをくっつけたようなポールウェポンだ。
柄が長く、先には十字の槍のようにハンマーヘッドと槍頭がついている。
セルキーのために散っていた父親ヴァーガの遺品である。
マンイーターの口は人を簡単に飲み込み兼ねないレベルで大きく開き、鋭利な牙がいくつも見える。
あんなのに噛み付かれたら痛いじゃ済まされないだろう。
幸いにも皆ビビッて攻撃を避けたり防いだり離れたりするのに専念してるため、けが人は出てないようだ。
だが動いてる以上疲労は溜まるだろうし、最悪の場合死人が出るのは時間の問題だ。
俺はマンイーターに接近するが大きく開く巨大な口が正面を固め、後方は太い尻尾が阻んでくる。
……この世界で最初に食らったダメージってケルベロスの尻尾攻撃だったな。
がら空きの胴体もヒレのビンタの範囲だ。
しかも相手は泳いでやがる、セルキー達もやむなく獣化して対応しているぐらい機敏だ。
――視線を感じる。
マンイーターのターゲットが俺に移ったのだろう。
波を起こしながらこちらに向かってくる。
質量的にぶつかり合うのはいい選択ではないと判断。
だから――
「〈深淵の円壁〉」
もう何回もイメージしたため、脳に焼き付いてさえいる頼りになる魔法〈闇の盾〉。
その上位版の巨大な円状の壁が俺とフォルネウスの間に具現化する。
フォルネウスが激突し、〈深淵の円壁〉が霧散――破壊された。
だがフォルネウスの勢いも削がれている。
「〈影の槍衾〉」
マンイーターの水中の影から黒い槍が剣山の如く突き刺さっていく。
「グォルオオオオオオ!?」
自らの影から伸びた魔法に貫かれ、マンイーターは驚愕した。
「ふんぬうううううううううう、そぉいやああああああああ!!」
影の槍に動きを止められたマンイーターの元に、空気をびりびりと振動する掛け声を発しながらシンガがポールウェポンのハンマーの部分を思いっきり打ち込む。
ゴガアンと大きな鈍い音が響き、マンイーターの内臓にダメージを与えたことを確信する。
〈影の槍衾〉のダメージも加えてか、シンガの一撃がトドメとなる。
周りのセルキー達は「さすが族長!」ともてはやす。
シンガは勇者様のおかげだと低姿勢だが、もっと誇ってもいいのではないだろうか?
皆ビビッてる中、飛び込んできたんだからさ。
「おとうもきっとオラと同じことをしただ」
今は亡き父親の背を彼は追いかけているのだろう。
マンイーターの死体を回収していると、一人のハーピーが飛んできた。
何やら慌しいな。
「緊急事態! クラーケン接近中!」
「なんだって!?」
魔物達の流した血に引き寄せられたのだろうか。
出現傾向からして明日が有力とピテュエスから聞いていたが、そこまで考えが及ばなかった俺の責任だろう。
「ピテュエス様曰く、クラーケンが何やら黒い塊に追いかけられているようです!」
ハーピーの伝令は俺の予想を打ち砕く。
黒い塊、まさか――
「クラーケンが来ただあ!!」
叫んだセルキーの一人が指差す方向を見る。
まさに巨大なイカだ。
一時期ブームを巻き起こしたダイオウイカを思い起こさせる。
そして追従する黒い塊、俺の予想は今度こそ的中した。
「全員浜へ上がれ!! あれは魔獣が現れる前兆のマナの塊だ!!」
「撤退いいいいいいいいいいいい!!」
俺が叫び終わるとシンガがさらに大きな声で叫ぶ。
近くにいて鼓膜が破けるかと思った。
浜まで上がると女性陣が俺に駆け寄ってくる。
「私も見たけど魔獣だと思うわ」
アンナがクロスボウに矢を携えながら言う。
「ボッコボコにしてやる――クロウに一番活躍してもらうけどな!!」
シャーリーが腕をぐるぐるぶんぶん回して肩慣らしをしながら意気込む。
「クラーケンに魔獣……三つ巴の戦いですが上手く立ち回りましょう」
エリザが冷静に分析しながら提案する。
「あら、頑張ればクロウ様のお嫁さんの席により近づけそうね♪」
グレースが俺の隣を狙い妖艶に微笑む。
「メリーもがんばるよー!あたらしい技だってかんがえたんだから!」
メリーが新たな力を試したがってぴょんぴょん跳ねている。
「…………」
アルヴィナはいつも通りだ。
「全員行くぞ――」
俺の口から出た言葉は勢いを失っていく。
俺の後ろに続く海の方に向く彼女達の顔が驚愕の色に染まっていたからだ。
すぐさま振り返るととんでもないことになっていた。
クラーケンが成すすべなく食われている。
クラーケンを食う魔獣は黒く巨大なマッコウクジラに似ていた。
だが白い歯は――というより鋭い肉食獣の牙が生えている。
ヒレも一対だけでなく、マンイーターのごとく二対あるのだ。
「大海鯨ケトゥス……」
グレースの小さな呟きがやけにハッキリ聞こえながら、俺達は目の前の光景に呆然とした。




