第48話 諦め、怒り、謎
憂鬱の秋と台風による気圧変化が僕を襲う。
広間でその他もろもろの打ち合わせを済ませた後、鳥人と人魚の侍女を連れたイリュリアに各所を案内してもらう。
といっても、大した観光名所も無く綺麗な海が広がっているだけだ。
「……あそこら辺に入っては駄目」
イリュリアが海の一部を指差す。
「何かあるのか?」
「……鋸歯魚」
俺の問いに対する彼女の答えを聞き、グレースがなるほどと頷く。
「鋸みたいな歯を持っている魚の魔物よ。
群れるしすごい攻撃的で、うっかり入ったら骨すら噛み砕かれて食べられちゃうわね」
なんですかそのピラニアの強化版みたいな奴は……。
しかも気が荒いのに仲良く群れてるとか狙われたら死ぬイメージしか思い浮かばねえ。
魔獣なんかよりよっぽど性質悪いんじゃないか?
「クロウなら倒しそうね」
「そうですね、〈破滅の厳冬〉で凍らせそうです」
「〈獄炎の吐息〉で焼いてくれたら美味そうだな!!」
まあ何とか出来るとは思うけどさ。
それとシャーリー、焼き魚作るために能力は使わないからな?
「実は私達、闇に関する伝承を収集してるのですが何か知っていますか?」
エリザがイリュリアたちに尋ねる。
グレースから〈深淵の怪物〉を聞き出したが、それだと決めつけるには情報が足りない。
色んな種族に聞いてみるべきだ。
「……〈暗き海底の看守〉」
「〈暗き海底の看守〉は死者の魂を捕らえる者と言われています。
真っ暗な海に住んでいるため、イリュリア様は闇の伝承として口に出したのでしょう。
私達ローレライの間では幽霊を捕らえる呪歌として、〈暗き海底の看守〉の歌が伝わっています」
イリュリアがぽつりと呟き、ローレライの侍女が補足する。
確か俺のいた世界だと溺れ死んだ船乗りや沈没船が沈む海底にいる悪魔だったかな?
ともかく〈深淵の怪物〉とあまり変わらないレベルの伝承だ。
でももしかしたら夢のアイツと関係あるかもしれないし、参考にはなるだろうから一応頭に入れておこう。
「勇者殿、シンガと名乗る海豹人が来ているのですが」
「勇者軍の一員だ、いる場所まで案内してくれ」
飛んで来たハーピーの伝令が俺のそばに降りてシンガの来訪を伝えてきた。
ローレライと揉めた場合や魔獣などの存在が現れたことを想定して来てくれることになってたからな。
すぐさま会いに行くことにする。
「クロウ様、セルキー一同到着しましただ」
獣化してアザラシにより姿を近づけたシンガが海から出てくる。
獣化を解き始めてしゅるしゅると毛が引っ込み、口が特徴的な姿に戻る。
彼一人が獣化していたし、周りにいたローレライやセルキー達の緊張が解けたのを見る限りどうやら俺が来るまで警戒し合ってたらしい。
一応別れる前にピュテエスやニコトエアには伝えたから広まってるはずだが、「あなたの知ってる人の友達ですよ」と言われてもその知人がその場で仲介してくれなきゃ警戒するわな。
「わざわざ海を渡らせてご苦労だったな。
ローレライやハーピーとの話はついたが、大烏賊を退治することになった。
明日の魔物の掃討やクラーケンとの戦いで働いてもらうことになる」
クラーケンとの戦いの前に生息する魔物を狩っておく。
普通の生き物と違い、いずれ数は戻ってしまうが流石に一日で元通りにはならない。
クラーケンとの戦いに専念したいから余計な横槍は防ぎたい、だから事前にも当日にも魔物に対処してもらうのだ。
ボス戦で雑魚を真っ先に倒しておくようなものだ。
ちなみにキレインクロインの縄張りは除く。
クラーケンでさえ食われるのが分かってるから近づかないそうだ。
数の暴力怖いから俺も近寄らんとこ。
「分かりましただ」
「今日は移動で疲れただろうから休んでくれ」
セルキー達がのそのそと移動するのを見届け、今度はイリュリアの部屋に行くことになった。
イリュリアや侍女のローレライは水路を、俺たちは足場を進む。
すると水路の水が――横から漏れることで――途切れ、短い距離だがパイプを横にぶった切った様な半円状の通路となっている。
そしてその先には扉があった。
恐らく扉が浸かってたら水で重たくなり、開けるのに水門みたいな仕掛けがいるのだろう。
アザラシみたいに――セルキーじゃないけど――水のない半円通路に上がり、滑りながら進むのかな。
「申し訳ございませんがクロウ様以外の方はご遠慮下さい。
後ほどご一緒に会食していただきますので」
俺とイリュリアを二人っきりにして仲良くさせたいピュテエスの策だろう。
もちろん女性陣は皆して面白くない顔をする――アルヴィナは会ってからずっと同じ表情だけど。
「クロウは会ってすぐ手を出す人じゃないって分かってるけど……やったら怒るわよ?」
「クロウさん、気をしっかり持てるように氷柱を刺してあげましょうか?」
「強い奴じゃないとクロウの横は認めねーからな!」
「今度は私と二人っきりで話しましょう♪」
「パパは優しいけど、だからって騙されないようにね?」
俺とイリュリアを前にして散々な言いようである。
イリュリア本人は気にしてないのかどうでもいいのか顔色はアルヴィナみたく変わらないけど、侍女さんの笑顔がピクピクし始めた。
さっさと入ってお話しないと面倒事になりそうだ。
……いやもう既に俺がハーレムを作ろうとした時点で面倒事になっているか。
予想通り侍女が半円通路に上がって扉を開け中に滑り込む。
イリュリアが後に続き、俺も入ろうとするのだが――
「……俺はどうすりゃいいんだ?」
下半身魚だから当たり前なんだろうけど、部屋はほとんど水に浸かっている。
僅かな足場に行くにも水に浸からなきゃいけなそうだ。
「お運びいたしましょうか?」
「いや自分で行くよ」
流石に侍女に運ばれるのは恥ずかしいので思いきって水に入り、足場へと進んでいく。
足がつく深さなので泳がずに済みそうだ。
プールサイドの如く足場に座り、水の中に足を投げ出してイリュリアに向き合う。
彼女も同じように対面の足場に腰をかけている。
まさに岩に腰掛ける人魚のようだ――いや人魚か。
「ではごゆっくり」
侍女が部屋を出ていく。
「…………」
「…………」
うん、何話せばいいか分からないぞ?
……向こうから話し出すようなタイプに見えないし、俺が無難な話題をふってみるか。
「好きな事とか、物ってある?」
「……歌」
「聴いてみたいなあ」
俺の言葉に彼女は若干――ほんのちょっと眉をひそめた。
「呪歌になるから自由に歌えない。
私達の遠いご先祖様は歌うと周囲に影響を及ぼすよう、呪術を掛けた。
その気はなくても歌えば呪歌という呪術が成立する」
今までのぼんやりとした返事ではなく、しっかりとした答えだ。
気分を損ねてしまったかもしれない。
「あー……ごめん、考えが及ばなくて」
「……どうでもいい」
彼女の答えに今度は俺がムッとしてしまった。
だってその言い方をする彼女は――
かつての俺にそっくりだったから。
「どうでもよくはないんじゃないか?
君は歌が好きだ、だけど自由に歌えない。
俺はそこまで考えることが出来なくて君は――イリュリアは嫌な気分になった。
違うか?」
彼女の目はぼんやりとしたままだ。
何か諦めている目。
昔の俺の目。
「私がどう思おうとローレライに生まれた以上、自由に歌えないのは抗えない事実。
だから別に生け贄になってよかった。
あなたが現れて生き続けることになっても、あなたと結婚することになっても自由に歌えない。
……全部どうでもいい」
プツンと血管が切れる音がする。
俺は怒鳴らないよう、注意しながら言葉を紡ぐ。
「どうでもよくない。
歌が好きなのに自由に歌えない苦しみが、
どうでもいいはずない。
だから死んでもいい?
違うよ。
確かに自由に歌えないかもしれないけど、
でも声が出ない訳じゃないだろ。
呪歌なら歌えるだろ?」
俺の言葉に彼女の目がハッキリとする。
曇り空が晴れて、太陽が現れたように。
それは驚愕。
俺の身勝手な怒りが彼女の諦めた心に届いた証拠。
「俺がクラーケンなんざぶっ飛ばしてやるよ。
どうせどうでもいいなら俺についてこい。
呪歌でも歌える機会を作ってやる。
どうでも良くなくさせてやる」
どうでも良くて流されて負け組として生きて死んだ俺に重なる彼女を見たくない、俺のエゴかもしれない。
人のことを言えたもんじゃない。
同情という上から目線だと言われても仕方がない。
だけど――
自分が同じ経験をしたからこそ、
今の自分が前より生き生きとしてるからこそ、
同じような苦しみに囚われ壊れかけている彼女を、
俺は少しでも檻の外に出してやりたい。
――ハーレム築きたいなんて下心満載の理由で勇者になると決めた俺だけど、俺には女神様からもらった力がある。
地獄の番犬ケルベロスを倒した。
熊人の狂戦士を倒した。
氷狼王フェンリルを倒した。
九頭竜ヒュドラを倒した。
俺は彼女を助けてみせる。
アンナの心の矛盾をほどいたように。
エリザが出来なかった事を成し遂げたように。
シャーリーに彼女なりの強さがあると教えたように。
そして俺は世界を救う。
そのために勇者に――
あれ?
俺が勇者になったのはハーレムの為だろ?
世界を救うのは良いことだし、女の子がいっぱい寄ってくるからって下心ががががががががががガガガガガガガガガガ画我蛾賀芽餓雅駕峨臥牙??????????
視界がぼやける。
体の感覚が消える。
イリュリアが口を開いてる――驚いているのかな。
視界が90度反転する――俺倒れたのか。
部屋の扉がぶっ壊される。
服装とポールウェポンから見てアルヴィナが飛び込んでくる。
『まだ今のお前が知るには早い。
もっともっと先へ進め、世界を見ながら知識を貯めろ。
それまで俺が闇の中に隠してやるよ』
夢の声。
俺そっくり――いや俺のと遜色変わらない声。
〈深淵の怪物〉。
でも奴の本質は違うらしい。
もしかしたら〈暗き海底の看守〉。
俺と同じ姿をした奴。
俺はお前だと言う奴。
『今は一旦寝ろ。
そしてお前は後悔してるみたいだが、流されて辿り着く場所だってある。
とにかくなんでもいいから進め、考えても動かなきゃ分からない』
いつもの黒い夢が再生される。
黒い泥の海の中。
でも――
いつもは重く苦しい黒いコールタールが。
この時ばかりは心地よく俺を包み込む。
目が醒める。
見知らぬ天井――ではなく、葉をこんもりと繁らせた木の枝が見える。
木の下にいるのか。
首を動かし視点を変える。
土台が無数の木の枝で出来た、ハーピーの物らしきフワフワの羽が繋がった毛布や枕に敷き布団を乗せたベッドに寝かされてるらしい。
どうやらイリュリアとの会話で感情的になりすぎたようだ。
ホントに血管の一本でも切れてしまったのだろうか。
「クロウ起きたのね!」
「クロウさん……無事で良かった」
「良かったあ~クロウが死んだらアタシどうしたらいいか分からなかったあ」
アンナ、エリザ、シャーリーが目覚めた俺に抱きついてくる。
シャーリーなんてあんあん泣いてるから毛布が涙で濡れ始めた。
ふと目を横にやると、アルヴィナとグレースが少し離れた場所に並んで立っている。
グレースは何か引っかかる笑みを見せ、アルヴィナはいつもの無表情。
俺の影が動き、メリーが現れる。
俺をパパと慕ってくれる娘同然の、勇者を導き助ける精霊。
「パパ? 今は目の前のことに専念しよ?」
「……ああ、そうだな」
まだ休んだ方がいいと皆から言われ、再び目蓋を閉じる。
視界が閉じて闇の世界へ。
意識が惑う中、意識を失う前の夢を思い出す。
――あんなに苦しかった黒い泥が、なんで心地よかったんだ?
ちょっと具合悪くても頑張って書いてみたら書いてみたで、面白い回になったなあと自分でも思うんですよね。
今回の出来で、今までの話書き直したくなる衝動に駆られますけど……。




