第47話 諦観の人魚
薄着したせいで風邪をひき、アップデートプログラムが悪かったのかパソコンを初期化する羽目に。
USBに小説保存しといてよかった。
延々とお説教を食らい、朝食を食らい出発する。
車内ではメリー、エリザがジト目で見てくるので辛いものがある。
シャーリーは落ち着きがない――いやあんだけ激しくすりゃそうなるか。
アルヴィナは相変わらず、目も口も縫い付けられたまま無表情で微動だにしない。
アンナは御者台でユメの制御だ。
「クロウ様、ご褒美の件ですが」
グレースが擦り寄ってきた。
同時にエリザの目が吊上がる。
「あー、そうだな……結婚は流石にちょっとな」
安易に決められる訳がない。
彼女が何か企んでるのはアンナと意見が一致してるし、エリザも分かってるはずだ。
だからそれだけは見送らねばならない。
――例え大きなおっぱいが俺に押し付けられていようとも!!
「パパ、鼻の下伸びてるよ」
メリーが指摘してくる。
……いやこれは男として頑張って耐えてる方なんですよ、我が娘よ。
「勇者軍に編入される、それだけでいいでしょう魔女?」
エリザの氷のように冷たい声。
グレースは妖艶に笑い返す。
「私がいなければヒュドラの首が一本落とせなかったかもしれないわよ?」
「っ!!」
それに彼女がいなければシャーリーの容態も悪くなってただろうし。
流石に褒美無しとは言えない功績である。
「確かに会ったばかりじゃすぐには決められないわよね。
じゃあそうね……お嫁さん候補でどう?」
「……分かった」
候補だったら外すこともできる。
エリザは不服そうだが、まあ許容範囲ギリギリといった感じ。
シャーリーも絆が深まったせいかいつも以上に機嫌がよろしくない。
アンナの方からも何やらよろしくないオーラが漂ってくる。
「この調子ですと人魚の集落も不安ですね……」
エリザが何やら心配事をしている。
「何かあるのか?」
「ええ」
何で俺を睨むんですか……。
――あぁ、なるほど。
「俺がローレライの女性に現を抜かさないか、と」
「しかも彼女たちは女性しかいませんからね」
「……ほう」
興味深くて思わず相槌を打ったらエリザのこめかみに井形が見えた。
ローレライは下半身が魚の種族だ。
彼女たちも鳥人と同じくして呪歌をうたう。
また女性しかおらず、他種族の男性と交わることで自身らの純血の女子を産むという。
と、エリザとグレースが喧嘩しながら教えてくれた。
確か前の世界でもギンブナはほぼメスしかおらず、他の魚とも交尾できて卵からはクローンが産まれるとかテレビでやってたな。
「着いたわよ」
馬車が止まり全員が外へ出る――
「おおおおおお! でっけえええええええ!!」
シャーリーが目の前の光景を見て歓声を上げる。
青い海。
青い空。
白い雲。
白い砂浜。
美しい海辺が目の前に広がっていた。
風も無く、海も穏やかでバカンスには最高そうだ。
「ああ、水着が無いことが悔やまれる……」
あれば女性陣が素晴らしいことになっていただろうに。
「クロウ、やらしいこと考えてたでしょ」
アンナさんにはお見通しのようだ。
「勇者よ、よくぞ来てくれた」
「「「来てくれた!!」」」
ニコトエアを筆頭にハーピー達が出迎えてくれた。
ハーピーの女性から熱い視線が送られる。
俺の連れの女性から冷たい視線が送られる。
「では、案内しようか。……む、気になる娘でもいるか?」
「「「いえ、いないようですよ」」」
俺の代わりに女性陣が答える。
まあそりゃ自分に注がれる愛が減るとなりゃ、ね。
俺もそこまで気になる子はいないし。
「エリザ、ハーピーはなんとかなったわね」
「問題はローレライ、ですね」
「もしクロウに近づくやつがいたらぶっ飛ばしてやる」
シャーリー、暴力は良くないよ?
浜辺には船の底のような大きな貝殻が転がっている。
船底貝という貝の魔物の物だそうで、ローレライや中央大陸西に住む海人が家屋として利用してるのだとか。
ローレライは下半身が魚なので、どれも入り口は海に浸る形で建っている。
「うみ、うみ、うみー♪」
「メリー、転ぶなよー」
メリーが裸足になって波打ち際をぱちゃぱちゃスキップしているのを見て頬が緩んでしまう。
浜辺を案内されていると、ひとつの家屋のドアが開きローレライが出てくる。
耳は魚のヒレのように尖っており、絶壁――ふくよかではない胸には布を巻いてるだけのかなり際どい姿。
そして下半身は聞いていた通りに魚である。
あと結構美人だ。
「見・す・ぎ!!」
アンナのお叱りが飛んできたので前を向く。
「ぶっとばすか……」
「分かったよシャーリー、気をつけるから暴力沙汰だけは起こさないでくれ」
「シャーリー、むしろクロウさんをぶっ飛ばしてください」
「クロウ様、代わりに私を見て?」
「……魔女、氷漬けになりたいみたいですね?」
エリザとグレースの雰囲気が再び剣呑となってきた。
俺の些細な行動で争いが起きてしまうのだからマジで自重しないとやべえな……。
「着いたぞ」
ニコトエアが立ち止まり、目の前の光景を見る。
洞窟の入り口がぽっかりと口を開いている。
その上にはナウリプスの貝殻を使って細やかな装飾が施されている。
中へと案内される。
中央にはローレライ用の水路が引かれており、両端がローレライ以外のための通路となっている。
キノコやらコケが淡く発色している薄暗い通路を注意しながら進んでいくと、やがて開けた場所に出る。
通路とは比べられないほどの光るキノコや苔が広がっておりとても明るい。
そして中央の骨や貝殻で作った玉座には一人のローレライが座っていた。
母性の象徴は慎ましいがしなやかな上半身、まるで水が流れてるかのような青いウェーブの髪。
そしてエリザたちにも負けないぐらいの美貌。
「ピテュエス、連れてきたぞ」
「ご苦労様。さて……勇者様は中々に好色のよう、ふふっ」
ニコトエアが玉座に座るローレライに話しかけ、ピテュエスと呼ばれたローレライが俺と女性陣を見て微笑む。
「わらわはローレライの長ピテュエスだ」
「勇者クロウです」
見て分かる通り、彼女はローレライを束ねる長だった。
俺も自己紹介を返し、他のメンバーも挨拶していく。
アルヴィナについては俺が説明した。
「ふむ、反帝国軍が吸血鬼から賊妖精に構成員が変わったとは耳にしたが――見ての通り多種族が活躍する組織になったか」
「そうですね。今後衝突するであろう帝国との戦い、ぜひ貴方たちにも手を貸して頂きたいのです」
エリザの返しに対してピテュエスがゆっくり頷く。
俺と女性陣、ニコトエアはその様子にほっとするのだったが――
「わらわ達の海を荒らしてきた帝国と事を構えることに異存はない。
それに勇者殿たちは汚染源を対処してくれた恩人。
協力は惜しまないつもりだが、問題があってな」
「我も戻ってきて驚いたのだが……ある魔物に悩まされていてな」
ニコトエアが後を継ぐ。
「魔獣殺しのクロウがいる以上問題ないぞ!」
「シャーリー、それは俺本人が言うべき台詞だからな……」
シャーリーが勝手に俺を引き合いにして請け負うものだから注意する。
魔物なら問題ないだろうけどさ。
「ちなみに魔物の種類は?」
抜かりないアンナが尋ねる。
ほんとボギーらしかぬ慎重さを彼女は兼ね備えている。
しっかり者の嫁さんがもらえる俺は幸せ者だな。
「――大烏賊」
ピテュエスの答えにアンナの顔がこわばる。
俺が勝てると自信満々に言ってたシャーリーも動きが止まる。
「やばいのか?」
「海の魔物って大概大きいのよ、その中でもクラーケンは格別ね。
しかもイカだから十本の脚が曲者だし」
グレースの言い分を聞いて考える。
ヒュドラよりヤバそうではないし、大丈夫じゃないか?
「受けてもらえると生贄を出さずに済むのだが」
「……何だって?」
俺はピテュエスの口から耳を疑う言葉を聞いて、思わず言葉を漏らしてしまう。
「魔物がヒトを襲うことは誰もが知りうること。ゆえに生贄を捧げて被害を食い止めるのはよくある手段であろう」
俺がエリザの方を向くと彼女が小さく頷く。
――全のために個の犠牲を払わなければいけない事があるくらい、俺でも分かってる。
大体、氷狼王フェンリルとの戦いでは少数ながらも犠牲を出してしまった。
それでも。
思い出す。
社会の歯車として働き、
時間と労力を捧げて、
大した報酬ももらえなかった、
クソ会社に勤めていた日々を。
厳密には生贄というほどではない。
だが俺は間違いなく会社のために自分を犠牲にさせられていた――いや流されていた。
正義感から来るものではない、どちらかというと生贄にされる誰かへの同情に近い。
だからこそ、口から出る言葉は決まっていた。
「いいでしょう、倒しますよ。
ただのデカいイカぐらい」
「真にありがたい!! では報酬は――」
俺が宣言しピテュエスは微笑む――微笑みが怪しくなったぞ? どうした?
「生贄になるはずだったわらわの娘、イリュリアを嫁にやろう」
は?
「ちょっとお待ちください」
エリザが半ギレで前に出た。
その辺の海水が凍りそうだ。
あ、ニコトエアが距離とりやがった。
「いきなりそのような申しつけは大変困ります。唯でさえクロウさんの将来の妻は三人と一応一人いますし」
「一応って何よ、ちゃんとした候補よ」
そしてグレースのエリザへの反論が仇となった。
「なるほど、じゃあわらわの娘も候補にすればよい」
発言を上手くとられたなあ……。
こりゃ受け入れる未来しかないですね。
ピテュエスの娘で美人には違いないだろう。
それに候補だから、性格に難アリなら解消すればいい。
「一言余計ですよ魔女!」
「元はといえば鬼女が悪いのよ」
「……どうあがいても増えるのね」
「とりあえずぶっ飛ばせばいいんだな?」
「メリーはなんとなくわかってたよ、どうせ増えるって」
女性陣の反応はそれはもう荒れた嵐のようであった。
無感情なアルヴィナとは反対で――ってなんで俺の方に顔向けてるんだ。
「分かりました、婚約者の候補として迎え入れましょう」
俺は丁寧に礼をする。
後ろから非難の視線が突き刺さってしょうがない。
「それではイリュリアを連れてこよう。クラーケンの奴が来るまで親交を深めるといい」
ピテュエスが指をパチンと鳴らすと、二人のローレライの侍女がイリュリアと思わしき女性を連れてくる。
深い青い髪は母親とは違ってサラサラのストレート。
胸もぜっ――慎ましいがくびれは見事。
顔は髪の色と同じく母親から受け継いだのだろう、美しい。
緑の瞳はとても儚げで泡になって消えてしまいそうな、まさに人魚姫だ。
長い髪の毛も含めて俺のストライクゾーンであった。
だが――目が気になってしょうがない。
あの目は俺と同じだ。
流される人の、自分の人生をどうでもいいと思う人の――そんな目だ。
「ああ、これはダメですね」
「私たちが抗いようがないわね……」
「パパの好きそうな人だね」
「……アタシの方が絶対強い、負けねーぞ」
「なるほど、クロウ様の趣味はこういう子なのね♪」
女性陣ほぼ諦めモード入りましたー。
「……イリュリア……よろしく」
「クロウだ、よろしく」
イリュリアが俺の前に出てきて綺麗なお辞儀する。
あまり喋らないタイプみたいだ。
「……ところでイリュリアのお父さんは誰?」
メリーが首をこてんと傾げながら聞く。
可愛いけど……父親について避けてる感じがあったのに言及しちゃダメだぞ!?
「父様は……」
イリュリアが指で示す。その方向は上――
――から左に変わった。
その方向には。
「我が父親だ」
「ニコトエアかよ!?」
てっきり何か事情があるのかと思ったぞ。
しかも暗黒面に堕ちたパパみたいな言い方しないでくれ。
「「では勇者殿、娘を頼む」」
二人にお辞儀をされる。
なんだかもう結婚決まったみたいなノリなんですけど……。
ファンタジーだしマジレスしたいのではないのですが、薄い本産オークみたく他種族の雌に自身の種族の子を産ませられる生き物っているのですかね?
ちなみにローレライの設定は某ゲームのオマージュです、ギンブナまで意識してるかは知らないですが。




