第6話 ボギー
同時に腹を鳴らして俺は小さく笑い、少女は少しだけ顔を赤くした。
「実は食べ物が尽きちゃってな、先の加勢に免じて分けてくれないか?」
「あー、そういう打算でヒューマンなのに手貸してくれたのね。いいわ」
図々しいお願いに彼女はむしろ納得し、警戒していた雰囲気が和らいだ。
「私はアンナ、あんたは?」
「俺はクロウ。えーとアンナはもしかしてハーフリング?」
思わず聞いてしまう。
ゲームだとエルフとドワーフに次いで有名な種族、ハーフリング。
背丈は人間の半分ほどですばっしこいのが特徴だ。
俺の言葉で彼女の雰囲気はいささか棘々しくなった。
地雷を踏み抜いてしまったか。
「帝国のクソッタレ共よりはマシそうだけど、人間は人間の域を出ないってことね」
ハア、とため息をつかれる。
かなり失礼なことを言ったらしい。
「そりゃあんたらにしてみれば半分人間だろうけど、
私らには賊妖精ってちゃんと種族名があるんだ。あ、野妖精の能天気共とも一緒にしないでよ」
んん?ボギー?
ボギーって毛むくじゃらのイメージだったけど彼女はボギーらしい。
あとパックルってのも出てきたな。
そんなことを考えていたらアンナが詳しく教えてくれた。
「見分けつかないだろうけど畑やら家畜の相手してる中央大陸西の田舎者がパックル、
ここ東に縄張りをもって盗賊家業やら狩猟やらで暮らしてるのが私らボギー」
俺の知ってるハーフリングは気性の違いで2種族に分かれているのか。
どうやら2種族共、元は大陸の西で生活していた一つの種族だったが、
今のボギーとなるならず者が平和を第一とするパックルの集団から追放されたらしい。
ちなみに今俺がいる大陸は中央大陸で東側ってことも分かったな。
「そりゃ失礼なこと言ったな、悪い」
俺が謝るとアンナはキョトンとした表情を浮かべた後、くすくすと笑いだす。
「ボギーに謝るヒューマンなんざ初めて見た。あんたどこから来たんの?」
「あー……遠い東の島国から」
異世界召喚テンプレで返答した。
弱っちい今、俺が勇者だと言っても信じてくれないだろう。
メリーは事前に呼ぶまで影の中で待機するよう指示を出してる。
相手の話に合わせて旅人を装うことにしたのだ。
「よく魔物に食われず海を越えてこれたね。見ない風貌だし色々事情持ちなんだろうけど、それがなんでわざわざダンジョンにいるんだか」
おー、そんな気はしてたがここはダンジョンらしい。
「宝探ししてたんだ」
と、俺は勇者の剣を見せる。
「なるほど同業者ね」
上手く誤魔化せたようだ。
ある程度不信感を取り払えたようで二人で食事をすることになった。
メニューは乾パン、干し肉と俺からすれば貧相な食事だが命のやりとりを越えてきたからか美味かった。
パンをもきゅもきゅ食べてるアンナが微笑ましくて、見ていたら半眼で睨まれたので自分の食事に集中する。
食事を終え休憩をとる。
食べてすぐに動くのは体によくないからな。
「ダンジョンっていってもここはただの地下牢じゃなくて迷宮の牢獄。監獄冥府タルタロスって呼ばれてるわ」
ダンジョンに入ったのはなんとなく宝がありそうだからと言ったらアンナは顔をしかめて教えてくれた。
確か元々ダンジョンって地下牢の意味だったし、タルタロスはギリシャ神話の冥界より深い牢獄だったか。
入った囚人を死ぬまで出さないため迷宮のように入り組んでるらしい。
……迷わなくて良かった。
「ガルニア帝国建国時に反抗したヒューマンの牢獄って言われててね。だからアンデッドもヒューマンのが多いんだ」
そう話すアンナの顔は歪んでいた。
ガルニア帝国。その名前を口にするのも忌々しいといった風で。
アンナは言った、
ヒューマンなのに手を貸してくれた、と。
帝国のクソッタレ共、と。
ならばガルニア帝国というのは。
「ヒューマン以外はどうなったんだ?」
なんとなく予想はついてるが俺は問う。
「あんた本当に遠くから来たんだね。
帝国はヒューマン以外の種族を根絶やしにしようとしてる。
ヒューマン以外は見つかり次第即処刑、いや奴等にしてみれば駆除よ」
ああ、異世界でも俺のいた世界と変わらない訳で。
人種という壁は争いの種にもなる。
見た目の違い。
思想の違い。
生活習慣の違い。
違いが恐れになるのだ。
「全く、一代目皇帝がヒューマンは神の子孫だとか言って他種族を狩り始めるんだからあたしたちのご先祖様もたまったもんじゃなかっただろうね」
アンナはまるで帝国にそうしてやりたいとでも言わんばかりに干し肉を食いちぎる。
「あいつらヒューマン以外は汚らわしいと亜人扱いしやがる」
(パパ、亜人ってのはね二足歩行だけど、言葉が通じない魔物に近い者たちのことだよ)
メリーがそう教えてくれた。
彼女は俺の影に潜んでいる間はこうして脳内会話ができる。
なんか危ない人みたいだけど便利である。
まとめるとガルニア帝国ってのは人間至上主義を掲げているということだ。
「ひでえ奴らだな」
俺は実際そうやって人が迫害される場面を見てきたわけではない。
ゆえに返す言葉は嫌悪感はあっても重くはないし、大それたことは言えない。
いや言う権利などないだろう。
しかしアンナはとんでもないことを聞いたかのようにくりっとした目をぱちくりとさせていた。
「なるほどあんたホントに帝国とは無関係のヒューマンだね」
暖かな笑顔。
やはりヒューマンという理由で未だに警戒は続けていたのだろう。
「言ったろ、極東の島の出だって」
「そうだったね」
アンナは笑う。
ああ、やっぱり女の子は笑っていた方がいい。
休憩を終える雰囲気になるとアンナは尋ねてきた。
「あたしは出口を目指すけどあんたはどうする?仲間がやられちまって一人だから一緒だとうれしいのだけど」
ああ、そういえば俺は最初から今も隠れてるメリーと二人だから気にしなかったがアンナは一人だ。
こんな危険な場所に一人というのはおかしい。
アンナは俺が無知ながらもこのタルタロスで宝を見つけるしぶとい奴だと評価してくれたらしい。
仲間が増えるのは歓迎だし、可愛い女の子の頼みとあっては断れないのが馬鹿な男の性だ。
ってのもあるけど一番重要なのがここタルタロスの出入口を彼女が知っているということ。
こんな死者の臭くて陰気な地下に居たいやつなんていないだろう。
「連れがいるってのは俺も心強い、ありがたく申し出を受け入れるよ」
かくして後に大切な一員となるボギーの女と俺は監獄冥府の出口を目指すのであった。