第45話 九頭竜ヒュドラ(2)
一陣の風が舞い込み、毒霧が晴れる。
鳥人が飛ぶことで吹き飛ばしてくれたのだ。
ニコトエアを筆頭にハーピーたちは乱れ飛び、ヒュドラに的を絞らせないようにしている。
他のメンバーも各自大沼の周りを囲んで、魔蟹を沼の中まで追い込んでいるのが見える。
「よし全員、距離をとれ!!」
俺はカルキノスが全て沼の中にいるのを確認してから声を掛け、全員が岸から一定距離を離れるのを待ってから自身の中に渦巻く魔力へと集中する。
具現化すべきは冷たき孤高の魔獣の能力――
「〈破滅の厳冬〉――!!」
極寒の吹雪が舞い踊る。
北欧神話にて世界の終わりの前兆の名を与えた、氷狼王フェンリルの能力。
見る見る内に大沼の水面が凍り付いていった。
しかし九頭竜ヒュドラの全身は凍り付かず水面に接する部分のみを凍らせ、身動きを封じるに留まる。
ヒュドラは怒りからかシャアアアと唸っているが、首を動かすことしか出来ないようだ。
「よし、ここまでは思い通りだ!」
しかし俺は目の前の光景を見てほくそ笑む。
ヒュドラは駄目でも、大量にいるカルキノスは見事に大沼の中でカチカチに固まっていた。
彼らは伝説に謳われる魔獣ではなく魔物だからな、〈破滅の厳冬〉には耐えられないという見当は大当たりであった。
「クロウ! 水面が凍ったはいいけど滑って進めないぞ!!」
中心のヒュドラに行ける方法が出来たと見ると、足をすでに踏み入れて滑りかけているシャーリーが叫ぶ。
……ふふふ、それも既に対策を考え済みだ。
「俺のやり方を真似しろ!! ――どっせい!!」
俺は勢いよく跳んで、水面に突き出しているカルキノスを踏みつけ、更に跳んで次のカルキノスを踏みつけていく。
氷漬けのカルキノスはとっかかりがあるため、水面よりは滑らない足場になる。
そして水面の氷はまだ張ったままだが、いつ溶けて崩れるか分からない。
素早く移動する。
視界の端には俺と同じようにアンナ、シャーリー、アルヴィナが大蟹を踏みつけてヒュドラに接近していく様子が映っていた。
前衛組がもう少しで全員ヒュドラにたどり着く。
「全員行くぞ!!」
俺の掛け声で空を舞っていたハーピー達も一斉に強襲をかける。
さながら獲物を見つけて襲いかかる猛禽類のようだ。
メリーの魔法で首が吹っ飛び、
アンナの鉈が首を斬り飛ばし、
エリザの魔術で首が凍りついてもげて、
シャーリーの双剣が首を交差し斬られ、
グレースの魔術で首が潰れ、
アルヴィナの鉄槌で首が弾け、
ハーピー達の爪により首が穴だらけになり――
俺の勇者の剣が首を一刀両断する!!
「はあああああああああああああっっっ!!!!」
二本の首を払い斬りではねていく。
ヒュドラの首はシャーシャー唸っていたが、身体から離れると静かになり力を失っていった。
九つの首が全てやられ、ヒュドラが動かなくなる。
俺達は水面の氷が溶け出した大沼から脱出すべく、急いでカルキノスの足場を跳び移りながら離脱した。
岸辺から固唾を飲んで様子を見守る。
首が再生する兆候は見られないが――
やがてヒュドラの身体が光り、粒子となって天へと昇っていく。
つまり俺達は勝ったのだ。
毒に汚染された大沼の中心に居座る、驚異の再生力を持つ魔獣にだ。
「やったぞおおおおおおおお!!」
シャーリーの歓声に合わせハーピー達も熱狂していく。
彼らは複数人で首の一本を落としたといえども、魔獣を倒した功労者には違いないのだ。
そしてケルベロスやフェンリルの時のように魔獣のマナが俺の中に入り込んでくる。
だがそれはいつもと違って――
「あ、がああああああァァァァ!?」
手先のない右肩から何か突き出してくるような痛みが走る。
「クロウ!?」
アンナが突風のような速さで寄ってくる。
エリザ、シャーリー、グレース、メリーも俺の傍に来た。
アルヴィナは相変わらず俺の背中を見守っている。
「「「!?」」」
ずきずきと痛む右肩に変化が訪れ、俺含め全員が驚愕する。
何故なら――
「……右腕が」
まるで生まれたてのようにぬるぬるとした体液にまみれた腕が生えたのだ。
「もしかしてヒュドラのマナで再生能力を手に入れたのですか?」
おそらくエリザの言うとおりなのだろう。
首を失っても、どれか一つ無事なら再生する驚異の能力だ。
〈深淵の怪物〉の奴が言ってたのは、この事だったのだろうか。
「パパー名前はー?」
恒例のメリーの命名ねだりだ。
「――〈永久再生〉」
まあ妥当なところだろう。
メリーも満足そうに頷いている。
「良かったあ、クロウの右腕が元に戻って」
シャーリーは瞳を潤ませながら俺の右腕回復に喜んでいる。
かなり責任感じてたからな、彼女もこれから悶々とせずに済むだろう。
そして真新しい腕は左腕と変わらない程の筋肉がついている。
わざわざ鍛え直さずに済むのはありがたい。
「クロウ様は更に強くなったのね、強い男は大好きよ♪」
グレースが恭しく布で右腕を拭いてくれる。
「あ、ありがとう」
近い、めっちゃ近い。
あと位置的にめちゃくちゃ胸の谷間が目に入って来てしょうがない。
「魔女? それは私達の仕事ですよ?」
エリザが鋭くグレースを睨み付けている。
……戦闘中にもかなりお冠だったしヤバい。
俺まで巻き添えを喰らいかねない、勘弁してくれ……。
あ、アンナまで無表情だ。
特に彼女は身体的なことになると神経質になるからな、俺の視線がグレースの谷間に吸い込まれてることが気に食わないのだろう。
アレコレ言ってしまうと、地獄耳で聞き取った彼女が駆けつけてくるのは勇者軍では有名だ。
「クロウさんも鼻の下伸ばしてないでシャキッとしてください!!」
……エリザの説教が終わり、グレースの癒しの水魔術で大沼を浄化していく。
カルキノスも数匹残っており、出てきたものは狩る。
狩りすぎても数が適度に戻るから魔物ってやつは実に不思議だ。
俺のいた世界じゃ動物を乱獲しすぎて絶滅の危機、更にそれが連鎖して環境が悪くなるなんてザラだったのに。
未だに魔物という存在は学者の間では議論の対象であると、王国に潜り込んだ賊妖精から情報が届いているとか。
三時間くらいは作業しただろうか、来たときとはまるで別の場所に来たかのように水が綺麗になっている。と言っても大沼のため、泥が舞い水底は見えない。
「感謝する勇者よ、我々も人魚も子供達の命を救われた」
「「「感謝する!」」」
ニコトエアを先頭にハーピー達がお辞儀していく。
その所作は忠義を表すらしく、俺達勇者軍のために動いてくれる表明でもあるそうだ。
尤も彼らの敵もガルニア帝国なのだから、恩義のためだけでなく十分にメリットはある。
種族の長たるニコトエアはちゃんと利益を計算してるはずだ。
「我々は夜目が効かないから先に浜辺へ向かい、ローレライに話をつけておこう」
「分かった」
鳥目なんだろうな。
それで俺達の手を煩わせたくないのだろう。彼らには一足先に向かってもらうことになった。
俺達は飛び去るハーピー達を見送る。
何人かの女性のハーピーから熱い視線をもらったので手を振ってあげた。
そしたらアンナに腰の肉をつねられた。
「……アンタねえ」
「おやあ、アンナ嫉妬か?」
ニヤニヤと俺がからかうとアンナの顔がゆでダコみたいに真っ赤になった。
「ち、違うわよ!」
顔を隠しながら馬車の御者台へと逃げて行く。
可愛いなあ、未来の嫁は。
「クロウさん、あまりアンナを苛めないでください」
エリザに嗜められてしまった。
「あのような顔を見てると嗜虐心をくすぐられてしまうのですよ、私」
……そうなんだよなあ、エリザって拷問が得意だしちょっとSっぽいところがある。
ウキウキした感じはまるでショッピングに行く女性といった感じなのだが、彼女の場合は……。
それに夜もやたら激し――
「それよりもクロウ様お疲れでしょ? さっさと馬車に乗り込みましょうよ♪」
エリザとの会話に割って入ってきたグレースが俺の右腕に優しく抱きついて引っ張っていく。
腕を包む幸せな感触に気をとられていると、今度は左腕にエリザが抱きついてきた。
「クロウさんの隣に相応しいのはあなたではなく婚約者の私です、売女は引っ込んでなさい」
ああ……完全に頭に来てしまったようだ。
グレースを見るエリザの目は全く笑っていない、見つめた者を凍りつかす冷たい眼差しだ。
一方、グレースは挑戦的な笑顔をして挑発している。
女の戦いが戦利品である俺を挟んで行われる――
正直役得とかそんなのじゃなく、目茶苦茶怖いんですけどお!!
目と目で火花を散らす二人に両腕を捕まれ馬車に乗り込まされる俺は、まるで逮捕されて連行される犯人みたいである。
なまじ顔が極悪だからそれっぽいだろうな、と俺はどこか遠くを見つめながらため息をついた。
「なんかアタシたちが割り込む暇ねーな」
「私はパパのお嫁さんじゃなくて子供だから、皆とは別に可愛がってもらえるから気にしないもん」
「そうか! ライバルが多いなら嫁じゃなくて娘になればいいのか!」
シャーリーが何か後ろで言ってるけど、流石にいきなり大きな子供を持ちたくはないぞ。
――エッチなことできないし……。
全員が馬車に乗り込み、一先ずは夜までに進めるだけ進むことになった。
ローレライのいる海岸まではハーピー達に行き方を教わったので迷うことはないだろう。
俺は車内で早速新能力の〈永久再生〉を魔力切れにならない程度に試している。
魔力が空の状態で魔法や魔術を使おうとすると、身体を構成する魔力まで消費し始め命を失う。
レリーチェの種族である蜘蛛人なんかは、男が女や生まれてくる子のために自身を構成する魔力を注ぎ込み死んでしまうらしい。
魔力切れからの無理な魔法と魔術の行使は命取りとなるのだ。
「かすり傷は全部消えたな」
「吸血鬼も傷の治りは早いですが、クロウ様ほどじゃありません。
本当に凄い能力です」
「流石はアタシが見込んだ男だな!」
エリザが俺の能力をヴァンパイアと比べて絶賛している。
……シャーリーは俺が勇者ってだけで挑み、返り討ちにされただけじゃないか?
「回復手段を手に入れたからって更に無茶しないでよ」
御者台の方からアンナがこちらを見ずに声をかけてきた。
なんか悪ガキを注意する年上のお姉さんみたいだ。
シャーリーと歳は殆ど変わらないそうだし、見た目は人間の子供なのにシャーリーより断然中身は大人だよなあ。
「クロウ、なんでアタシとアンナを交互に見るんだ! ってなんで笑ってんだ!!」
何だかそう思うと可笑しくて笑ってしまった。
エリザやメリーもクスクス笑ってるし、アンナも顔は見えないが心なしか楽しそうな雰囲気を醸し出している。
笑いが起きる中、俺は無感情のアルヴィナを除いたもう一人の方を見やる。
この度仲間になった〈誘惑の魔女〉のグレースだ。
彼女も笑顔で俺らの会話を聞いているが、それはどこか張り付けた仮面のように見える。
エリザのとは違い、裏すら見透かせない笑顔。
それは俺がこの世界に来る前、嫌というほど見てきた営業部のエリート共を思い起こさせる。
エリザが初対面時から執拗に嫌う彼女。
たくさんの男を誘惑し、悲惨な終わりを与えた魔女。
高貴なる森妖精の闇の堕とし子――
「どうかしました? クロウ様♪」
「いや何でもないよ。数ヶ月ぶりの右腕の感触に耽っていただけさ」
――そしてこれだ。
気づかれないように人の様子を良く観察している。
俺の嫁か愛人になりたいなど、彼女の逸話を思い起こさせる狙いで動いてるように見えるが俺は違うと感じている。
彼女の目的が分からない以上、野放しにしておくぐらいなら目の届く場所に居てもらおうという考えもあって連れてきたのだが――
果たして彼女は一体何を考えているのやら。




