int.12 ガルニア皇族たちの思惑
ガルニア帝都カルナリスのゴトライヒ城。
宮中における晩餐の間。
上座にて威光を振りまくは現皇帝ギルベルト。
その隣の漆黒のドレスを身に纏う美人は皇妃セミラミーデ・ガルニア・レーダー。
そしてディートリヒ第一皇子、ヴィクトーリア第一王女、アレクサンダー第二皇子が対面で黙々と舌鼓を打つ。
更に側室たちとその子供たちがずらりと座り並ぶ。
各々が忙しい身だが、妻や供たちと全員で集まって言葉を交わすことが必要だと皇帝は考え、週に一度こうして食事を一緒にとるのである。
無論、ディートリヒ派と双子派の確執を父親であるギルベルトは知らない訳ではないが、血は半分繋がっている家族だからこそ彼らに必要以上の争いは望んでいない。
尤もギルベルトは元々苛烈な性格をしており、自らの兄弟たちを蹴落として皇帝の座についた。
しかし側室に迎えたマグダレーナによって牙を抜かれたのだ。
――家族は愛し合うものです。
愛した亡き側室の言葉を彼は今も深く受け止めている。
前に立ちはだかる全てを排さんと身構えていた。だからこそマグダレーナの穏やかさと優しさに惹かれ、心に入り込まれた。
今は亡き彼女のこともあり、彼女との愛の結晶である双子たちに懇願されて彼は機密にする限りで亜人の奴隷化を許したのだ。
「アレクサンダー、未だに蹄の悪魔共に手こずっているのか」
全員が食事を終え、真っ先に口を開いたのはディートリヒであった。その声には非難の色が混ざっている。
「あいつら膂力がはんぱねーんだよ、兄貴。
牛人は鎧を簡単に叩き潰すし、馬人ははえーし。
奴等を盾にして山羊人は魔術を飛ばしてくるからキッツいんだわ」
皇族らしかぬ言葉遣いにディートリヒとセミラミーデは眉を顰め、ギルベルトとヴィクトーリアは頭を抱える。
「魔術兵団なら簡単に捻りつぶしてやれるんだがな」
「そうはいかないでしょう。王国との国境の警備を減らせない以上、彼らには魔王との戦いに控えてもらわないといけないですわ」
イルグランド連合王国は神託により知った、ミッドガルド東に現れたという勇者を探したいのだという。
現在、国境付近で物々しい雰囲気の中で両国の使者が交渉を行っている。
女神教を主神として讃える彼らが、魔王討伐のためと理由をつけていつ国境を無断で越えてきても不思議ではない。
ヴィクトーリアは弟を擁護しつつも、客観的な事実を述べる。
「魔石の問題が片付いたというのに忌々しいことだ、愚かなイルグランドめ」
魔石の補充が済んだはいいものの、鬼達の動きが魔王との戦いへの予兆となっている以上、そちらも警戒しなければいけないのだ。
ディートリヒも魔王への備えが必要なのは理解しているが、折角動かせるようになった魔術兵団をいつ来るか分からない魔王に備えるよりアレクサンダーが手こずっているタウロス共にぶつけたいのだ。
帝国の威信のためにも、勝利の名誉により自身が皇帝へ近づくためにも。
他の皇帝の子供たちは3人に比べ皇位継承権を持つが地位が低く、その結果それぞれの派閥に付いており第一皇子や第一皇女の言葉を聞いて頷くのみである。
政治力に優れるヴィクトーリア、戦果をあげているアレクサンダー、政治と戦両方のバランスがとれているディートリヒに口を挟むほどの力は彼らには無い。
「イルグランドと言えばな、余は勇者捜索隊を受け入れようと思う」
この中で絶対唯一を誇るギルベルトが話題を変えた。
その一言に周囲がざわめきはじめる。
「父上、気は確かですか?仇敵イルグランドの兵に帝国の領土を踏ませるなど」
「条件次第では構わないと思いますわ、お父様」
ディートリヒとヴィクトーリアが正反対の声をあげる。
やはり周囲の皇族はそれに対し、「そうだそうだ」と言うばかりにうなずくだけである。
アレクサンダーはその光景を見るたび、初代皇帝が作ったという水を使って音を出す獣脅しを思い出す。
「どうも魔王の出現が伝承より早いのが気にかかる。
誠に遺憾ではるが奴らとの戦いは今は避けたい、ゆえに休戦協定を結ぶつもりじゃ。
見つかれば勇者も魔王にぶつけられるだろう。
勇者捜索隊には我が帝国を通るのにそれなりの関税を落としてもらうことにする。
無論、少数のみを受け入れる。何かあれば即殲滅できるようにな」
皇帝の言葉にほとんど全員がなるほどと納得した。
そもそも魔王との戦いを経験した者など、千年もの長寿を誇る高貴なる森妖精でもない限りいない。
そして今回は何故か前回から五百年しか経っていないうちに兆候が見られるとあれば、警戒しない者は皆無だ。
「お言葉ですが父上、我らは魔王を倒せし創帝エヌマエルの血を継いでおります。
勇者の力もいらなければ、王国も恐れるに足らない相手です」
しかしディートリヒは首を縦に振らなかった。
絶対強者であることこそが、ガルニア帝国の誇りであり威信だ。
ギルベルト皇帝の言葉はそれに反しうるモノだった。
「それだけで言うてるのではない。
王国の脅威がなくなれば国境の兵も動かせよう。
妙な真似をすれば再び魔王と三つ巴の戦いになる。それに捜索隊には必ず聖女が加わるであろう、領内で少数の者しか伴わない彼女が実質的に人質になる」
ヴィクトーリアは流石父だと感心する。
一見ただ仲良くすると見せかけて、メリットデメリットをきちんと把握した上で判断している。
もちろん、国民の感情や帝国自体の掲げる理想を考えると王国と歩調を合わせるのは混乱を招くだろう。
ディートリヒの言ってることも全て間違いではないのだ。
「国境に配備された全軍を動かす訳ではない、だが動かせた分だけ魔王戦に備える魔術兵団を動かせる。
そうなれば彼らがサテュロス共の魔術を打ち破り、勝利は目前であろう?」
そう言われればディートリヒも首を横に振ることはできない。
彼にしてみれば戦にしか能がない第二皇子には出来なかったタウロス達の駆逐を、自分の派閥に所属する魔術兵団が成し遂げるからだ。
「分かりました父上」
「うむ」
二人の言葉を皮切りに、緊迫した晩餐が終わりを告げた。
「ネロ」
自室へ戻ろうとするディートリヒを幼名で呼んだのは彼の母親であり、皇妃であるセミラミーデだ。
「何でしょう、母上」
「用が無ければ私の自室に来なさい」
セミラミーデ自室内、母と息子は座り心地が素晴らしい皇族の備品として遜色のないソファに座り話し込む。
「陛下は随分と温くなられました、それもあの女のせいです」
またその話かと思いながらも、父であるギルベルトが帝国の威信を揺るがしかねない事態を巻き起こした原因に苛立つのはディートリヒも同じであった。
「マグダレーナ様ですか、記憶は朧げですが確かに帝国の気質には相応しくない御方でしたね」
「死してなお陛下のお心を掴んでいるなど……性質は私なのになんと腹立たしいことか」
皇帝が亡き側室のことを一番に想い続けてることにセミラミーデが嫉妬しているのも確かだが、それ以上に彼女に負けたことに対して彼女は暗い炎を燻らせていた。
セミラミーデはガルニア人らしい、負けず嫌いでプライドが高い人物だ。
(私が皇帝になり、穢れた亜人も愚かな王国も殲滅してくれよう)
母親の怨嗟の声を聞きながら、ディートリヒ自身もガルニアの敵と休戦した父親やその父親を変えた側室に怒りの炎を燃やすのであった。
アレクサンダーは自室で苦い顔をしていた。
己の使命である他種族との戦いに兄であり、姉ヴィクトーリアの継承権争いの相手であるディートリヒの影響下にある魔術兵団が加わるからだ。
帝国では国民が同じ人間以外とまぐわうことを禁じている。
――ただし表面上では、だ。
戦となれば男が多数を占め、前にも後にも気が昂ぶるものだ。
娼婦もそれなりにいるのだが、やはり一般兵士は戦果として略奪を好む。
そうなればほとんどの指揮官が絹を裂くような叫びを聞いても耳を塞ぎ、一方的な蹂躙に目を瞑るのである。
黙認された行為をアレクサンダーは許さなかった。
「前線の兵はカミルの部下が率いるのでしょう?なら心配ないですわ」
「まあ確かに俺と爺やの黒の騎士団の目が届いてるだろうよ」
黒の騎士団――地妖精と鉱妖精の奴隷に造らせたアダマンタイトの鎧に身を包む騎士。
それぞれが戦闘も指揮にも優れた、アレクサンダーの直属戦力であり彼と共にブリッツ将軍の下で学んだ友である。
魔術最強が魔術兵団なら、武闘最強と謳われるのが黒の騎士団なのである。
「私もユリウスと共にあなたが魔術兵団を掌握できるよう働きかけますわ」
「おう助かるけど、それよりもどうやって魔石の問題を解決したかが気になる。
それに派兵には消極的だった感じがしたのに、どういう風の吹き回しなんだあの仮面野郎は」
ヴィクトーリアは根拠もないアレクサンダーの推測にため息をつきながらも、彼の当たる直感を信じて自身も考え込む。
魔石の造り方に関しては、他国への技術流出の警戒とカスパル一族の秘術とされ公開されていない。
だが足りないから鬼の調査や殲滅には動かせなかったのに、それが解決して現在ではアレクサンダーの軍に組み込まれてタウロスに戦いを仕掛けるつもりだ。
もしアレクサンダーが言うように派兵を反対する理由が他にもあったのなら――いやそれ以前に、魔石はいつでも補充できたとしたら――。
ヴィクトーリアは頭を振り、根拠なき推測を振り落とす。
考えても栓無きことだ。
イルグランド王国との交渉も含めて情報を集めるべく、ヴィクトーリアは動き出した。




