int.11 まだ見ぬ勇者を想う聖女
「世界を創りしルナティミス様に感謝を」
場所は聖都オリンピュネスの騎士団宿舎(女性用)。
質素な部屋で食事を前に祈りを捧げる女性が四人と精霊が一人。
一人は女神教聖騎士団長にして、直属の戦乙女部隊を率いる女狩人、ジノーヴィア。
同じくアマゾネスである戦乙女部隊隊員ダフィーナ――翡翠色の瞳にオレンジ色のセミロングの髪をしている。
ショートカットの白髪から猫耳がぴょこんと出ており、スカートの下から尻尾を出しているのは猫人の隊員ブランチ・リダウト。目は綺麗な水色だ。
そして神託を受けた村娘、いや今は聖女であるジェーン。
テーブルの上で果物にかぶりつく、光の羽根が生えた小人は光の精霊であるピーターだ。
緑の簡素な服に巻き毛の金髪がよく似合い、そばかすが目立つ顔はいかにも悪戯っ子だと主張している。
彼は使役神ミカエラにより聖女に遣わされた、具現化した特別な精霊だ。
ジェーンは食事をしながら勇者のことを考えていた。
というか信託の時以来、勇者のことを常に脳裏に浮かべている。
最悪存在せず、自分一人で魔王に立ち向かわなければいけない――そう思っていた矢先彼の存在が明らかになり、どのような人物なのか気になって仕方ない。
現在、大陸東部に現れたらしい勇者に会うのにイルグランド連合王国と帝国で緊密とした交渉を行っている途中である。
両国の仲は思想や歴史により最悪といってもいい。
すぐに帝国領を通させてもらったり、探してもらう訳にはいかないのだ。
「御姉様、お食事中まで勇者のことをお考えですか?」
ダフィーナが面白くなさそうにジェーンに声をかける。
何を隠そう、このアマゾネスは男嫌いで有名なのだ。
女神教本山であるオリンピュネスでは、他の都市より待遇が良いという理由で女性が多い。崇めるのが女神様だからだ。
そしてアマゾネスという人間の部族では男が弱く、立場が下だ。ちなみに、そんなアマゾネス達は女神ルナティミスや使役神ミカエラ、生命神プシューケといった女性の神を信仰している。
ダフィーナは生まれた部族の思想や本人の性格によりかなり男を毛嫌いしている。
家族から結婚しろと男を押し付けられそうになった彼女は、ジノーヴィアを頼りにオリンピュネスにやってきた口だ。
そして彼女はジェーンを慕っており、その彼女が聖女といえども男である勇者のことを考えていることが面白くない。
「聖女なのだから勇者様のことを常に考えるのは当然でしょう」
ジェーンは毅然と言葉を返す。
聖女の役割は魔王を倒さんとする勇者のバックアップ。
勇者あっての聖女なのだ。
「そう言いつつも顔はなんだか恋する乙女みたいだよ、ジェーン」
そんな聖女を見てニヤニヤ笑っているのはピーターである。
人懐っこい彼はすぐ戦乙女部隊の面々と仲良くなり、具現化した精霊としても容姿の可愛らしさも含めて可愛がられている。
「ピーターの言う通りだな」
ジノーヴィアもピーターに同調してニヤつきながら頷く。
「そっ、そんなことないわよ!まだ会ったこともない人に恋い焦がれるはずがないし、聖女に恋愛は許されないわ!」
彼女は女神教の上層部以上に恋愛はご法度だ。
聖女とは高潔であるべき立場なのだ。
オリンピュネスにやってくる女性の中には女神教に入って乙女のまま成り上がろうとする者もいれば、男によって傷物にされてしまい逃げ込んできた者もいる。
乙女の方が地位が高いのは確かだが、そういった性犯罪の被害者に対してはむしろ積極的に保護しにいくのが女神教だ。
神々も特に純潔を気にしていないため入会には関係ないのだが(男だっているし)、やはり聖女や上層の者が淫らなのは世間様に示しがつかない。
だからこそ乙女の純潔が高潔である証明とされていく内に重要視されるようになったのだ。
ただ生命神プシューケを第一に信奉する者に、生命の営みを否定しているなど批判を受けていたりする。
ミカエラの審判により是非を問おうとしたこともあったが、我ら神は関せず。といった返答であった。
これが前述の神々が特に気にしていないと言われる所以である。
「そうですよ!ジェーン姉様だけじゃなく、隊長だってもし男性との色恋沙汰に走って発覚したら大変なんですからね!?」
「ああ、それについては心配ない。私の恋人は戦いだ」
なんて戦闘狂なんだ。
ジェーンとダフィーナはそう脳内で呟き、思わずため息が出る。
一方ピーターはそんな面々を見て、声を押し殺しながら隠れて笑っている。
女神教騎士団トップにして、女性のみの部隊の長であるジノーヴィアは「お腹に子供を宿すと大好きな戦いができない」という理由から部族内の婚姻を断り続け、教団に入って戦いに身を投じている内に武勲をあげて今の地位に至った。
ダフィーナは同じアマゾネスとして尊敬しているし、彼女のおかげで女神教に入れて感謝してもいるが、隊長が同性にもっと興味を持ってくれればいいのになんて思っていたりもする。
「さっきから黙ってるブランチは素敵な王子様には巡り会えたの?」
ピーターの問いかけにビクッと震えて反応する猫耳娘。
「私たちは貴族なのですから食事中の会話はあまりお行儀が……」
「何度も言ってるが、私たちだけなのだから気にするな」
ブランチの正論を堅苦しいのは抜き、と却下しながら豪快に食事をするジノーヴィア。
ジェーンは聖女であるし、アマゾネスの二人は騎士の爵位を持っている。
だが村での家族団らんとした食事をしてきた聖女に、本来野生的な生活を送るアマゾネス二人には行儀など窮屈なものであった。普段はキッチリしてる分、人の目がなければ気を緩めたいのだ。
無論、カリスト教皇が見たら説教二時間コースである。
一方、ブランチは貴族であるリダウト辺境伯家に生まれた娘である。
辺境伯の名の通り、彼女の家は王都オルヴィラードから離れた代々ケットの住まう山地――リダウト辺境伯領――を守護する武将の一族である。
ケットは政治の世界とは程遠い自由奔放な生活を送っていたため、当時のイルグランド王はケットの長に辺境伯という爵位とリダウトという家名を与えて指導をした。
尚、野妖精もまた牧歌的な生活を好み、政治とは遠い種族であったためケットと同じような待遇を受けている。
一応イルグランド王に仕える貴族扱いではあるが、森妖精や地妖精や海人のように多大な配慮がされている。
ジノーヴィアやダフィーナのように結婚を嫌がり女神教に入会する者もいれば、それなりの目標を持った者、訳有りな者など様々な信徒がいる。
ではブランチはというと、彼女の場合は修行のため戦乙女騎士団に入団したと言ってもいいだろう。
ケットの住まう地を守るため力を求められるリダウト家に彼女は生まれた。
ゆえに騎士団に入って力をつけるのは道理であるし、もう一つの理由としては他貴族からの婚姻を跳ね除けるためであった。
純潔を守る女性が地位の高い女神教において、男から女に告白や求婚することはあってはならない。
これが王都や帝国だとむしろ女性から男性にアプローチするというのは恥であるのだが、女神教内では逆で更には暗黙の了解である。
ケットという種族は前述の性格から結婚相手を本人の意思を優先にして決める。
それは五百年もの間、辺境伯を続けてきたリダウト家でも変わりがない。
騎士団に入れられるという点については本来自然の中で生きるため強さを追い求めるケットの性分によりブランチも気にしなかったし、彼女も彼女の家族もある程度の行儀作法を根気強く身に叩き込んできた。
だがもし他の貴族に見初められて、根回しや罠に近い形で望まぬ結婚をさせられるとなれば話は別だ。
ヒューマンの貴族が聞いたら驚いてひっくり返るだろうが、ケットにはケットの矜持がある。
要約すると「男から手を出せない女神教に入り、ブランチの方から男を見初めてしまえ!!」という作戦な訳だ。
女神教はリダウト家の頼みを断れないどころか、武門で有名な彼女の家と繋がりを作れるし、一時的とはいえ戦力を得られると喜んで引き受けている。
「残念ながら素敵な殿方はまだ見つけられてません」
ブランチは観念したように答えを返した。
心の中では男嫌いなダフィーナ先輩は嬉しいでしょうねと思っていると、まさにその通りだと言わんばかりにダフィーナの機嫌が良くなった。
「お優しくて作法も整った方は多いのですが、惹かれるというほどの方は……」
「確かに当然ながら野卑な奴はいないが、かといって惹かれるほど強い男はいないな」
「そもそも隊長の場合、抱くのは恋愛感情というより戦闘欲でしょう?
そして男なんて弱い生き物ですから目に叶うような者はいませんよ」
ブランチが騎士団の男達について所感を述べ、ジノーヴィアがそれに対し強者がいないと嘆き、ダフィーナが男なんて弱いから当然と一蹴する。
――女神教団の男たちは泣いていい……。
「というかブランチは生涯未婚でもいいのでしょう?」
「ええ、その通りですが私も結婚への憧れはあると言いますか……ひぃっ!?」
跡継ぎたる〈鬼斬り〉の兄がいる以上、本来では政略結婚の道具という貴族の娘であるはずが、家の方針により免れているブランチの答えを聞いたダフィーナの顔が険しくなる。
このままだと男なんてやめておけ、といつもの長いお話が始まるところだったが――
「まあいいじゃないか、彼女が望んでいるなら同じ戦乙女騎士団の仲間として応援してやろうじゃないか」
「隊長……」
肉を頬張りながら言う隊長にちょっぴり苦言が沸き上がったが、自分を応援すると宣言してくれたことでそれ以上に感動するブランチ。
そしてこれ以上自分の言葉に耳を傾けないだろうと悟ったダフィーナは、未だボーっと考え事をしているジェーンに向き直る。
「ジェーンお姉様?またボーっとしていますよ?」
「……あ、ごめん。何か言った?」
そんな様子の聖女にダフィーナは頭を抱える。
「本当に懸想している女のようですよ?」
「だから違うわよ!そんなんじゃないって!」
「ジェーン様、落ち着いてください。先輩もそればかり指摘しすぎですよ」
以前にも大教会の廊下でジノーヴィアにからかわれたが、下手をすれば大騒ぎになりかねない。
女神教からありがたいお説教を半日は食らうだろうし、民衆に広まってしまえばただでさえ今までの勇者と聖女の仲を妄想する者たちが盛り上がってしまうだろう。
ダフィーナはそれゆえにジェーンが勇者の事ばかり考えているのを注意し、ブランチは個人的な感情を含めて神経質になっているであろうダフィーナに先輩だろうがなんだろうが関係なく注意する。
決して結婚話の度に突っかかってくるのにうんざりしてる訳ではない、決して。
「どれだけマズイのか分かっているのでしたら勇者の事を考えるのは程々にしてください」
「わかったわよ……」
結局ダフィーナの正論にぐうの音も出ずに、自分の護衛と侍女を兼任する彼女に頷くしかなかった。
「しかし勇者がどんな男か、私でも気になるな」
折角収まったのに、ジノーヴィアの一言によりまたジェーンの考え事が始まってしまうとダフィーナは頭を抱える。
個人的に面白くないのも事実だが、聖女であるジェーンに悪い噂が出ないよう気を配っているのも確かなのだ。
「きっとカッコいいお方ですよ、歴代の方々も皆美形と伝わってますし」
「勇者なんだから当然強いな、一騎打ちと言わずに軍を貸し与えて模擬戦をやりたい」
「僕はご同輩の勇者についてる精霊も気になる!」
「絶対顔やら立場を武器に女性に手を出しまくってますよ」
「ダフィーナ!あなたこそ勇者様の悪口なんて聞かれたら問題ですよ!」
女四人であーでもないこーでもないと盛り上がる。
光の精霊もまた楽しそうに話の輪に加わり飛び回る。
――しかし彼女達は知らない。
強さと複数の女性に手を出しているのは当たっているが、自分たちが思い描く勇者とは大きく離れていると――。




