第5話 人との遭遇
第一ヒロイン発見
「腹減ったな……」
生きている証拠である。
問題なのは空腹を満たす物の手持ちなどなく、アンデッドの巣窟に落ちているとは思えないしあっても食べたくない。
「腹が減っては戦はできぬと言うし」
空腹無視で外を目指すにもアンデッドとの戦いは免れぬだろう。
……異世界ってアンデッドだらけの世界って訳じゃないよな?
「なあメリー、この世界はアンデッドや精霊以外にも存在するよな?」
「うん、いるよ。色んな人種に、亜人、魔物、普通の動物も」
うん、死者の国じゃなくてよかった。
人と亜人の違いとか色々聞きたいことはあるがそれより食い物だ。
「死体食うわけにゃいかないしなあ、腹壊す以前にあり得ないし」
「グールになっちゃうしね」
「グールって死体食うアンデッドか?」
メリーはこくんと頷いた。
「どんな種族の人でも人の死体を食べると屍食鬼になっちゃうの。だからみんな人種は違くても人は食べないの」
カニバリズムが禁忌という以前に、この世界ではグール化の呪いみたいなものがあるという訳か。
餓死を免れぬために食人を犯した先はアンデッド化、ね。
幸いにもアンデッドたちは何故か姿を現さず、安全に通路を進むことができた。
もちろん姿を現さないのには理由がある訳で。
前方より鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえてくる。
どうやら何かがアンデッドと戦っているようだ。
「誰かいるみたいね」
とメリーは言った。
「人だって分かるのか?」
俺がわざわざ何かと言ったのにはアンデッド同士、もしくはメリーの話に出た魔物との戦闘の可能性も推測してのことだ。
「アンデッドは憎い生者のみを攻撃するの」
「だから戦っているのは人間だと」
「パパのような人間だとは限らないと思うの」
「?」
えーとどういうことだ?
「人間っていうのは人種の一つで、一般的にヒューマンって呼ばれてるの」
「あー」
分かった、つまりはこういうことだ。
「人ってエルフとかドワーフの可能性もあると」
「そういうことなの」
俺のいた世界ではほぼ人間=人という扱いだったがこの世界では違うと。
人の中に人間やドワーフ、エルフが内包されている。
こちらの世界の法則にはしばらく戸惑いそうだ。
そんなこんなで誰かさんの戦闘を視認することにした。
目当ては助けてもらったお礼の食料。
しかしあくまで助けられそうだったらの話でやばそうな状況なら見なかったことにしよう。
と勇者らしかぬ作戦をメリーに告げると、
「パパらしい、いい作戦だねえ♪」
と非難することなくむしろ嬉しそうに笑うのである。
他人のこと言えないけどちょっと酷くないかな。
どうやら戦闘場所はちょっとした広間のようだ。
目に入ってきたのはたくさんのゾンビ、かと思ったのだが武装していた。
今まで出てきたゾンビは鈍く、知性が見受けられなかったのだが広間の奴等は生きている人のように動いている。
「幽鬼ね、ゾンビの上位種だよパパ」
レヴナントというらしい。
そしてレヴナントに囲まれている誰かさんはというと、
俺より背が半分ほどの少女。
しかしその可愛らしい顔は子供とは思えない凛々しい表情を浮かべている。
髪は茶色くショートパーマで戦闘の動きの邪魔にならなそうだ。
特徴的なのは耳が少し尖っているくらいか。
服は黒くピッタリとして動きやすそうで、その上から赤い外套を纏っている。
手には短剣を持ち、長剣や槍を持つレヴナントの攻撃を上手く捌いている。
しかし数が数なので埒があかず、ジリ貧気味だ。
俺は決意する。
「おーい!苦戦しているなら手を貸すぞ!」
俺が広間に身を出し、大声で相手に訊ねる。
レヴナントの数体がこちらへやってくる。
少女が頷くのが見えた。
額に汗を浮かべている、思ったより厳しいのかもしれない。
俺は勇者の剣を抜き1体ずつレヴナントの首を切り落とす。
武装しているだけあって複数相手するのは中々厳しいので一対一を心がける。
ところがレヴナントはタイマンで勝てないことを悟ったのか複数で攻めてくるようになった。
上位種というだけあって学習能力でもあるのだろうか。
片方への注意を疎かにするとすぐさまこちらを斬りつけんとしてくる。
いくらか敵を倒すとどうやら少女の負担が大分減ったのか、ラッシュをかけているのかは分からないが、中々アクロバットな動きをしている。
革鎧なんかを着ているとはいえ、異臭のするレヴナントの背中に臆することなく組み付き喉元を深く斬る。
投げナイフを取り出し周りの敵の関節に投げ刺し牽制。
目を突き刺し、脚を大きく上げ蹴り飛ばす。
バレリーナ並みの身体の柔らかさだ。
レヴナントを二人で一掃し終える。
「ありがとう助かったわ」
荒い呼吸をしながら少女は礼を言ってきた。
よし食料を分けてもらえるようお願いしよう。
そう思ったとき。
二人の腹はグギュルルルルと二重奏を奏でたのであった。