第27話 出発と寄り道
朝食を終えて北への救援への準備をする。
食料は道中で獣を狩りながら調達すればいいので荷物は多くない。
首領の俺とメリーやエリザ、アルヴィナはアルフォンス師匠が御者を務める馬車に乗り、アンナとジャックは馬鳥に乗る。
熊人のソーロルさんは案内役として先導をする。
「ソーロルさんは乗り物が無くて平気なのですか?」
「獣化して進むので問題ありません。それから自分の事は呼び捨てにしてくださって構いません」
ソーロルさん……ソーロルに聞いたらこう返ってきた。
未だに偉い人になったという実感がなく、さん付けが抜けない。
「クロウさん、周りに示しがつかないから気を付けて下さい」
すかさずエリザに注意された。
とは言っても下っ端作業員だった俺には中々抜けない習慣なんだよなあ。
馬車に夢魔のユメと師匠の首無しラバを繋げて大方の準備が終わると、ソーロルが獣化を始めた。
族長ヘイドラグのような人型っぽい異形の熊ではなく、まんま熊が直立しただけの姿だった。
魔剣の呪いにより引き出された獣化の姿は異常だったようだ。
「不肖ソーロル、勇者クロウ様の案内を務めさせて頂きます」
そう言い終えると四つん這いになって駆けて行った。
アンナとジャックも乗ってる馬鳥に蹴りを入れ、アルフォンス師匠も手綱を操り一行は森の中へと進み出す。
通れそうにない木々や藪が鬱蒼とした場所は、ジャックがバッサバサと伐って道を開いていった。
スピードの割には馬車の中ではほとんど揺れがない。
まるで実家のような安心感がある。
「どのようにかは分かりませんが、アルヴィナが揺れを相殺してくれているのです」
不思議に思っているとエリザが教えてくれた。
マジかよ、アルヴィナすげえな。
その本人はというと、隅の方で横になっていた。
パソコンでいうスリープモードみたいなものらしい。
何かあれば即座に起きるとの事。
メリーは影になってじっとしている。
「クロウよ、魔狼が出たようである」
少し進んだところでアルフォンス師匠が小窓から呼びかけてきた。
ダイアウルフは巨大な狼の魔物で集団戦を得意とする厄介な魔物だ。
肉食だから肉は臭くて食えたものじゃないし、あまり相手にしたくはない。
しかし奴らは魔物の例に漏れず、人という獲物を見つけるとしつこく追い回す。
脚が早いから撒くこともできないし面倒な奴等だ。
「ちゃちゃっと全員で仕留めるか?」
「兄貴が行ったから大丈夫よ」
提案すると、横の窓からアンナが呼びかけてくる。
どうやらジャックが倒しにいったらしい。
……と思ったらもう戻ってきた。
焦げ茶の外套が血塗れだ。
「……」
「討ち漏らしはないって」
ジャックは一言も発してないのに、アンナはアイコンタクトで分かるらしい。
……さすが兄妹と言えばいいのか?
――オオォーーーン――
しばらく進んだら遠吠えが聞こえてきた。
どうやらまたダイアウルフらしい。
「この声は犬人だわ」
と思ったら違った。
「彼らの縄張りに入りましたか」
アンナの声にエリザが答える。
コボルドは犬が二足歩行したような亜人だ。
背は子鬼ほどで、石器などを武装して襲ってくる。
そこまで強い相手ではないのだが、何が厄介かというと――
「……かなりの数がいるわ」
斥候に出ていたジャックの目を見たアンナが代わりに報告する。
コボルドが厄介な相手とされる理由。
群れが非常に大きいからだ。
はぐれコボルド程度なら問題はないのだが、彼らの縄張りとなれば話は別だ。
百や二百の数を相手にしてタダは済まないので、縄張りに手を出さないのは周知の事実である。
「行きの道ではここまで縄張りを広げていなかったのですが……」
ソーロルがしきりに臭いを嗅ぎながら走るスピードを緩めた。
同時にアルヴィナが起き上がる。
「包囲されましたね」
エリザもまた立ち上がる。
馬車が止まり、各員戦闘態勢だ。
「んじゃ、やりますかね」
外に出て勇者の剣を構える。
「グルルルルル!」
木々の間から小柄な人影が飛び出してきた。
まさしくそれは二足歩行の犬であった。
しかし手に握られていたのは――
「このコボルド、鉄の剣を持っています!」
「こっちは槍を持っているわ!」
「ここまでの数のコボルドが、鉄の武器を揃えてるなど聞いたことがないのである!」
「だがベルンの戦士には関係ない!」
「解体解体解体解体アァァァ!!」
「〈影の拘束〉!!」
俺、エリザ、アルフォンス師匠、アンナの四名は驚きながらも迎撃する。
他、ソーロル、ジャック、アルヴィナ、メリーの四名は関係ないとばかりに切り込んでいく。
ちなみにソーロルさんの戦闘スタイルだが、獣化を解いて斧を片手に戦っている。
獣化状態では武器は使えないが、爪は鋭く伸びるし筋力も倍増するので肉弾戦に持ち込めなくもない。
だがかなりの体力を使うらしいので、今回獣化は移動用と割り切って温存しているとのことだ。
いくら石器から鉄の武器になろうと、コボルドは所詮コボルド。
メリーの魔法とエリザの魔術が炸裂。
影に絡み取られたコボルドは師匠の槍がまとめて数匹貫き、凍り付いた奴等はアルヴィナのポールウェポンに砕かれていく。
ソーロルの斧は肉を裂き、骨を砕く。
ジャックはお得意のバラバラ攻撃、アンナはクロスボウでヘッドショットを決めていく。
俺も初めてコボルドを相手したが難なく倒していく。
十分もすれば戦闘は終了していた。
「コボルドが冶金技術を覚えたとは考えられないです」
エリザがコボルドの持っていた鉄の武器を検分しながら呟く。
「しかし帝国の兵士がコボルドに大勢やられ、武器を鹵獲されたとも考えにくいのである」
アルフォンス師匠が眉根にしわを作って答える。
そういえば師匠は元帝国の騎士だったらしい。
不死者になって幾分も経っているようだが、その頃の帝国軍でもコボルド相手にひけは取らないようだ。
「そもそもあいつらが山羊人らの草原地帯を破ったなんて聞いてないわ」
と、アンナがそれ以前の問題と言う。
帝国とブラドの館などがあるこの森林地帯の間には、馬人と牛人を配下とするサテュロスが治める草原がある。
そこを突破しなければここまで手が及ぶとは考えにくい。
そしてアンナの言う通り、各地に派遣されているボギーからそういった連絡は聞いていない。
「クロウさんどうしますか?」
「一応巣を探ってみよう、放置して館まで縄張りを広げられたら厄介だ」
エリザに指示を仰がれたので答えると、笑顔を向けてくる。
どうやら指示として正解だったようだ。
そして美人の笑顔に思わずドキッとする。
「……」
「あー、さっさとやるか。ベルンたちも待ってるだろうし」
アンナに睨まれていたたまれなくなったので一同を急かすことにした。
コボルドの巣は洞窟の中にあった。
中にいた奴らはどうやら雌で、奥に行くと子供のコボルドがいた。
雌は子供を守ろうと必死で中々に手強かったが、ベルンの狂戦士に比べたら何てことはなかった。
むしろ子供のコボルドを倒す方が罪悪感が強く、精神的にくるものがあった。
しかしここでやらねば、また数を増やして縄張りを広げられて館が襲われるかもしれない。
歯を喰いしばりすぎて血が出てきた。
しかし周りは誰も何も言わない。
近いうちに亜人ではなくガルニア帝国の兵士、人間を殺さなければいけない時が来るだろう。
通らなければいけない道であった。
奥へと進む。
ある地点で全員が立ち止まった。
何者かの気配がするからだ。
ハンドサインでコミュニケーションをとりながら慎重に進む。
現れたのは――
「なんじゃお主らは」
服はボロボロ、体はガリガリの小さな老人たちだった。
一見すると新しい種族にでも会ったかと錯覚するが俺は気づいた。
灰色の肌――アル爺と同じ鉱妖精だった。
「私たちは勇者軍、〈落とし穴〉のアルジャーノンの仲間です」
エリザの言葉を聞き、落ちくぼんだデュルガーたちの目がカッと見開かれた。怖い。
てかアルジャーノンってアル爺だよな。
デュルガーたちの反応を見ると有名人みたいだ。
どうやらこのデュルガーたちは帝国の攻撃により各地に散らばっていたところをコボルドに捕まり、武器を造らされていたらしい。
亜人が主に人を捕らえるのは食料にするためだ。
豚鬼が女を捕まえて……というのは薄い本の中の話だけのようだ。
しかし冶金技術を持つほど頭が回る戦鬼やオーク以外の亜人が食料ではなく、奴隷として人を使役する。
それは――
「魔王の命かもしれませんね……」
エリザから呟かれた言葉。
それは魔王が現れ暗躍しているということ。
しかし俺にはそれ以上にエリザの声に暗い感情が乗っていて気になった。
首領となった今でも、前魔王ドラキュラと彼女の関係は教えてもらっていない。
俺だって社蓄時代を気軽に話そうとは思わない。
誰しも思い出したくない過去はあるのだ。
いつの日か彼女が話してくれるまで待とう。
「それでどうするのである?」
師匠がデュルガーたちにどうしたいのかを聞く。
「あのアルジャーノンが参加してるんじゃ、儂らも加わろう。
ガルニアのクソ共には返しきれない借りがあるしの」
彼らを送り届けている暇はないのでアンナが調伏している鷹に手紙を括りつけ、館に向かわせた。
手紙には簡略した地図にこの洞窟の場所と目印になる物の説明、コボルドの捕虜となっていたデュルガーたちの迎えを要請するよう書かれている。
ボギーの乗る馬鳥は脚が速いとはいえ、迎えに来る間、今にも死にそうな彼らが心配だが先へ進まねばならない。
消化に良いスープを作って飲ませてから後にする。
――しかし巨人といい、コボルドの行動といいきな臭い。
北のベルンたちへの攻撃と、勇者軍の救援を予想して阻むかのような縄張りの拡大。
二つとも魔王が関わっていたとしたら、よほどベルンを敵視していることになる。
「ベルンや近くに住む種族たちは勇者が現れたら助けるよう、先祖代々伝えられています」
ソーロルに言うとそう答えられた。
なるほど、敵の味方は敵だ。
「でも鬼共は減っているのよね。
魔王の仕業だったら何で一緒にベルンの集落かうちの館を一緒に襲撃させないわけ?」
アンナの疑問も尤もだ。
ベルンなり、勇者軍なり潰したければ鬼をどちらかにけしかければいい。
「魔王の敵は勇者とベルンたちだけではないのでしょう」
エリザがその疑問に答えた。
「どーゆーこと?」
メリーがこてんと首を傾げる。
うちの娘は可愛いなあ。
「私たちに戦力を割く余り、イルグランド連合王国やガルニア帝国への防備を薄くしたくないと私が魔王なら思います」
「イルグランドとガルニアはいがみ合っている、ならそこに鬼共程度で戦力に問題はないってことか」
「なるほど!我が弟子は賢いのである!」
師匠は相変わらず脳筋なのである。
エリザが言ったことを反芻して引っ掛かりを感じる。
巨人をぶつけてベルンを削るにしても、コボルドの武装を良くするなどお粗末な戦略な気がしてならない。
「時間を稼いで戦に備えているのかもしれませんね」
エリザにふと思ったことを話すとそう言われる。
「もしそうならさっさと助けに行った方が良さそうね」
「そうしてくださるとありがたいです」
アンナの一言にお礼を言うソーロル。
集落の仲間が心配なのだろう、心ここにあらずといった様子だ。
「実は娘がいまして」
「よし急ごう」
メリーという娘同然の存在がいる身として痛いほど分かる俺は進行速度を上げさせる。
「クロウは親馬鹿であるなあ」
師匠に笑われた。
「いいお父さん……私との子供が出来たら……」
アンナさんは妄想がダダ漏れですよ……。




