int.7 公爵と将軍の晩餐
ガルニア帝国、帝都カルナリス。
帝都内でも1、2を争う大きさの屋敷で二人の男が晩餐に舌鼓をうっていた。
室内は火の魔石により造られた灯りの魔道具で明るい。
一人はブリッツ・バール将軍。
顎鬚はところどころ白が混じり、頭の髪は綺麗に剃られている。
鍛え抜かれた肉体は窮屈そうに礼服に包まれていた。
若き頃、彼は恐ろしい速さで敵陣を駆け回った。
現在、戦場で指揮する立場になっても兵に迅速な攻戦をさせる。
肩入れしている第2皇子アレクサンダーにもすでにその心得は受け継がれている。
もう一人はこの屋敷の主、ユリウス・オスター公爵。
髪型は貴族にしてはさっぱりとしている。
彼曰く、無駄に伸ばしたら邪魔とのこと。
飄々としている外見に反し、実用性を重視する政治に長けた貴族だ。
ゆえに彼は政治力の高い第1皇女ヴィクトーリアこそ、次期皇帝だと信じやまない。
第1皇女と第2皇子は同じ母親である側室のマグダレーナ・ガルニア・ラスカリナから産まれた双子の姉弟である他、アレクサンダーは皇帝の座より将軍の座を求めていることから第1皇女派と第2皇子派は協力体制をとっている。
しかし双子派の勢力を合わせても、魔石の生産を任せられる宮廷筆頭魔術師カスパルを味方に引き入れた第1皇子派の勢力数が上であった。
魔石を用いた魔道具は最早、帝国内でなくてはならない存在だ。
「バール将軍、あなたは魔道具無しの生活は考えられますか?」
食事を終え、ユリウスがブリッツに対し問いかけた内容も魔道具のことであった。
「考えられなくはないが、魔道具無しで生活している村人から追加で使用人を雇わざるを得ないな。
少ない使用人と魔石に魔力を込める魔術師のみに払われていた人件費は跳ね上がるだろう」
魔石は魔力を原動力とする、ゆえに自分の魔力を込めたり雇った魔術師に込めさせる必要があった。
帝都内では全体に普及しているが、町では一部の実力者のみ、村ではほぼ普及していないといった背景がある。
「貴族は出費が増えるだけだが、使用人を雇う訳にはいかない都民はそうもいかんだろうな」
「ええ全く。懐から出る金を抑えたいのと都民の反発に恐れて大勢の貴族がディートリヒ殿下についたぐらいですから」
「しかし何故今更そのような話をするのだ」
ブリッツがそう言うと、ユリウスは手を目の前で組み真剣な表情になった。
「ヴィクトーリア様がカサンドラ皇女が軟禁される経緯を突き止めました」
「なんだと?」
その言葉にブリッツの顔も真剣味を帯びる。
カサンドラ皇女。
何らかの不敬罪により本来死刑に処されるはずだったが、父であるギルベルト皇帝の恩情により表舞台から消え去るのみに留まった第2皇女。
もちろんそれは上級貴族内のみに行き渡っている情報で、表向きは病気ということになっている。
それでいて上級貴族にすら「帝国の威信を傷つけるような罪を犯した」としか知らされていなかった。
上級貴族にすら隠されている情報。
ゆえにブリッツは気を引き締めてユリウスの言葉を待った。
「どうやら彼女に使役神ミカエラから魔石の使用を即刻中止するよう神託があったようです」
その言葉にブリッツは大層驚いた。
ガルニア帝国が掲げるバルド教の神に名前は無く、彼は人間の父祖にしてこの世界の真の創造主。
真の神の直系の子孫であるという初代皇帝エヌマエルは神の声を聞いてバルド教の前身である人間至上主義派を率いて反乱を起こし、魔王を討ち取ることで自身の正当さを強さで証明した。
そしてイルグランド王国の東側がガルニア帝国となったのだ。
その帝国の王女が真の神から世界を奪った女神ルナティミスの配下の神に神託を受けた、帝国中を揺るがしかねない事案だ。
「それでカサンドラ皇女はなんと?」
「皇帝に必死に魔石の使用を控えるよう直訴したそうです。
それが真の神の怨敵からの神託とあり、皇帝陛下は城内に軟禁せざるを得なかった」
「なるほど……しかしやはり陛下はお優しくなられたな」
「以前の陛下なら躊躇わず死罪にしていたでしょうね。マグダレーナ様を娶ってから変わったと聞いています」
「ああ、儂は実際に見てきた。惜しい人を亡くしたものだ……」
側室のマグダレーナは病死して既にこの世にはいない。
彼女の死に皇帝は大いに悲しんだ。
「しかし、よくシャルンホルスト司祭が黙っているな」
「いくら第2皇女の死刑を進言しても皇帝陛下が動かないため、ディートリヒ殿下と仲良くしているそうですよ」
「なるほど。たとえ父君でもご自身の母君であるセミラミーデ王妃様より側室を愛した陛下に思うところがあるということだな」
セミラミーデ・ガルニア・レーダー。
ディートリヒ第1皇子の母にして、ガルニア帝国皇妃。
王妃でありながら皇帝の恩寵を受けたのは側室のマグダレーナであった。
ゆえに側室の病死は皇妃の暗躍ではないか、と帝国の一般市民には専らの噂である。
貴族たちも怪しげに思い調べたのだが、一切そういった痕跡が見られないため疑いは晴れている。
尤も、双子と彼女らの派閥の貴族は未だに懐疑の目を向けているのだが。
「私は時々思うのですよ。本当に真の神などいるのだろうか、と」
「ユリウスっ!!」
ユリウスを叱責するブリッツ。
この屋敷の使用人は皆第1皇女派の貴族の子息や縁者であるが、本人や実家が第1皇子と繋がっているかもしれないからだ。
先程のカサンドラ皇女の情報はヴィクトーリア皇女が手に入れたぐらいなのだから、ディートリヒ皇子にも行き渡っているだろう。
いずれ貴族内では周知の事実となるため、誰かに聞かれていてもそこまで痛手にはならない。
しかし、今の言葉は風の魔道具で記録されていたらユリウスは不敬罪で処刑されるだろう。
それほど危険な発言だったのだ。
「ご安心を。怪しい者には信頼できる者と一緒に、ここより離れた部屋で仕事をさせていますから」
その言葉にブリッツは杞憂であったと安堵する。
様々な思惑や暗躍が混沌のように渦巻く貴族社会。
その中で最も敵にしたくないと言われている目の前の男なら、間者を懐に入れておいて上手く扱うことも造作もなかったと。
「寿命が縮んだぞ」
「おやおや老体には刺激的でしたか?しかし真の神の声を聞いたことがあるのは陛下とシャルンホルスト大司祭のみ。
私にはどうもきな臭く思うのですよ」
「神の声を聞けるのは皇帝陛下と大司祭と決まっているが……確かに怪しいが、それでも神の声無くして帝国の誕生と発展はなかったのだろう?」
「ええ。
しかし、その神が授けた知恵である魔石の技術も他国への警戒とはいえ情報規制が厳重すぎるのではないでしょうか。
ですから私は常にこう考えているのですよ」
ユリウスは組んでいた手を口元に当てながら呟く。
「外の目よりも内の目から何か秘密を隠したいのではないか、と」




