int.5 女吸血鬼の秘密
時は少しさかのぼる。
熊人の狂戦士を倒し、幹部たちが一足先にブラドの館に戻った後。
幹部による会議が開かれていた。
「会議を始めましょう」
長卓の上座に座るプラチナブロンドの美女が号令をかける。
彼女こそ前魔王ドラキュラと同じ吸血鬼である反帝国軍首領エリザ。
種族が一致するだけでなく、約500年前にガルニア帝国の前身である人間至上主義派を襲ったために、魔王の幹部と当時の帝国は推察した。
本人は周囲に対して当時魔王についたという推察は虚構と主張し、此度の魔王復活の兆しでもクロウに対して勇者の味方であると宣言しているのだが。
彼女は水属性の中で氷の魔術を好んで使うこと、逃げ出した捕虜の証言で明らかになった拷問術から〈氷血〉の異名を持っている。
彼女の後ろにはメイドが二人静かに立っている。
一人は下半身が蜘蛛の女。
蜘蛛人であるレリーチェである。
アラクネは女性しかいないと他種族から思われがちだが少ないながらも男性も存在した。
しかし、アラクネの男性は性交後に死んでしまうのである。
アラクネの男性の目撃例は極端に少ないのである。
そしてアラクネは通常の蜘蛛とは違い、ヒューマンのように一度に産む子の数は少ない。
そんな中で元より少ない男は子を作れば死に、さらにガルニア帝国により殺されていけばどうなるのかは明白だろう。
レリーチェはエリザに助けられた、アラクネの唯一の生き残りなのである。
彼女のエリザに対する忠誠心はそんな過去から来ているのだ。
もう一人のメイドは髪から肌まで白く、目と口が紐で縫い付けられた女。
アルヴィナである。
彼女はエリザに拾われた自動人形だ。
オートマタとは過去に栄光を極めた魔法使いたちが残した失われた技術のひとつである。
ヒューマンを模したそれは感情もなく、命令を遂行する存在だ。
現代ではガルニア帝国がどうやってか生み出した魔石による土人形が存在している。
アルヴィナは土ではなく人に近い構成で造られているが、衰えることはなくまさしく過去の遺物である。
製造法、造られた目的などは一切の謎に包まれているが、エリザから「彼女がいなかったら私はここにいない」と絶大な評価を得ている。
そして左右の席に座る幹部たちは皆違う種族であった。
賊妖精の男、マックス。
ボギーたちを率いるリーダーである。
罠の扱いに優れ、スリングショットの腕も中々の彼は数々の帝国人を葬ってきた。
時には森の中に誘い込み罠で殺し、時には暗闇から狙撃し。
暗殺者とも言える所業ゆえに名前は知られていないが帝国にボギーという存在を恐れさせたのは彼の功績が大きい。
生霊のジャスティンに不死魔術師のハイド。
元は二重人格を持った人物が、不死の儀式により2つの存在に分かれた異例の高位不死者。
しかし最も異例なのは生前、二重人格以上の事情を抱えていたことである。
彼は人格毎にそれぞれの属性しか使えないとはいえ、光と闇の二重属性魔術師だったからだ。
魔術師の全体数が少ないとはいえ、二重属性魔術師は魔術師の百人に一人くらいは存在する。
しかし女神への信仰と才能が必要な光の奇跡と、マナとは違うが四大属性を混ぜ合わせたかのような闇の魔術を使えたのは今まで彼だけだ。
光の魔術ではなく光の奇跡なので厳密には二重属性魔術師ではなく、僧侶と闇魔術師のハイブリッドなのだが奇跡も魔術とそう変わらないのと本人は二重属性魔術師と名乗ってきた。
とても稀有な存在だが、女神教からも魔術学園からも異端視された過去を持つ。
首無し騎士のアルフォンス。
彼はガルニア帝国の元軍人であった。
考えなしの脳筋馬鹿と称されていたが本能とも言える直感力を備え、文字通り最高のタイミングで横槍を入れる騎士であった。
そんな彼はエリザに説得され、軍門に下った。
しかし自国の騎士が裏切った事実を重く見た帝国は真っ先にアルフォンスを狙い、首を討ちとった。
そんな彼はすぐさま不死の儀式にてこの世に留まり続けることとなった。
通常のデュラハンが討ち取られた自分の首を探してさまよう不死者なのに対して、胴体から離れたとはいえ首があるハイ・アンデッドなのにはこうした理由がある。
鉱妖精のアルジー。
アルジーとは愛称で本名はアルジャーノンである。
アルジャーノン、名前を聞いた帝国軍人は恐怖を隠し得ないだろう。
なにせよ、他のデュルガーを殲滅しても彼は調理場に出る黒い悪魔の如きしぶとさを誇り、仕留められなかったからだ。
しかもただ生き残るのではなく、落とし穴で多くの兵士を葬ってきた。
ゆえに彼には〈落とし穴〉という異名がついている。
さて一癖二癖もある幹部の彼らが集まった理由は2つのことについて話し合うためだ。
一つ目はベルンの集落が巨人に襲われている事態についてだった。
これに対し反帝国軍が助力し恩を着せるという方針に満場一致で賛成した。
「ベルンへ出す援軍の構成ですが少人数の精鋭にしようかと思います」
「巨人相手じゃボギーには分が悪いから俺らはお留守番だよな」
エリザの発言に対してマックスが答えた。
ボギーが得意とする敵は中サイズであって、巨人のような巨大な相手には苦戦必須だ。
自分たちの限界を分かっていての発言だった。
「ジャックには行ってもらうことにします」
「〈千切り〉の奴なら適任じゃな、血に飢えておるだろうし」
アルジーは愉快そうにニヤリと笑う。
〈千切り〉ジャック。
帝国兵をバラバラに刻む悪魔。
ゆえに〈千切り〉と異名がついたボギー。
そんな彼は武器の手入れは欠かさない上、敵に恐怖を植え付けながら問答無用で切り刻むためアルジーお気に入りの若者であった。
「アルフォンス、アルヴィナ、アンナ、クロウ、そして私を含めた6人で向かいます」
エリザ自らの参戦で幹部たちに動揺が走った。
「お館様がここを離れたら誰が指揮をとるのである?」
「マックスとジャスティンに頼もうと考えています。
そもそも今の反帝国軍はボギーが殆どですし、情報の整理はジャスティンが得意でしょう?」
騎士アルフォンスの指摘に対し、あらかじめ用意してたようにスラスラと答えるエリザ。
「魔王に関わってる可能性が高い巨人が出てきたってことで行きたいだろうが、あんたの身に何かあったら反帝国軍は解散だぜ?」
慇懃無礼に訊ねるハイド。
善なる人格ともいえるジャスティンはそんな悪なる人格である自分の片割れの態度に眉をひそめる。
だが会議室が冷ややかな空気で包まれて無感情の白いメイドともう一人を除いたメンバーに緊張が走る。
「いえ、巨人がこちらまで攻め込めばどのみち先はないでしょう。
帝国や動きの怪しいタウロス達に備えて戦力は残しますが、私含めた精鋭で救援に向かいます」
もう一人とは言わずもがな冷気を発した本人であるエリザだ。
口では尤もらしいことを言っているが、魔王に関して私情を挟んでいるのは明らかだ。
幹部たちは彼女と前魔王の関係について知っているため、分かっていても口に出さないのはもはや暗黙の了解だったのだが、空気を読めないリッチが空気を凍らせる原因を作った。
冷ややかな空気が収まり、心の中で安堵する幹部の面々。
同時にハイドに対して空気読めお前という言葉を呑み込む。
「さて、次の議題ですがクロウさんのことです。ジャスティン、報告を」
「分かりましたエリザ様」
レイスであるジャスティンは霊体なので物を持とうとも手が通り抜けるため、出来ることが限られている。
しかし短時間ならポルターガイストを起こしてドアの開け閉めから書類の作成程度は出来る。
ゆえに彼がクロウに対し暇だから付き合うと言ったのは虚言であり、実際は彼の行動を監査していたのが真実なのであった。
「性格に関して問題はありません。
恐ろしいほど知識を吸収しており、各訓練担当者からも同様に異常なほど強くなっていると報告を受けています。
今までの勇者はこの世界に生まれたヒューマンであり、幼い頃より訓練を受けて才覚を伸ばします。
クロウさんは異世界からやってきた戦闘経験の浅い者と聞いて心配でしたが杞憂だったようです」
「一ヶ月で吾輩の剣の腕を超えた、異常だが間違いなく最強の剣豪に育つのである」
アルフォンスは普段の陽気さを潜めていつになく真剣な表情で言う。
「恐怖もどこに置いてきたって感じで胆力あるしなあ」
マックスも幾度となく魔物に立ち向かう姿を見て、戦闘の経験が浅いなど嘘っぱちだと思ったほどにはクロウという人物は手慣れていた。
「あいつの闇魔法、なにやら吸収能力がある。
勇者だからといえばそれまでだが、あんなものは初めて見たぞ」
ハイドも不機嫌ではなく冷静に彼の分析を口にする。
「そもそも500年前の魔王が異常だったのですから今回の勇者に関しても何か異例があってもおかしくありません。
そうした不透明さは私が責任もって様子を見るとして、彼を反帝国軍の首領になってもらおうと思います。
アルヴィナも私の安全を優先していたはずなのに、クロウさんが来てから彼を優先するようになりましたし」
「本当によく分からんな、あのオートマタは」
解析できなかったのが悔しいのかハイドが固い声で呟く。
「あの時私を助けてくれたのですから勇者関連だとは思いますけどね」
エリザは遠い記憶を脳裏に再生する。
彼女がアルヴィナに助けれられる直前。
見知った仲間に起きたあの悲劇を。
(ブラド……)
「エリザ?」
声を掛けられてエリザは我に戻る。
彼女は夕方の会議の事を思い出して整理しているうちにボーっとしていた。
隣の空席を挟んでアンナがこちらを心配そうに見つめていた。
隣に座っていたクロウはボギーたちに担がれて胴上げされていた。
みんな酒に酔って顔は赤く、笑顔であった。
エリザが首領だったときでは見られなかったものだ。
狡猾な帝国相手に張り詰めた毎日。
自分がそうだったため、部下にも伝播したのだろうか。
「ねえエリザ本当に大丈夫なの?」
再度アンナに尋ねられる。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと昔のことを思い出していてね」
「男のこと?」
茶化してアンナが聞いてくる。
こちらを気遣った冗談なのだろう。
「ええ、といっても男女の仲ではなく大切な仲間だった人ですよ?」
「ふーん。経験があるなら参考にさせてもらおうと思ったのに」
顔を赤らめながら彼女がクロウの方を向いた。
まさしく恋する乙女だった。
(昔の私は恋愛など許されぬ身だったのですが、今は……)
同じくクロウの方を見ると、何やら言いようのない感情をおぼえるエリザ。
果たしてそれは軍の皆を笑顔にした彼への尊敬なのか嫉妬なのか。
彼がいればガルニア帝国を倒せるという期待なのか、それとも。
心に初めて芽生えたこの感情が何なのか、この時のエリザにも分からなかった。
だがクロウを見る彼女の横顔を見たアンナの顔は険しかったとだけ言っておこう。




