第13話 夢馬
アンナは前方を睨みながら不愉快そうに顔を歪める。
どうやらただの馬ではなく、ナイトメアという魔物だったらしい。
「やばい奴なのか?」
アンナが渋い顔をするほどの敵なのだろうか。
「やばいというよりは厄介ね。ナイトメアは〈睡眠の霧〉でこっちを眠らせて生気を吸ってくるのよ」
無防備にされて体力吸われる感じか、そら嫌な顔もするわ。
んじゃ、迂回しようぜ。と言おうと思ったところで――
「っ!気づかれた!」
前方からパカランパカランと蹄が大地を蹴る音が響いてくる。
まさしく馬が走ってる音。
「戦うしかないってか」
俺は覚悟を決めて勇者の剣を引き抜く。
現れたのは黒い馬だ。
しかし普通の馬と違って目は燃えるように赤く、たてがみは青い炎のように揺らめいている。
瞬時にこちらへ距離を詰めてくる。
三頭犬ほどではないがオウルベアよりは遥かに速い。
俺は突進攻撃をスレスレで躱し、ひやひやとする。
感傷に浸る間もなく、ナイトメアはまるでここは俺のステージだと言わんばかりに一帯を走り回る。
とんでもないスタミナお化けだ。
アンナが距離をとり、クロスボウで狙撃――
しようとした途端、辺りに霧が立ち込める。
「っもしかして!アンナ!」
嫌な予感が的中する。
アンナは意識を失ってぐったりしていた。
これが〈睡眠の霧〉とやらなのだろう。
俺は服の袖を破り、避難訓練でやったように布切れを口に当てて直接吸わないようにする。
「メリー!あいつの相手頼めるか!?」
「分かったよパパ!」
俺はアンナの下へ急ぎ、お姫様だっこしてナイトメアから距離をとる。
起きないのは眠りの霧の効果もあるだろうが、疲労が溜まっていたのか安らかな寝顔をしている。
「そうだよな、俺が寝てた時はメリーと交代で見張ってくれてたんだろうな」
それが自分が情けなくぶっ倒れていたのにも一因あるだろうことを自覚する。
――ヒヒィイイイイン――
馬の嘶きが後方より響き渡る。
「やったか!?」
思わず口から出た言葉は定番の伏線というやつで。
ナイトメアが周囲の木にぶつかりながらもこっちへ走ってくる。
頭部は黒い闇に包まれていた。
どうやらメリーが視界を奪って無力化しようとしたが、ナイトメアが混乱して暴走しだしたようだ。
「パパ、ごめん!そっち行く!」
「分かった!」
よしまた逃走劇の再開だと思った瞬間――
「ふみゅ?」
やたら可愛い声が抱えた腕からしたと思い、顔を向けると――
ようやく起きたお姫様が顔を真っ赤にしていた。
「ど、どこ触ってんのよ!!」
繰り出されるは握った拳。
俺の顔面に直撃。
「いってえ!!何しやがる、こんな時に!」
「早く降ろしなさい!この変態!」
「変態とはなんだ!無防備に寝てるから抱えてやって逃げてるっていうのに!」
「逃げ切った後に何かするつもりだったんでしょ!」
俺はそんな薄い本みたいなことはしない(怒)。
と下らない口喧嘩をしている場合ではなかった。
目前まで迫るは黒い彗星――赤だったら3倍速かったのだろうかなんて一瞬思ってしまう。
そんなことはともかく、このまま衝突したら無傷では済まない。
「〈闇の盾〉!」
黒い彗星を受け止めるはまるで黒い穴の如き闇の円。
メリーも少女の姿に戻って魔法を行使する。
「〈影の束縛〉!」
影から黒い触手のようなものが生え、ナイトメアに巻き付き拘束する。
ナイトメアは二つの魔法により勢いを削がれた。
今だ、と思いアンナを丁寧に降ろしてから勇者の剣を抜いたが――
「ブルルゥ」
ナイトメアさん、さっきまでの威勢はどこいったんスか?って言いたくなるほど敵は大人しくなってて。
「・・・もしかして」
「調伏したわね、ナイトメアを手なずけるなんてホント何者・・・あ、勇者だったわね」
「お前、人の顔を見て言うな。目つきが悪いのとか気にしてんだこっちは」
メリーがするすると影の拘束を解いていく。
するとナイトメアは俺に向かって頭を垂れた。
「恭順の証ね。何にせよ足は手に入ったんだし、移動もグッと短縮されるわ」
上手く俺が乗れればデスケドネー。
ん?
あっ。
「なあ、馬具って無いよな?馬具無しで乗るのって難しくないか?」
「無いわよ。でも乗るしかないわね」
「ですよねー」
頭を垂れた馬に対して俺は頭を抱える。
偶然とはいえ調伏できたのに馬具がないとは。
しがみつくしかなさそうだ。
と、思っているとメリーが短剣を自分の体の中にズルズルと戻しているのが見えた。
閃いたぞ!
「メリー、馬具は造れないのか!?」
駄目元で聞いてみる俺。
するとアンナが、
「というかメリーに最初から馬に変身してもらえば良かったんじゃないの?」
「……その発想はなかった」
時間と労力を無駄に使ってしまったかと思ったが、
「お馬さんにはなれないみたいだし、馬具も見たことないからわかんない」
と答えが返ってきた。
「なんで猫にはなれるの?」
俺の代わりにアンナが疑問に思っていたことを聞いてくれた。
少女の姿もだけど、自由に変えれないなら謎だ。
「この姿も猫ちゃんも、私の前世なのかもしれないね」
ぶっ飛んだ答えが返って来たなオイ。
と思う俺とは正反対にアンナは納得したような顔をしてる。
「死んだら魂はマナに還るのよ。そしてマナから新たな命に宿る魂が生まれる」
常識よ、と言わんばかりにポカーンとしてた俺に説明するアンナ。
「つまりメリーは精霊として生まれ変わる前は少女や子猫だったということか」
「私も専門家じゃないから何とも言えないけど。ジャスティンあたりなら教えてくれるかもね」
どうやらアンナの仲間に詳しい人がいるらしい。
興味があるので聞いてみたい。
結局アンナが用意してた馬鳥用の道具を改造して、なんとかナイトメアに付けて乗ることになった。
手綱はともかく、鞍が小さくてケツが痛くなりそうだ。
頑張れ俺のケツ。
俺はナイトメア、アンナは馬鳥に乗って進む。
メリーは俺の影の中に戻った。
さすが馬の魔物、走るのが早い。
馬鳥が追い付けないのでスピードを緩めるほどだ。
野宿して翌日、ナイトメアを走らせていると殺人蜂なる魔物が現れた。
デッカいスズメバチみたいで、それでいてアシナガバチのように脚が長い。
蜂に近づくな精神が刷り込まれている俺は無視して先へ進もうと思ったのだが、
「キラービーは色々な種類の毒を持っているの!狩るわよ!」
などと、目をキラキラさせたアンナの一言で戦闘に。
特に強かった訳ではないが倒した後が厄介で、お仲間が仇を討ちにブンブン羽ばたきながら飛んできた。
「キラービーの体液には集合フェロモンが混ざってて、嗅ぎつけた仲間が援軍にくるのよ」
「早く言えよ!」
全速力で逃げる。
ナイトメアも馬鳥も流石に刺されたくないのか必死に走る。
キラービーからなんとか逃げ切った。
かなりの距離を走ったからか馬鳥はヘトヘトだし、猛スピードに揺さぶられた俺は胃からオロロロしそうだ。
ナイトメアとアンナは平然としていて、俺たちとは対照的である。
「逃げてたら着いたわね」
アンナの声で顔を上げると目に映るは塀に囲まれた大きな洋館――
なのだがあちこちボロボロ。
外壁のレンガはところどころ崩れ、蔦はそれを好機と言わんばかりに侵食して血管のようにビッシリ張り付いている。
廃墟とまでは言わないがお化け屋敷という言葉がピッタリな物件。
「ようこそ反帝国軍本居地、ブラドの館へ」
周囲が静寂に包まれてるせいか、歓迎を告げるアンナの声がやたらハッキリと耳に届いた。




