第12話 お馬さんはどこだ
「いってえ……」
アンナに蹴られた顔を摩りながら森を三人で歩いて進む。
当のアンナはお怒りのようで話してる時も顔を合わせない。
何回か謝ったのだがことごとく無視された。
それどころか――
「私の後ろに座ってよからぬことしようと企んでいるでしょ!馬には一人で乗りなさい!」
なんて言われてしまった。
必死の平謝りは通じず、そして乗ってればそのうち慣れるだろうというスパルタ方針に。
という訳で反帝国軍の本拠地に向かいながら絶賛お馬さん探しの途中である。
馬探しの途中で現れたのは緑色の肌に長い鉤鼻、尖った耳に醜悪な顔、頭のてっぺんに小さい角が二本生えた人型生物。
数は五体。
子鬼。
粗末な毛皮に棍棒を持つそれは知性が高いように見えない。
なるほど、亜人と呼ばれる種族は皆このような感じなのだろう。
最も豚鬼や戦鬼のように冶金技術を持つ種もいるらしいので、どちらかというと人の敵という分類なのだろう。
故に帝国はヒューマン以外の異種族を亜人とみなしてるのだろう。
ゴブリンなんかと一緒にされるボギーたちはたまったものじゃないだろうが。
雄叫びを上げながら飛びかかってくるゴブリンを勇者の剣で迎撃する。
まるでバターにナイフを入れたかのように剣が肉を斬り裂く。
棍棒を持った腕が胴体から離れ飛んでいく。
雄叫びは悲鳴へと急転。
無防備になったゴブリンの左胸に剣を突き刺す。
頭蓋骨を破壊しなければいけないスケルトンに比べれば、ゴブリンは遥かに与しやすかった。
斬ればその痛みで怯むし、首や心臓に致命傷を与えれば倒せるからだ。
ただアンデッドと違って生き物を殺す感触が俺に伝わってくる。
切断個所はゲームと違いリアルで細かく、むせるような血の匂いが漂う。
しかし不快ではあるが、トラウマになりそうなレベルでもなかった。
俺って実はヤバい系の人間の才能があった?なんて不安になったが、不安になる時点でないだろう。
いや、それ以上に不安なのが、
「えーい!」
なんて言いながら黒い短剣を振り回すメリーだ。
俺は顔を引きつらせながら、
「メリー、なんでそんなもの持ってるの?」
「メリーも戦うために武器が必要だから影から造りだしたよ。アンナに使い方教わったの!」
俺はクロスボウを撃っていたアンナの方を見やると、彼女は顔を逸らした。
「うちの子になんてこと教えてんだ……」
「ボギーの間じゃ子供でも刃物の使い方を叩き込むのは常識よ。それよりも娘でもない精霊のメリーになんでパパって呼ばせてる訳?やっぱり変態?」
「いやそれはメリーが勝手に……」
問い詰めようとして逆に痛いところを突かれてしまった。
アンナにジト目を向けられる。
二人で変態だ変態じゃない、なんて言い合いながら倒したゴブリンの死体を片付けていく。
その後もゴブリンとは何度か遭遇したが馬はいなかった。
「中々いないわね……。この際、水棲馬でも捕まえましょ」
「ケルピーってあれか、下半身が魚の」
俺がよく知るケルピーの姿を思い浮かべる。
「それは海馬よ。大体、前脚しかないのにどうやって陸を走らせるの」
それもそうか。
アンナによるとケルピーは各脚の踵にヒレが生え、尾が魚の淡水に棲む灰色の馬の魔物。
獲物を水中に引きずり込むので水辺に近づくのに注意が必要なことを教わる。
また水陸両方で活動することができ、魔物である分、馬より力も体力もあり調伏対象として人気があるとか。
ちなみに技量さえあれば魔物も調伏できるのだとか。
俺の馬になるのでやり方を一応習ったが、身動きを封じて圧倒的な力を見せてやればいいという単純な物だった。
川のせせらぎを頼りに川辺にやってきた。
だがいたのはケルピーではなく、
「おお、熊……だ?」
初めて熊を見たが俺の知ってる熊と違う。
頭がフクロウに似ていたからだ。
猛禽類特有の目と嘴。
そして前脚の爪は鋭く、こちらをいともたやすく引き裂きそうだ。
「梟熊ね」
アンナの言葉で思い出す、確かそんなモンスターもいたな。
「あの大きさだとオスね、前脚の爪に毒があるから気を付けて!」
やはりこの世界は元いた世界とは違う。
聞いたことのない話だ。
どっぷりとハマったRPGでの知識が時として牙を剥きそうだ。
オウルベアは吠えて突進を繰り出す。
俺、アンナ、メリーはたやすくそれを躱す。
アンナの放つ矢が右目を穿ち、オウルベアは痛みにもだえ苦しむ。
俺が勇者の剣で袈裟斬りさらに怯ませる。
そこをメリーがすかさず背後をとり、うなじに影で出来た短剣を差し込む。
メリーの一撃がトドメとなった。
ドシンという音を立てて巨体が倒れる。
俺が汗を拭っていると何やらアンナが前脚の爪に短剣を突き立てていた。
しかもなぜか笑顔で。
「何やってるんだ?」
「毒を採取しているのよ。矢尻に塗っておけば強力な武器になるわ」
ニヤニヤしながら毒液を瓶に溜めていくアンナ。
ケルベロスにやられた時はこちらを見捨てず、いい子だなあと思ったのだが……。
ボギーという種族は盗賊稼業といい刃物に慣れてるといい、やはりちょっと危ないというか。
「オウルベアの毒は死ぬほどじゃないけど相手の動きを封じるいい麻痺毒よ。どの魔物の毒とも異なる独特なものでね……」
……ちょっとどころではないか。
オウルベアの毒に関して語り始めたぞ、彼女。
毒オタクとか聞いたこともないぞ……。
しばらく川辺を探索したがオウルベアがいただけでケルピーは見つからなかった。
仕方なく今は本拠地への最短距離になる道に戻る。
メリーがたまに猫の姿になって先を偵察してくれた。
「言ってくるよー」と声をかけてきたと思ったらもういなくて、そのうちフラっと戻ってくる。
「まるでチェシャ猫みたいだなあ」
そんな彼女を見て俺は有名な不思議の国のアリスの登場人物を思い浮かべた。
「チェシャ猫?」
「ある物語に出てくる猫で、ニヤニヤ笑った口を最後に残して消えるんだ」
「おもしろーい!そのお話聞かせて!」
メリーにせがまれたので俺は拙いながらもアリスの冒険を話してやる。
その様子を横目で見るアンナも毛むくじゃら事件の頃に比べ、大分雰囲気が和らいでいた。
メリーに話してやってるうちに、
「ここから少しいったところに馬いるわね」
と千里眼でも使ってるのかってほどの視力でアンナが声を上げる。
念願の馬がいる方向へ三人で進む。
すると先導していたアンナが急に立ち止まる。
「どうした?」
アンナは厳しい表情で前方を睨んでいる。
「ただの馬じゃないわ――夢馬よ」
忌々しいモノに出会った、とアンナの表情と声色は物語っていた。




