第11話 森の中で目覚めて
黒一色の世界。
ああ狭間の世界の黒い沼の中だな、と俺はすぐに気づいた。
黒いドロドロの液体が身体に染み込んできて負の感情が沸き上がる。
何も得ずに死んだ。
自分の人生に何の意味があったのだろうか。
上司の言いなりになるままこき使わされて。
一度限りの命を無駄に消費してしまったのではないだろうか。
こんな無気力な自分ではなく、代わりに生を渇望したであろう死者に命が与えられた方が良かったのではないか。
まるで黒い泥はお前は無駄に生きてきた罪人だと、感情を苛む牢獄のようで。
ふと暖かな光を感じた。
それはまるで罪を赦す聖人のように俺を包み込む。
瞼の裏からでも分かる、自分には眩しすぎる輝き。
俺は希望を感じ、目を開いて――
「夢か」
どうやら気を失っていたようだ。
夢の内容が内容なので、また死んだのかと一瞬思ってしまった。
俺は自分の記憶の整理をする。
俺は黒森朝太、異世界の勇者に選ばれた。
闇の精霊のメリーと、成り行きで同行することになった賊妖精のアンナと共に監獄冥府タルタロスの出口を目指した。
ところが出口前では地獄の番犬ケルベロスが待ち構えていた。
それをなんとか倒したところまで覚えている。
「で、ここはどこだ?」
仰向けの状態から目に入るのは知らない天井どころか、青く澄んだ空。
ゆっくりと上体を起こして周囲の確認をする。
俺が寝てた場所は開けているが周りは木、木、木。
木がという文字が3つ集まって森。
俺はアンデッドまみれのダンジョンにいたはずなんだが。
「パパが起きた!よかった!」
なんて思案していたら影からモノクロの少女が現れる。
肌は真っ白、髪は真っ黒、虹彩は灰色、服装はゴスロリ。
「おはようメリー」
「おはよーパパ!」
メリーが抱き着いてくる。
よく考えたら恋愛とか色々な過程吹っ飛ばして娘ができたってことになるよな・・・。
なんて複雑な気持ちは横に置いといて。
「メリー、ケルベロスを倒してからどうなったんだ?」
「パパが無茶して倒れちゃったからアンナとここまで運んだの」
なるほど、確かに死臭漂うあの場所に比べればなんとなく回復が早そうだ。
「勇者はね、寝ていれば魔力で怪我が回復するの」
ゲームの宿屋で寝ると瀕死状態すら回復するような感じか。
やっぱ勇者ってチートだな。
「そういえばケルベロスを倒したとき、周りのマナに似た物が俺に入って来たんだが」
それもかなりの量で。
するとメリーはニコニコしながら、
「倒した魔獣のマナ、力の一部を取り込んだんだよ。パパってすごいね!」
んん?
「勇者ってそういう能力があるのか?」
「パパ固有の勇者の能力だね。歴代の勇者様ってみんなそれぞれ特徴的な力があったんだって!」
つまりまとめると。
勇者としての俺の固有能力は『倒した魔獣の力を自分の物にする』とういうことになる。
あれ?それって強くね?
「パパ、自分の身体の中を巡る魔力に集中してみて。ケルベロスから奪ったマナが魔力になっているはずだから」
そういえばマナと魔力の違いってなんなんですかね?
と新たな疑問が生まれたが、メリーの言う通りに集中してみる。
今までなかった感触の魔力を感じる。
イメージとしては黒々と燃える炎だろうか。
「〈闇の盾〉の魔法みたく開放してみて」
なんか嫌な予感がするがやってみる。
すると――
「うぉわっ?!」
放たれるはケルベロスの右首が吐いた地獄の炎だった。
「パパすごいっ!」
キャッキャッと喜ぶメリーだがそれどころではない。
「やっべええええええええ」
木が燃え始めた。
「なんか騒がしいと思って戻ってきてみたら」
これでもないというほど不機嫌で怒ってるアンナの声。
俺の叫びを聞いて魔物でも出たかと飛ぶようにやってきてみたら火の不始末。
冷静に木を伐るよう指示し、砂をかけて消火活動を始めた彼女がいなければ大火事になっていただろう。
「面目ない……」
俺は正座をしながら謝る。
アンナに「何その座り方」と聞かれて「俺の故郷で悪い事をしたのを反省するときの座り方」と答えたら幾分怒りが和らいだが。
「私が見てなかったら何するか分かったもんじゃないわね」
睨まれる。
うん、美少女が睨むと迫力があるな。
「しかしケルベロスの炎が使えるようになったなんてね……」
アンナは急に思案顔になる。
「パパー、能力に名前つけないの?」
と、メリーの空気を読まない発言。
なんかうちの子、俺に名前付けさせるのにハマってない?
「じゃあ〈獄炎の吐息〉で」
「かっこいいー!」
お気に召したようだ。
ちょっと中二な病を感じる。
そういえば数少ない友達の中で重症な奴がいたなあ。
中学の友達だったのか名前を思い出せないけど。
「能力の名前が決まったところで今後の予定を話すわよ」
といつの間にやら思考の海から戻ってきたアンナの一声。
「と言っても本拠地に一直線に戻るだけなんだけどね」
「遠いのか?」
「徒歩ならかなりかかるけど、馬鳥に乗ってならすぐよ」
ん?聞き間違いか?
「ダチョウ?」
「ば!ちょ!う!」
聞き間違いじゃなかった。
「ばちょうって何だ?」
「あたしらボギーが移動手段にしている鳥よ。見せた方が早いわね」
と、アンナはヒモのついた棒を吹く。
ホイッスルのようなものか。
すると何かが走りながらこちらへ向かってきた。
身構えていると「大丈夫よ」とアンナに言われる。
現れたのはダチョウみたいな走るのが得意そうな鳥だ。
だが茶色の羽毛に包まれている。
絶滅動物にいたモアの小型版といった方が近いか。
「これが馬鳥よ。ボギーは能天気共と一緒にいた頃の名残で、ある程度動物と心が通わせられるのよ」
アンナに首を撫でられ、バチョウは気持ちよさそうな目をしている。
「タルタロスに来た時も皆で乗って来たの。ダンジョンに入ってる間は野放しにしてたけど、獣にでもやられてなければこうして笛を吹けばすぐ来てくれるわ」
「なあアンナ、問題がある」
「ああ、大丈夫よ。他のメンバーの遺体から笛持って来たからあなたの分も呼べるわ」
笑顔で答えるアンナ。
いつの間に。
さすが盗賊――じゃなくて。
「俺、動物に乗ったことないし、ボギーならともかくこの鳥は俺には小さすぎないか」
アンナが笑顔のまま固まる。
「馬鳥があんたにとって小さいのは気づかなかった私が悪いけど、馬にも乗れないとしたら歩くしかないじゃない」
ため息をつかれる。
「馬を調達する手段は?」
「その辺にいる野生のを捕まえて調伏するしかないわね」
おお、猛獣使いっぽいな!
「アンナが手綱を握って、後ろに俺が乗るのは?」
ちょっと情けないが仕方ない。
歩くよりはいいだろう。
「そうするのが良さそうね」
アンナが頷く。
よく見ると彼女、顔に疲れが出ているな。
「アンナ、疲れてるようだから少し休んだらどうだ?」
肉体労働してたから身に染みてるが、動く前に疲労が溜まっていると事故に繋がりやすい。
俺の場合は不運としか言いようがなかったが。
「じゃあ水浴びさせてもらうわ」
どうやら少し行くと泉があるので、そこで体を綺麗にしてくるようだ。
「メリー、アンナを護衛してあげて」
「パパは一人で大丈夫?」
「〈獄炎の吐息〉もあるし大丈夫」
魔物が近寄ってきたら汚物は消毒ごっこしよう。
今度は木を燃やさないように。
アンナが戻ってくるまで、彼女が用意してくれてたホーンラビットという魔物の肉を食べることにした。
魔物の肉と聞いてギョッとしたが、野生動物同様に美味い・不味い・毒といったふうに色々あるらしい。
そんな中でもホーンラビットは美味しく食べられるそうだ。
骨付きの肉にかぶりつく。
独特の風味だが淡泊で美味い。
兎肉を食べたことはないがきっとこんな味なのだろう。
食べ終わって休憩し、腹ごなしに剣の素振りをしていたらアンナとメリーが戻ってきた。
焚火の後始末をして出発の準備をする。
「そういえばあんたボギーの名前を聞いたとき変な顔したからてっきりパックルと見分けがつかないのかと思ってたけど、別世界のヒューマンならどうしてあんな顔した訳?」
片付けている間に聞いたが俺がこの世界に来てから数日しか経ってないことをメリーがアンナに話したらしい。
「俺の世界だとボギーって毛むくじゃらの姿で伝わってたからさ」
と答えるとアンナはなぜだか顔を赤くして、
「ああ、それは足の裏が毛深いからよ」
確かにゲームに出てきたハーフリングも足の裏が毛深かったな。
「パックルもボギーも元は裸足で生活してた名残よ。今は石ころ取り除いてある自分の村だけでしか靴脱がないけどね」
ああ、そんな話もあったな。
そして拾った石はスリングショットの弾になるそうだ。
一石二鳥だな。
両種族とも目が良く、飛び道具の扱いに優れるらしい。
アンナのクロスボウの腕も種族ゆえのものか。
と話している俺とアンナの間にメリーが割り込んでくる。
やきもち焼いてるのかな、とちょっと嬉しくなっていたら、
「アンナが水浴びしてるの見てたけど、お股もモジャモジャだったよ!」
なんて爆弾発言が投下された。
アンナが顔を赤くした理由はそういうことだったのか。
これは推測だがヒューマンの子供にしか見えないが、大人のボギーは(パックルもだろう)当然大事なところの毛が生えそろっている。
ゆえに毛むくじゃらと呼ばれているのではないか。
足の裏の毛もだが。
アンナは茹でたタコのように顔を真っ赤にしている。
俺は思わず彼女の股をチラ見してしまったのだが――
――それがいけなかった。
視線に気づいたアンナは怒りの形相で、
「こんの、変態勇者ーーーーー!」
なんて不名誉な称号を付けると共に俺の顔面に飛び蹴りをかました。
元はと言えばメリーの失言だったのに……。