int.2 双子の王族
コンコン、とドアをノックされる音が部屋に響く。
重役議会が終わって自分の執務室に戻り、机に向かって報告書を読んでいたヴィクトーリア皇女は顔を上げる。
眉をわずかに寄せて吐かれるため息。
端正な顔立ちの彼女がすると憂いを帯びた深窓の令嬢といったふうで中々の絵になっていた。
今日、この時間で会う約束をした者はいないはずだ。
本来、皇族貴族というものはお互い会うにも事前に約束をしなければいけない。
そういうものであるにも関わらず、いきなり押しかけてくる馬鹿など一人しかヴィクトーリアには思い浮かばなかった。
「よう!ライラ、邪魔するぜ!」
双子の弟、アレクサンダー皇子である。
漆黒の鎧は脱いで、だが色は黒を基調とした威圧感ある豪華な服を身に纏っている。
「カミル、会いに来るときは急でもいいから事前に使いを遣り知らせなさいって言ってるでしょうに」
「めんどくせえじゃん、双子の姉弟が会うだけなのに」
「皇族である自覚を持ちなさい、それに親しき中にも礼儀ありと言って...」
ライラ、カミルは彼女らの幼名である。
親しき仲でしかその名を呼ぶことは許されていない。
アレクサンダー王子はいつも通り適当に姉の説教に生返事してやり過ごす。
「で、また異種族奴隷の報告書まとめてたのか」
「ええ、侍女にお茶を持ってこさせますわ」
「いや、いい。内密に話したい」
ガルニア帝国はヒューマンのみを人と認め、他種族を亜人と蔑む国家である。
ところが王族であるにも関わらず、彼らは二人きりのときだけは異種族と呼ぶ。
更には帝国において亜人は即処刑するもので奴隷にすることは認められていない。
最も魔石で作った魔道具が火を起こしたり、水を浄化するため帝都の運営に奴隷は必要ない。
しかし帝国は開墾、森林整備、災害復興などで内密に異種族を奴隷として使役しているのである。
双子は異種族の有用性を大きく評価しているのである。
地妖精や牛人であれば力が、
森妖精であれば魔力が、
野妖精や馬人であれば脚の速さが、
それぞれヒューマンよりも遥かに優れている。
故に迫害対象となってしまったのだろうが。
アレクサンダーは軍人として自ら前線に赴く。
故に異種族の強さは身を持って知っているし、武人としての気質を持った者も多くいるので敬意すらはらう。
そうした異種族が降伏の意を示すと彼は殺さず、兵には秘密裏に奴隷として連れて帰るのだ。
最もこうした異種族奴隷が皇帝に認められたのは、最も寵愛を受けた今は亡き彼らの母親のおかげでもあるのだが。
「カスパルの野郎の素性、分かったか?」
いかにも怪しい筆頭魔術師。
だが彼がいなければ帝都の運営は上手くいかない、なくてはならない存在なのだ。
だからといって貴族も全くノーマークにするつもりはない。
密偵を放ち散々調べあげても何も出ないのである。
情報収集にも長けるライラも例外ではなく、
「ダメですわ。彼の部下に金を渡しても、女を近づけても魔石の運営に没頭する魔術師としか」
何度も行われたやり取りが繰り返される。
アレクサンダーも思わずため息をついてしまう。
「魔術兵団を動かせねえ理由は最もそれらしいんだが、何か引っかかる」
アレクサンダーは眉を寄せながら言葉を途中で切る。
「いつもの直感かしら?」
とヴィクトーリアが言葉を繋げる。
「ああ」
皇族ともあろう者が直感を根拠にするなど何事だ、と普通は叱るところなのだろう。
だがカミルの直感は当たる、まさしく獣のごとく鋭い。
故にライラも絶対に等しい信頼を持っている。
「更に人手を増やしてみますわ、最も尻尾を掴ませない彼の企みごとなんて神のみぞが知るのかもしれないけど」
彼女は窓に寄り、空を見上げながらそう言ったのだった。
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