int.1 ガルニア帝国
幕間では視点が第三者になります。
荘厳な部屋に如何にも値が張りそうな衣服の男達が横一列に並んでいた。
かつて中央大陸ミッドガルド唯一のヒューマンの国であったイルグランド王国は、500年前に一人の男が「ヒューマンは神の子孫である。」と主張したことで東西に分かれた。
西の地、他種族との共存を望んだヒューマンが暮らすイルグランド連合王国。東の地、他種族を亜人と蔑むヒューマンが独立したガルニア帝国。
ここは東のガルニア帝国の中心地、帝都カルナリスにあるゴトライヒ城。
その中の玉座の間である。
帝国では重要な案件を国の重役を集めて知らせ、意見を聞いた皇帝が対処の決定を下す。
重役とは
帝王の息子と娘たち4人、いや3人。
貴族の最上位、4つの公爵家の当主たち。
帝国軍をまとめ上げる将軍。
そして三賢者。
帝国の経済と法律を担う、宰相メルヒオール・ビスマルク。
豪華な衣服に包まれた肉体は太っており、いかにも動き回るより机に向かっていそうな中年男である。
国教であるバルド教の大司祭バルタザル・シャルンホルスト。
いかにも神聖そうな白い五角形の帽子や祭服をまとい、髪や髭も白く厳格そうな丸眼鏡をかけた老人だ。
帝国の高度な生活水準の支えである錬金術に長けた筆頭魔術師カスパル。
目と口の部分に三日月形の穴が空いている白い笑顔の仮面をつけ、藍色のローブを身に纏った謎の人物。
前の3人と大分趣が異なり、というよりも集まった面々の中でも奇異な恰好をしている。
家名が無く、代々の筆頭魔術師がカスパルの名を継ぐのも特徴的である。
「よくぞ集まってくれた」
よく響き渡る声を出した主は玉座に座る第5代皇帝ギルベルト・カイザー・ガルニア・デーニッツ。
若いころは整っていたであろう顔は、眉間を筆頭とした皺により気難しい人物という印象を与える。
「この度、皆に知らせるべきは忌々しい鬼共のことじゃ。ブリッツ・バール将軍、説明を」
「はっ!」
将軍と呼ばれた黄金色の鎧――オリハルコンの鎧を着た老人が皇帝の声に応える。
ところどころ白が混じる顎鬚禿頭の老人といえど、軍人として肉体は老いを感じさせないほど引き締まっている。
イルグランド連合国と度々戦争を起こし、力強さを重視するこの国でお飾りの軍人など存在しない。
「一週間前に子鬼、豚鬼、戦鬼、岩鬼といった鬼たちが群れで呪縛大陸アルマゲドン方向に移動する様子が観測されました」
その一言で玉座の間に緊張が走る。
それが意味することは、
「魔王様のご誕生っつう訳だな」
と、上座に並ぶ黒い甲冑を着こんだ男が口を挟む。
男は金髪をオールバックにまとめており、整った顔立ちを――甘いマスクではなく漢らしい――している。
「アレクサンダー殿下!」
ブリッツ将軍がそれを諫める。
皇帝の前で報告を遮るなど言語道断。
「ブリッツ、良い。いつも息子が世話をかけるな」
と皇帝ギルベルトはそれを遮る。
そう、黒い鎧――最も硬いと謳われる金属、アダマンタイトで作られた鎧を身に着けたこの男こそ、第二皇子ことアレクサンダー・カミル・ガルニア・ラスカリナである。
皇位継承者第2位ではあるが、戦場で指揮を遺憾なく発揮させ、自らも剣を振るう戦術にも優れた名将でもある。
戦争にアレクサンダーなくしては苦戦は必須とまで言わしめるほどの腕前だ。
ゆえにブリッツ将軍が面倒を見ることがほとんどで、もはや二人は皇族と将軍職という壁を越えて互いを信頼し合う仲なのである。
この世界には千年に一度、世界を滅ぼさんとする魔王が生まれる。
鬼と呼ばれる種族の亜人は魔王の招集に必ず応じるのだ。
「しかし今はまだ前回より500年しか経ってはいないはず。鬼どもの行動をどう捉え、どう対処すべきか」
それが今回の議題だ、とブリッツ将軍は述べた。
500年前のイルグランド国を二つに分かつ大戦争。その時に魔王ドラキュラが現れ、特にガルニア帝国の礎となったヒューマン至上主義派の陣営が手酷くやられたのだ。
「どのみち鬼共の行動がおかしいのに変わりはありませんわ。情報収集に徹することは確定、今のうち駆除するかどうかを決めるべきだと私は思いますわ」
アレクサンダーの隣の美女が意見を述べる。
アップされ、ウェーブのかかった髪は黄金の輝きを放ち、顔は十人中十人が美しいと答えるであろう美貌。
身に纏うドレスは濃いピンクで薔薇を思わせる。
彼女こそ第一皇女、ヴィクトーリア・ライラ・ガルニア・ラスカリナ。
アレクサンダーとは双子で彼女の方が姉である。
弟が軍事に秀でているなら彼女は政治に秀でている。帝国の双璧とも称される双子だ。
「安易に軍を動かすべきではないと私は思いますよ」
そう答えるはオスター公爵家当主のユリウス。
髪は短くさっぱりとしており、飄々とした捉えどころのない男。
第一王女を皇帝の継承者として推す大貴族だ。
「鬼程度に遅れるほど我が帝国は貧弱ではないぞ。オスター公爵よ」
と別の公爵家から反論があがる。
彼は第一皇子派である。
「イルグランドとも睨み合い、更には亜人共とも泥沼の戦いが続いているというのに戦力をこれ以上別に投入すると?」
オスター公爵はこれだから帝国が最強と信じて疑わない馬鹿が、と思いながら反論に対し問いを投げかける。
無論そんなことを言えば彼の立場は危うくなるため思っても口にはしないが、それでも彼はあらゆる可能性を考慮しているのだ。
「アレクサンダー、ブリッツ」
お前たちはどう思う?と皇帝は問う。
「オスター公爵の述べる通り、危ういかと」
「右に同じだ。いかに最強を誇る帝国軍でも出来ねえことは出来ねえぞ親父」
「し、しかし魔術兵団なら……」
発言を無かったことにはできない、第一皇子派の公爵は自分の立場が悪くならないよう足掻くように口添えする。
この国は錬金術によりめざましい発展を遂げてきた。
特にマナを結晶化した魔石と呼ばれるアイテム。
魔石により作った魔道具で市民の生活は向上し、作業用や戦闘用ゴーレムを初めとした自動人形の核となる。
また粉末にして飲むことで数少ない魔術師の才能を容易に開花させることができる。
帝国の皇族、貴族は全員が魔石の粉末を幼いころに摂取済みだ。
帝国軍には魔術師で編成された魔術兵団が存在する。
彼らは離れた距離から帝国の敵を屠る、無敵の集団と栄誉を受けていた。
「どうなのだ、カスパル」
怪しい筆頭魔術師に声を掛けたのは第一皇子、ディートリヒ・ネロ・ガルニア・レーダー。
金髪で長さは襟や耳にかかる程度、アレクサンダーと違い甘いマスクのハンサムだ。
彼は政治と軍事、両方に優れ、第一子として皇帝に最も近い王子と言われている。
しかし政治だけ、軍事だけを見るとそれぞれ弟や妹には一歩及ばないのである。
そこで彼が取り入ったのは帝国の基礎を支えるとも言える筆頭魔術師のカスパル。
ゆえに魔術兵団は軍属とはいえ、ディートリヒやカスパルの命令は実質絶対を誇っているのである。
「魔術兵団自身の疲労も問題ですが、何より魔石が足らないかと。帝都の各機能の分を回せば市民の反感を買うでしょうし」
冷淡に魔術師カスパルは答える。
第一皇子派公爵はわずかに顔を青くした。
「では情報収集に努め、戦闘は向こうが仕掛けない限り回避する」
決まりだと皇帝は告げる。
宰相が手元の鐘を小さな木槌でカンカンと叩いて重役会議は終了の時を告げた。