犠牲
旧函館病院、市街から少し離れた所にその病院がある
周りには、民家が二、三件、喧嘩をするならもってこいの場所だ
そんな静かな廃病院近くを、二つのバイク音が近づいてきた
「慎也、ここか?」
隆は慎也に聞いた
「はい!間違いないです」
二人は駐車場に入っていった
すると、そこには40台近くのバイクと、その周りをたむろう黒ずくめの50人ぐらいの集団
隆たちを見て笑い転げるやつ、シンナーを吸いながらラリッてるやつ、バイクで走り回ってるやつ、いろんな奴が好き勝手やっている
隆たちはバイクを降り、早足でその集団に向かっていった
「千春ぅ〜!!」
隆は馬鹿でかい声で叫んだ
一斉に隆に注目が集まった
「よく来たね〜そんなに大事かい?あの女?」
千春が集団の真ん中から出てきた
千春は黒い特攻服で、腕の所には刺繍で毘沙門天上等と書かれている
「美貴は?何もしてないだろうな?」
隆が言いながら千春にすごい勢いで近づいた
「おっと!それ以上近づくな!女がどうなっても知らないよ」
「くっ!」
隆は千春の5歩手前で止まった
「美貴って言うのか?あの女、いい女だな〜、お前にはもったいないよ〜」
千春は舌を出し上唇を舐めながら、やらしい眼で隆を見た
「無事だろうな?」
「ああ、もちろん、大切な人質だからね」
千春は横を向き合図を送った
すると、集団の奥から一人の女が後ろで手を縛られ押されるように出てきた
「おい座れ!」
やたらとゴツイ奴が言った
こいつはさっきから千春の傍に立ち、隆に睨みをきかせている
バイクのヘッドライトで女のシルエットがぼんやりと見えた
「ん!?」
「愛!」
慎也が叫んだ
隆は目を凝らしてみた
確かに愛だ
「ごめん、隆、慎也、違うって言ってるのに、こいつら・・」
愛が弱い声で言った
「ん!?違うの」
千春が不思議そうに言った
「よく見ろよ!ほら」
千春は愛の傍により髪をつかんで顔をあげた
「千春、それ以上、愛に触るなぁ〜」
慎也が叫んだ、その瞬間、慎也は千春に向って走り出した
すると、ゴツイ奴がカウンターで慎也に蹴りを入れた
「ゴホ」
慎也がその場に崩れ落ちた
「慎也!」
隆が言った
「だから近づくなって言ったのに」
千春は慎也の傍に行き
「お前の女か?あの女?」
「ああ、愛はおれの女だ、ゴホ、手を出すな!」
慎也は苦しそうに言った
「ええ〜つまんないなぁ〜、俺は隆の女を連れて来いと言ったんだぞ〜!!」
「ノブ!この女を連れてきたのはだれだ?」
千春はゴツイ奴に言った
「さあ?」
ノブが言った
「正樹だと思いますよ」
集団の中の誰かが言った
「正樹!!!」
千春が集団に目掛けて言った
すると金髪のひょろっとした奴が集団から出てきた
「・・・確かに付き合ってたはずなんですが、」
正樹は不満そうに千春に頭を下げた
その瞬間千春は地面に落ちていた、大きな石を拾い、正樹を殴った
ゴン!!
「ぐあ〜〜」
正樹はその場に倒れ、血だらけの頭を押さえ、もがいている
ノブは正樹の傍により、抱き起した
「おい!大丈夫か?」
「痛て〜よ!」
正樹が頭を押さえながら言った
「ここまで、やることないだろ!!」
ノブが千春に言った
「あん?誰に口きいての?」
千春はノブの耳元で何かをささやいた
「くっ!おい病院に連れて行け」
ノブが悔しそうに言った
「はい」
正樹をバイクの後ろに乗せ一台の単車が出て行った
「全く役に立たないなぁ〜、残念だ、俺は隆の悔しがる姿を見たいのに〜」
千春が悔しがっている
「気違いだ!狂ってる!」
慎也がつぶやいた
「まぁいいや〜!人質だし!手は出せないでしょ」
千春が隆の方に向きなおし言った
「今から、あんた達二人は死刑で〜す!」
千春が気持ち悪い声で言った
「ああ、好きなようにすればいい、そのかわり、慎也と愛は関係ない、離してやってくれ!」
隆が覚悟を決め千春に言った
「ば〜か、そんな事するわけないだろ、人質逃がしてどうするの?」
千春が言いながら手で合図をおくった
その合図で後ろにいた集団が一斉にバイクのエンジンをかけた
「おい!お前ら!気合い入れてけよ、相手は丸腰だがあの毘沙門天だ!隆がいなくてもかなり強い!みんな道具を持ってるな?油断するなよ!」
「はい!」
40人ぐらいの集団は一斉に返事をした
その瞬間、旗が立った、旗にはピエロと書いてあった
「よし!行け!」
一気にピエロは病院から出って言った
だが、この場にはノブを含みまだ10人ほどいる
「隆!どうだ!俺のチームは!?ははは今からお前の仲間たちもみんなやられるよ」
千春が笑っている
毘沙門天は25人前後、それに対してピエロは凶器を持った40人の集団、負けは見えている
「おい千春、満足か?」
「いやいや、まだまだこれからだよっと」
言い終わると同時に隆の腹に蹴りを入れた
「ゴフ!」
隆は蹴りをくらいまえかがみになった
その瞬間、隆の顔面に蹴りが入った
隆は横にふっとんだ
「ぐは!なんだ?この蹴りは?」
隆はあまりの激痛にビックリした
「ん?わかった、この靴、鉄板入りなんだよね、痛かった?」
千春は笑いながら言った
「隆さん、大丈夫すか?」
すぐ側で倒れている慎也が言った
「ん?ああ、だけどこの調子だと、ほんとに死ぬかもな」
隆が顔を引きつりながら言った
「おい!隆、この場にいるやつらは、みんな毘沙門天に恨みを持っているやつらばかりだ、ここにいるノブは吉岡につぶされた族の総長だ、ふ〜、考えただけでゾッとするね〜」
「やっぱり死ぬかもな」
隆が慎也に言った
「・・・ん!!!!!!」
「どうした?」
「隆さん、あそこ見てください」
慎也はちょうど愛の後ろを顔で合図した
「!!!」
「なんで、あいつがいるんだ?」
そこには、ピエロの特攻服を着た横井がにやけて立っていた
横井はこっちを見てウインクしている
「気持悪!!」
隆が言った
「なんか、考えてる事があるんすかねぇ〜」
「多分な、あいつにまかせよう」
千春が隆に近づきながら
「なにをブツブツ喋ってるの?ビビっておかしくなっちゃった?」
千春が慎也を立たせ、ヘッドバッドを鼻っ面にくらわした
「ぐぅぅ〜!」
「慎也!!」
隆が叫んだ
慎也は鼻を押さえ後ずさりした
骨が折れたみたいだ、鼻血が押さえている手からもれている
慎也はその場にしゃがみこんだ
「ん!痛かった?ごめんね〜、それにしても、お前は不幸だね〜何も関係ないのに女はさらわれるし、こんな痛い目にも会うし、かわいそう〜隆のせいで!」
隆もそれは考えていた、慎也にも愛にも迷惑をかけている
慎也と愛だけは必ず無事に帰してやりたいと思っていた
付き合ったばかりなのに、俺がいなければ、慎也と愛はこんな事にはなっていなかったんだ
隆はここに来て、愛が美貴と間違われてさらわれていたときから、ず〜と考えていた
昔なら人の迷惑なんて考えたこともなかった、だが今の隆は違った、仲間が、恋人が、隆にとってかけがいのないものになっていた
「じゃ、次は隆の番かな?」
千春が隆の方に向かいだし、そのまま10分間ぐらいの間、隆を蹴り続けた
「ぐは!」
隆はその場に倒れた
「ん?隆もう終わり?おいノブ!おまえもやれ、面白いぞ」
ノブは愛の側から離れ隆の近くに来た
その時、後ろから横井が叫んだ
「千春さ〜ん」
「ん!うるさいなぁ〜、おい、新入りどうした?」
千春が横井の方を見た
「!!」
その場に居た全員があっけにとられた、目が点だ
「覚悟はいいか?お前ら!俺はお前らが愛さんの側から離れるタイミングをず〜と見計らっていたんだよ! 隆さん今助けますからね!」
横井は上半身裸で、両手にマシンガンを持ち、体に爆竹をクロスに巻いて、余裕の表情で立っている
隆と慎也は笑いを我慢している
「愛さん!逃げて!」
横井が言った
「あ、う、うん」
愛がその場から立ち上がり、慎也の側に近付いて行った
「お、おいノブ!女が逃げた!捕まえろ!」
千春が言った
ノブは無言で慎也の方に近づいて行った
「慎也さんと愛さんに近づくな!」
タタタタタタ
横井はマシンガンをノブの方に向け乱射した
「あ、あいて、いたい、いたた、」
ノブは体のあちこちを押さえ千春の後ろまで下がった
「何をしている、あんなおもちゃにひるむな!」
千春が言った
「おい!」
千春の横で声がした
千春が振り返った瞬間
ズバン!!!
凄い音がした
隆の一撃が千春の顔面にきまった
千春は集団の中に吹っ飛んで言った
「千春!覚悟できた?」
隆は手の拳をおさえながら言った
「くそ!おい!相手は二人だ!あの裏切り者と一緒に殺せ、全員殺せ〜」
千春は顔をおさえながら狂ったように言った
「おい!横井、ありがとう、お前のおかげで助かったよ、慎也と愛を守ってやってくれ」
隆は横井の方を向き優しい顔で言った
「は、はい!任せて下さい!」
横井は嬉しかった、隆に頼られてる、それだけで横井は本当に嬉しかった
隆は振り返ると、一瞬にして鬼のような形相になった
千春たちは、隆の迫力にタジタジになっている
「おい!どうした?早く行け!」
千春はノブの後ろに立ち、皆を押すようにした
「相手は一人だ、何をビビってる!行け!行かないとお前ら全員刺すぞ!ノブわかってるよな?」
その言葉でノブ達は覚悟を決めた
「かかって来いよ」
隆が挑発した
「行くぞ!」
ノブが低い声で言った
全員が隆にかかっていこうとしたその時
病院の入口から無数のバイク音が聞こえた
全員がその方向に目線を送った
バイクが数台とピエロの旗が見えた
その瞬間、千春は高笑いした
「はははは、どうやらおれの勝ちみたいだ、隆〜!」
ノブ達もホッとした表情になった
「おい!お前らよくやった!あとは隆だけだ!囲め!」
千春は、単車隊に大声で指示を送った
ゴォォォ〜グォォ〜
凄い爆音とともに単車数十代が隆を囲んだ
月明かりに照らされた、その集団を見た千春の顔がどんどん青ざめていった
「よお!隆無事か!」
そこにいたのは、顔が腫れたハルの姿
そう、そこにいたのは白い特攻服を着た集団、毘沙門天だ
「何しにきた?こんな奴ら一人で十分だ」
隆が嬉しそうな顔で強がった
「ふん、よく言うぜ」
「ハルさん、助かりました」
慎也が言った
「慎也、だいぶんやられたみたいだな、あとは任せろ!」
「やった〜かっこいいです、ハルさん」
横井は飛んで喜んだ
「お前も、頑張ったな、昨日からのピエロ潜入作戦うまくいったな、お前のおかげで助かったよ、お前から連絡なかったら、さすがにヤバかったぞ!ありがとう」
ハルが横井に言った
「くそ!どうして?おまえらがここに?」
千春がその場にしゃがみこみ力のない声で言った
ノブ達も力なく座り込んでいた
「ん?ああ、横井から連絡があってな、俺らも今日はみんな道具を持って行ったんだ、だがあの人数はさすがにヤバかったけどね、あっ!ほら返すぜ千春」
ハルが千春にピエロの旗を投げつけた
「くそ!あいつさえいなければ」
千春が横井を睨んだ
横井はドキッとした
「お前さえいなければ〜!!!」
千春は叫びながら横井の方へ走って言った
「横井!」
隆が叫んだ
千春の右手にはナイフが握られていた
横井は諦め、目をつぶった
千春と横井が接触する瞬間、その間に割り込んだ一人の人間がいた
グサ!
衝撃とともに、一人の人間の重みを感じた
横井はそ〜と目を開けた
「し、慎也さん!」
横井が声を震わせながら言った
「慎也〜!!!」
愛が叫んだ
「この、邪魔しやがって」
血だらけのナイフを持ち千春が言った
ゴン!
駆け付けた隆が千春を殴った
「てめ〜!よくもやってくれたな!!絶対にゆるさね〜」
隆は叫びながら千春を何発も殴った
「救急車!救急車!を呼べ」
ハルが叫んだ
「は、はい!」
「隆!もうやめろ!もう気を失っている」
千春の上にまたがり殴り続けている、隆をハルは後ろから抱きつくように止めた
「慎也さん?慎也さ〜ん、大丈夫すか?」
横井が泣きながら慎也に問いかけている
「あ、ああ、大丈夫か?横井?」
優しい顔の慎也が力ない声で言った
「俺は慎也さんのおかげで大丈夫です!」
「そっか、よかった、」
「慎也、慎也〜しっかりして」
慎也を腕の中に抱いている愛は必死に言葉を投げかけた
「愛、世界で一番いい女・・大好きだよ」
慎也は笑みを浮かべながら愛の髪をさわっている
「私も大好きだよ、本気で愛してる」
慎也は笑みを浮かべている、満足そうだ
「慎也!」
「慎也、大丈夫か?」
隆とハルが慎也の側に来た
「隆さん、すいません、こんなだらしない姿・・ドフ」
慎也は口から血を吐いた
「慎也、もうしゃべるな、今救急車が来るからな」
ハルが慎也に言った
「隆さん、ハルさん、横井、そして愛、俺の一生で一番幸せな時間をくれたみんな、ありがとう、すごく幸せだった」
慎也が笑みを浮かべながら、つらそうに言った
「ま、まだこの先長いんだ、もっともっと幸せになれるよ、お前の一生はここでは終わらないだろ」
隆が、優しく慎也に言った
慎也は愛の方を向き
何かを言おうとしている、だが声が出ない
愛の手を強く握りしめ口パクで「し・あ・わ・せ・に・な・れ・よ」と言った
慎也の体から力が抜けた
「慎也〜〜〜!!」
愛が泣き叫んだ
隆の体から力が抜けた、その場にふさぎ込んだ
慎也は死んだ・・・
愛する者に、あとをまかせて
慎也、君は本当に幸せだったのかい?
やっと、折り返し地点ぐらいです、まだ先は長いので続きを楽しみにしていてください