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フェニックス・クリズム(不死鳥の聖油):中編(5)


 ミーティング・ルーム。

 インタビュー・ルームよりはまともだ。

 なぜなら、窓がある。そして、リラックスできる絵もある。


 お絵描きできるホワイトボードや、制限付きだがインターネット・モニターもある。

 狼たち生徒にとって、進学相談や教育的指導といういまいましいお小言部屋にくらべれば、天国だ。

 ミーティング・ルームに入る。

 その入口で、彩文先輩の弟につかまり、高圧的に言われた。


 「シェークスピアの言葉だ。知ってるか? 狼」

 彩文大善。ランカの弟で、見た目にもパワフルな男だ。

 背は狼と同じくらいだが、肉厚で筋力を誇るような体格と高圧的な肺活量を武器に、大善が威圧してきた。


 「お前が相手にかけたやさしさが、この有様だ。主人公同様にひとりオレ様を気取るのは自由だけどな、引き摺りまわされたトラッフィッカーの俺たちはいい迷惑だ。バディを傷つけて、オレ様の気分は、最高か?」殴りかかって欲しいような言葉の連打は、まさに姉と弟。DNAの成せる神業の前に、狼は言葉を失った。


 そのとおり。

 終わらせた人生の重さを知るのは、終わった人の生を知るものだけだ。

 巻き込まれた周囲の生物は、迷惑する。

 狼は、うんざりした表情を出さずに、ただ冷たくなる心で目を隠した。


 「ごめんなさい」

 後ろにいた妹の鞠が、狼と大善の間に飛び込む。

 狼の腕を取ると、大善の顔を見た。

 さらに言葉を放とうとする大善の顔に向け、笑顔を発した。


 「大善先輩。お言葉、ありがとうございます。結果について、言うことはありません。最善をつくしただけでした。私も狼も。最善をつくしたわ。大善先輩。インド北部から来てくれた対ボンバー・スペシャリストのシヴァとヴァシュンヌもがんばってくれた。助けたいという狼の意志を、私たちは実行した。結果は結果です。でも、聖家の者としても、パートナーとしても、私は狼の意志を誇りに思います」


 まるで、怒り泣きおどる子供をあやす母親のような、落ち着いた顔で……

 鞠は大全に笑いかけていた。


 大善も返す言葉がなかった。

 鞠の顔を見て、奥歯で言葉を噛み締めた。


 「涙と共にパンを食べたものでなければ、本当の意味なんてわからない」

 言い返す言葉と吐き出したい気持ちを押し殺した。

 狼は席についた。

 ただ前を見て座る。

 鞠は、狼の腕をもったまま、隣の席につく。

 狼の顔を見て、さびしそうに笑いかけて、手を離した。


 30人ほど。ミーティング・ルームにメンバーが集まった。

 彩文ランカが入ってくると、前に立った。

 担当教師であり監督官と2つ3つ話した後、壇上にあがると演台のマイクに向かって話しだした。挨拶もそこそこに、今日のテーマを切り出した。


 「残念だが、近々、ブローカーから試薬運搬のミッションがなくなる。また、生徒のブローカーとしての任務が認められなくなる。その可能性が高いということだ。理由は分かっていると思うが、昨日のストーカー2名がこの世からおさらばしたことだ。この事件が悪い訳ではない。この新薬がミッションのレベルを一気に危険ゾーンに押し込んだことが明白になっている。危険が顕在化したのが理由だ」

演台に両手を置いて、ランカは話しだした。


 「新しい薬は鎮痛効果が高く、依存性が少ない。多幸感に満たされる。C受容体を始め、痛みを伝達するラインの閉鎖と喜びを伝達するラインの促進に有効だ。末期のガン患者などの治療、新たな人工臓器を始め、最新の機械と筋肉、コンピュータと神経の接合に起る痛みの軽減、新薬による治療が可能になり、多くの人間を助けることができる。その新薬の効果を学園が検証・発表したために海外の麻薬カルテルやプロダクト・ブローカーが動き出した。アフガンなどで活躍した悪名高い元兵士なども日本に来ているという情報もある」

 ランカは、背後のプロジェクターを指で指した。10数枚の外国人の写真が並んだ。


「学園の優れた技術を販売し、社会で独立している我々。優れたブローカーやトラフィッカーといえども学生だ。学生が犯罪者となり、また学園の生徒が攻撃の対象となることは、学園の本望ではない。私も、それは本望ではない。ローズマリーの関係者、先輩ブローカー全員が生徒ブローカーの業務に新薬販路調査の存在を残したいと考えているが、かなり難しい状況だ。石頭だからな、理事会は……」 

 ランカが、指を立てると、ファックユーとつぶやいた。

 学生たちは笑い出した。


 「さて、では、どうするか? われわれの意志を明確にして、ブローカーとトラフィッカーで対応策を決めよう。事件の検証結果は配布した資料を見てほしい。また、個人攻撃の発言は不要だし、発言した者は場外とさせていただく」

 ランカが右腕を上げた。


 「リミット10分。さあ、アイデアのある生徒は?」


 何人かの提案があった。

 やめるという意見もあった。

 継続を望むが、リスク管理は厳しい。

 患者と病院関係者とだけ会うだけという意見もあった。


 狼も手を上げたが、話す機会は与えられなかった。

 気遣い? そうかもしれないと狼は思った。


 ミーティングは、アイデアのみだから決定はない。

最後に監督官である教師から話があった。「集団での移動、新薬の運搬については校外の専門運送企業だけに任せることとします。ローズマリーたちは一般の薬のみにします」


 ミーティングは、解散となった。


 鞠は、狼が立ち上がるのをまっていた。

 先に立ち上がると、狼を見下ろす。ハーフロングの髪は柔らかなラインでカールを描く。髪の毛、一本一本に兄妹である歓びを感じていた。鞠は目じりを細めて、微笑む自分が温かくなることを、歓んでいた。

 


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