フェニックス・クリズム(不死鳥の聖油):中編(4)
「狼くん。ダージョーブ?」
学級委員長の加門さえこが声をかけてきた。
ドアを開けるや否や、奥の席から立ち上がってくる。
狼のクラスは、まだ休み時間の真っ只中だった。
教室に戻ってきた狼は、走りよる少女の姿を捉えた。
「ああ、大丈夫。ありがとう」
加門さえこ。かわいい。
彼女をひとことで現せば、かわいい、だ。そう狼は思っている。
狼だけではない、教室の全員がそう思っている。
亜麻色のボブヘア。ピンで前髪を留めている。
雛菊、薔薇、桔梗、竜胆、石楠花……、ピンの飾りが変わるのは彼女なりの趣味らしい。占いによって変えるといっていた。大きな目は切れ上がり、狭い額を飾る花と一緒になり、幼さとかわいらしさが波紋のように広がっている。小さな鼻、唇、顎……、すべてがかわいらしくまとまっている。
150センチを越えたぐらいの身長も、かわいらしさの強調サイズに思える。
少々太めだけど。元気そのもので、加門さえこが駆け寄ってくる。
学級委員長として、笑顔で、一生懸命にがんばっている。クラス全員が「かわいい」という。加門さえこにアタックした男子生徒も多いらしい。思う人がいるらしいと狼は聞いている。
「狼くん。聞いたよ、聞いたよ、大変だったのね。心配してたの。とってもね。午前中は休むかと思ってた。クラス全員が心配してたんだから、ね」
早口で、ひばりがさえずる様に話しかけてくるのが加門の特徴だ。
額に寄せたしわが、本当に心配していたんだと告げている。
それがまた、かわいいと言われる理由だと狼は思う。
狼は、自分の席、B-7に腰掛けた。
「昨日の授業、レポート提出の課題が先生から出ているからね。数学2と英会話、政治、化学、現代国語、ドイツ語……。病理学の先生からも、伝言があったの。これがノートよ。それと……」
加門さえこが追いかけるように付いてきながら、狼に話し続ける。
机の上に、ノートと課題用紙を置いた。
「昨日、掃除当番を代わってやっておいたからね」
「オッケー。ありがとう、学級委員長」
加門さえこの顔をみると、お礼を述べて、机の上を見た。
狼は、うんざりする量のレポートづくりを思い悩むが、表情に出さず、バッグに片付けた。
まだ、さえこが隣に立っている。
「う、……ん。あ……、ん」
「どうした? 委員長」
「お願い、があるんだよね」
「何」
「あ、の、ね、う……ん。今日は、掃除当番。わたしの代わり……。いいわよね」
「いいよ。もちろん」
「……」
「なに。委員長、まだ何か、ある?」
「う、ううん」
「ありがとう、助かった。本当、このクラスの女神様だな」
「イヤミ? それ」
「違うよ。クラス全員、委員長の力はスゴイと思っている。」
「そう、ありがとう」
唇を尖らせて、投げるように横を向くと、スカートを翻して狼に背を向けた。
狼は作業にとりかかる。レポートの山にまず道を作らなくては。
「……」
狼は、目線を感じた。
見上げると、委員長さえこが後ろ手に、こっちを見ている。
「……」
声をかけようとすると、鼻を持ち上げて、プイと歩いていった。
授業始まりのチャイムと共に、数学教師のカッパが入ってきた。
そう、カッパって顔なんだから……人気教師のひとりだ。
「善人が行う悪事ほど罪深いものはない」
ミーティング・ルームに入ってきた狼を見て、彩文大善が言い放った。