フェニックス・クリズム(不死鳥の聖油):中編(3)
「鞠。お昼休みにRMのミーティングだ。そう4階。……迎えに行く。……じゃあ」
狼は、スマート・フォンをしまうと、自分のクラスに向かって歩き去った。
彩文ランカが、狼を見送った。
ランカの背中で、東間崎シヴァと東間崎ヴァシュンヌが何かを話し合っていた。
時に微笑み、時に盗み見、時々小首を傾げて……。
見送るランカに、ヴァシュンヌが声をかけた。
「ランカさん?」
「ん。ヴァシュンヌ?」
「はい。ちょっと、聞きたい、ですけど。いいですか?」
「OK。ジュニア・ハイスクールのクラスまで、一緒に行こう。歩きながらでいいかい?」
「OK」
シヴァとヴァシュンヌと、ランカ。手をつないで歩き出した。
「ランカさん。質問ね。あなた、狼お兄ちゃんを愛してますか?」
「何? え、ヴァシュンヌ?」
「ランカさん、あなたは、好きでしょう、狼お兄ちゃんのこと」
「……」
ランカは、思わず足を止めた。左のヴァシュンヌを不思議な動物を見るように見下ろした。
「ランカさんにとって、狼お兄ちゃん、特別。狼を、愛したいって、思ってる?」
「ま、まさか? シヴァ……、何、いってんだか……」
ランカは、右側に顔を向けると、シヴァを睨んだ。
「ヴァシュンヌ、ほら、怒ってる」
「そんなことない。顔、赤い。手も汗。熱くなってるよ。シヴァ、シー・ラブ・ヒム」
「やめなさい。ストップ、ストップ・カンバセーション」
両手を双子から離すと、ランカは、両手をふった。
そして、腰に両手を当てると、ヴァシュンヌに顔をつけて答えた。
「バカな。そ、そんなマインド・コントロールはゆるさないわよ」
「怒らないで。ランカ。本当のこと。私たち、分かる」
「ランカ? なんでコントロール? 確かめたい、だから話した。愛すること、素直になること、ね」
確かに、体温も上昇した。手にも汗を掻いた。
顔が、赤い? 確かに。
「私が、狼に恋してる?」
ランカは目を大きく見開くと、信じられないというように手の平を見た。
手の平を双子に見せる。そして、言葉をプッシュした。
「その話はおしまい。教室に戻るわよ」
彩文ランカが、あわてて歩き出す。
血圧上昇、脈を感じる。
シヴァとヴァシュンヌが、互いの目を見た。
ちょっと肩を持ち上げると、仕方ないという顔で歩き出した。
手をつなぐと、ランカの後を追って走り出した。
「狼……、愛する……」
言葉に想いがこみ上げてくる。振り払えない。
学校の階段を下りて、中学生クラスに向かう。
シヴァとヴァシュンヌも駆けてくる。
ランカは混乱していた。
頭の中の別のところで……狼を見ていた。
階段を、狼と駆け下りた。狼と登った。
笑わない狼、心を開かない狼、泣かない狼、怒らない狼、かわいい……
私を守ろうとして相手を威嚇していた。私を助けていた少年、狼……
背中を見たことがある。彼の首から背中にかけて、滑らかで、きれいな……
「な、何を考えているんだ」彩文ランカは表情を噛み殺した。
階段を駆け下りた。
青白いめがね男が立っている。
降りてくる彩文ランカの表情に気が付き、声をかけた。
「ランカ先輩、……顔が赤いですけど……、大丈夫ですか?」
ランカの目が光った。
「馬鹿者、誰が、顔が赤いだと?……」
ランカの尖った爪が、めがね男に向かって振り落とされた。
シヴァとヴァシュンヌが、耳を手でふさいで、互いの目を見た。
ちょっと肩を持ち上げると、笑顔で歩き出した。