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フェニックス・クリズム(不死鳥の聖油):中編(1)

 「弱い者はダメになる前に何度もダメになるさ」

 ウォーター・サーバの前。、

 狼は、表情には笑顔を残したままで、つぶやきを口の中から戻した。


 事件の翌日、2時間目の授業が終わり、次のクラスに移動中だった。

 「大変だったようだな」

 「よく相手を叩きのめしたな」

 「やっちゃったんだって? すげーじゃん」

 学校の仲間から投げられる気軽な声に、気分の悪さを押し殺して、クールさを保っていた。

 

 狼が襲われるのは、もう、31度目だ。

 

 最初は、ジャンキーだった。

 

 新新宿の病院、職員通用口のゲートから出て時だった。

 今でも覚えている。200メートル先の駐車場に向かって歩いていた。

 午後遅く、夏の陽射しが高層ビルに乱反射していた。


 ビルの角、警備員から見えなくなったところに、ジャンキーがいた。


 「おい。おまえがマリーとかのブローカーか? ブツ、持ってるんだってな。よこせよ」

 少年を頭に10数名でかかってきた。

 ブツ? コカインか、メスか……、ハシュか? 持っていると言われたらしい。


 「へえ~、若いな? 同い年くらいじゃん。一緒に、ハイになろうぜ? あん」

 あきらかに先輩と狼の姿を見て、なめてかかってきた。

 先輩と狼は、ブレザーにホワイト・シャツ、赤いタイの制服を来ている。

 細身の体に、崩れのない着こなし。


 まさに超スタンダードな高校ファッションに、レイヤーヘアの狼とショートヘアの先輩。

 がちがちお金持ちのチキンだと思われたのだろう。


 目の前の少年がジャンキーどものヘッド?

 USAベースボールチームのキャプ、三本ラインのダウンジャケットを着こなした、ニューヨーカーのカラード・ファション。そのままのモノマネ。

 脅し方もB級のアメリカ映画並みの臭さだった。


 チキンなふたり。ちょいと脅せば、渡すだろう。

 そう思ったに違いない。

 ブローカーの狼は、トラフィックも兼ねるから実際に薬をもっている場合も多く、早い時期に襲われると予想していた。先輩や教官からも、言われていた。その、最初の相手がまじ近い年齢なのに戸惑った。

 

 先輩が、両足を広げると、素早くフォルダーから引き抜いた。狼もまねた。

 カーボンスチールのASP21インチバトンと、130VTTMスッタンガンだ。

 

 USAベースボールチームのキャプ、三本ラインのダウンジャケットを着こなしたジャンク少年が、慌てて後ろに下がる。

 後ろで取り巻く予定の少年たちも、顔をしかめる。

 

 先輩が剣先と催涙液で威嚇する。

 ジャンク少年が半身、後ろに下がった。それで十分だった。

 相手の少年たちが引いたところで先輩と狼は、さっと逃げた。

 それが2年程前のこと……。

 

 「コード3。ジャンキーに追われてる。ドアを開けて待っててくれ」

 無線機に言葉を放り込むと、先輩が駆けていく。

 駐車場に飛び込み、用意された車に飛び乗る。

 ジャンク集団は追ってこない。

 健全な肉体の勝利といったところだった。

 車が走り出す。

 一息ついた。

 先輩が、笑いながら、いろいろ話してくれた。

 狼は前後左右が気になって、先輩の言葉を覚えていない。

 「大丈夫だ」そう何度も背中を叩かれた。

 まだ中学3年生だった狼が、安息できたのは、学園に戻ってからだった。 


 放課後の部活がローズマリーたちのビジネスの場。

 

 場に彼らジャンク少年たちが現れるようになった。

 狼たちの跡を追いかけてくるようになった。


 ジャンキー少年を目印に、あちらこちらからギャングどもが集まってきた。

 暴力団、聞いたことない企業名の社員……。



 昨日の二人も、ひと月前から現れた。

 トルキッシュ、アラビアン、いやインディア? ミッド・アメリカン?

 いや、コーカサスあたりの部族民か?


 伸びきったボートネックのトレーナー、汚れている作業ズボン。深夜営業店のインターネット・カフェのシャワーを勧めたくなるほどに汚れたヘア。手には、ナイフ。歯磨きよりも、塩素系の消毒剤を流し込みたくなるような口から聞こえてくるお決まりのコメント。


 「ドラッグをよこせ」と脅してきた。

 

 狼は、両足を広げると、素早くフォルダーから、カーボンスチールのASP21インチバトンを抜き放った。すばやく催涙液を出す。そして逃げる。それでも、彼らが追ってくる。

 車に乗って逃げた。

 たびたび彼らは、顔を出してきた。

 

 2度目。3度目……しつこい。

 走り出せば、彼らの腐った体力では、狼の駆ける速度には追いつけない。

 車に飛び乗れば、ノープロブレムだ。そう。だが……。


 4度目。狼は切れた。

 狼は逃げる足を止めて、振り返る。そして、逆向きに走り出した。 

 向かってくる敵のふたりと鉢合わせになった。

 ふたりが、狼につかみかかってくる。

 狼は、フェンシングの様で21インチバトンを地に這わすように、低く振り出した。

 21インチバトンがふたりの膝上をついた。

 1500V高圧電流の刃が、ふたりの膝をつらぬいた。


 叫び声。

 ふたりが、走っている運動エネルギーを急激に停めて、左右に飛び散る。

 地面に転がるふたりにむけて、

 狼は叫んだ。


 「やめて、国に帰れ」

 「子供に……会う。やめない……。やめる できない」

 しばらく、彼の目を見ていた。

 涙を見た。

 狼は、人を知って、世をうらんだ。変えたいと望んだ。

 男を捨てて、車に飛び乗った。


 男のひとりが言い返した言葉。

 「子供に会う。やめない」という言葉。涙を流す頬。「国に帰りたいなら。家族に会いたいなら。ブツをとってこい」という命令がでているのだろうと思われた。

 

 学園に戻ると、調べた。

 ふたりの姿から、渡航証明、ビザ、犯罪記録……。名前はすぐに分かった。

 覚せい剤所持の疑い。退去勧告を無視して……、真っ黒な経歴だ。



 背後に組織的な集団がいる。

 ふたりを町で歩かせるだけの、力のある集団だ。

 学園の情報網から、付きまとうふたりの背後に新興勢力の暴力団と海外のブローカーの姿が見え隠れしているのが分かってきた。

 さらに、まずい情報が流れてきた。


 ボンバーが現れた。

「……ロシアからアフガン経由で、工作員くずれがひとり、日本に入った。元ソ連国軍軍人、専門は爆破。アフガン戦争で功績。来日の目的はロシア経由のドラックを流すことと、新自由学園開発の試薬の情報獲得……。背後には……」

 ボンバー、爆弾を扱う専門家の登場だ。


 だから?

 そう、ふたりにやめさせたかった。

 来週のミッションで新薬の試験投薬は、5回目になる。

 5回目もチャレンジしてくるだろう。

 しかも、爆弾魔と一緒に来る可能性が高い。

 

 学園側は、通常2名ワンバディ、プラス、1名のドライバー兼ガーディアンであるトラフィッカーでチームを組んでいた。

 今回は異例だった。狼はアイデアを出し、先輩と計画を練った。

 狼と鞠の2人に、最近来日、日本校に編入してきたインド・パキスタン北部の双子の少女を加えて、チームとした。すべて狼の希望だった。

 危険に対して、安全を最優先した結果だった。そして、「子供と会いたい」といっていた男のふたり組なら、捕まえて、警察をとおして帰国させたいと思っていた。


 そして、危険は現実となる。

 繁華街の交差点。信号で停車した車に、歩行者がぶつかる。

 すれ違った瞬間に、爆弾は仕掛けられた。

 ボンバーの仕掛けは簡単だった。

 外部からセットされた、遠隔操作による爆発物。

 すぐにシヴァとヴァシュンヌが取り出した。

 そして、後ろから来る追跡者の車に仕掛け返したのだ。


 警告のつもりだった。

 炸薬を10%に下げて、音とケムリが出るだけでよかった。

 相手がそれを見て、やめてくれればよかった。

 手をつないで、国外脱出してくれれば、よかった。

 高級車のジャガー1台が傷だらけになるだけなら、お茶目である。

 ジョークになる。


 ところが、ふたりは残った。

 そして、狼と鞠に襲いかかった。

 お茶目なジョークよりも、崖から落ちるリスクを選んだ。

 ジョークで笑いをとるつもりが、命をとることになった。

 正当防衛とか、危険回避とか、敵が仕込んだ毒による事故だ……言い訳をつけたところで、暴力で相手の生命の火を消したことに変わりがない。


 背後の組織が、ふたりにポイズン・ダーツまで仕込んでいた。

 子供に会いたいという男の心のアキレス腱に、毒の恐怖を上乗せしている。

 

 狼は

 目の前で命が消えていくのを見るのは、初めてだった。

 意識がなくなっても全身をがくがくと震わせながら、消えていく。

 その姿を思い出すと、吐き気がする。

 しかも……、妹の鞠まで……巻き込んだ。


 妹、鞠は、なぜ……。


「狼!」

狼は、背中を叩かれて、我に返った。


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