策略と、イタズラ。
「生徒会、入らないか?」
香樹はどこか食べに行こうというように軽く誘う。しかし、生徒会経験がなくたいした能力もない者に、その一言はなかなかに衝撃的である。
「校内で貴文と会わないようにできるし。そしたら、あいつらも気にしなくなるだろ。」
「…あなたの元にいるなら、攻めてくる人が替わるだけだと思うのですが。」
ダメージでクラリとしながら、早苗はなんとか抵抗を試みるが。
「手が足りなくてさぁ、困ってんだ。他の生徒会の奴ら、自分ので手一杯でさあ。」
「先輩、」
「しかたなく俺がやってたんだけど、ひとりだと進まなくてさ。」
話を続ける香樹に、しぶとく口をはさんでも華麗かつ一方的に話され。
彼女は気を削がれそうになった。
―キツネ目軍団よりこっちの生徒会長のほうが、だいぶ手のかかる相手かもしれないな。
早苗はやるせない気持ちになりながら、しかしはっきりと意思表示した。
「ですが、お断りします。」
「…ふーん。」
断っただけなのに、粘着質な視線が彼女を責めたててくる。ついでに、彼の上半身が近づいてきた。
「せんぱい、ちかいです。」
「―…trick or treat.」
「はい?」
「…」
「先輩?」
まさかここでハロウィンの名文句を、しかもネイティブ並みの発音で言われるとは。疑問を感じながら机上の菓子箱を見て、香樹の意図を理解する。
お菓子はもうない。彼は容赦ない性格なのでtrickを選びたくはない。選択肢がないことに、彼女は愕然とした。
「えげつない…。」
「こたえは?」
「ハァ~、わかりましたよ。やります。」
「ありが…早苗さん。」
うれしそうな香樹は礼をいおうとするのだが、最後まで言葉にすることはかなわなかった。自分と早苗とのあいだに、バレーボールくらいの物体が入ってきたから。
「なんでしょう。」
「手に持ってるカボチャくりぬいたやつはなに?」
「これですか。ジャックオゥランタンというのです。炎にゆれるたび表情が異なるのが、おもしろいですよ。ちなみに元はカブで作成するらしいです。」
「うん。それをなんで、おれに近づけるの?中のロウソク、火ついたままで危ないじゃないか。」
「芯がないのですぐ消えますよ。」
「そういう問題じゃないから…おろしなさい。」
攻防戦を制したのは珍しく早苗らしい。よほどうれしいらしく、頬をゆるませながら謝るという、彼女らしからぬ態度にでている。
「すみません。香樹先輩の顔が近すぎたのでつい。」
「どんだけ拒絶されてんの、おれ。」
「先輩が嫌いなわけでは。身の危険を察知して、ですよ。無意識、本能です。」
「……どうだか。ホントは今も、同じ空気を吸いたくないんじゃないの~?」
「え。…いや違いますって。」
大げさじゃないかと思うくらいにいじけてうつむく香樹。それを見た早苗は、あわててフォローしはじめる。
彼の策略だとは気づかずに。
「そもそも、先輩が近よってきたから―」
チュッ。
「敵前で、すきを見せたらいけないよ?」
「………不覚です。」
固まる早苗。勝ち誇る香樹。さきほどの音とふたりのようすで、なにが起きたか察しがつくだろうか。
早苗がどうにか誤解をとこうとして、自分に近づいたのを利用してキスをしたのである。
わざわざリップ音までたてて。
「反撃なしってことは、していいんだ。」
「ダメに決まっています!…というかなんでキスしたんですか。」
頬を染めることもなく、早苗は真顔で詰問してきた。
「消毒。と、trickの分。」
香樹は彼女の反応に少し残念そうに、口づけたところをつつく。つつかれた場所、生え際よりの額にはまだ治りかけのニキビがある。
その消毒と、イタズラ…
「先輩の手伝いで、チャラだと思っていました。」
「んなこと言った?」
「言ってないですね。―唇ではないだけ、マシかもしれませんが。」
Treatを渡さなかった者には、Trick―イタズラを。
イベントの高揚に乗じて、早苗は割りきろうとするけれど…彼女の性格では、少々無理があったようだ。頭を抱えている。
「なんだか、捕まった獲物の気分です。」
「何、惚れちゃった?」
「は、だれが。」
「うわひどい。」
鼻で笑った彼女の心に、何かが芽生えるのは
「せんぱい、わたしにもお菓子。」
「はい、どうぞ!」
「…‘辛いものいろいろ混ぜちゃったキャンディー’?なんてものくれるんですか!」
はたして
いつになるだろう。
―了―




