王子登場、ベタな展開。
「ええと。どちらさま?」
いや、殴られかけていたお化け女子だけ、わかったようだ。四面楚歌だった先刻の堂々とした態度はどこへやら、冷や汗をたらしながら身をかがませ、こっそり立ち去ろうとしている。キツネ目軍団が誰何しているあいだに、姿をくらますつもりらしい。
「え、わからない?毎朝、君らと会っているのに。」
「あさ…?」
その軍団メンバーはヒントをもらってもやはり思い出せないようで、首をかしげている。
でもそれは仕方のないこと。彼女たちの思考は四六時中、貴文なる者に支配されているのだから。
「しょうがないなぁ、ホレ」
王子はしびれをきらして肩をすくめ、仮面をはずした
その顔は、
「せっ生徒会長!?」
「あた~り~」
毎朝校門に立ち、にこやかに生徒へあいさつをしているその人。生徒会長がそこにいた。
「だって、髪は…?」
「もちろん、カツラ。」
ご丁寧にも、彼は下に隠れた地毛をちらりと見せてくれる。
「目は…?」
「カラコン。」
これまた片方だけ取り出してみせる。
「身長は…?」
「……シークレットブーツぅ」
これは証拠を示さない。
というより、多少どころでないほど気にしていることを言われたようで、彼女たちをギロリとにらみつけた。
「しっ失礼しましたあぁぁぁ」
鬼のような形相はいつのまにか消えていた軍団は、その面を真っ青にして一目散に逃げ出した。
「ッチ。」
こっそりいなくなろうとしていたほうは、逆に残ってしまう。
助けてもらってこのままいなくなるわけにもいかないと、しぶしぶ、会長に近づく。
四つん這いになれば有名なホラー映画のようになる格好をしている彼女でも、礼を欠くことは主義に反するのだ。
まあ、舌打ちは空耳ということで。
「ありがとうございました。…それでは失礼します。」
「いーってことよーっ。て、アレ?」
今度はコスプレ王子が、さきほどのキツネ目女子たちのように首をかしげる。妙に耳なじんだこえである。それに、異常なまでの姿勢のよさ…
髪に隠れた背中を呼びとめる。
「ねぇねぇ。」
「はい?なんです――あ゛。」
振りむいたときに、カーテンのように髪をかきあげる。
正体を確認した生徒会長は、納得と呆れで嘆息した。
「やっぱり早苗か。なにしてんだよ。」
早苗と呼ばれた者の隠れていた素顔の下には、美少女がいた…わけではなく。
これといった特徴のないパーツが並んでいる。ただ、眠そうな目蓋の下からのぞく瞳は、刃物のような鋭さがあった。
彼女は少し嫌そうに眉をしかめると、頭をおさえられたままでお辞儀をする。
「お久しぶりです。香樹先輩。」
どうやら、彼らは知り合いらしい。
「この学校だったんだなぁ。久しぶり。」
「学年、クラスが違えば、まったく会いませんからね。」
「てことは、情報に入ったのか。」
「はい。」
この学校には、普通クラスの他に、いくつかの特別クラスがある。少人数制であり、受験倍率もそれなりに高い。
中学時代、早苗は情報処理についての資格を高得点で取得していた。ついでにパソコンなどの情報機器にもかなり詳しいことを覚えていて、生徒会長こと香樹は言い当てたようだ。
ちなみに彼は、特進クラスである。
「ふうん、そっかあ。ところで、早苗も仮装?」
「…もってことは、香樹先輩の格好は近々行われる仮装大会とやらのですか。」
「そんなとこ。」
「へぇ、本格的でスゴいですね。」
仮装大会とは、英語クラス主催で毎年ハロウィンの時期に行われるイベントのことである。妖精さん、吸血鬼、魔女っ子…めいめいが工夫を凝らした衣装で校内を練り歩き、トリックオアトリート!とやるわけだ。
そこで香樹は王子のコス…仮装をするらしい。仮面のせいで、どちらかというと早春・ベネチアのカーニバルを彷彿とさせるのはつっこむべきか迷うところである。
「おもしろそうですね。英語圏文化を知る、という主旨がどこかに行ってしまっているような気はしますが。」
「相変わらず、痛いとこつくなあ。」
「ははは…では急いでいるのでこれで。」
「待ぁ~った。」
香樹は、帰ろうとする彼女の襟首を容赦なくつかんできた。
つかまれたほうは苦しく、ついでに首の皮までつままれているので痛い。
「うえ、せんぱい。」
「ん?」
「苦しい痛いわたしはネコですか!」
バタバタと動きながらの必死の訴えもむなしく主張は無視され、そのまま彼は低くつぶやく。
「さなえ~、聞いたことには答えようか。」
「なんのことでしょう。」
「とぼけない。なんで顔を隠しているのかな?」
「……額にニキビができたもので。」
「どれどれ。ほんとだー。てっきり、おれに見つからないようにしてたのかと思った。」
「…」
びくりと跳ねたあと、早苗は急におとなしくなった。
心なしか顔色が悪いようにも見える。
「図星?」
「……」
「ほんと、嘘つくのが下手だよなあ、早苗は。」