暗黒魔界
腰にぶら提げた大だんびらを前後へ揺らしながら夢二が帰ってきた。巨岩の上であぐらをかいた卍王が視線を向ける。
「首尾よく、か」
卍王の言葉に対し、頷き返す夢二。
「俺は、な。卍王おまえの方はどうだ」
「へっ」
卍王は鼻で笑って、小さな物体を投げた。ボールに紐がくっついたような形態のそれを摘み上げた夢二は納得した様に頷き、それから巨岩の上に飛び乗ると、卍王の隣に腰掛けた。
「鼠か。それも鞠毛鼠」
夢二は巨岩の上で炊いていた火の中に鞠毛鼠をくべると、広大な平野に視線を送った。
「な、上等だろ。こないだみてぇな血濃草に比べりゃ天と地の差だぜ。なんつったって肉だからよ」
「だな」
夢二は、尻尾や頭骨といった卍王の食いカスを手で払ってから、ゆっくりと仰向けになった。
魔界の空は常に変わらぬ色をしている。黒珈琲を掻き混ぜたように黒く澱み、時折稲光るが雷鳴は轟かない上、稲妻も落ちない。
朝なのか昼なのか夜なのかもわからない。
常に不穏な空模様だが、何も起こらない。
また、この世界もそうだった。
時折の山や森、川、寂れた建造物があるだけで、後は荒れ果てた死の荒野がどこまでも無限に広がるのみだ。
「夢二よぉ」
「んーなんだ」
「ドグの恩赦っていつ頃受けられんのかなぁ」
「さぁな」
「もう何回眠ったかわからねぇよ、俺」
「俺もだ」
言って夢二は焚き火の中に手を突っ込み素早く鞠毛鼠を取り出した。鞠毛鼠の毛はいい具合に焼け落ち、こんがり焼けた肉が露出している。香ばしい煙がしゅっと上がった。
「感謝するぜ卍王。美味そうだ」
夢二は丸焼けの鼠を両手で引き千切り、浅ましくかぶりついた。
「川沿いの小屋で死体に巣食っていた奴だから丸々太って栄養満点だぜ」
卍王の誇らし気な台詞に貪り食うことで相槌を打つ夢二。
「おや、ありゃ…」
肉を貪る夢二を尻目に、卍王が遠方を見咎めて、腰を上げた。
「どうした」
「ん、ほれ、あすこ…」
卍王の指差す方に目を向けると、遠方で吹き上がる砂塵が見える。
「誰か走ってるな…」
「夢二よぉ、一人だと思うか、あれ」
「さあね、ここからではわからんな」
「そっか…。俺見て来ようかな」
「やめとけよ。もし誰かがアブアに追われてるだけだとしたら面倒だぞ」
「それもそうだな」
「それに飛頭蛮だったら更に面倒だ。お前アレ苦手だったろ」
「まぁな」
夢二に制止され、卍王は腰を下ろし、また砂塵の方を見つめた。が、直ぐに立ち上がり、夢二を見下ろし言った。
「やっぱ行ってくる」
「どうして」
「走ってる奴がわかったからだ」
「よーく見たらありゃ盗賊だぜ。しかも馬に乗ってやがる」
「馬か。いいな。当分食うものに困らないな」
「だろ。ちょっくら殺して奪ってくるわ」
「おう」
卍王は傍の杓杖を手に取り、颯爽と巨岩を飛び降りていった。