タイマン勝負!
見事ロンブの大艦隊を指揮するブジュカ総司令の旗艦に侵入する事に成功したリッキー団。
「こっちこっち」
格納庫を出て、長い通路を遊泳するリッキー、ツッキー、ユッキー、キッシー。
それぞれの背中に記された「り」「つ」「ゆ」「き」が実に奇妙だ。
「艦内の大気成分は地球と変わらないみたいだよ」
小型の検知器を操作していたユッキーが告げる。
「そういう事は早く言ってくれよ、ユッキー」
リッキーはニヤッとしてヘルメットを脱ぎ捨てた。放られたせいで、リッキーのヘルメットは通路の壁にぶつかり、天井にぶつかり、床にぶつかりながら、遠ざかって行く。
「おい、メットは持ってろよ。何かあったら大変だぞ」
ツッキーが窘めると、リッキーはフッと笑って、
「ヘルメットはどうも性に合わないのさ」
ツッキーはリッキーが誰の真似をしたのかわからなかったが、そのドヤ顔が気持ち悪くなって俯いた。
一方、ブリッジを飛び出したブジュカは、部下達に指示を出していた。
「異星人共を誘導して、修練場に来させろ。私はそこで奴らを待つ」
ブジュカはニヤリとして通路を遊泳して行った。
「おおっと!」
通路の角を曲がろうとしたリッキーは、いきなりの銃撃に驚いて引き返した。
「早速歓迎に来てくれちゃった訳だ。ゾクゾクするなあ」
キッシーが嬉しそうに舌なめずりする。清純派のミコが聞いたら、失神しそうだ。
「あれで行くぞ。ガス作戦」
リッキーが三人を見て行った。
「あいよ」
ツッキーが仕方なさそうに応じる。キッシーは嬉しそうに、ユッキーは不安そうに頷いた。
「ぎえええ!」
いきなり叫んで通路の角を飛び出し、気絶したフリをするリッキー。フワリフワリと流れに身を任せる。
「うおおお!」
何故か嬉しそうに気絶したフリをするキッシー。
「……」
無言で気絶したフリをするツッキー。
「ううう……」
妙にリアルな呻き声で気絶したフリをするユッキー。
それを見た旗艦の警備兵達は顔を見合わせてから、銃を構えたままリッキー達に近づく。
「引っかかったな!」
リッキーの声が通路に響く。しかし、旗艦の警備兵達にはその言葉の意味がわからない。
リッキー達のコスチュームの背中の部分にノズルが出て空気を噴射し、四人はそのままの態勢で勢いよく動き出した。まるでゾンビのようだ。
「うおお!」
その奇妙な動きに警備兵達は仰天し、銃を構える事もできない。
「はい、ご苦労さん、笑って許してね」
リッキーが顔を上げて、服のポケットから取り出したカプセルを投げた。
ツッキー、ユッキー、キッシーもそれぞれカプセルを放った。
カプセルは壁や床に当たって割れ、中から紫色のガスが出た。
「じゃあねえ!」
リッキーは手を振りながらその場をノズルの噴射で去る。
「恥ずかしいよ、こんな格好」
ユッキーが愚痴る。ツッキーは顔を伏せたままだ。
「あ、もう一個あったよ」
キッシーはまたカプセルを放った。それも床に落ちて割れ、ガスを出す。
「ぬ?」
毒ガスかと思った警備兵達は更に焦ったが、別に息が苦しくなる事はなかった。
「何だ?」
警備兵達は顔を見合わせた。
「お前の顔、前から思ってたけど、面白いな!」
急に一人が笑い出す。すると別の一人が、
「お前の顔こそ、どうしようもなくおかしいぜ」
と腹を抱えて笑い出す。
彼らは互いに相手を指差し、息も絶え絶えに笑い転げた。
リッキー達は通路を快調に進んでいた。
「いつまでその態勢で動いている気だよ?」
身を起こして遊泳しているツッキーが冷たい視線をリッキーに浴びせる。
「いいじゃん、楽ちんで」
リッキーはだらんとしたまま、遊泳していた。
「まあまあ」
ユッキーが間に入って止めようとした時、また警備兵が現れた。
「おおっと!」
リッキーは慌てて態勢を立て直し、銃撃から逃れる。
「こっちだ、リッキー」
ツッキーが別の通路を見つけて誘導した。
「完全に見つかっちまったようだな。どうする、リッキー?」
ツッキーが尋ねると、リッキーは、
「帰ろうか、もう」
「はあ?」
思わず同時に突っ込むツッキー、ユッキー、キッシーである。
「どういう事さ、リッキー?」
一番来たくなかったユッキーが、勝手なリッキーを憤然とした顔で見て言う。
「だって、この艦、女の子が全然いないんだもん」
リッキーは苦笑いして答えた。目が点になる三人である。
「何考えてるんだよ、お前は!?」
ツッキーがリッキーの襟首を捩じ上げた。
その時、再び前方に警備兵が現れた。
「うわわ!」
急いで別の通路に逃げるリッキー団。
「リッキーの言う通りだよ、帰ろう」
ユッキーが途端に帰る派になった。するとリッキーが、
「いやいや、どうも帰らせてくれないみたいだよ、ユッキー」
とニヤリとして前を見た。また銃を構えた警備兵がいる。
そして後ろにも先ほどの警備兵が追いついて来た。ユッキーは失神しそうだ。
「もう笑いガス弾ないよな」
リッキーはニコッとしてツッキーを見る。
「さっき全部使っちまったからな」
ツッキーは自分のコスチュームを探りながら答えた。
「どうする、リッキー?」
キッシーが尋ねた。リッキーが何か言おうとした時、彼らのすぐ脇にある壁がずれ、別の通路が現れた。
「罠かな?」
リッキーはその通路を覗き込んで呟く。
「まあ、罠だと考えるのが妥当だな」
ツッキーが応じた。リッキーはまたニヤリとして、
「でも、罠と知って尚も飛び込んで行くのが、リッキー団だよな!」
と言うと、先陣を切って動き出す。
「全く」
肩を竦めてツッキーが続いた。
「あわわ」
どうしようかと迷っているユッキーを、
「ほいよ!」
と後ろから押して、キッシーが続いた。
ところが、警備兵達はリッキー達を追わず、何故かニッと笑っていた。
やはり罠なのだ。
「何だ、ここ?」
リッキー達はしばらく通路を進んで、格納庫より天井が高く広い部屋に出た。
「ここは修練場あるよ」
部屋の反対側に腕組みをして立っている男が言った。
艦隊の総司令であるブジュカだ。
「どうも翻訳機の調子が悪いな」
ブジュカは首に取り付けた小さな機械を触りながら呟いた。
翻訳機がうまく作動していないので、ブジュカの言葉はリッキー達に妙なイントネーションと言い回しで聞こえているのだ。
「何だ、あのおっさん?」
キッシーが訝しそうにブジュカを見る。言葉遣いが、家の近所にあったチュウカ料理屋のオヤジに似ているからだ。
「私はこの旗艦の総司令のブジュカあるよ。我らロンブの仕来りに従い、私と勝負するある」
大真面目な顔でそんな言い回しなので、リッキーは思わず噴き出しそうになった。
「なるほど、そいつは面白いな。いいよ、やろうぜ」
勝手にどんどん話を進めるリッキーにツッキーとユッキーは呆れ気味だ。
ブジュカには、リッキーの言葉はこう聞こえていた。
「なるほど、それは面白いなり。いいなり、やるなり」
ブジュカは、リッキーがふざけているのかと思ったが、
「翻訳機のせいだろう」
と善意に解釈した。(以下、ややこしいので、互いに聞こえている言葉でのやり取りとする)
「お前の後ろの壁にある剣を取るある。私と一騎打ちするあるよ」
ブジュカが真顔で言う。リッキーは笑いを堪えながら、壁にかけられていた剣を手にした。
「この一騎打ちの敗者は、勝者の言う事を何でも聞かなければならないあるよ」
ブジュカは真顔で続けた。
「大丈夫なりか、リッキー?」
ツッキーが内容の深刻さに心配して尋ねた。リッキーは親指を立てて、
「心配いらないなり。俺は剣技は得意なりよ」
と応じた。
リッキーの動作を見ていたブジュカは赤面した。
(あの男、私の目の前で何という破廉恥な事を!)
親指を立てる行為は、ロンブでは「○ックスをしたい」を意味する。
しかも、リッキーは男であるツッキーに向けて親指を立てている。
そのためにブジュカの理性が崩壊しそうだ。
(異星人め、何と品性下劣なのだ!)
品性が下劣なのは正解だが、リッキーは男が好きなのではない。
習慣の違いとは恐ろしいのだ。
「では、参るある」
ブジュカは剣を構え、リッキーに向かって遊泳する。
「行くなり!」
リッキーも剣を構えて飛び出す。
「うりゃあ!」
ブジュカの凄まじい勢いの剣がリッキーの頭上に迫る。
「あらよっと!」
リッキーはそれを苦もなくかわすと、
「ほいさ!」
と後ろ向きのまま剣をブジュカに振るう。
「ぬう!」
思わぬ方向からの攻撃に、ブジュカは思わず仰け反り、剣でリッキーの剣を辛うじて跳ね除けた。
「まだまだあ!」
剣を跳ね除けられたリッキーは、クルッと回転して、今度は足元からブジュカに斬りつける。
「くぬう!」
ブジュカはそれも紙一重でかわし、後ろに飛んで間合いを取った。
(こいつ、やる……)
ブジュカの顔に大量の汗が噴き出した。
「おっさん、もう疲れたなりか?」
リッキーが神経を逆撫でするような事を言う。ブジュカはムッとしてリッキーを睨み、
「笑止ある! 私、この程度で疲れないあるよ!」
と言い返した。
リッキーがブジュカの鬼の形相とその言葉のギャップに笑い転げたのは言うまでもない。