大団円
リッキーは、唐突に一騎打ちを切り上げ、一方的に恩着せがましい事を言って去ったブジュカの態度を不審に思っていた。
「なーんか、引っかかるな」
自分達の船であるススキノに向かいながら、リッキーは呟いた。
「引っかかる事があろうとなかろうと、命が助かったんだから、ありがたいと思わなきゃ」
誰よりも嬉しそうなユッキーが言う。
「ユッキーの言う通りだ。あまりあれこれ考えねえ方がいい」
ツッキーがリッキーを見て言った。
「わかったよ。つまらねえな、お前ら」
リッキーは肩を竦める。
「それより急ごうぜ。地球連邦の超巨大戦艦は、太陽系から脱出するらしいから」
キッシーが三人を後ろから押した。
「ザキージフの奴、結局勝敗なんてどうでもよくて、俺達に時間稼ぎをさせたかっただけなんだよ」
ツッキーは不愉快そうに拳を握りしめた。
「まあいいじゃん。俺達は異星人を撤退させたんだ。大手を振って帰還しようぜ」
リッキーは陽気に言った。しかし、事態はそう簡単なものではなかった。
リオカとの婚礼の準備を進めていたザキージフの下に子飼いの兵からリッキー達が異星人を撤退させたという報告を受けていた。
「何だとお!?」
ザキージフの目が血走り、同時に焦りの色が浮かぶ。
(このまま婚礼などしているのは得策ではない。一刻も早くこの船から脱出しないと)
ザキージフはその兵を見て、
「婚礼は延期だ。一緒に来い」
「はあ?」
子飼いの兵はザキージフの言葉にキョトンとしてしまった。
「聞こえなかったのか!?」
ザキージフは部屋のドアを開きかけて怒鳴った。
「は、はい!」
子飼いの兵は慌ててザキージフの後を追いかけ、部屋を出た。
(ロンブが撤退しただと? という事は、気づかれたのか?)
ザキージフの額に幾筋もの汗が流れた。
旗艦のブリッジに戻ったブジュカは、
「この恒星系の付近を細かく探れ! 必ずコーツリの反応があるはずだ!」
と命じ、シートに落ち着く。
(このブジュカを謀った礼はきっちりとさせてもらうぞ)
ブジュカは窓の外に広がる宇宙を睨んだ。
ススキノがブジュカの旗艦から離脱すると、ロンブの艦隊は一斉に動き出した。
「何だ、何が始まるんだ?」
ユッキーが狼狽える。キッシーが機器類を操作して、
「どうやら、太陽系外に移動するつもりみたいだ。何をそんなに急いでいるんだろう?」
リッキーはキャプテンシートに腰を落ち着けて、
「まあ、あのおっさんの事はもういいよ。それよりツッキー、一発でリオカ達のいる超巨大戦艦に追いつけるか?」
ツッキーはリッキーを見て方を竦め、
「やるしかないだろ? この戦い、どうもザキージフが裏で動いていた気がする」
「だろうな。だけど、もう一つ引っかかってる事があるんだ」
リッキーはその手に通信文が記録されたディスクを持っていた。
「さっき、冥王星刑務所の獄長から送られて来た電文だね?」
ユッキーが言った。リッキーはニヤリとして、
「この一件の真相がわかった気がするぜ。リオカ達が心配だけど、まずはあの色っぽい獄長のところに行くとしようか」
「お前なあ……」
ツッキーは呆れ顔だ。リッキーは嬉しそうに笑うと、
「実はさ、刑務所を出る時に、獄長に『デートしてくれるんだろう?』って言われちゃってさあ。俺って、義理堅い男だから、約束は守っちゃうんだよね」
唖然とするツッキーとユッキー。
「さっすが、団長!」
キッシーは嬉しそうに囃し立てた。
リッキー達が心配していたリオカは、何故かザキージフが婚礼の延期を申し入れて来たので、ビックリしていた。
「どういう事?」
リオカは、伝えに来たザキージフの部下に詰め寄った。
「いえ、その、詳しい事は後で本人から伝えるそうで、私は何も……」
部下はすっかり恐縮している。
「わかったわ。ありがとう」
部下は逃げるように控え室を出て行った。
「バカにしてるわねえ、ザキージフのオジさんは。ドタキャンだなんて」
ユマは着替えたドレスを見ながら愚痴る。
「まあ、何にしても、結婚式が延期になって良かったわ」
ミユはホッとした顔をしている。
「あんな奴と結婚したいとは思わないけど、土壇場で延期されると、ムカつくわね」
リオカはカリカリしながら、椅子にドスンと座った。
「一体どういう事なのですか? 婚礼は中止だとか聞きましたが?」
そこへミコが入って来た。彼女は式場の設営を手伝ってたので、ミユやユマ以上に混乱している。
ザキージフは、子飼いの兵と共に格納庫の一つに来ていた。
「小型艦を使って、この船を脱出する。お前は他の者に知らせろ。この船は今から三十分後に爆発する」
その言葉に子飼いの兵は蒼くなった。
「そ、そんな、ザキージフ様、この艦には私の家族も乗っているのです。お止めください」
兵は思わずザキージフに掴みかかった。
「ならばお前もここでくたばれ!」
ザキージフはその兵を殴り倒した。
(この艦を爆破し、外宇宙から戻って来た艦隊に避難して、ロンブの仕業と偽れば、今度こそ共倒れだ)
ザキージフはニヤリとした。
「全てはこれ、親愛なるコーツリ女王陛下の御ためよ」
彼が言う「コーツリ女王陛下」とは何者であろうか?
リッキー達は冥王星に立ち寄り、コーンラ所長に驚くべき贈り物をもらった。
「あの贈り物にも驚いたけど、それ以上に驚いたのは、ドレスアップした獄長だったね」
キッシーが身震いしながら言った。リッキーは苦笑いして、
「何だか、見た目と違って純情なんで、ちょっと引き気味の僕です」
冥王星刑務所の所長であるコーンラは、リッキー達が向かっていると知り、急いでドレスに着替えたらしい。抜群のエロいプロポーションに似合わず、可愛い性格なのかも知れないとリッキーは思った。
「でも、獄長の贈り物で裏が全部わかったな」
ツッキーが言った。リッキーは真顔になり、
「ああ。ザキージフがどうして俺達を躍起になって追いかけさせたのか、その理由もな」
そして、ススキノは冥王星軌道から空間跳躍に入った。
ザキージフは、気絶した兵を格納庫の端に引き摺って隠し、自分が脱出するための小型艦を始動した。
「さてと。お名残惜しいが、皆さんとはここでおさらばさ」
ザキージフはニヤリとし、抱えていた超高性能小型爆弾を荷物の陰に設置した。
「コーツリ陛下に栄光あれ!」
ザキージフはそう呟くと、小型艦に向かった。
「あらあ、久しぶりだねえ、ザキージフのおっさん」
その声にギョッとしてザキージフは振り返った。
そこには、リッキーとツッキーが立っていた。
「お、おう、英雄の皆さんじゃないか。さすが、私が見込んだだけの事はある。よくぞあのロンブを撤退させたね。素晴らしい!」
ザキージフは顔を引きつらせながら拍手をした。
「ふーん、あの異星人て、ロンブって言うんだ。知らなかったなあ」
リッキーはニッとして言った。ザキージフの顔があっとなる。
「異星人はさあ、一回も自分達の事をロンブって名乗っていないのよ、公式の文書ではさ。それなのに、どうしてあんたは知ってるのさ、ザキージフさん?」
リッキーがザキージフを指差して問い詰める。
「いや、ザキージフのなりすましさんて言った方が正解かな?」
リッキーは再びニンマリとした。ザキージフの顔が蒼くなった。
「ここで本物登場ね」
キッシーに肩を貸されてやっと立っている男。彼こそが、本物のザキージフであった。
「冥王星の刑務所は、寒いのだな、リッキー?」
本物のザキージフは微かに笑って言った。
「あんたがいたのは特別独房だから、俺達の独房よりはマシだと思うよ」
リッキーはウィンクした。するとその間隙を縫うようにして、偽者が走った。
「逃がすかよ!」
リッキーとツッキーが偽者を追いかけ、飛び掛って壁に押しつけた。
「ぐえ」
偽者は観念するかと思ったが、
「そうさ、俺はロンブに滅ぼされたコーツリという星の者さ。ロンブを殲滅するためにお前らを利用しようと思ったが、仲間の居所がばれたらしくてな」
とまだ悪足掻きをしようとしている。リッキーは偽者の首をグッと押さえつけて、
「てめえのその企みで、一体何人死んだと思ってやがるんだ!?」
「知った事か! 我がコーツリはロンブに滅ぼされたのだ! お前らも滅びるがいい! もうすぐ爆弾が爆発する!」
偽者は高笑いをして得意の絶頂だったが、
「爆弾解体完了したよ」
ユッキーがバラバラになった部品を抱えて現れた。
「ぐ……」
それを見て、偽者はガックリと項垂れた。
「はい、残念でしたね、偽者さん」
リッキーはニヤッとして言った。
偽者のザキージフは、リッキー達が自分の事を嗅ぎ回っているのは正体を知っているからだと勘違いし、リッキー達を逮捕させたのだった。
本物のザキージフは太陽系の各所を転々と移され、最後に冥王星刑務所に入れられたようだ。
彼もまた被害者だったのである。
一方、ロンブの大艦隊は、太陽系外縁部に潜んでいたコーツリの残存艦隊を発見し、投降させた。
「我らが聖地カインを開発させれば、我らが戦争を仕掛け、やがては共倒れすると思ったという事か」
ブジュカは、捕虜の取り調べ報告書を読み、呟いた。
「何と愚かな。そもそもは、コーツリが我らに侵略戦争を仕掛け、その結果滅んだだけの事。それを逆恨みし、別の恒星系の異星人を巻き込むとは、何とも救いようのない連中よ」
ブジュカは遠ざかって行く太陽をモニターで見て、
「いつか、あの連中に詫びに来なければなるまい」
と言うと、ニヤリとした。
リッキー達の活躍で、超巨大戦艦は爆発の難を逃れ、地球人類は滅亡の危機を回避した。
「ユッキー!」
目を潤ませながら、格納庫の中を浮遊して来るミユ。
「ミユ!」
照れ臭そうに、でも力強く彼女の名を呼んだユッキー。
「会いたかったわ!」
ミユはそのままユッキーの胸に飛び込んだ。そして、激しいキス。
「わわ、ミユ、皆見てるよお」
「かまわないわ!」
ミユはそう言い切ると更にキスをした。
「うはあ、すげえな、ユッキー。羨ましい」
リッキーが言うと、
「何言ってるんだ。お前だって、リオカちゃんがしてくれるさ」
ツッキーがコソッと言う。その時、
「ツッキー!」
ユマがドレスのままで浮遊して来た。
「ユマたん!」
ツッキーはそう言ってしまってからハッとなったが、
「そう、ユマたんよ!」
ユマが抱きついて来たので、
(まあ、いっか)
と思い、その小さな身体を抱きしめ返す。
「頑張ったご褒美」
ユマがツッキーの唇にキスをした。
「おお!」
思わず叫んでしまうリッキーとキッシー。
(アイドルとあんな事できるなんて、メッチャ羨ましい!)
リッキーは心の中で絶叫していた。
「キッシー!」
そこへ涙を流しながらの登場は、ミコである。
「ミコさん!」
キッシーは自分からミコに近づいた。
「よく、よく無事で……」
ミコは涙を拭いながらキッシーに抱きついて来た。
「おおっと!」
いつも控え目だったミコがそこまでするとは思わなかったキッシーは陶然としてしまった。
「お帰りなさい」
ミコはニコッとして、キスをした。キッシーは思わず腰を引いた。つい反応してしまったらしい。
「どうしたのですか、キッシー?」
ミコが不思議そうな顔で尋ねるが、
「あはは、何でもないです」
キッシーは焦りながら応じた。
「良かったな、みんな」
リッキーは三人を見て嬉しそうに呟いた。
「リッキー!」
ウェディングドレス姿のリオカが浮遊して来るのを見て、リッキーはちょっとだけ怖くなった。
(まさかこのまま結婚?)
「お帰り、リッキー!」
リオカはリッキーに抱きつくなり、キスの嵐だ。
「おおう!」
ツッキー達も二人のキスに見入った。
「さすが、私のリッキーね」
リオカは目を潤ませて言った。リッキーは、何だか照れ臭くなり、
「いやあ、それほどでも」
とおどけてみせる。そして、
「そうだ、いい事思いついた」
「何?」
リオカは涙を拭いながらリッキーを見つめる。リッキーはフッと笑い、
「いつか二人でこの出来事を小説にして大儲けしよう。タイトルは、そうだな、『先の見えないタフストーリー』で」
「まあ、リッキーッたら」
リオカはクスクス笑った。そして、急に真顔になり、
「ところで、冥王星刑務所の所長さんから電文で、『リッキーをお借りします』って連絡があったんだけど、どういう意味?」
リッキーは一気に奈落の底に突き落とされたような気がした。
「あはは、何の事やらわかりませんなあ」
「浮気なら許さないわよ」
リオカはリッキーの二の腕を抓る。リッキーは苦痛に顔を歪めて、
「違うって。獄長の勘違いだよ。そんな事する訳ないじゃん、リオカたん」
二人はもう一度熱い口づけをかわした。
リッキーは知らない。
その背後に、指をボキボキ鳴らしながらコーンラが近づいていた事を。
END.
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
無断使用をした先生方、ごめんなさい。