冥王の監獄
この作品を(ご迷惑でしょうが)りきてっくす先生、栖坂月先生、浮羽ゆー先生、聖騎士先生、沢木先生、藤咲先生、午雲先生、河美子先生、桂先生、飯野先生、小宮山先生、かじゅぶ先生(思い出した順(嘘です))に捧げます。
時に西暦換算で言うと三千十一年。
人類はその偏った英知を振り絞り、遂に太陽系外へと進出した。決して「侵攻」ではないと後世の歴史家は語っている。
空間跳躍航法の開発により、何光年も離れた恒星系にも瞬時に移動が可能になった。
しかし、そのおこがましい最先端技術を享受できるのはごく限られた豚のように肥えた富裕層のみで、一般庶民は精々行けて火星までであった。
中には月にすら行けない枯れ木のように痩せ衰えた貧困層もいた。だからと言って黒尽くめの美女が現れて、機械の身体を手に入れる旅に出ましょうとかいう話にはならない。そんなのは絵空事である。現実はもっと過酷なのだ。
太陽系外に行けるようになった事で有頂天になったのか、人類は全く何の躊躇いもなかった。
まるで自分の家と他人の家の区別もつかない頭が悪くて生意気なクソガキの状態である。
そのため、彼らは自分達が侵してしまった「聖地」の存在に気づいていなかった。
銀河に数多ある知的生命体が存在する惑星。
その中の一つであるローゾ。陸地と海洋の比率が三対七の緑溢れる地球型の惑星だ。そこには地球人類より優れた文明を築いた知的生命体がいた。彼らは自らの事を「ロンブ」と呼んでいる。但し、姿形は地球人類と大差はない。
太陽系外を探索していた地球人類の恒星間航行用宇宙船「ギンガ」は、その「ロンブ」達の聖地である惑星「カイン」を訪れ、調査開発を始めてしまったのだ。
それを知った「ロンブ」達は激怒し、地球人類に対して宣戦布告をして来た。
「ロンブ」達は手始めに長距離レーザーで「カイン」を開発していた「ギンガ」の乗組員達を一瞬にして焼き尽くし、次に「ギンガ」を急襲して残っていた乗組員を皆殺しにすると、「ギンガ」のメインコンピュータに保存されていた地球の位置を確認した。
それから地球時間にして二十四時間後、地球は空を埋め尽くすような「ロンブ」の大艦隊に蹂躙され、地球に住まざるを得なかった貧困層の人々はなす術なく死んで行った。
それを見た生き残った富裕層の人々を含む地球連邦政府は「ロンブ」に和解を申し入れた。
しかし、「ロンブ」達の怒りは収まらず、月や火星、木星・土星の衛星にあった居留区が破壊されてしまった。
「和解などあり得ぬ。降伏か死か、どちらか選択せよ」
「ロンブ」の大艦隊の総司令であるブジュカが最後通告を突きつけて来た。
銀河の慣わしを知らない田舎者の地球人類は絶滅へのカウントダウンを刻み始めてしまったのである。
そんな中、超巨大戦艦で地球圏を脱出した地球政府の高官達の中でもとりわけ悪知恵の働くザキージフがある提案を地球連邦大統領ゴーウンにした。
「冥王星の監獄に収監している連中を、赦免を条件にして戦わせては如何でしょう?」
大統領はその提案に難色を示した。
冥王星の監獄にいるのは、連邦警察が多大な犠牲を払って捕らえた極悪人達なのだ。
「そのような連中を釈放したら、前門の虎、後門の狼になりはしないか?」
ゴーウンは尋ねた。するとザキージフはニヤリとし、
「連中には餌を用意します。その気にさせるために」
と一枚の美女の写真を渡しました。
「何と!? これは我が娘、リオカではないか!?」
ゴーウンは仰天した。かつてリオカは、その極悪人共に連れ去られた事があるのだ。
「ならん! 断じてそのような作戦、許さん!」
激高するゴーウンをザキージフは、
「連中に勝ってもらうつもりはないのです。捨て駒になってもらいます」
「何?」
ゴーウンはザキージフの言葉に驚愕した。
「あんな虫ケラ共は、生きていても害になるだけ。しかし、連邦憲法は死刑を認めていません。であれば、この戦争はまさに好機。連中を戦わせている間に我らは太陽系外に脱出する。万が一にも、奴らが異星人共に勝てるはずもないので、お嬢様の事はご心配には及ばないという訳です」
「なるほど」
ゴーウンはザキージフの奸智に驚嘆しながらも、ニヤリとした。愛娘であるリオカが、極悪人の手に渡るはずがない事を理解したからである。
「当然、異星人共は我らを追撃して来る可能性もあります。しかし、その頃には銀河系各地に散っている我が連邦が誇る精鋭の艦隊が集結して返り討ちにしてくれましょう。ご安心ください」
ザキージフは言った。彼のその切れ過ぎる頭脳にゴーウンは思った。こいつ、いつか潰さねば寝首を掻かれると。
冥王星。
二十一世紀の始めに、
「そんなにでかくないんじゃね?」
という事で、「惑星」から「準惑星」に格下げになったのを知る者は現在ほとんどいない。
太陽からの距離は約六十億キロメートル。その大きさは地球の月よりも小さい。そして表面は厚い氷で覆われており、地面は全くと言っていいほど見えない状態である。表面温度はマイナス二百度を上回る事はなく、まさに極寒地獄だ。
その地獄の中でもとりわけ気温の低い場所に、その監獄は建てられていた。いや、正確には、別の場所で建設され、そこまで運ばれて設置されたのだが。
監獄の中は真空壁のおかげでそれ程寒くはない。しかし、裸で過ごせるほど温かくもない。
ここに収監されているのは四名。かつて、富裕層のみを優遇する連邦政府に反旗を翻し、「リッキー王国」の名の下、連邦警察を向こうに回しての一大追跡劇を演じた者達だ。
彼らの名は、リッキー、ツッキー、ユッキー、キッシー。
二歳年下のキッシーを除けば、残りの三人は乳飲み子の頃からの腐れ縁である。
キッシーはハイスクールでリッキー達と出会い、それから十年近く、一緒に好き勝手な事をして来た。
リーダー格のリッキーはこうと決めたら止まらない男。無二の親友のツッキーは、メカの天才。彼の技術があったからこそ、「リッキー王国」は曲がりなりにも連邦警察と戦えた。
そして、巻き込まれタイプのユッキー。頭はいいが、弱気で、石橋を叩いて壊すような性格。
キッシーは後から加わったとは思えないほどの大胆不敵な行動派で、場合によってはリッキー以上の行動力を発揮する。
「おーい、俺達、あとどれくらいここにいなきゃならねえんだ?」
狭苦しくて薄暗い独房の冷たいコンクリートの床に薄地の囚人服を着て寝転ぶツッキーが大声で言った。独り言なのか、誰かへの問いかけなのか、本人にも自覚がない。
「知るか、そんな事。この中じゃあ、一体あれからどれくらい経ったのかすらわからないんだからさ」
その隣の独房で、毎日腕立て伏せ千回を日課としているリッキーが応じた。
「うるさいぞ、静かにしろ!」
巡回に来た人相の悪い看守が怒鳴る。どちらが囚人かわからないような風貌である。
「へいへい」
リッキーは腕立てを止め、腹筋を始める。これも一日千回が日課だ。
「あれ、見ない顔が入って来たぞ」
更に別の独房の小窓から通路を見ていたユッキーが言った。
「誰だ?」
その隣の独房のキッシーも狭い小窓からその人物を見ようと顔を押しつける。
「おお!」
それは、彼らが久しく目にしていない若い女性であった。
刑務官の制服を着ているので、役人であるのはわかるが、そのあまりにもふくよかな胸と、引き絞ったようなウエスト、程よく突き出したヒップは、刑務所にいるより別の場所の方が稼げるな、と小窓にへばりついたリッキーは思った。
彼は女性が発する香水の匂いを嗅ぎつけたのだ。
「私はこの冥王星刑務所の所長のコーンラです。皆さんの収監を解きます」
その美しい刑務所のボスは、リッキー達を驚愕させる事を口にした。
「何だって!?」
リッキーは向かいのユッキーと顔を見合わせた。ツッキーはキッシーと顔を見合わせた。
(どういう事だ?)
彼らは、異星人が侵攻して来ている事を全く知らなかったのである。