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君へ……番外編 〜憧れの君〜

「おはよー」

「おはよー」

一段と冷えた寒い朝。

白い息が朝の光に照らされ一層寒さを感じさせる。


「おはよう」

ポンと肩を叩かれ美咲は振り返った

「おはよー、玲子」


そこにはショートカットに首にはグルグルとマフラーを巻いているクラスメートの玲子がいた。

「昨日街で、美咲みたよ。あの隣にいた人誰?超かっこいいんだけど!」

寒さなど忘れたように目をキラキラさせ、昨日見かけた男性が気になり美咲を見つけるやいなや聞かずにはいられなかったようだ。


「昨日?ああ、あれうちの父」

「ええっ!」

驚いた玲子の大きすぎる声に美咲もびっくりした。


「なに!そんな大きな声だすことないじゃん」

「信じられない、美咲のお父さんだったの……。おじさんいくつなの?」

「確か……今年で41?」

「見えない!いいな美咲。うちの父親なんかメタボ街道まっしぐらだわ髪は後退してるわで最悪。うちのと交換してほしいわ」

「いいなー」

初めて美咲の父を見た友達は必ずこう言う。

美咲の父は背も高く体格もいい。日に焼けた肌と顎にたくわえたヒゲが似合い男女問わず美咲の友達に受けがいい。



玲子と並んで歩きながら正門から学校へ入る美咲を、ロングコートを着た男が道路の向こう側から見つめていた。



「ただいま」

玄関を入ると見たことのない男物の靴があるのに気づいた。

誰だろう?お兄ちゃんじゃないよな。


2つ年上の兄、高校三年の健人(けんと)はなにをしているのかさっぱりわからないけどここ最近帰りがやたらと遅い。

兄と兄の部屋からはタバコの匂いもする。

いわゆるちょっと寄り道をしている高校生なのである。

そんな兄がこんなきれいな靴を履いている訳はない。


二階の自分の部屋へ行く前に。、靴の持ち主がいるであろう話し声が聞こえる部屋を開いているドアからちらっと覗いた。

男性は母の正面に座りこちらに背を向けている。話している母と目が合った。


「あら美咲、お帰りなさい。ご挨拶は?」

振り返った男性をみて美咲は笑顔になった。


「康之おじちゃん!」

美咲はソファーまで駆け寄ると「お帰りなさい。今後はどこ行ってたの?」と康之の隣に座った。

「こら美咲、着替えてらっしゃい」美穂子が言うと

「おじちゃんちょっと待っててね」

美咲は放り投げてあった鞄を拾い階段を駆け上がって行った。


「全く……ごめんね。あんながさつな娘で」困ったような顔で美穂子は謝ると

「いや、昔の美穂子そっくりだよ」と康之は笑った。

ズボンにシャツとラフな格好に着替えてきた美咲は

「おじちゃん今後はどこに行ってたの?」と康之の隣にドサッと座りさっきの質問を続けた。



康之おじちゃんはいろんな国を飛びまわっているその分野の世界では有名な研究者。

一度結婚したんだけど、結婚五年目に病気で奥さんを亡くして以来独身を貫いている。

背が高くてかっこいい。もちろんお腹は出ていないし髪の毛もふさふさ。サラサラとした黒髪とメガネがとてもよく似合う。子供がいないせいかまだ30代に見えるほど見た目は若い。

一度テレビに出てる時があり、その時の白衣姿がとても似合っていたのを思い出す。

うちの両親とは幼なじみらしく昔はよく家族ぐるみで出かけていた。


一年の半分以上、時には数年海外で研究をしていて、帰ってくると必ず家によりお土産を持ってきてくれる。

美咲はそんな康之が大好きだった。


「大きくなったら康之おじちゃんと結婚する」

幼いときに父薫の前でそう宣言した。

父は「パパとじゃなくて?」と聞き返したが「違う」とキッパリ言われた父はショックを受けていたのを覚えている。



「今回はね北欧にある小さな国に行ってたんだ。綺麗な街並みと手つかずの自然が美しい国だよ。美咲も大人になったら一度いってみるといいよ」

そう言うと康之は側にあるかばんから可愛らしいガラス陶器でできた小さな人形を美咲に渡した。

「わあ、かわいい。おじちゃんありがとう」

美咲は手の上で光を受けキラッと光る人形を見つめた。


「さて、今日は帰るよ」

康之が傍らの荷物をもちソファーから立ち上がった。「えーもう……」

残念がる美咲の頭をポンポンと叩き康之は玄関へ移動した。

「忙しいのにうちに寄ってくれてありがとう。薫ちゃんまだ帰ってこなくて……」

母美穂子は父の事を——幼いときからの呼び名である『薫ちゃん』と——未だ呼んでいる。


「いや、俺も急遽帰国が決まったから連絡もしないで悪かっな。まだしばらくこっちにいるから、薫にも言っといて」

靴を履いた康之が玄関を開けるとちょうど健人が帰ってきた。


「よお、健人お帰り。久しぶりだな」

康之は一言ふたこと健人と言葉を交わすと「じゃあ」と手を振り帰って行った。


「おじちゃん帰ってきたんだ」

健人はそう言うと二階へ上がっていった。




康之が帰った2時間後、薫が帰宅した。


「なんだ、康之帰ってきたのか。何の連絡も聞いてなかったぞ」

「急遽帰国が決まったみたい。あたしも知らなかったのよ」

美穂子は薫の食事の支度をしながらカウンターの奥から言った。

「ねぇねぇ、康之おじちゃん呼んで食事でもしようよ」

お風呂からあがり、頭にタオルを巻きつけた美咲がリビングに入ってきた。

「そうだな、久しぶりにそうするか」

「やった!」

美咲は喜んでぴょんとジャンプした。

喜ぶ美咲をみて薫は

「お前は康之がお気に入りだな」と呆れたように言った。

「あったり前じゃん!!だっておじちゃんかっこいいもん。そうそう、友達がねお父さんかっこいいねって誉めてたよ。良かったね」

「そりゃどうも」

ビールの肴をつまみながら薫はお礼をした。「俺はついでか……」それを聞いていた美穂子がくすっと笑った。




次の土曜日、康之は柏木家へ招かれ食事をしていた。

「この間の朝、美咲を見かけたんだけどね。友達と一緒だったから」

「なんだ。声かけてくれればよかったのに」

「こんな中年男が女子高生に声かけたら通報されちゃうしな」

「やだあ、康之おじちゃんはそこらへんの中年男とは別だよ」


食事は和やかに進みリビングではみんなで食後の雑談をしていた。

話が途切れると健人は立ち上がり部屋に戻ろうとした。そこへ康之が声をかけた。

「おい健人。あんまり親に迷惑掛けるんじゃないぞ。薫が許しても俺が許さないからな」

「分かってるよ、おじちゃん」

フッと笑って健人は二階へあがっていった。あんなに突っ張っていて薫や美穂子には反抗的な態度をとる健人だが、康之だけには楯突かず素直な態度をとる。


康之が本気で怒ると怖いのは美咲も知っている。

幼い頃、イタズラをした健人は親である薫よりも康之にこっぴどく叱られたことがありその記憶が鮮明だからだ。


リビングには薫と康之と美穂子。それにちゃっかり話の輪に入っている美咲。

「お兄ちゃん康之おじちゃんには素直だよね」

美咲は健人が上がって行った二階へ目をやるとそう呟いた。


「美咲、明日休みだからってのんびりしてないの。早く寝なさい」

美穂子はのんびりとソファーでくつろいでいる美咲に声をかけた。

「えーまだ大丈夫だよ。おじちゃんともまだ話したいし……。明日予定ないし遅くまで寝てても大丈夫なんだし」

「夜更かしは肌に悪いわよ」

「大丈夫、大丈夫。まだまだ若いですから」チラッと美穂子を見ると美咲はニカッと笑った。

二人のやりとりを見て薫と康之も笑い出した。。


「そうだ美咲。明日暇だったら俺の用事につき合わないか?」

康之が美咲に尋ねた。

「えっいいの?行く行く!!」

美咲は即答し小躍りするくらい喜んだ。

「おい、いいのか?邪魔になるだけだぞ」

薫が康之に言うと

「いや大丈夫だよ。ちょっと買い物を手伝ってもらうかもしれないけど。薫と美穂子が良ければ明日美咲を借りていいか?」

「康之が良ければ……」

申しわけなさそうに薫が言った。


「美咲は?俺と2人だと彼氏に怒られるかな?」

「彼氏?そんなものいないよ。あたしの彼はおじちゃんだもん」

美咲はギュッと康之の腕に抱きついた。

「おいおい、薫に怒られるよ」

康之は苦笑いし、薫は困ったもんだよという表情をして美咲を見た。

「ハッ!そうとなればこんな事してる場合じゃない。明日の洋服選ばなくちゃ!!」

「おやすみ」と言うと美咲はバタバタと階段を駆け上がり二階から「お母さーん、明日の時間聞いといてー」と大きな声で叫びドアをバタンとしめた。



やれやれ。三人は顔を見合わせて笑った。

「落ち着きがなくて困ったもんだわ」

「美穂子にそっくりじゃないか」

そう言うと薫は美穂子にキッと睨まれた。康之はタバコに火を付けて

「健人は薫に似てきたな」

と言った。

「そうなの。あのつっぱった感じなんかそっくりでしょ。なんか最近は何してるんだか、あんまり話してくれなくて……。男の子ってこういうものなの?」

美穂子はふーっと溜め息をついた。

「まあ男ってそういうもんなんだよな、俺も覚えがあるからな」と薫が言うと「そうそう……」康之も頷いて笑った。

「子供がいない俺にとって健人と美咲は自分の子供同然だよ。美咲が嫁に行くなんて言ったら俺も泣くかもな」

「嫁って、おい!」

薫がタバコにむせながら

「美咲はまだ16だぞ。そんなのはまだまだ先の話だろ……」と涙目になって言い返した。

「まあ、今は康之にベッタリだけどそのうち彼氏とか連れてくんだろうな」

いつかくる未来を想像して薫はしんみりとした。


「最近健人は俺ともあまり話さなくなったしな。俺には逆らうけど康之には絶対だからな……。一度話し聞いてやってくれないか?」

薫は康之の目を見て相談してみた。

「それじゃ康之に迷惑よ」

と言う美穂子の言葉を遮り

「大丈夫。わかった、しばらくこっちにいるから折を見て一度話してみるよ」


康之は笑顔で二人を見つめて快く承諾してくれた。




翌朝。

「おはよう」

いつになく早起きしてきた美穂子は朝食をさっと食べると自室に戻り着替えて降りてきた。

薄く化粧をし大人っぽいシックな格好の美咲は「どう?」と美穂子に評価を求めた。

「落ち着いてていいんじゃない?ね、薫ちゃん」

「ああ……」

薫はいつになく大人びて見える美咲を見て言った。


そんなやりとりをしていると「やあ、おはよう」と康之がやってきた。

大人っぽい美咲をみて

「美咲、見違えたよ」と康之が言った。

「おじちゃんといて恥ずかしくない格好しないとね」美咲は康之の腕をとりにっこりした。

「それじゃあ、行ってきます」

「迷惑かけないのよ」


康之と楽しみにしてたデート(と美咲は思っている)をしていると街中で玲子にあった。

「玲子!」

美咲が声を掛けると玲子はいつもと格好が違う美咲に目を丸くした。

「美咲!?いつもと違うから誰かと思ったよ」と言いながら隣にいる康之を見た。

「誰?」

小さな声で玲子が聞くと美咲はニンマリし「あたしの彼!」といたずらっぽく笑い康之の腕に絡みついた。


「コラコラ。こんにちは。

美咲の両親の古くからの友人の沢田康之です」

と爽やかな笑顔で玲子に挨拶をした。

玲子は美咲を引っ張って行き

「なんであんたの周りにはかっこいい人が揃ってるの?明日詳しく教えなさいよ!」と言い残し玲子と別れた。


その後も買い物を続けていたが、時間が少し遅くなってしまったので家に電話を入れ夕飯は食べていくと伝えた。

二人はちょっと洒落たレストランに入り食事をした。デザートを食べている時(美咲は二つ目のケーキに突入)、美咲が「あたし達ってどう見えるかな?」と康之に聞いてきた。

「どうって?」

「恋人同士?それとも親子?もしかしたら援交に見えちゃう!?」

康之は最後の言葉に吹き出した。

「なんで笑うの」

「いや、ごめんな。あまりにも突然だったから。美咲はどう見られたい?」

「もちろん恋人!っていいたいけどこうして一緒にいるだけで充分」

エヘヘとわらう美咲。

「美咲は俺の娘のようなものだよ。大事な大事なね」


「邪魔にならなかったか?」美穂子がお茶を出し薫が聞くと「いや助かったよ。美咲ありがとな」と康之は美咲にお礼を言った。

「ううん、楽しかった」

美咲は笑顔で答えた。


柏木家へ美咲を送り届けお茶を一杯もらった康之は自宅へ帰った。




風呂から上がった美咲は自室のベッドへ寝転ぶと、今日康之と一緒に撮ったプリクラを眺めながら、明日玲子になんて報告しようかと考えていた。少し大人の脚色しちゃおかな?


ベットの上で騒いでいた美咲は

「美咲!うるさい!」と隣の部屋から健人に壁を叩かれて怒られた。



土曜日、康之は柏木家を訪れた。


「健人いる?」

リビングで新聞を読んでいた薫に訪ねた。

「上にいるよ」新聞から顔をあげた薫は康之をみて答えた。「ちょっとお邪魔するよ」康之は階段を上がって行った。


コンコン


康之は健人の部屋のドアをノックした。中から返事がない変わりに洋楽が聞こえる。

「入るぞ」

声をかけながらドアを開ける。

中にはタバコをくわえながら雑誌をめくっている健人の姿があった。


ドアが開いた事に気がつき顔をあげた健人は康之の姿をみて少し戸惑った。


「まだ高校生なんだからタバコはやめろよ。まぁお前のオヤジも高校の時からだったから俺が言うことじゃないけど」

康之は何気ない話しをしながら部屋へ入った。

はにかんだ健人は「おじちゃんは?」と聞いた。


康之はちょっと自慢げに

「俺は酒もタバコも二十歳過ぎからだ。今じゃヘビースモーカーだけどな」


「女も?」


康之は「ははっ」と笑ってしばらく雑談をした。


そして部屋を見渡しながら健人に話しかけた。


「お前最近帰りが遅いんだって何してるんだ?薫たちが心配してたぞ」



「俺、留学したいんだ」

突然の告白に康之は健人を見た。

「見た目がこんなんだから誰も本気にしてくれないけど……。俺、外国語が好きというか…。将来はそれを生かした仕事に就きたいんだ。

その為にもっと語学を勉強したい。だからバイトして金貯めてる」


健人なりに将来をしっかり考えているんだと康之は感心した。

「薫たちに相談したか?」


健人は首を振り「いや…まだ……」と答えた。


「なんで?」

「夢と現実は違う、甘く見るなって言われそうで言い出しにくくて……」


しばらく何か考えていた康之は

「よし、俺と一緒に行くか」

驚き顔を上げた健人をみて康之は笑うとこう続けた。

「5月からまた向こうなんだ。健人の気持ちが本気だったら一緒に連れて行く。ただし条件付きだ。」

と康之は指をおりながら言った。


「自分の気持ち、留学したい事を必ず自分で親に伝えること。お前はまだ未成年なんだから必ず親の理解を得ること。高校を無事卒業すること。この3つ守れるか?」





4月も後半。ゴールデンウイークで混雑する成田空港。康之と健人、見送りにきた薫と美穂子、美咲の姿もあった。


「康之の言うこと聞くのよ」


「わかってるよ、もう子供じゃないんだから」


「また生意気な……すまないな康之。よろしく頼むよ」


「大丈夫。俺が責任持って預かるよ。問題起こしたら俺がキッチリシメるから。なっ!健人」




康之と健人を乗せた飛行機が飛び立つのを展望室で見ていた美咲が呟いた。

「いいな、お兄ちゃん。あたしも行きたかった」


「なに言ってるの。あなたはまだ学校があるでしょ。」美穂子にたしなめられ美咲はふくれっ面になった。

飛行機はあっという間飛び立ちたちまち見えなくなってしまった。


「健人は大丈夫かしら」

美穂子が空を見上げて薫に言った。

「大丈夫だよ、俺たちの息子だ。康之もついてるしな」

薫は美穂子の肩を抱きよせた。


二人の後ろ姿を見た美咲は、自分も将来あんな風な夫婦になれるかな?

その前に彼氏つくらなくっちゃ。康之おじちゃんよりもかっこいい人見つけなきゃねと思った。



歩き出した二人の後をついて行きながら美咲は

「ところで今更なんだけど、お兄ちゃん英語話せるの?」と二人に聞いてみた。

「美咲知らなかったのか?あいつ小さい時から語学だけは興味があってな、どこで覚えたのか英語は話せるぞ。この間は康之とカタコトのフランス語で会話もしてたぞ」

と薫が笑った。


「えっ」初めて聞く話に絶句し美咲は耳を疑った。

「そうね、あたしもびっくりしたわ。あの子の隠れた才能ね」

「なん……。英語教えてもらうんだったー」


美咲は健人が乗る飛行機が飛んで行った空を恨めしそうに見上げ

「お兄ちゃんのバカー!」と叫んだ。



飛行機の中で健人がくしゃみをした……かは分からない。



閲覧ありがとうございます。


「君へ……〜憧れの君〜」いかがだったでしょうか?



「君へ……」シリーズはこれで終了です。


お読みいただきありがとうございました。





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