第8話 世界の前で
「皆殺しにしてやる……」
その思いの一心で、シヴァは天狼山を登っていた。既に八合目まで辿り着いたその姿を、天辺にまで昇った太陽が照らしている。
薄らと残る緑は背の低い草だけで、岩と砂利の斜面は所々が厳しく険しい。
集落のある南に背を向けて、彼は頂上を目指している。
足を止めることのないシヴァは、ずっと下ばかりを見ていた。少し雪が残る頂上を見上げることもなく、森と集落のある遥か後方を振り向いて見ることもない。
「見ていてくれ、皆んな。俺の決意を……戦士としての姿を……!!」
集落のあった場所からは狼煙のような煙が上がっていた。
シヴァが振り向かないのは、その煙を見下ろしたくはないからだ。
シヴァは1人で集落の全員を葬った。腐りかけた肉から血を抜いて、燃えやすくするために何度も何度も、遺体に触れた。
毛皮と
爪と
牙のない体を煙に変えて空へ
その中で、仲間達の無念を晴らす義務感と、人間にも同じ目に合わせたいという復讐心が募っていく。
遺体を灰にする火の前で、彼の怒りも大炎となっていた。
天狼山の薄い空気。吹き荒ぶ冷風。
そんなことなどお構いなしに彼は登る。
そうして、シヴァは頂上に近づいていく。天に最も近い場所に辿り着こうとしている。
その頃になってやっと、彼は視線を上に向けた。
「あれは……槍?」
シヴァの目が捉えたのは、山頂に刺さる一本の槍だ。骨で作られたそれは風雨で古びており、巻かれたボロボロの皮布が強風に靡いている。
シヴァはその槍を掴むべく進んだ。
今自身が持つ槍をあの場所に突き刺すべく進んだ。
そうして、すぐに頂上に辿りつく。
槍の元まで辿り着く。
だがその瞬間、気づけばシヴァは自身の槍から手を離していた。
山から槍が転げ落ちる。
遥か下まで落ちていく。
しかし、シヴァの視線は槍に向かない。
頂上からの景色に釘付けになっていたからだ。
「……は?」
西から北にかけて広がる果てしない平原には美しい自然が溢れている。
わけがない。
あれは森ではなく、集落だ。
あれは山ではなく、壁と建造物だ。
ああ、これは平原じゃない。デコボコの一つ一つが家なんだ。
シヴァは膝から崩れ落ちていた。
瞳を揺らして、自身の手をじっと見つめる。
「あれ?……どこにいった?」
天狼山に吹き荒ぶ風が、彼の体に強くあたる。
その冷たさに、彼の身体は自然と縮こまる。
「すごく寒い……」
天に突き刺す言葉が見つからない。
足に力が通わない。
そうして、心が斜面を滑っていく。
シヴァが仰向けになると見えるのは、空へと消える一本の煙。
だから彼は目を閉じて、暗闇を見ることを咄嗟に選ぶ。
その天狼山の頂は人間の匂いも音も感じられない。
そして、両親と仲間が昇る青空は、広くて静かで冷たかった。
第1章完結
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
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