第7話 集落からの匂い
「頼むから、何か聞こえてくれ……!!」
そんな思いは声として出なかった。
ただひたすらに走り続け、心臓は潰れるように痛い。自身が吸っているのか吐いているのかすら分からない荒い呼吸にしか、口を使えない。
次第に太陽は傾いて、夕陽に変わりつつあった。
その時間と共に森を走り抜けるシヴァはもう鼻を使っていない。
灰と血の戦いの匂い
糞尿と人間の匂い
それが強くなるだけだからだ。
しばらくして、夕陽が空を赤く染める頃。シヴァのペースが落ち始めた。全力の疾走が快走に変わり、かと思えば速歩を経て歩行にまで落ちる。
彼の体に限界が来たからではない。その目に集落が映ったからだ。
木の根元を囲うように建てられていた革製のテントが灰と炭になっていた。それは、一つだけではない。シヴァの視界に入る全ての住居が焼けており、表面が黒く焦げた幹が露出している。
シヴァの鼓動はまだ早い。その呼吸はまだ荒い。
しかし、彼はそれを整えようとすることもなく、集落に足を踏み入れる。
異様なほどの静けさが示すのは、これが惨劇の後ということ。
地面に残った乾いた血や、焼けた住居が示すのは、それがいく日か前の出来事であるということ。
段々と、シヴァの呼吸が落ち着いてくる。鼓動が小さくなっていく。
「死体がない……見当たらない! 誰か生き残りがいるんだ!!」
そう言葉を吐いた彼の瞳は揺れている。
「こんな惨状じゃあ、ここに住めないもんな……!! あぁ、匂いが強すぎて、鼻で居場所が分からない……!!」
彼は声を張り上げる。生き残った仲間に聞こえるように、この静けさを掻き消すように。
「そうだ、父さん!! 父さんなら絶対に生きてるはずだ!! 犠牲が多く出たとしても……絶対に撃退したはずだ!!」
しかし、彼が黙れば静寂に戻る。
シヴァは大きく声を上げながら、歩く。
生き残りに呼びかけながら進む。誰かがこの声に応えてくれると信じていた。
だが、その期待はすぐに裏切れる。
シヴァの目に映った静寂の理由は、その膝を折らせるのに十分なものだった。
「なぁ……嘘だろ?」
ワーウルフの遺体が山のように積み上げられている。一目で見て、100人ほど。この集落の総人口が無惨な姿で放置されている。
だがそれが、シヴァが頭を強く抱える理由ではない。
毛皮が剥がされていた。
爪が抉り取られていた。
牙が抜き取られていた。
そこにある全ての遺体が丸裸にされ、命だけではなく、ワーウルフの尊厳も奪われている。
その赤黒い肉の山からは、濁った血が滲み出ていた。
シヴァは地面に膝をついたまま、動けない。
「俺達も動物なんだ……。これが、人間の恐ろしさなんだね……⁉︎」
そう言い放ったシヴァの目に留まったのは、片目だけの真っ赤な瞳だ。遺体の山の中で冷たくなり、光を失っている。
「皆殺しにしてやる……!! 1人残らず狩ってやる……!!」
そう叫んだシヴァは力強く槍を握った。
自身の爪が食い込んで、血がポタポタと地面に落ちる。
しかし、彼はまだ理解できていなかった。
人間の恐ろしさというものを。




