第6話 聞こえない
既に太陽は天辺まで昇っていた。
洞窟の前で彷徨くシヴァの手には槍があり、肩にかけた皮袋の中には食料と水。そして、命綱となる太い蔦。
天狼山に登るための準備を整え、彼は父親を待っていた。しかし、一向に現れない。
「いいや、とりあえず南に向かおう! 父さんに何かあったと思うべきだ 」
そう言って、シヴァは崖を降りた。
すかさず天狼山に背を向けて歩く。北風が彼の背中を軽く押し、自然と歩調が早くなる。
洞窟から離れ、森の中へ。深く深く進んで行く。
しかし、何も起こらずに空は夕焼けに変わっていた。
彼は手頃な木に登り、夜に備えている。
「数時間歩いたのに気配も感じない……。集落からは2日間の距離なのに、丸1日以上遅れてるってことだ……。考えられる可能性を洗い出そう……」
そうして、シヴァは沈黙し考える。しかし、あの父に起こるアクシデントが想像できない。
段々と夕陽は沈み、闇が森を呑み込んでいく。
時間をかけて、光は少しずつ隠れていく。
周囲が真っ暗になった頃、彼はポツリと呟いた。
「いや、何故かなんてどうでも良いんだ。明日、俺が父を感じなければ集落にいる。病気だろうが、怪我だろうが、皆んなが父の異変に気づく距離だ」
彼は長く息を吐くと目を瞑る。
木に背を預けて全身の力を抜く。
「日が出たら出発だ」
そう心に決めて、眠ろうとする。
しかし、シヴァの意識は一向に鮮明で、微睡は来ない。
胸にこびりついた不安が騒ぐ。
頭の中が曇っている。
ふと、彼の脳裏に父が浮かんだ。
毒による衰弱。失血による瀕死。
いくつかのアクシデントによって、あの冷たい隻眼から光が完全に失われる瞬間にやっと、自分はその姿を見つけることができる。
シヴァは目を見開いて飛び起きた。
彼自身も驚くほどに、それが悪夢だったからだ。
「日の出なんて待ってられない……!」
彼は木から飛び降り、南へと進む。段々と歩速は上がり、いつの間にか走り出していた。
嗅覚と聴覚に神経を集中させながら、彼は速度を上げていく。
しかし、父の気配はない。ワーウルフを感じられない。
段々と心臓の鼓動が早くなる。呼吸が荒くなる。
夜が明けてもがむしゃらに走り続け、集落までは残り数時間の距離。太陽は天辺まで昇り、温かな気温。
異様なほど静かな森の中で、汗だくのシヴァの足が止まった。
彼は自身の耳を疑っていた。自身の鼻を疑っていた。
言葉は出ない。代わりに荒い呼吸音が悲鳴のように森に響く。
シヴァはまた走り出した。困惑のまま、足だけが前に進めと身体を運ぶ。
彼は必死に耳を澄ませた。集落の音が聞こえない。ワーウルフの何もかもが聞こえない。
彼は咄嗟に鼻を覆った。これまでに嗅いだことのない強い匂い。しかし、それが何の匂いかは知っている。
灰と
血と
戦いの匂い
そして、糞尿と
人間の匂い
シヴァの目にはまだ、何も映っていない。




