第5話 シヴァというワーウルフ
獣の毒を懸念した。狩では腕と足に蔦を巻き、住処には蛇避け草の汁を撒いた。
匂いには慣れて、毎夜安眠できている。
誰に相談する必要もない。自分の力で解決できる。
それだけで、彼の心は熱くなる。
シヴァというワーウルフは主体的に生きるのが好きだと知った。
何を狩り、どう調理し、いつ食べる。
1人であれば全てに自身の裁量があり、いくつもの選択肢から最善手を選び取ることができる。それが何よりも楽しく、達成感で満たされる。
そして、集落でのシヴァというワーウルフは合理的に物事を考えるのが好きだった。その時の感情ではなく理屈で判断し、気分に左右されず実行する。
そうして、淡々とタスクをこなしては、成果を上げることで安堵し、安らぎを覚えていた。
だがそれは、シヴァというワーウルフがそれにより、集落で優位に立っていたからに他ならない。
母からは優秀と褒められ、周囲からは実力を信頼され、仲間からは判断を頼りにされた。
最善を選べる自分は優れているのだと実感できた。
だが裏を返せば、シヴァというワーウルフは劣等感を抱いている。
若くして、族長となった者の息子。集落を一手にまとめ上げるカリスマの嫡男。
いつしか父と比較する目に怯え、父が目にする自分自身を恐れている。
つまり、シヴァというワーウルフは優秀でなければならない。
個人として優れるのではなく、集落のために秀でなくてはならないと思っている。
だから息苦しい。
だから狭い。
しかし、1人になって考える。
集落から離れて気づかされる。
シヴァというワーウルフは個人を主張したことがあっただろうか?
いいや、ない。
あの晩以外にはなかったのだ。
にもかかわらず、父の目は変わらなかった。
幼少の頃から向けられる、烈火のように赤く血のように冷たい瞳。
それは当然のように恐ろしかった。
決して、愛情を示す目ではなかったからだ。
では、あの目は一体何なのだろう。
「そうか……。あれは"俺"を見ていたんだ」
崖際に腰を下ろしてシヴァは呟いた。
彼が見上げるのは星空で、その一つ一つの輝きに目移りしている。
「そりゃあ、怖いわ。自分がなかったんだから……」
視線を下げれば木の頂点が果てしなく並んでいる。森を見下ろす彼の背後には洞窟があった。皮と枯葉の寝具は整えられ、簡素な腰巻きは畳まれている。そして、真新しい動物の骨と木を加工した道具の数々が綺麗に整頓されていた。
「戦士達は自分を持っている? その上で、集落に残った? だとしても、やっぱりそれは"俺"じゃないかな」
もう一度シヴァは星空を見上げる。しかし、彼の瞳は無数に広がる星を避け、たった一つの月を映す。
「俺も旅に出たい。集落から逃げるんじゃなくて、多くの選択肢を得るために」
そして、シヴァの頭に父の言葉が浮かぶ。
【1ヶ月と2日後。頂で話す。なぜ私が旅狼になったのかを】
淡々としたその言葉が、彼の胸を躍らせる。
「父さんが旅狼になった理由か、どんな自分があったんだろう? 《《明日》》が、楽しみだ」
そう言って、シヴァは立ち上がると洞窟に入る。寝具に横たわり、目を瞑る。曲げる必要のない足。香る清々しい夜風が背中を撫でて、深い眠りへ。
聞きたいことがある。言いたいことがある。
父の瞳に映る自分とちゃんと、真っ直ぐに向き合いたい。
しかし、この時のシヴァは思いもしない。
翌朝、父は現れなかった。




